人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
「ヴィレ農場の小作人、ロベール、アンヌ夫婦だな。
押し入って早々そのように名乗った男に対して、小作人の夫婦、ロベールとアンヌはまるで反応できなかった。
右手に戦端の潰れた剣を持ち、喪服めいた黒いコートに身を包んだ青年。
異様な風体は小作人が初めて見るものだったが、不吉をたっぷりと孕んだ気配は、知識がなくとも否応なく感じとれてしまうもので。
「あ、あんたさんは一体―――」
窓際に居たロベールが身構える。
不吉な来訪者を前にしたその足が、反射的に妻の方へと伸び。
「―――え?」
瞬間、青年の姿が消えた。
目にも留まらぬ黒い風が室内を滑る。
黒影は反応すら許さずロベールの背後へ。
足払いと肩を押すのは同時。
碌な抵抗もできず、ロベールは顔面から床に叩きつけられた。
「ぐが……っ!?」
目の奥で散る火花。
突然の暴力に何が起こったかさえ理解できない。
そして、事態はもう彼の理解など待ってくれない。
ちゃきり、首の裏に冷たい音が当たる。
「ひ……!?」
体を地面に縫い留めるように、首筋に突き付けられた刃の感触。
―――抵抗すれば殺す。
ありありと伝わってくる脅迫に息を呑む。
刃の冷たさが何倍にもなって伝播したかのように、ロベールの体はすっかり凍り付いていた。
「碌な抵抗なし、戦闘能力皆無……情報通り、ただの小作人のようだな」
反面、ジャクザールからすれば、ここまで全て予想通り。
あるいは作戦通りと云うべきか。
『首斬りジャック』の前では大の男など赤子同然。
駄目押しとばかりにロベール・エメスの腕を踏みつけ、彼は要求を繰り返す。
「聞こえなかったか、ロベール・エメス。今すぐゴーレムを止めるか、死ぬかだ。地主の証言により、あのゴーレムが
そう、ロベールは知るべくもないが、彼の狙いはそこにあった。
与えられた任務は、騎士団すら退けた危険なゴーレムの“回収”。
何も馬鹿正直に真正面から
そもそも
つまり―――ゴーレムの持ち主を脅し、強制停止させるだけで
それがジャクザールの、『法典部隊隊長』として打ち立てた作戦だった。
報告書と地主ヴィレの証言、そしてレフィーリアとの交戦により足止めされているゴーレム……あらゆる要素を総合し導き出した最善策。
がさり、コートの裏ポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、ジャクザールはそれを高々と翳す。
「この委任状の通り、私は神罰法廷直々の命令―――分かり易く言えば“王命”でここに居る。状況は理解できたはずだ。速やかに指示に従え。嫌だと言うなら……この身に与えられし『首斬りジャック』の忌み名、その由縁を示すのみだ」
それは魔術への適性がないジャクザールにも使える『魔法の呪文』―――即ち、王の権威と暴力による脅し。
二重の圧力は、一介の小作人の心など容易く圧し折る重さを持つ。
現に妻・アンヌは恐怖で貧血を起こしたのか、よろよろと壁に手を突いていた。
妻がこれなら、夫も平気ではいられまい。
そう確信したジャクザールは組み伏せた男の様子を伺い―――その、敵意の籠った土色の瞳と目が合った。
「……あんたさん、上等なコートを着てなさるな。貴族だべか?」
「……ロベール・エメス」
小作人は屈してなどいなかった。
寧ろ強固な敵意を以て、彼は首筋の刃も構わず叫ぶ。
「凄く強くて、王様から直々にお願いまでされて。あんたさんみてえな人に、オラたち小作人の気持ちが分かってたまるかってんだ。
朝から晩まで畑の世話をして、言われた通りに森を拓いて。それでも収穫した麦はほとんど地主様が持っていっちまって、オラたち小作人は食うのも困る有様だ。
あの子は、イブは、そんなオラたちに天の神様が下さった報いに違いねえ。なのに地主様は収穫物ばかりじゃなく、あの子さえ奪おうとしやがった……!
