人外少女たちの愛情表現が難解すぎる   作:龍川芥/タツガワアクタ

11 / 16
祝・日間ランキング入り!
応援まことにありがとうございます!


鉄火豊穣のデビュタント・ボール

 

 

 西より指し込む陽光を受け、麦穂の海が黄金に照る。

 季節は収穫前。

 全盛を誇る楽園の中―――けれど、“その一帯”だけが生命の輝きを失っていた。

 枯れ切った麦。

 荒れ果てた土。

 自然の営みの範疇を逸脱した“消費”により、黒く干上がった死の大地。

 豊穣を謳う黄金の海原……その伝説に罅が入り、海は剥き出しの地金(みなそこ)を晒す。

 

 その中心に、美しい女の形がひとつ。

 農場全ての麦穂(かがやき)を集約したが如き黄金の髪。

 土から恵みの雨を奪い固めたような碧い瞳。

 これほどの皮肉、冒涜があろうか。

 麦畑よりあらゆる生命、あらゆる資源(リソース)を吸い上げて咲き誇る大輪は、生きてすらいない造花(にんぎょう)であった。

 

 

 界律否定者、種族・魔導機兵(ゴーレム)

 その属性は【超克】。

 万物を費やし万難を越える人間の似姿、消費活動の化身である。

 

 

 対するは一人と一羽。

 死だけが祝福する舞台の上で―――紆余曲折を経て、青年と魔女はついに並び立った。

 

「ジャック! ようやくワラワと踊る気になったか!」

「……業腹だがその通りだ。とはいえ、少しだけ問答の時間を貰うぞ、魔女」

 

 言って、青年が一歩前に出る。

 人形が迎撃に動かなかったのは、それが攻撃のためではなく、礼節のための動作だと見抜いたからであろう。

 それを証明するように、彼は剣を鞘に納めた。

 

「先程は名も明かさず失礼した。非情事態だったものでな。改めて名乗ろう……俺は法典部隊隊長、ジャン=ジャクザール・マギロティオンだ。そちらは、地主ヴィレ及び騎士団を攻撃した『銃使いのゴーレム』で相違ないな?」

『……はい。わたしの個体名は“イヴ”と申します。どうぞお見知りおきを、マギロティオン卿。許されるなら、あなたにひとつ質問をしたく』

「承知した。聞こう」

『感謝します』

 

 人形(イヴ)の言葉は人間(ジャクザール)と遜色ないほど流暢であり、頭を下げる動作には真心さえ宿っている。

 公正と慇懃。

 両者の在り方は似通っており、ゆえに人と人外の対話は続いた。

 

『わたしたちは……ロベール様とアンヌ様は、何か今以上の生活を望んでいる訳ではありません。二人は偽りなく善良であり、誰かから奪うことを良しとせず、このまま畑を耕して生きていくことを望んでいます。

 そして“道具”であるわたしも、持ち主である二人の望みに応える以上の大望は持ち合わせていません。

 ―――お引き取り願えないでしょうか、「法典部隊」の御二方。我々に抵抗の意志はあれど、抗戦は本意ではないのです』

 

 声に籠った情感を感じ取れないジャクザールではない。

 真実、イヴは問答無用として襲いかかったりはせず、こうして言葉に訴えている。

 だが……立場上、彼は首を縦に振るわけにはいかなかった。

 

「……愚問だな、ゴーレム・イヴ。君たちは地主を傷害し、騎士団までをも撃退した。これは現行法において立派な犯罪だ。罪には適切な罰が下らなくては、それは法治のシステムに疵をつけ、やがて国家そのものを崩壊させかねん。

 少なくとも。“危険なゴーレムが農場で野放しにされている”という現状は、多くの国民を不安にさせる。故に君は、その思想・信条に関係なく、国家のもとへ『接収』されねばならない。これは決定事項だ」

 

 今より上は望まない、と語った人形の願いを、

 今より先は望めない、と切り捨てる人間代表。

 ここに問答は終了した。

 

『……残念です、マギロティオン卿。では』

「ああ。ここからはただ刃にて―――もういいぞ、魔女!」

「よしきたっ!」

 

