「着いたよ。ここが命蓮寺さ」
人里から少し離れたとも、人里の近くとも言えるような場所に命蓮寺はあった。
随分と立派な寺だというのが壱人の第一印象だった。
壱人は寺や神社に対する興味はほとんどない。
正月に初詣に行くのが面倒だと思う程度だ。
初詣というのは元々、1年の無事や新年の豊作を願ったりするお参りなのだが、
そんなことを壱人が知っているハズもなかった。
ただ、そんな壱人でも第一印象で立派だと思える程、命蓮寺というのは立派だった。
立派過ぎてむしろ入るのを遠慮したくなる。
「それじゃあ、入るとしようか。命蓮寺は何時でも誰でも大歓迎だからね」
そんな壱人の思いなんて知らず、ナズーリンは遠慮なく命蓮寺の大きな門を押す。
きぃ・・・と音を立てて、大きな門・・・の中についている小さな切戸が開いた。
潜戸ともいうらしい。
「お邪魔しまーす・・・」
ナズーリンの後に続いて壱人は恐る恐る門を潜る。
まだ寺の敷地内であって建物の中でもないのに、
すでにブレザーが場違い感を出しているようにすら思えてくる。
異世界転生2日目、まだ昼にもなっていないというのに壱人はそろそろギブアップしたかった。
よくよく考えて見れば、ここ、命蓮寺にはナズーリンの「ご主人」がいるらしいが、
それはつまり、この命蓮寺には妖怪がいるということではないだろうか。
仮にナズーリンの「ご主人」が人間だったとしても、ナズーリンは妖怪だ。
つまり命蓮寺は、妖怪であるナズーリンが好き勝手に出入りできるような場所だということだ。
なんということだろうか。
命蓮寺には一体どれだけの妖怪がいるのだろう。考えるだけで気が遠くなる。
「おーい?おおーい?大丈夫かい?顔色が悪いようだが?」
「え?いや、大丈夫です・・・」
考え事をしながら歩いていると、前を歩くナズーリンが心配そうにこちらを見ていた。
「そうかい?ほら、もう建物の中入るから辛くなったらすぐ言うんだよ?
布団敷いてあげるからさ」
ナズーリンは思いの外優しかった。妖怪にもいい奴はいるのかもしれない。
いやいや、もしかしたら油断させて襲う気なのかもしれない。
昨日の出会いからすでに妖怪に罠が始まっているのかもしれない。
壱人の思考は優しさと疑い、ポジティブとネガティブの間を行ったり来たりしていた。
「さ、この部屋だ。私のご主人が待っているのは・・・って君は何をしているんだ?
顔が百面相みたいになっているぞ?」
「い、いや!何でもないです!」
気がつけばもう目的地に着いていた。
考え事をしながら歩いていたせいで、
命蓮寺の風景だとかそういう類のものは全然目に映っていなかった。
それどころか、どうやってここまで来たのかすら覚えていない。
ナズーリンとはぐれて迷子にならなかっただけ良かったのだろうか。
「ご主人、入るよー?」
「ええ、どうぞ」
ナズーリンが障子戸を開けると、畳の部屋の真ん中で1人の少女が正座でこちらを見ていた。
「佐藤君、こちらが私のご主人、
寅丸星。そう呼ばれた少女はまさしく虎のようだった。
金髪に所々黒が混じったような短めの髪に、虎柄の腰巻。
凛とした顔つきは見る者に人格者としての威厳を感じさせるようだった。
こんな人が落とし物などするのだろうか。
「寅丸星です。佐藤壱人さんですね?命蓮寺へようこそ。歓迎しますよ」
そう言って星は立ち上がろうとして、
「あがぁ!?」
前のめりに倒れた。
「えっ」
「・・・ご主人?」
突然のことに壱人は戸惑うが、ナズーリンは呆れた様子だった。
「い、いや、今日来るって聞いてたからずっと正座して待ってたら、あ、足がしびれて・・・」
「何をやっているんだい、仮にも毘沙門天様の代理だというのに・・・ハァ」
「か、仮にもは余計です・・・!ため息吐かないで・・・」
なんというか、台無しだった。
毘沙門天とかすごい言葉が聞こえてきたような気もしたが、もはやコントしにか見えなかった。
凛々しさとか人格者とか威厳とか、さっきまで思ったことが音を立てて崩れていくのを感じる。
「ほら、はやく立ちたまえ。いつまで四つん這いになってるんだ。
初対面の人の前ではしたない」
「ぬひゃあ!?そ、そう言うなら足の裏をつつかないで下さい!」
コントでもしているのだろうか。
ナズーリンは星の足の裏をつんつんしている。
その度に星は変な声をあげている。
「ちょ、ちょっと佐藤さん?うへぃ!?初対面でいきなり頼み事するのもアレなんですけど、
どひゃあ!たた、立ち上がるのに、て、手を貸してくませんか?ぎいぃ!?