イブはオラとアンヌの
声に宿る、強烈な悲壮と義憤の色。
それは社会的弱者である小作人の、あらゆる不平等に対する強烈な憤りだった。
貧しくない者には決して抱けない、何年も鬱積した感情の爆発。
そんな、小作人の持つ唯一の武器は……力量差も何もかも無視して、死神の胸に直撃した。
「……そうか。理解したよロベール・エメス」
「! なら……!」
必死の訴えが通じた、と目を輝かせるロベール。
スッとその首筋から冷たい刃が離れていく。
「立場など関係なく、善人であれば救われるべき、か。なるほど、そいつは素敵な話だ。人の世が目指すべき理想の姿に違いない」
体を凍らせていた恐怖から解放され、自由を取り戻す小作人。
彼は厳格そうな役人が自分の言い分に理解を示してくれたことに一言礼を言おうとして―――その体が先程にも増して氷結する。
なにせ予想とは対照的に、彼を見下ろすジャクザールの双眸は、どこまでも昏く冷たく沈んでいたのだから。
「―――では、私もその通りに。
過ちを犯した善人の頸を以て、善なる民衆を救うとしよう」
「え?」
再び黒い風が吹いた。
それは立ち上がったロベールではなく、壁に手を突いていたアンヌ目掛けて走り。
気付けば。
妻・アンヌの体は壁に叩き付けられ、その首元には魔剣が押し当てられていた。
「さあ、改めて選ぶといい、ロベール・エメス。貴方の
「なっ、アンヌ……! なんでっ、あんた、オラたちは悪くねえって納得してくれたんじゃねえのかよぅ……!?」
そう縋る夫の声にジャクザールは頷くも、反面、剣を握る手は微塵も緩まる気配がない。
「ああ、理解したとも。先のは失策だった、とな。
首に刃を突き付けられた状態では、貴方が冷静さを失うのは道理。だが、これで冷静な判断ができるだろう?」
冷徹無比なその態度は、けれど小作人を脅迫するための
それはジャクザール自身の信念によるもの。
小作人への私的な同情心を律し、任務を遂行するための、鋼の
善人であれば救われる、そんな
だから我々が保つのだ。
無実の民には安寧を。罪ある者には応報を。
罰とは罪の重みを教え、人の善良さを守るモノ。
理不尽を嘆け小作人の夫婦。
俺は貴方たちのような善なる人々を救うために、貴方たちのみを
処刑人の揺るがぬ大儀を前に、ロベールは気圧され後退った。
『
たかだか家族を守りたい程度の私利私欲が、国家を守る処刑人の自負に勝てるものか。
そんな小作人を更に追い詰めるように、ジャクザールは答えを急かす。
「猶予は十秒だ、よく考えて頂きたい。
さあ、あと三秒だ。二、一……」
ぐ、と剣を握る腕にわざとらしく力を籠める。
女の
「あ、あなた―――」
その赤は、苦痛は、恐怖は。
「……! チクショウ……!」
永遠にも感じられる
最愛の妻の笑顔が脳裏で幾度も咲いて散る。
ああ、たとえ何を奪われるとしても、彼女の命には代えられない。
だが……自らの手でゴーレムを差し出すというのもまた、彼にとっては
今や娘のように思っているゴーレム。
自分たちを救ってくれた彼女を、自分は我が身可愛さで裏切るのか。
そんな理不尽があっていいのか。
こんな理不尽があってたまるか。
ああ、どうしてまた奪われなければならない。
ゴーレムに
……どんな願いも、叶う?
そうだ、男は知っていた。
自分ではどうしようもない問題を解決する方法を。
理不尽を
だって
つまり、ロベールが出した結論とは。
「―――っ、イブ!
「!? ロベール・エメス、貴様―――」
ジャクザールにとっても完全に予想外の命令。
だが、幸か不幸か予想外は連続した。
一秒、二秒。
どれだけ待っても、ゴーレムはやってこなかったのだ。
「―――どういうことだ? あのゴーレムは、貴方の命令に従うのではなかったのか?」
「そ、そんな……イブ! なあイブ、オラの声が聴こえてねえのか!? 頼む、この人を今すぐ追い出してくれ! じゃなきゃアンヌが……!」
処刑人の困惑も、小作人の狼狽も当然のこと。
ゴーレムとは、命令に従うだけの『機械』だ。
そこに自分の意志はなく、主人の言う通りに行動する―――命令がどれだけ自分にとって不都合でも、まるで構わず実行する。
なにせゴーレムには『自分』が無い。
自分が無いから自分の不都合など感じないし、人の
それがジャクザールの知る、“ゴーレム”という人外だ。
なのに、どうしてゴーレムは命令に従わなかったのか。
あの
それとも、あるいは……。
「まさか。ゴーレムが、
「ウ、ウソ……?」
思案に耽る青年は、自らの
ああ、禅問答のようだが……もしゴーレムが全能だとしても、不可能はある。
