壱人が幻想郷に来てから約1ヶ月が経った頃。
幻想郷に来た当初に抱えていた不安はほとんど消えていた。
1ヶ月もすれば空き家を借りることもできた。
生活に対する恐怖も、妖怪に対する恐怖もない。
妖怪に関しては命蓮寺に関わるようになったおかげだろう。
聖白蓮。
命蓮寺の住職である優しい女性だ。
人と妖怪の共存という目標に向かって日々努力している、まさに聖人と呼ぶにふさわしい人物。
同じ命蓮寺メンバーには家族のように接している。
寅丸星。
命蓮寺が信仰する毘沙門天の代理であるが、白蓮の弟子でもある虎の少女。
壱人が命蓮寺と関わるきっかけとなった人物と言えるだろう。
結局、宝塔を落としたことは白蓮からしっかり説教されていた。
ナズーリン。
星と同じく、壱人が命蓮寺と関わるきっかけとなった少女。
星の部下であり、命蓮寺の一員というワケではないが、関係は良好であるとのこと。
どうもナズーリンと一緒にいるネズミ達に気に入られているらしい。
村紗水蜜。
命蓮寺の修行者その1、セーラー服の少女。
明るく世話焼きなおねーさんキャラであるが、大きな碇を振り回したりと豪快な部分も。
友達感覚で背中を叩かれるだけでも結構痛い。
雲居一輪。
命蓮寺の修行者その2、フードの少女。
雲山という雲の妖怪を連れていおり、一輪が言うには過保護らしい。
昔は真面目で機転も度胸もある人物なのに、今ではなぜか脳筋になってしまった。
幽谷響子。
命蓮寺の修行者その3、犬耳の少女。
山彦の妖怪らしく、人が言ったことを繰り返すがとにかく声が大きい。
彼女に隠し事は難しい。
壱人が最初に命蓮寺に行った時に会った者達以外にも、命蓮寺で知り合った者はいる。
命蓮寺の修行者その4、翼の少女。
他の妙蓮寺メンバーとは少し距離があり、つまらなそうにしているところをよく見かける。
が、決して仲が悪いワケではない。
命蓮寺の関係者だが修行者ではないタヌキ少女。
タヌキらしく化けることを得意としており、人里にも人間に化けた姿でよく来ている。
ぬえ同様に他の妙蓮寺メンバーとは距離があるが、本人に気にしている様子はない。
彼女らと関わることによって、壱人の心には大分余裕ができていた。
少なくとも、新しい生活、新しい平和を満喫できる程にはなっていた。
だが、そんな平和は長くは続かない。
幻想郷という世界の仕組みというものを壱人は理解することになる。
・・・・・・・・・
その日、壱人は命蓮寺に行く途中だった。
命蓮寺は人里に近い場所にあるので、悪い妖怪に会うことは少ない。
決してゼロではないのだが、壱人はこの1ヶ月で何度か命蓮寺に行ったが、
妖怪に襲われることもなく、出会っても少し話をする程度だった。
しかし、その日は違った。
壱人が人里を出て少し歩くと、そこには狼男のような妖怪が暴れていた。
なんとなく、前の世界のことを思いだす。
暴れる狼男は、壱人を見ると、獲物を狙うようにじりじりとこちらに近づいて来る。
このような状況に陥るのは久しぶりだった壱人は、昔のクセでつい願ってしまう。
この状況を打開できる能力をくれと。
「いいだろう!お前に今日だけ『炎を操る程度の能力をやろう』!やっぱ獣には炎だよな!
つっても、今の君の力だとそこまで大したこともできないけど」
1度会ったからか、神様のセリフもなんだか軽くなった気がする。
だが、とにかくやるしかない。やらなければやられてしまうのだから。
「うおおおおおおオオオオオオォォォォォォッ!!!」
叫び声と共に全力で手のひらから炎を出そうとする。
人差し指からポッとマッチ1本分の火が出るだけだった。
「こ、ここここんなのでどうやって戦えばいいんだ!?」
いくら火が出ているからとはいえ、指1本相手に向けたって指を食いちぎられるのがオチだろう。
そうして壱人が慌てているうちに、最初は突然火が出たことで驚いて動きを止めた狼男も、
壱人の様子を見てそれ以上何もないと判断してまたにじり寄ってくる。
そうして今にも狼男が壱人に跳びかかろうとしたその瞬間、
「そぉい!!!」
横から割り込んできた巫女服の少女のドロップキックが狼男の腹にぶち当たった。
「ぐぇ」
吐き出すような声をあげて、狼は地面に転がる。
「まったく、なんだか妖力がざわついてると思って来てみれば・・・」
ドロップキックをした本人は腕を組んでため息交じりに独り言を呟く。
「ってゆーかアンタ人狼じゃない。今まで大人しくしてた人狼がなんで暴れ出してんのよ?」
「いやー、なんか急にやる気とゆーか自信が湧いてきまして。
なんか今の俺ならなんでもできる気がする!やるぞー!って。
まあ、結果はドロップキック1発でリタイアなんですけど・・・。
ってゆーかそれを言うならアンタだってなんでドロップキックなんですか!?