 自らを蚊帳の外に置かれた問答中も気を緩めては居なかったのだろう。

 号令と同時、魔女が()んだ。

 

 優秀な猟犬を思わせる瞬発力(スタートダッシュ)

 会話と戦闘、相反する回路が切り替わる寸前を狙った猛禽の突進。

 白影が地を滑る速度は、命じたジャクザールをして感嘆ものであり。

 

 ―――だが。

 そんなものが通じる段階は、随分前に終わっている。

 

『既知の行動を確認。自動対応、開始』

 

 動体視力。反応速度。駆体制動に各種兵装。

 人形の自己改造に際限は無く、彼女に同じ手は通じない。

 

 稲妻の如き突進も何のその。

 右手に携えた鋼の魔剣、防御不能の分子切断機(ソニックカッター)で迎え撃ち、

 

「ぐぬ、小癪なっ」

 

 躱さざるを得ず態勢を崩したところに、すかさず左手と融合した重機関銃(ヘヴィマシンガン)を構え、魔女にさえ通じる12.7mm大口径弾を掃射し。

 

「わ、とっ!」

『そこです。“土を金に(アルキメイル)一を全に(アルクメイア)”―――地対空誘導弾(ホーミングミサイル)「サラマンダー」、発射(ファイア)

 

 掃射から逃れるため天高く舞い上がったところを狙って、足元の地面からミサイルを生やし追撃する。

 

「む? 何だこれは―――ぬわあああああああ!?」

 

 爆炎は空ごと呑み込むように。

 そんな炎熱と衝撃波を何とか翼で防いだ魔女は、爆炎から抜け出し、奇しくも元居た場所へ軟着陸する。

 

「ケホッ、次から次へと面妖な! カンペキに不意を突いたと思ったのだが……もう接近すら困難になってきおったなっ」

 

 魔女、ふりだしに戻る。

 どうやって近付いたものか、と思案する彼女であったが……その横で呆れる男がひとり。

 

「……魔女、君は何をしている。“魔導砲”で銃に対抗するんじゃなかったのか?」

 

 そう。

 ジャクザールが聞いた話では、最初からその算段だったはずだ。

 なにせレフィーリア自身が語っていた。「敵の魔導銃に対し魔導胞で応戦すれば、遠距離戦はこちらの土俵だ」と。

 そんな事前の作戦を持ち出され……魔女は普段の不遜さを忘れた、ばつが悪そうな顔をした。

 

「いや、それがだな……まあ見ておれ」

 

 歯切れの悪い言葉を残し魔女が構える。

 その身より迸る膨大な魔力が、ミサイルにも勝る光の砲弾と化し。

 発射。

 白く尾を引く光芒は、真っ直ぐに人形へと迫り―――命中!

 ……したと思いきや。その直前で何か“透明な膜”のようなものに絡めとられ、無害な光の集合となって人形へ吸い込まれていった。

 彼女は言う。

 

『“魔力吸収力場(フィールド)”……そのような加工の甘い魔力は逆効果です』

「このように。気付いたら通じなくなっておったのだ」

「何を他人事みたいに―――っ」

 

 怒鳴ろうとした瞬間鉛玉の群れが飛んできて、咄嗟に魔女を抱えてその場を飛び退くジャクザール。

 

「ジャック……!」

 

 きゅん、なんて擬音が腕の中から聴こえたのは気のせいとして処理。

 べしゃり、抱えた体を地面に落とし、彼は再び隊長として命令する。

 

「なら“鳥葬魔術”だ! 君の眷属の恐ろしさは知っている、あれを使え!」

「わっ、わかったぞジャック! “出番だぞ我が眷属、ジャックに良い所を見せるのだ”!」

 

 ばさり、はためいた魔女のローブの中から、白い鴉が手品の如く飛び出してくる。

 目だけが赤い魔女の眷属。

 魔力で生み出された疑似生命は、創造主の命令に従い、嘴にて人形を穿たんと飛翔して―――ズガガガガ、と放たれた鉛の弾幕によって呆気なく挽肉となった。

 だがそれも当然である。

 なにせ。

 

「―――おい、なんで出したのが一羽だけなんだ!? そんなの撃墜されるに決まってるだろう! あのときはもっとこう、大群で攻撃して来たよな!?」

「いや、この姿だと一度に数は出せなくてな……む、危ないジャック!」

 