な、ナズーリン!言葉の終わりにいちいちつっつかないで下さい!」
襲い来る足の痺れとナズーリンのイタズラを我慢する星の顔は、
赤みがかかっていて色っぽさを感じるが、
ナズーリンが足の裏をつつくたびに色気もへったくれもない声をあげるため、
壱人は反応に困った。とりあえず星の手をとって支えてやる。
「あ、ありがとうございます・・・」
星は肩で息をしながら涙目でお礼を言う。
正座1つからよくここまで話を繰り広げられるものだと壱人は思う。
あれ?そもそもここに何しに来たんだっけ?とすら思ってしまうくらいだ。
まあ、壱人はナズーリンに呼ばれて来ただけなので目的はないようなものなのだが。
星も立ち上がることが出来たので、壱人はそろそろ手を離そうとした。
その時、ネズミが壱人と星の間を走っていった。
「わひょお!?」
「えっ?ちょ!?」
やっと立ち上がったかと思ったら、バランスを崩してまたしても転ぶ星。
今度は壱人を巻き添えにしてだ。
「ふむ、他の皆ももうすぐ来るそう・・・ご主人、何をしているんだい?発情期か?」
ナズーリンの声が低くなる。
壱人を巻き込んで転んだ結果、壱人に覆いかぶさる形になった。
心臓がドキドキ音がなっているのを感じる。ただし恋ではなく気まずさのドキドキだ。
「あ、ああ!すいませんすぐどきます!」
そう言って星が立ち上がろうとした瞬間、
「お客様が来てるんだってー?どんな人がき・・・」
障子戸が思い切り開かれ、3人の少女が部屋の中に入ってくる。
戸を開けたセーラー服の少女や、その隣にいるフードの少女、犬の耳の少女。
しかし、壱人と星の姿を見た瞬間、表情が固まってしまった。
明らかに勘違いをしているであろう3人に、壱人と星の表情も固まる。
部屋が沈黙に包まれ、さっきよりも気まずくなる。
「えっとー・・・どういう状況?」
沈黙に耐えきれなくなったフードの少女が口を開く。
「あ、それは・・・」
「ご主人は発情期らしい。邪魔者は部屋を出ようじゃないか」
星の言葉を遮ってナズーリンが早口に状況をでっちあげた。
「な、ナズーリン!?」
「なあに、遠慮することはないさ」
慌てる星に対してにこやかな笑顔を向けるナズーリン。
「やっぱり肉食動物だから・・・」
「恋も肉食・・・」
「私も肉食系女子なんでしょうか!?見た目は犬ですし!!」
戸を開けた3人はひそひそと内緒話をしている。1人ものすごい大声だが。
「それじゃあ、ごゆっくりー。ご主人、ファイト!」
「何がですか!?」
にこやかな笑顔のままナズーリンは3人を部屋から追い出し、
自分も部屋の外に出て戸を閉めてしまった。
「え?ちょっと?待って?本当に違いますよ?違うんですよ?違うんですってえええぇぇぇ!!」
星の悲痛な叫びは見事にスルーされてしまった。
状況が悪化する時に限って何故タイミングよく事が運ぶのだろうと、
既に説得を諦めた壱人はぼんやり考えていた。
・・・・・・・・・
あの後、星が恋人を連れて来たと犬耳の少女が寺中に響くような声で叫び、
命蓮寺が軽い騒ぎとなった。
ついには寺の住職様が「星!恋人ができたって本当!?」と目を輝かせながらやって来た。
その後、「真昼間から何をやってるのですか!しかもまだ仕事中でしょ!」
と怒られたワケだが。
「それで、助けてもらったお礼に命蓮寺へ招待したと?」
「はい。決して発情期とか男漁りとかそういう理由じゃないんです事故なんです信じて下さい」
現在、壱人と星はこの命蓮寺の住職である聖白蓮に事情を説明していた。
もちろん、正座である。星の足は限界に近い。
白蓮は星が恋人を連れて来たのではないと知ると、
「星にも春が来たと思ったのだけど・・・」
と残念そうにしていた。
「まあ、事情は分かりました。星にはまだ言いたいことがあるのだけど、
お客様も来てることだしここまでとしましょう」
「や、やっと足を崩せる・・・」
白蓮の説教を回避するなり、星は正座を止めて足をのばす。
よほど足が辛かったらしい。