それは例えば、
ジャクザールに夫妻を殺す気がなければ―――そしてそれを何らかの手段で看破されていれば、「妻を助けてくれ」という願いは、初めから成立しえないのだから。
図らずも、青年は魔女に語っていた。
『俺は“処刑人”だ、“殺人鬼”じゃない。無実の人間を殺すつもりはないよ』
それは単純明快の原理―――『判決がなければ処刑はできない』。
今回の標的は人外たるゴーレム。
エメス夫妻が戦闘能力のない“民間人”であり、また神罰法廷が“死刑判決”を出していない以上……たとえ法典部隊隊長としての裁量権があろうとも、ジャクザールに彼等を殺すことは出来ない。
―――処刑人は、私情で刃を振るわない。
だから殺す
「……だが、どうしてゴーレムに
ここで考えても答えは出ない。
そして、ゴーレムが必ずしも
「……あるいは、しょせん人外、人間より己を優先させるというだけか。ならば、通じるかも分からない人質など、自ら動きを鈍くする愚行だな」
ぱ、とジャクザールがアンヌを解放する。
極度の緊張から解放され床に倒れ込む妻、その荒い呼吸も、駆け寄る夫さえも青年は見過ごした。
もうこの夫妻に用はない。
一刻も早く魔女と合流し、ゴーレムを鎮圧するべきだ。
超人どうしの戦いは、数秒の遅れが致命的な結果を生むこともある。
だが……それを身に染みて理解していながら。
床に蹲り小動物のように震える小作人の夫婦が憐れだったのか、それとも目障りだったのか。
ジャクザールは最後に、彼なりの忠告を言い残すことを選んだ。
「もう何も失いたくない、だったか。蒙昧だな小作人。貴方は抵抗して何かを守っているつもりだろうが、それは違う。
暴力により法の庇護を、反抗により社会的信用を……貴方はずっと失っていた。下らぬ抵抗の代価として、己を守る不可視の鎧を着実に失い続けていた。
忠告だ、エメス夫妻―――喪失それ自体を拒むことなど、この世の誰にも出来はしない。我々に出来るのは、せいぜいが『何を
それでも“人”の領分を弁えず、運命を拒み続けるなら……その歪みはいつか、貴方の『本当に失いたくないモノ』を呑み込むぞ」
それだけを強く言い残し、黒い颶風は戦場へ急ぐ。
そうして嵐が去った小屋の中で。
ロベールは死神の言葉を思い出しながら、震える妻・アンヌの体を抱き締めた。
◆
大魔女・白夜のレフィーリアは、常に自らの力を抑えている。
理由は簡単。
彼女の本来の姿とは、現代の世に居てはならない、神話の天変地異そのものだからである。
巨大な体を縮小し、美しい
魔女の現在の状態を人間の基準で例えるなら、膝で歩き肘で殴り合いを演じているようなものだ。
手加減、なんてレベルではない。文字通り、天変地異の本性を無理矢理『半人間』の
対し、ゴーレム・イヴは
その能力を考えれば、一秒ごとに戦闘能力が上昇していると考えていい。今でさえ魔女と互角以上に戦っているのに、である。
正に人智を越えた、“人”では打倒できぬ
―――小癪な。絶対に擬人魔術は解除せんぞ。
そんな人形に、半人のまま勝ってみせる……それが空より高い魔女の
そもそも、異形だった魔女が人の規格に収まったのは、一から十まで“彼”のため。その愛を薄汚い人形ふぜいに穢されたくはないのだ。
「とはいえ―――」
そう。とはいえ、何というか。
「流石に『なんでもあり』過ぎないか、キサマ―――!?」
そう叫ぶレフィーリアの声にはまるで余裕がなく。
乱れ飛ぶ弾丸、音波、刃物、火炎……あらゆる対空砲火を紙一重で躱しながら、魔女は優雅さも忘れ全力で羽搏く。
かつて、魔女は単体で戦場を再現してみせた。
『首斬りジャック』と廃教会にて演じた、二人っきりの大戦争。
夥しい鳥の使い魔と、上空よりの魔力砲の連射。
それとは似て非なる鉄火の大群……それこそ戦争と見紛う大火力が、今は魔女の身を襲っていた。
弾幕の僅かな隙間を縫いながら地上近くを飛翔する魔女は、その
べきり、掴んでいた細い腕が枯れ木のように圧し折れる。
やっとのことで人形から捥いだ片腕。
その破壊は、けれど何の有利も生み出さない。
なにせ。
「地面から武器を生やすのはまだいい! そういう魔術もあるゆえな! だが、
『……あなただって翼が治っているじゃないですか。そういう狭量が見苦しいと言っているのですっ』
〈
片腕を捥がれた程度では掠り傷にもなりはしない。
それどころか、人形の進化は一向に止まず、寧ろ兵装と勢いを増し続けていた。
地面から生えてくる
三半規管を直撃する音波兵器。
口径と破壊力を増した
敵魔力を吸収する特殊防御機構に、自己改造を応用した自己修復能力。