 どん、と魔女の頭がジャクザールの腹を強打する。

 すわ反逆かと勘違いしてもおかしくない威力の突進だったが、殺意に即応する体が見過ごしたところを見ると、どうも『他のこと』に気を取られていた隊長を凶弾から救うための献身的行為だったらしい。

 

 縺れ合って地面を転がる男女。

 絶妙に感謝できない庇い方だなっ、なんて悪態を痛みと共に呑み込んで、ジャクザールは至近の顔に問うた。

 

「色々言いたいことはあるが。もしかして君、人の姿だと全力を出せないのか……!? ならもういいから、とっとと元の姿に戻れ!」

「う、うむ……ただその、実はさっき気付いたのだがな? ワラワ、長いこと人型でおったので、体が少し固まっておるらしいのだ。つまりすぐには戻れん。元に戻る間は無防備なので、30秒くらい抱えて走ってくれると嬉しいのだが……」

「30秒って、そのあいだ俺はどうやって敵の攻撃を凌ぐんだ!? しかもそれ、君はだんだん大きくなっていくんだろう、そんなの抱えきれないぞ!?」

「なっ、女子(おなご)にそんな言い方はなかろう!? ジャックキサマ、少々デリカシーに欠けておるぞ!」

「ああ、そいつは失礼!」

 

 鳩尾の痛みを押して立ち上がったジャクザールは、未だに抱き着いていた魔女を引き剥がして。

 

「もういい、それぞれ自由(すき)にやるぞ!」

 

 一方的に通告して、そのまま人形へ斬りかかった。

 地を滑る漆黒の影。

 魔女の直線的な突進を白い稲妻に例えるなら、それは流れる水のような動きだった。

 (はや)いのは勿論、独特の歩法により距離感や軌道の変化が掴みにくく、瞬きひとつで見失うような“殺人者の技”。

 黒影は真っ直ぐに標的を目指すのではなく、右に左に蛇行して、その背後をこそ取るように。

 

『!』

 

 目で追おうと首を回す人形。

 だがそこには誰も居ない。

 そうして生まれた死角より、ぬるり、黒刃は音もなく白磁の頸を―――。

 

 がきん。

 

 断頭を狙った一撃は、すんでのところで挟み込まれた人形の腕と機銃へ八割がた食い込むに留まった。

 その人ならぬ硬質さ(てごたえ)に死神が瞠目し、

 

「しッ―――」

『、白兵戦用プログラム起動―――』

 

 ―――剣閃、激突。

 

 一瞬のうちに五度。

 空間を軋ませる剣戟の火花が咲いて散る。

 攻めの手は死神が三、人形が二。両者の技量の差もそれと同じ。

 だが……いかな理由か、一呼吸の攻防が終わった後、背後へと距離を取ったのは死神の方だった。

 

 彼は自らの持つ処刑剣の『声』に耳を傾けながら、斬り結んだ分子切断機(ソニックカッター)を睨みつける。

 

「―――信じられん、どういう魔剣だ。たった一合(まじ)えただけで、処刑剣の“呪い”が悲鳴を上げるなぞ」

 

 こんなことは初めてだ、と警戒を強めるジャクザール。

 だが、驚愕はイヴも同じだった。

 

『それはこちらの台詞です。物理的な硬度では分子切断に抗えないはず。そして貴方の剣は鋭いばかりか、わたしの思考に謎の不明領域(エラー)を生み出してくる……!

 分析中断、あなたは二度と近寄らせないっ』

 

 ジャクザールの近接戦闘能力を脅威と見たか、イヴは右手の切断機(カッター)による応戦ではなく、修復した左腕と重機関銃(ヘヴィマシンガン)による掃射を選んだ。

 

 咄嗟に横に跳ぶ黒影。

 だが機銃の照準もそれを追う。

 いくら死神が(はや)くとも、これだけ距離が離れている以上、それは照準の速度には及ばない。

 何発か斬り払おうが焼け石に水。人間離れした速度も、人外にとっては標準装備。まだ避け続けられているのが奇跡と言えた。

 

