人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
あくる日。
二階の窓をブチ破って、魔女が自室に飛び込んできた。
「―――『ジャック』! ジャン=ジャクザール・マギロティオン!」
物凄い剣幕で叫ばれる俺の名前。
声の主は荒々しく窓ガラスの断末魔を蹴散らして、一直線に俺のもとへと詰め寄ってくる。
白い鳥のような
白いとんがり帽子、白い
そんな、雪のような美貌の中。
瞳だけが血のように赤く、爛々と怒りの炎を滾らせている。
「ジャック、ジャクザール、ワラワの
そんな、かつてないほどの魔女の怒りように、ベッド脇に座ったまま呆然としていた俺の両肩が、がしりと強く掴まれる。
人ならぬ、かぎ爪の生えた腕の感触。
そのまま魔女は、その美しい顔を、さながら凶器を突き付けるように鼻先が触れるほどまで寄せてきた。
「……おい」
「一度誓った愛を裏切りおって! 何が理由だ!? 年齢か!? やはり年若い女がよいのかキサマは!? そんなのワラワは赦さぬぞ、女を騎馬のように乗り換えるなど最低なのだぞ! というかキサマが他の誰かのモノになるなど耐えられん!
かくなる上は、もう他の誰にも靡かぬよう、その心臓を啄んで―――」
ミシミシと。
肩を掴まれた力が強くなる。
床を踏み締めたその両足から異音がする。
たぶんこのままだと殺される。
魔女とはそういう
だが……それでも俺は、首を横に捻るしかなかった。
だって。
「おい魔女。君は一体、何のハナシをしてるんだ……?」
だって、本当に何一つ心当たりがない。
この女に怒られるようなことをした覚えなど微塵もない。
故に、殺される道理がない。
なので問いかけてみれば……ふざけるなっ、と。
童女のように頬を膨らませて、雷を降らすように魔女は言った。
「―――
「………………は?」
余りにも予想外で絶句する。
次いで、またか、と頭を抱える。
なるほど、確かに俺は今、鼻歌交じりに相棒の魔剣を磨いていた。
特に気にしてはいなかったが、言われてみれば窓際に小鳥が居たかもしれない。
それが彼女には求愛行動に見えた、と。
……うん。
君の主張は分かった。
では、不貞の嫌疑をかけられた被告人・ジャン=ジャクザール・マギロティオンとして言わせてもらうけれど―――。
「―――いいか、よく聴けよこのバカガラス!!! それ完ッ全に君の勘違いだから、まず壊した窓を弁償しろ!
そもそもだ! 人間の俺が、いったいどういう理由で手のひらサイズの小鳥なんかへ求婚しなくちゃならないのか、そこんとこ教えてくれないか!? 残念ながら、俺にはちょっと考え付かないからさぁ!」
渾身の叫びだった。
たぶん雲の上まで届いた、雷鳴を跳ね返す反論だった。
そうなのである。
魔女とは怪物で、人外で……要するに、人間からすると頻繁に意味不明なのだ。
この
そんなのを毎回相手にしているものだから、こちらも自然語気が強くなり。
そうやって、自分以上の剣幕で怒鳴られたからだろう。
魔女が鼻白み……だがすぐに立ち直って負けじと言い返して来る。
「し、知らんわそんなことっ! だが歌っていたということは、それは求愛していたということだろう!? 常識的に考えて!
それに、その手元の刃……そうもキラキラと光らせて、それでは誰彼構わず誘っているようなものではないか! ワラワという者がおりながら周囲に色目を使うなら、ソレは立派な浮気なのだぞジャック!」
「なんだそれ、俺が魔女の常識なんて知るか! 毎度毎度、意味不明なことばっか言うなよな! 誓って、俺は浮気なんかしてないっての!」
そもそも、誰かと愛を誓った覚えもないですが!
そこまで言えば、さしもの魔女も気勢を削がれたようで。
その赤い瞳が蝋燭のように揺れた。
「……そ、そんな真剣な顔で言われても、今更信じられんっ」
「だったらどうするんだ? 俺の心臓を抉り出すか? その場合は、」
ちゃきり、と手元の剣を鳴らす。
殺される理由は(一応は)分かった。それについての弁明もした。
それでも止まらないというのなら、後は刃にて抗うのみだが―――。
ふっと。
掴んでいた肩が離され、ぷい、と魔女はそっぽを向いた。
「……フン、それはもうよいっ。代わりに、キサマがさっき歌っていた歌をワラワにも聞かせよ、
ちらり、と赤い目だけがこちらを見る。
とはいえ、そんなことを言われても困ると言うか。
「いや、『歌』って……俺は、鼻歌交じりに剣の手入れをしていただけだぞ」
「それでもだっ。本当に後ろめたいことがないのなら、ワラワにも聞かせられるハズだぞっ。そ、それともまさかっ、ワラワが相手だとイヤだと言うのかキサマは!?」
……ああ、また目の前で理解不能の怒りが再燃し始めた。
このまま放置しても面倒だし、そもそもこんな奴の行動で日課を中断するのも癪ではあるし。
俺は溜息を吐いて、椅子に深々と座り直して。
「……君に何を言われようと、俺は剣の手入れを続けるだけだ。それでもいいなら好きにしてくれ、
ぱあっ、と白い花が咲く。
……さっきまであんなに怒っていたくせに、一瞬で満面の笑みを作れるとか、単純なやつ。
そのまま窓枠に腰掛けた魔女の存在をなるべく気にしないように、俺は愛用の剣の手入れを再開する。
「……“首斬りジャックがやってくる 悪者殺しにやってくる”
“お墓に逃げ込め罪人たち 遅れりゃ首だけ泣き別れ……”」
声は、少しぎこちなさが混ざってしまったと思う。
だが……ちらり、覗き見た魔女サマの顔は大変満足そうに弛んでいて。
こんな血生臭い
要するに、これは人ならざるモノとの話。
種族の差が生み出した勘違いに日夜ふり回され続ける、俺と彼女たちの恋物語だ。