そして、一切の防御を許さない
「ぐぬ、認めたくはないが、どんどん
全力で飛び回りながら都度反撃を叩き込む魔女だったが、目に見えて回避の比重が多くなりつつあり。
焦りに満ちた彼女とは対照的に、人形は淡々と最適解を選び続ける。
『“道具頼り”? 道具を扱うことこそ
そうして完成する新たな兵器。
魔女レフィーリアという障害を超克するための『進化』が、今まさに結実を迎えようとしたその瞬間。
「―――っ、イブ! 頼むっ、アンヌを助けてくれ!―――」
刹那、戦場の時が停止する。
遠くから届いた
錯雑した状況に突如として混入した盤外要素。
その、一見して意味不明な
「そうかっ。これはジャックの、ワラワへの『愛の援護』か!」
本人曰く『愛の力』でそう確信するレフィーリア。
―――これは好機。上手く活かせば勝利は目前。
直感に従い、彼女は人形目掛けて目一杯に強く羽搏いた。
「うむ、流石ワラワのジャックよ! これで奴に隙が出来る―――!」
ゴーレム・イヴが命令に従い、アンヌとやらを助けようと小屋へ走り出す……その背を爪の一撃で貫く。腕ではなく胴ならば致命傷にもなりえよう。
魔女の脳裏にそんな未来予想図がありありと浮かび。
―――ぶわり、視界いっぱいに広がる『網』。
「―――!!?」
人形の新兵器―――地面より生えし
その砲塔が火を噴き、突進の勢いごと魔女の全身を呑み込んだ。
ゴロゴロと小麦畑を転がる白い姿。
その赤い瞳が、全く予想外の姿を映す。
「カァッ!? キサマ、命令が聞こえんかったのか!? 人形の癖に、主の命に従う
魔女を真正面から見据えたままの
彼女はレフィーリアの予想した行動の一切を行わず、だがレフィーリアと同じように―――この好機を利用し、更なる有利を得ることだけを
その理由は、彼女の圧倒的までの情報収集能力にあった。
『……あなたが頼りにしているのは、あの黒い出で立ちの
正しい判断がより多くの情報により導かれるものだとするならば、魔女が人形に勝てる道理など、初めから存在しなかった。
情報戦こそ
この世界の誰もが知るべくもないが……高性能な機械とは、人間などより圧倒的に『読み合い』に強いのだ。
「ぐぬ……! なんだこれは、重りが付いていて飛び立てん……!? そのうえ、網のくせに金属より硬いだと……!?」
対し、蜘蛛糸に囚われた蝶ならぬ、
慌てて藻掻けば藻掻くほどワイヤーは絡まり、その重量と強度で魔女を地上に縛り付ける。
あるいは冷静に対応すれば拘束から脱せたかもしれないが……いったい誰がこの状況で焦らず居られよう。
なにせ状況は絶体絶命。
人形が持つ鋼の魔剣は、ワイヤーも翼も構わず切り裂いてくるのだから……!
『あなたさえ居なくなれば、わたしたちは再び日常に戻れる。
さあ、彫刻の時間です。わたしの世界に無駄な
あくまで無表情を貫きながら、人形が必殺の
りぃぃぃん、と必殺を謳う超振動粒子。
人間以上の頭脳が
だが……情報こそが正確な判断を導くのなら。
彼女のパズルには、たった
人形の
目覚めてからずっと農場の中で暮らし、世間と距離を置き続けたこと。
だから、人形は
王国の誰もが震え上がる、その恐るべき男の名を―――。
ぬるり。
死神の鎌が、首元に。
『――――――!!?』
咄嗟に必勝の好機を捨て、全機能を駆使しその場から飛び退く。
その判断の正しさを証明するかの如く、金髪の尾を裂く致命の斬撃。
着地し体制を立て直す人形が見る先で。
空を切った処刑剣、その担い手はどこまでも昏く。
「……気配も足音も完璧に消したつもりだったんだが。ゴーレムの中には人間の五感によらぬ特殊な
ゴーレムにさえ『死』を感じさせる冷徹無比の殺人剣。
そんな太刀筋を持つ者など、王国広しと言えど一人しかいない。
即ち、彼こそは。
「―――ジャックぅ!! まったくっ、ほんっっっとうに遅かったではないかーっ!」
「ああ、足止めご苦労。とはいえ、俺の方が空振りでは格好もつかないか」
魔女を捕らえた
処刑剣を構えた青年は、空振りを取り返すかのように、人形の
「どうか笑ってくれるな、魔女。隊長として色々手を回しては見たが……俺は結局、
法典部隊隊長、『首斬りジャック』ことジャン=ジャクザール・マギロティオン。
この場で一番の殺人巧者は、人外たちを前にそう自嘲した。
応援感謝、ということで軽くレフィーリアを描きました。
キャラデザと呼べるほどのものでは無いですが、よろしければどうぞ。
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