 ―――飛行による三次元的な動きを可能とするレフィーリアと違い、ジャクザールは地上を走る以外の移動手段を持たない。

 更に悪いことに、イヴの銃には『弾切れ(リロード)』という概念がなかった。

 万物を生み出す能力は、周囲の物質から無限に銃弾を生み出し、それを直接マガジンに繋げることができるのだから。

 

 つまり。

 それは銃弾と人間の、終わりのない鬼ごっこを意味していた。

 

「クソ、遮蔽物がないこの場所でこの射程差は……! あの剣を警戒して距離を取ったのは失策だった、この間合いでは物量で圧殺されるだけだ……!」

 

 秒間都度10発、今まで見た魔導銃など比べ物にならない連射速度に、さしもの『首斬り』も弱音を溢す。

 処刑剣では防ぐだけで精一杯。

 小麦畑という開けた立地(フィールド)は、とことんまで相手の利となっていた。

 

「せめて“拷問聖字(ごうもんせいじ)”か“絞首(こうしゅ)朽縄(くちなわ)”があれば……!」

 

 200キロ先のマギロティオン家、その蔵の中にある家宝の処刑道具たちを思い出すジャクザールだったが、想像から取り出せないのでは何の慰めにもならない。

 

 そもそもの話、無いものに縋るのはまだ早い。

 あちらが“地の利”ならこちらは“数の利”。

 ジャクザールが撃たれているうちはレフィーリアが攻撃できる……ハズ、なのだが……。

 

「ぬわっ、また網だとう!? しかもバチバチ鳴っておる、電撃の網と云うわけか!」

『回避行動確認、新兵装は有効と推測。次はこれですっ』

 

 何というか、あの魔女が軽くあしらわれ始めている。

 とはいえ、完全に成果がないわけでもない。その光景はジャクザールからして値千金の情報だ。

 

「……ただの魔導銃使いではなく、銃を含めた無制限の武装生成。それも敵に合わせた最適解を生み出す能力か。錬金術にも魔術にも、類似のものは記憶にないが……いや、原理の方はどうでもいい。

 ともかく、もう魔女の方は殆ど対策されてしまったと見ていいだろう。これが人外か、厄介極まりないな……!」

 

 円を描くように地を駆けながら、百戦錬磨の『首斬り』は歯噛みする。

 

 実際に戦ってみて、敵の戦闘能力は想定を遥かに超えていた。

 現に今は防戦一方、回避するので手一杯。

 照準を振り切って接近するには、“速度(スピード)”が圧倒的に足りない。

 いや、正確には超速(それ)だけでもダメだ。

 

「このっ―――とりゃあ!」

『っ、損傷軽微……修復、完了』

 

 立体的な機動力を持つレフィーリアの攻撃はときたま命中しているが……与えた損傷(ダメージ)は見る見るうちに塞がってしまう。

 

「奴自身も人工物(ゴーレム)、ゆえに損傷個所も“再生成”できる道理か……だが、俺の処刑剣ならば」

 

 ―――(くび)にさえ届けば、問答無用で相手を“即死”させられる。

 ゴーレムが首だけで生きていける人外(かいぶつ)でも関係ない。

 魂そのものを冥府に引き摺り込む死の強制が、『首斬りジャック』の断頭だ。

 

 とはいえ、それも“首を斬れれば”の話だが。

 

「そう、もう一度近付けさえすれば勝機はある―――」

 

 少ないとはいえダメージを受け、機銃の狙いが僅か緩んだ。

 魔女が気を引いている今が好機(チャンス)

 そう読んで、ジャクザールが距離を詰めようとした瞬間―――状況を不利と見た魔女が、彼の隣まで帰ってきた。

 

「―――ぐぬ、ああもすぐ直っては埒が明かん! 何か作戦はないか、ジャック!」

「……ああ。ひとつあったが、今台無しになったよ」

「なぬぅ!? ワラワのせいか!? せいなのかー!?」

 

 このタイミングで戻って来るな、という非難の視線に悲鳴を上げるレフィーリア。

 とはいえ、戻ってきてしまったものは仕方ない。

 