アンタ巫女でしょ!?そこはお祓い棒とか弾幕とか使う場面じゃないんですか!?」
「しょーがないじゃない!なんか知らないけどお祓い棒の調子が悪いんだから!」
巫女服の少女と狼男はどんどん会話を進めていく。
壱人は完全に蚊帳の外といった感じだった。
そうしているうちに狼男は巫女服の少女にぺこりと礼をしてどこかへと行ってしまった。
「あ、あの・・・」
「ん?ああ、アンタまだいたの?てっきりもう逃げたと思ってたけど」
壱人が巫女服の少女に話しかけると、彼女は少し意外そうな顔をした。
「えっと、助けてくれてありがとうございます」
「別にアンタを助けに来たワケじゃないから気にしなくていいわ。
それよりも、どこかに用事なら気をつけなさい。
近頃は今まで大人しくしてる弱い妖怪たちが急に暴れ出すような事件がよく起こってるから。
いくら、弱い妖怪だって、アンタみたいな一般人が1人でいるんじゃすぐ死ぬわよ?」
言うべきことを言うと、壱人の返事も待たずに巫女服の少女はどこかへ飛んで行ってしまった。
その後、また何者かに襲われたらたまらないと壱人は急いで人里に戻った。
人里で偶然ナズーリンに出会い、壱人は現在幻想郷が異変の真っ最中であることを知った。
これまで弱くて大人しくしていた妖怪が急に力を持ち始め各地で暴れ出したり、
道具が突然意思を持ち、付喪神と化す現象が起こっているのだとか。
結局、壱人はその日命蓮寺に行くのを諦めた。
・・・・・・・・・
次の日、空に逆さまに浮いている城が現れた。
壱人には城までいく術も力もなく、ただぼうっと城を眺めていた。
・・・・・・・・・
さらに次の日、城はあっさりと消えてしまった。
人里で聞いた話によれば、博麗の巫女が城に乗り込んで異変の黒幕を倒したのだとか。
博麗の巫女とは、おそらく一昨日会った巫女服の少女のことだろう。
また、巫女の他に2人程異変解決に向かった者がいたらしい。
だが、壱人には関係のないことだ。
結局、壱人が異変に関わるようなことはなかったのだから。
別にそれでいいではないか。
ヒーローになりたくて異世界転生したのではない。
ただ壱人自身に拒否権がなかったようなモノだから仕方なく転生しただけだ。
それに、なんだかんだ言って今の生活にも満足している。
だから、異変が起きても壱人が気にすることなど何もありはしないのだ。
この世界にはこの世界のヒーローがいるのだから。
だというのに何故だろうか。
壱人の気持ちは晴れない。もやもやしたものが胸の中に残っていた。
・・・・・・・・・
次の日。
博麗の巫女の活躍によって異変は解決した。
これで問題なく命蓮寺に行くこともできるだろう。
そう思った壱人は改めて命蓮寺に行こうと人里の外に出た。
そんな矢先のことだった。
人里の門を通り抜けてすぐ、壱人は立ち止まる。
「何だ?何か聞こえる・・・?」
どこからか聞こえてくる音。聞いていると、それは何かの音楽のようだった。
気になって辺りを調べてみる。それにこのままにしておくのも気味が悪い。
音のする方へと歩いて行き、近くの草むらを手でかきわける。
すると、草むらの中で地面に置かれた小さくて少しボロッちい時計が音をならしていた。
鳴っていたのは時計のアラームのようだ。
「何でこんな場所に時計が落ちてるんだ?」
「誰かが捨てた以外の理由があるなら、聞かせてもらいたいものね」
予想外にも、壱人の独り言に返事が返ってくる。
驚いて振り返ると、そこには赤いショートヘアーの女性が立っていた。
白いジャケット、チェック模様の服、ピンクのネクタイと、
着ているものはどうにも人里の人間らしくなく、現代的だ。
「えっと、貴方は?」
「私は
壱人は言われるがままに時計を雷鼓と名乗った女性に渡す。
雷鼓は時計をまじまじと見つめながら「やっぱり・・・」と呟く。
「これ、別にアラームで鳴ってたワケじゃないわね。設定されてないもの。
音を鳴らしていたのはあくまでもこの子の意思ね」
「意思?」
壱人が聞き返すと、雷鼓は「そう、意思」と頷く。
「貴方もこの前の異変は知ってるでしょう?大人しかった妖怪が急に暴れ出してってヤツ。
全ては幻想郷のシステムへ下克上を仕掛けた天邪鬼と小人の仕掛けたことだったけど、
小人が使った打ち出の小槌の魔力は弱い妖怪に力を与えるだけではなく、