「星?男の子の前ではしたないわよ?」
「勘弁してくださいよう・・・これ以上正座してたら足も脚も死んじゃいますってぇ・・・」
星は完全にリラックスした態勢になっていた。
「それで?貴方達はいつまでそこにいるの?」
白蓮が障子戸の方を見れば、分かりやすいくらいに障子戸がガタンと揺れる。
そして、恐る恐るといった感じで戸が開くと、ナズーリンとさっきの3人の少女が入って来た。
「ご紹介しましょう、壱人さんに近い方から、
自己紹介は・・・必要ありませんね?」
「は、はあ・・・」
フードの少女が雲居一輪、セーラー服の少女が村紗水蜜、犬耳の少女が幽谷響子。
「ざ、雑にまとめられた・・・」
「ひ、聖?盗み聞きしてたのは謝るからさ・・・」
「よろしくお願いします!!!」
がっくりと項垂れる一輪と水蜜だが、響子はまるで気にした様子がない。
まるでコントを見ている気分だ。
「これで全員というワケではありませんが、この場にいないので紹介はまた今度にしましょう」
聖はそう言うが、ナズーリン、星、白蓮、一輪、水蜜、響子と昨日今日でもう6人だ。
さすがにこれ以上は一度に覚えられる気がしない。
「それじゃあ、私はそろそろ行くとするよ。ああ、佐藤君、君はゆっくりしてくれたまえ」
そう言うと、ナズーリンは部屋を出ようとする。
「あら、そう?もっとゆっくりしていってもいいのよ?」
「いや、遠慮しとくよ。なんだか嫌な予感がするのでね。『逃げろ』と私の内なる声が囁くのさ」
白蓮が引きとめるものの、ナズーリンは妙なことを言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。
「・・・ナズーリンさん、命蓮寺に住んでるんじゃないんですか?」
「ああ、ナズーリンは私の部下ですが妙蓮寺の修行者というワケではないんです。
無縁塚にはよく外の世界の物が入ってくるんですが、それを探すのが楽しいらしくて」
壱人の質問に答えたのは星だった。
そうなのかー、命蓮寺もいろいろ事情があるんだなー。
そんな風に考えていた壱人だったが、
あれ?そう言えばどうやって人里から命蓮寺までやって来たんだっけ?
案内してくれたナズーリンは先に帰ってしまったし、どうやって帰ればいいんだろう?
もしかしてさりげなくヤバイ状況になっている?
知らない内に訪れた危機に対して冷や汗すら出てくる。
「あの、佐藤さん、壱人さんさえよろしければ今日は命蓮寺に泊まっていきませんか?」
そんな壱人の心を知ってか知らずか、星がそんな提案をしてきた。
「い、いいんですか?」
「ええ。本来お礼ならこっちから出向くのが筋なのにわざわざ来てもらったうえ、
あんな失態までしてしまいましたし、佐藤さんさえよろしければ是非」
壱人として随分助かる提案だ。
もしかしたら命蓮寺の人達ってとても優しいのかもしれない。
壱人の妖怪に対する警戒は、すでに薄れてきていた。
「いいですよね?聖?」
「ええ、もちろん!仲良くするのはとてもいいことです」
星が確認をとると、白蓮は満面の笑みで答えた。
「折角来てもらったのだから、何か命蓮寺らしいおもてなしが必要ね。
そうだ!これから命蓮寺の座禅を体験してもらいましょう!」
白蓮がそう続けた瞬間、部屋の空気が凍りついたような気がした。
「ざ、座禅・・・?」
「よりにもよって・・・?」
「お、おっそろしいです・・・!!」
声が震えている一輪と水蜜。響子ですらさっきまでの元気がないような気がする。
「あ、あのー・・・聖?私は足が限界なので、今回は遠慮をー・・・」
「何言ってるの!お礼がしたいと言ったのは貴方なんだから貴方もちゃんと参加なさい!」
「ふ、ふええぇ。ナズーリンの言っていた『嫌な予感』ってこれのことですか・・・」
星はまたしても涙目になっていた。
「さあ、そうと決まれば部屋を移動しましょう!」
白蓮がぱん!と手を叩く。
他の妙蓮寺メンバーは皆青い顔をしていた。
この後壱人は命蓮寺の座禅の恐怖をその身で理解することになる。