「……まあいい。いいか魔女、君の役割は『囮』だ。俺の刃がゴーレムの首まで届けばそれで終わる、君はその為の隙を作ってくれ」

「分かった、任せておけジャック! ……それで、隙を作るってどうやるのだ?」

「………………殺す気で行け。とりあえずそれだけでいい」

「うむ、任せるがよい!」

 

 相方が百の罵声(ことば)を呑み込んだことに全く気付かず、元気に返事をする大魔女さん。

 ともかく、ようやく二人はスタートラインに。

 

 レフィーリアでは決定打に欠け。

 ジャクザールでは肉薄できない。

 その難題を超えるための、実に先行き不安な共闘が始まった―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ゴーレム・イヴは苛立っていた。

 戦況は優勢。

 状況が一対二となっても、その【超克】の異能は数の利すら容易く超えていく。

 だから、人形の苛立ちは別の理由。

 

「カカッ、ワラワがキサマを殺してやるぞ、人形!」

「やる気があるのは分かった。だが、どうして俺と同じ向きから攻めるんだ!? 挟撃とか知らないのか君は!?」

 

 空中より己を攪乱してくる魔女と、本命である死神の攻撃。

 増設した感知機器(センサー)も追い越す勢いで、危うく首元を掠める刃。

 その凍るような感覚に、またしても演算野(しこう)空白(エラー)を作る。

 

 ―――から、私はおまえにもそう―――。

 

『っ、これは……わたしの、記憶……?』

 

 ザアザアと、砂嵐のように壊れた情報(こえ)

 その感触に困惑しながらも、体は別の生き物のように。

 

 人形の背中が開き、そこから大量の小型ミサイルが四方八方に放たれる。

 

「む! ジャック、ワラワが翼で守ってやるぞ―――」

「バカ、これは追尾弾だぞ!? 引き連れてこっちに来るんじゃあない!」

「へ、追尾? なぬ、本当ではないかっ―――ぬわあああああああ!?」

 

 やはり戦況は彼女の有利。

 この未知の相手は■ろしいが、白い魔女との戦いでかなりの自己改造を施したからか、【超克】の速度は充分に間に合っている。

 

 ただ……そんな万能の機能を以てしても、()()()()を取り去ることだけは。

 

『どうして、今……っ』

 

 人形の演算野に入り込んでくる、戦闘とは全く無関係の情報。

 

 

 目を覚ました時、ゴーレム・イヴは自身の記憶を喪失していた。

 分かるのは自分の個体名(なまえ)機能(できること)だけ。

 それ以外の一切を憶えていない。

 そしてその『なんでもできる』機能は、何故か、己の記憶を取り戻すことだけはできなかった。

 そのときの感情(エラー)をどう表そう。

 急に穴だらけの台本を手渡され、知らない舞台の真ん中に放り出されたようなあの心地を。

 そして、そんな自分を拾い、大切にしてくれた夫婦への感謝を―――。

 

 

 人形は「何も望まない」と言った。

 それは彼女が抱えた欺瞞であり、偽らざる本音でもある。

 

 記憶を取り戻したくない、と言ったら噓になるだろう。

 だが、優しい持ち主の下で今の暮らしを続けられるなら、それに勝るものはない。

 今の暮らし以外の何ひとつを知らない人形は、それでも、この幸福が得難いものであることだけは()っていたのだ。

 現状維持に甘んじるのではなく。

 現状維持のために持てる全てを尽くすのが、夫婦の道具(ゴーレム)としての彼女の矜持。

 

 だが。

 

 ―――なさいイヴ、私の―――。

 

『、また……っ』

 

 自問(エラー)が湧く。

 本能(エラー)が叫ぶ。

 自分には聞こえない透明な声、砂嵐の向こうで、誰かが必死に訴えている。

 

 「このままじゃだめだ」、と。

 

『―――やめて。わたしは、記憶などなくとも、幸せ、です。

 だから、邪魔、しないで……!』

 

 叫んだのは己の裡に響く無音へか、それとも迫りくる『法典部隊』にか。

 不明(エラー)だらけでも人形の動きは正確に。

 

 新たに生み出した電撃発生機能で以て、彼女は襲撃者たちを迎え撃った。

 

 

 

 ◇

 

 

 ざあっ、と何度目かの後退。

 またしても攻撃は失敗した。

 俺と魔女は揃って距離を取らされ、弾幕を躱しながら次の機会を待つ。

 

 ―――とはいえ、どうやって攻める?