道具を付喪神化させるという現象まで起こした。
この子は付喪神になりきれなかったのね、きっと。
だけど意思が芽生えてしまったが故に、持ち主は気味悪がって捨ててしまったのね」
そう言う雷鼓の表情は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。
捨てた者に対する怒り、捨られた道具の悲しみ、付喪神として感じるものがあるのだろう。
「この子は、私が連れて行くわ。時間をかければちゃんとした付喪神になるでしょうし。
この子も自由にしてあげないとね」
「自由・・・ですか?」
「道具は使われてナンボだろうけど、たとえ道具でも意思は尊重しなきゃね。
この子には自由に考える意思がある。ああしたい、こうしたいって考えることができる。
今、この子を縛るモノは何もないんだ。なら、したいことをさせてあげたいじゃない?」
したいこと。自由。
それは、前の世界で壱人に絶望を与えたものだった。
願ったからこそ、自由にやったからこそ、苦しんだ。
「自由にして、やりたいようにやっても、いいんでしょうか?」
「君も悩んでるみたいね。なら、おねーさんからアドバイスをあげる。
人間でも、妖怪でも、できることならやるべきよ。
何かに縛られて生きるってのは苦しいからね。特に幻想郷みたいな所ではなおさら。
やりたくてやったことなら、失敗しても後悔はしないハズだから」
付喪神なりに思うところでもあるのだろうか、
そう言うと、雷鼓は時計を持ったまま行ってしまった。
「・・・そういうんじゃ、ないんだけどなあ」
壱人の悩みとは、ちょっとズレている気もする。
だが、そんな言葉は誰にも届かない。
この後壱人は予定通りに命蓮寺に行ったが、途中で妖怪に襲われるようなことはなかった。
・・・・・・・・・
1週間後、異変について話す人ももはやいなくなってきた頃。
「新聞いかがですかー!」
壱人の家に新聞の押し売りが来た。
少女の元気な声と戸をノックする音が外から聞こえてくる。
新しい人が増えれば新聞の押し売りが来るのは
現代日本でもアパートやマンションに住んでいる人なら経験があるのではないだろうか。
「いますよねー?留守じゃないですよねー?新聞どうですかー?
人里で1番人気だと私は思ってる文文。新聞どうですかー?」
とはいえ、ここまで押しつけがましいのも珍しいとは思うが。
壱人は居留守を決め込み、相手が帰るのを待つ。
初めて新聞を売りに天狗が来たのは人里に住み始めて3日目くらいの頃だったと思う。
新聞なんて前の世界でもテレビ欄と4コマ漫画、クロスワードくらいしか見てなかったので
断ったが、今でも度々やって来ては新聞を売ろうとしてくる。
ノルマが厳しいのだろうか。
と、天狗社会の闇を勝手に想像しながら早く帰れと壱人は黙って待つ。
それでも天狗は諦めない。
「ほら、今日の新聞は特別ですよ!この前の異変の続きも乗ってるんですよ!
博麗の巫女に2度目の挑戦をした妖怪達の記事なんて鮮度バツグンのネタですよ!」
別にそんなネタに興味はないから早く・・・ちょっと待て。
「今何て言った?」
「お、ようやく出てきましたね?」
壱人が戸を開けると天狗は嬉しそうに新聞を取り出す。
「売ってくれ」
「はーい!ありがとうございます!いやー、お客さんはいつか買うと思ってましたよ!
たまには勘を頼るのもいいですね!」
勘で1ヶ月近くも押し売りしてたのかコイツと内心思いながら、壱人は新聞を買う。
そこには、1つの事件について書かれていた。
・・・・・・・・・
『リベンジ!弱小妖怪チーム!博麗の巫女に勝負を挑む!』
事件が起きたのは〇月×日の昼過ぎのこと。
神社を離れて外に出ていた博麗の巫女に複数の妖怪達が奇襲を仕掛けたのだ。
しかし、博麗の巫女は妖怪達を全員返り討ちにする。
博麗の巫女を襲った妖怪達は全員、過去に博麗の巫女によって退治されたことのある者だという。
奇襲を仕掛け、結局退治された妖怪に取材したところ、
「先日の異変で普段は弱小、大人しいと言われ、
相手にもされないような妖怪が力を得て妖怪らしく暴れている姿を見て、
自分達も博麗の巫女にリベンジしたかった。純粋に勝負したかった」
とのこと。
また、このことに対して博麗の巫女は
「退治?いや覚えてないけど?とにかく、迷惑だから理由も無く襲ってくるな」
と語っている。