 

 現状を簡単に言うと、こうだ。

 俺、つよさ1。魔女、つよさ1。

 ゴーレム、つよさ1.5。現在も上昇中。

 

 恐らく総合的な戦闘力なら俺たちのほうが上。

 なのに押されているのは、俺たちが『二対一』ではなく『一対一を二度』しているからだ。

 単純な話。“2と1.5”では2の方が強いが、“1と1と1.5“では1.5こそが唯一の勝者となる。

 つまるところ、俺たちは戦力の合一……『連携』ができていない。

 

 このままではマズい、と剣を握る腕に焦りが籠もる。

 なにせゴーレムの進化が俺たちの合計を上回ってしまえば、その時点で勝ち目は消滅する。

 俺たちが勝利するには、そうなる前に俺と魔女とで力を合わせ、バラバラの1と1を2(ひとつ)にしなければならない。

 だが……それこそどうやって?

 こちらの指示に完全に従うには、魔女は余りに我が強く、謎が多く。

 俺はまだ、この魔女(レフィーリア)を完全に信用できたわけでもないのに……。

 

 八方手づまり、万事休す。

 そんなとき、魔女の方から声が掛かった。

 

「……おいジャック」

「なんだ魔女。作戦があるなら聞くが」

 

 割と藁にも縋る思いで呼びかけに答える俺であったが……ああ、我ながらなんて学ばない。

 その魔女がこちらの期待に応えてくれたことなど、これまで一度としてあったか。

 つまり、それは作戦の提案などではなく。

 

「いや、そうではなく……キサマ、ちょっとあの人形の方を向き過ぎではないかっ!? まさかワラワではなく、あの人形を誘惑する為に舞っているのではなかろうな! だとしたら許さんぞ、もっとワラワの方を向け!」

 

 な、こんな時に訳の分からない嫉妬だと……!?

 

 一瞬でも期待した自分がバカだったというか、流石にこんな時くらい勘弁して欲しいというか、こんなのを信頼とか出来る訳がないというか!

 

「ああもう、本当にバカなのか君はっ!? 戦いの最中に敵から目を離せるワケがないだろう!? 次同じようなこと言ってみろ、ゴーレムの前にその首を落としてやるからな!」

「なっ、開き直りおったなこの浮気者めがっ! ワラワを殺して新しい女を誘惑するなぞ、そんなの絶対に赦さ―――ぬわあ!!? このっ、本当に首を狙ってくるやつがおるか莫迦者っ! 心臓がぎゅわっとしたぞ!? いや恋のドキドキではなく、命の危機的な意味で!」

 

 チッ、躱されたか……いや、今はそんなことやってる場合ではなく。

 なにせゴーレムに勝利する為には魔女の力が必要で、だから臍を曲げさせるわけにもいかなくて。だがその言い分は意味不明で、俺は魔女以外と(おど)ってはいけないらしくて……。

 なんかもう色々こんがらがって、俺はやけっぱちになって叫んでいた。

 

「ならどうしろって言うんだ君は! 舞踏会みたいに、手でも繋いだまま踊れ(たたかえ)ってのか!?」

 

 どう考えても無理だろう、君の言い分は滅茶苦茶だ、と続けようとして……。

 ぎょっとした。

 だって振り返った先の魔女は、数秒前までの不機嫌が嘘のように、赤色の瞳をキラキラと輝かせていたのだから。

 

「―――うむ! それは名案だなっ。流石ジャック、ワラワの(つがい)よ♡」

「は?」

 

 呆気にとられる俺を置いて……がしり、俺の両肩を止まり木のように“怪鳥の足”で掴む魔女。

 肩車、といよりはサーカスの曲芸に似た姿勢。

 そうして、彼女はいやに上機嫌にその翼を()()()と広げ。

 

「では、初めての恋人舞踊(デュエット)―――イヤ、空中逢瀬(ランデブー)()こう。ワラワにしっかりついて来るのだぞジャック!」

「な、ちょ、待っ―――!」

 

 嫌な予感を感じて呼び止めようとするも、彼女はいつだって待ったなし。

 ばさり、白翼は大気を叩き―――。

 

 身長が縮むような強烈な加重。

 一拍遅れて浮遊感。

 見れば世界は青く、雲は近く。

 先程まで居た麦畑は、遥か地上に取り残されて……。

 つまり、これは。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお―――!!? と、飛んでる―――!?」

 

 

 恥も外聞もなく迸る絶叫。

 なにせこんな高さは経験がない。

 初めて見る空からの世界は、絶景というには余りに遠く、実感がなく。

 代わりに頭に叩き付けられる“大空”の強烈な実感(リアリティ)が、目と耳を通して頭蓋の中を席巻する。

 

 地に足がついていない、というのは、こんなにも落ち着かないものなのか……!

 

 まるで別世界だ。急過ぎて頭も回らない。

 何の覚悟もなく体感するには、空は余りに広大だった。

 俺は半ばパニックになり、俺を掴んで飛び上がった―――銃弾を避けるため今も高速で旋回している―――魔女へ怒鳴る。いや、怒鳴ったつもりだった。

 

「バカ、この、殺す、気かっ」

「むー!? なんだー、聞こえんぞー!?」

「なっ、ちく、しょう、めっ」

 

 くそ、凄まじい風圧でまともに喋れない……!

 

 地上より逆墜つ鋼の豪雨。

 それを躱す為の速度と軌道は、必然として強烈な風の抵抗を生み、それが俺から発声の自由を奪っていた。いいや、たとえ喋れたとて、この強風の中果たして言葉が届いたか。

 

 ―――何てことだ。魔女の狙いは知らないが、これでは連携どころではない。

 なにせ俺は今、文字通り()()()()()()()()だけじゃないか……!

 

 嗚呼、空は未だ人間の領域に非ず。

 地上遥かな天空にあって、俺は余りにも無力だった。

 強風に嬲られ、加重と浮遊感に翻弄され、魔女の荷物として振り回される。今やそれだけの存在と成り果て、無い地面を探すようにバタバタと脚を動かすのみ。

 

 そのとき、追い打ちのように脳裏に閃く、背筋が凍るような知識。

 ―――猛禽の中にはパートナーを決めるとき、互いの足を絡ませ、縺れ合って地上に落下しながら互いの勇気を試すものが居るという。

 自分の(つがい)に相応しいかを見極める儀式、墜落ギリギリを狙う『求愛行動(チキンレース)』なのだというが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――。

 

「~~~っ! いま、すぐ、おろ、して、くれっ!」

「だから聞こえんと言っておろうにー! そら、そろそろ本気で行くぞー!?」

 

 まだ本気で飛んでなかったのか……!?

 言うや否や、体にかかる加重が増す。

 風は全身をバラバラにしそうなほど強く、凍り付きそうなほど冷たくなり。

 もはや横に伸びきって上も下もない視界の中、魔女の声だけがやけにはっきりと耳に届く。

 

「―――案ずるなジャック。ワラワがキサマの『勝利の女神』になってやるぞ!」

 

 何ひとつ安心できる要素がない! と叫びたかったのも束の間。

 両脚で掴んだ俺共々、魔女は地上へ墜ちる星になった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その光景を、人形は地上より見上げていた。

 

 相方を連れ大空へと飛び立った鳥の魔女。

 機銃の対空射撃は悉くが当たらない。

 人ひとりくらいの加重では、その怪鳥の飛行能力を落とすには至らないらしい。

 

 

 鉄火を劇場の紙吹雪に堕とし、銃声に合わせて魔女が踊る(ステップ)

 余りに自由なその飛行は、人工の造花にも引けを取らぬほど美しい。

 地がいかに豊穣を謳えども、天は底抜けに広く高く。

 嗚呼、そんな大空を支配する純白の羽搏きは、正に本物の花のように。

 

 

 そうやって、人形ですら近付けない大空を自由自在に飛び回りながら。

 距離を無視して、遥か頭上より尊大な声が人形へと届く。

 その声はどこか弾むように―――自らを舞台の主役と断ずる、恋する乙女の響きを帯びて。

 

「―――人形よ、キサマは愛を語ったな。

 『愛は利己ではなく利他』と。だが、キサマのソレこそ間違いよ。

 愛とは()()()()()()()()()()! 『他が為』が『己が為』と重なる、その奇跡をこそ愛と云う!

 それも分からぬとは、所詮キサマは作り物、鼓動(あい)の歓びも知らぬ木偶! 憐れに過ぎるゆえ教えてやろう!」

 

 そうして。

 魔女は三度(みたび)、地上へ墜ちる星になった。

 音速を超える猛禽の襲撃。

 だがそれは、既に人形の脅威ではない。

 

『既知の行動を確認……いかに御託を並べようと、あなたの攻撃はもう見切っていますっ』

 

 性能(スペック)が上がり続ける人形と、そうではない魔女。

 既に格付けは済んでいて、その差は広がる一方で。

 故に、その結果は必然であった。

 

 ―――ザン!

 

 それは完璧な対空迎撃(カウンター)

 魔女の(ローブ)、その右翼が鋼の魔剣に切断される。

 迸る鮮やかな赤からして、服の下の肉も切り裂いたか。

 反面、猛禽の鉤爪は、人形に届くことさえなく空を切る。

 

『これで―――』

 

 終わり、と。

 そう続けようとしたところで、人形の演算野(しこう)が停止した。

 当然だ。

 ()()()()()()()なんて、そんなのはどう考えてもありえないのだから。

 だってその爪は飛び立った時、たしかに『荷物』を抱えていたハズで―――。

 

『――――――()()()()()()()!?』

 

 何処へ。途中で落とした? まさか襲撃は陽動で、本命は地上からの不意打ち?

 

 前後左右、周囲に男の反応はない。

 増設したあらゆる感知機器(センサー)は地上の安全を保障している。

 ならば一体、どこへ―――。

 

 ()()()()()()()、なぞ、その答えはたった一択(ひとつ)しかない。

 だが再三首筋に刻み込まれた恐怖(エラー)が、人形の選択肢を無為に増殖させており。

 だから彼女は、“その瞬間”までついぞ辿り着けなかったのだ。

 ことの真相へ。

 男がどこに消えたかと、その仕組みの真実に。

 

 

 それは単純極まる原理。

 投石と何も変わらない……速度を付けて空中に放たれた物体は、慣性の法則により速度を維持して進行する。

 違いは二点。

 “彼”を空中に放りだした魔女が、投射物(かれ)より速く飛んだことと。

 その翼が遮蔽物となり、人形から“彼”の姿が見えなかったこと。

 

 

 ―――数秒前、魔女の暴挙に“彼”は絶望した。「これでは連携どころではない、自分が振り回されているだけだ」、と。

 だがそれこそが勘違い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なにせ、空ならば両者の主導権は完全に魔女のものとなり。

 振り回される“彼”は必然的に―――相手を信用しているか否かに関係なく―――『100パーセント魔女に合わせる』以外の選択肢を失うのだから。

 

 そして無論、言うまでもなく。

 大魔女・白夜のレフィーリアの本気を相手に生き延びた“彼”にとって、その超速に刃を合わせることは造作もないことで―――。

 

 

 人形(ゴーレム)・イヴが最後に見たのは、視界を覆う魔女の顔。

 その片翼を捥がれてなお、白い鳥は心底から誇らしげに。

 

「さあ、硝子(ガラス)の眼球で目にも見よ、鋼鉄(ハガネ)と樹脂の肌で知れ!

 これが『愛の力』というものだ―――!!」

 

 かくて、魔女の利他と利己は重なった。

 つまりこれは。

 猛禽(レフィーリア)の襲撃から一瞬遅れて到達する、()()()による急降下攻撃である!

 

 

 ばさり、翼の影より姿を現し。

 白羽根纏いし『首斬りジャック』は、今、地を割る不可避の砲弾となりて。

 

 

「覚えてろよッ、この超ド級ばか魔女(おんな)――――――!!!!」

 

 

 断罪の刃は流星のように。

 魔女の速度(ちから)を上乗せした一撃は、幕引きに相応しい剣閃を伴い、人形の頸へと口付けを落とす―――!!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。