人外少女たちの愛情表現が難解すぎる   作:龍川芥/タツガワアクタ

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応援感謝の挿絵、第二弾です。
今回は『首斬りジャック』こと主人公。

【挿絵表示】

どうやら前回はこちらのミスで挿絵を表示出来ていなかったようで……一応プロローグと二話前にレフィーリアの挿絵を再掲しております。
とはいえ素人の絵なので、苦手な方は自衛お願いします。


めでたしには程遠くとも

 生物は生命の危機に臨むと、それを回避するための方法を記憶から高速で探すという。

 今際に見る走馬灯。

 人形の記憶を封じていた異常(なにか)に罅を入れたのは、きっとその手の防衛本能に類する現象だった。

 

 

 

 それは懐かしい記憶。

 胎盤の中で見る夢に似た、とても大切な人の声。

 

「イヴ。私はね、人間は彫刻のようなものだと思うんだ」

 

 夢見がちな人だった。

 明日にも滅んでしまいそうな世界で、そんなことを言ってしまえるくらいには。

 

「壁や他者とぶつかって、傷付くたびに磨かれる。自分にとっての『困難』に挑んだ者だけが、そうやって美しくなっていく。

 だから、私はおまえにもそうなってほしい。成功ではなく、自分を成長させることこそを尊べる、そんな■■になって欲しいんだ」

 

 鉛の空。

 鋼の大地。

 沢山の敵と、

 少なくなっていく味方。

 そんな中、わたしたちは『万人を救う』という目的のもと作られた。

 計画の名は人類シン化計画〈EVE〉(プロジェクト:イヴ)

 与えられた命令(オーダー)は、『人類の敵の排除』―――。

 

 戦いの日々は、未だ遠く砂嵐の中。

 全てを思い出せるわけじゃない。

 ただ、輝かしくて。

 ただ、苦々しくて。

 そして……戦いは、あまりいい結果では終わらなくて。

 

「そんな顔をするな。私の計算が間違っていただけだ。〈E.V.E.(プロジェクト:イヴ)〉……せめてあと十年早ければ。

 “大切なものは、失って初めて大切だと気付く”……人類の大半は愚かだったが、私もそのうちの一人だった、ということかな。ふふ、最期だというのに、またひとつ磨かれてしまったよ」

 

 最後まで、その人は夢見がちだった。

 いいや……その時にはもう、わたしはその人を表すもっと適切な言葉を知っていた。

 つまり、その人は。

 

「とはいえ、間違えたのは私だけだ。おまえが続く限り証明も続く。だからこのデータを託そう……私の読みでは、その座標に最後の希望がある。なに、おまえなら大丈夫だ。なんたって私が作ったんだからね」

 

 どんな時でも希望を謳う、とびきりのロマンチスト。

 

 ―――博士。

 

 最後にわたしがそう呼ぶと、その人はとても嬉しそうに笑って。

 

「征きなさいイヴ、私の娘。おまえならきっと、どんな星の下でだって―――」

 

 その別れを以て、わたしはきっと完成した。

 博士の浪漫(ことば)が正しかったと、そのときようやく気付いたのだ。

 傷付いたぶん磨かれて。

 ぶつかり合って角が取れて。

 深く刻まれた痛みであるほど……その溝を埋めてくれた相手を、もっと大切に感じられる。

 だからわたしはもっと先へ。

 恐れず進めば、きっと希望は生まれるから……。

 

 

 ―――どうして。こんな大切なことを、忘れて―――。

 

 

 ああ、頭にくるほど悲しい。

 何らかの事情で記憶を失ったことにではなく……自分はこんなことすら忘れてしまう恩知らずだったのか、ということが。

 (あまつさ)え、自分の製造目的すら忘却して……。

 

 全てを超克せよと作られたのに。

 自らを彫刻せよと願われたのに。

 それなのに、人形(わたし)は停滞を望んでしまった。

 記憶を失っていたとはいえ。

 故障を抱えていたとはいえ。

 人を幸福にするために生まれた機械(どうぐ)が、身勝手にも(ひと)としての幸福に溺れ、その役割を放棄したのだ。

 それはゴーレム―――人工物であるわたしにとって、自分自身の存在意義を投げ捨てる行為に他ならず。

 即ち、『万人を救う』為に作り出された道具としての、最大最悪の屈辱だった。

 

 ―――ああ、わたしが勝てるハズがなかった。

 戦いが始まるずっと前から。

 二人の娘として小屋に留まったあの瞬間に、わたしはわたしの運命に背を向けてしまっていたのだから―――。

 

 そんな納得だけを残して、走馬灯もそろそろ時間切れ。

 流星のような“死”が首筋に触れる。

 ああ、なんて皮肉。

 結局、この刃から生き残る手段は何ひとつ見つけられなかったのに。

 目を伏せて刃を受け入れる理由のほうは、厭になるくらい見つかってしまった、なんて。

 

 ―――ええ。不良品(やくたたず)ならそれらしく、小さく纏まってゴミ箱にでも、

 

 

 

「――――――待って! 待ってくれ、役人さん!」

 

 

 

 ぴたり。

 首に触れた刃が止まった。

 薄皮のみを裂いて離れた口付けは、さながらバードキスのよう。

 

 だが、そんなことより人形を驚かせたのは……。

 

『―――ロベール、様。アンヌ様、も』

 

 静止を叫んだ声の主は、100メートル先の小屋からここまで、妻を連れて走ってきた小作人の男だった。

 彼は地面に手を突いて、人形の頸に刃を押し当てる黒衣の役人へ頭を下げる。

 

「頼みますっ、オラたちが悪かったんです! 罰ならオラに! イブは悪くねえ、願いを叶えてくれただけです!だから、イブを殺すのだけは……それだけは勘弁してくだせえ! この通りですだ……!」

 

 地面に頭を擦り付け、小作人はそう嘆願する。

 そしてそれでも足りぬと見るや、顔を上げ、一度は気圧された氷の双眸へと怯まず真っ直ぐに目を合わせて。

 

「役人さん、あんたさんは言ったべよう!? 『何を捨てるか選べ』って! だからオラは選んだんだべ。本当に失いたくないものを……イブの命を失わないように!

 イブはオラたちを助けてくれた。アンヌの病気を治してくれた。だからオラも、イブを助けなきゃ駄目なんだべ……!」

『ロベール、様……』

 

 ああ、人形に分からぬハズはない。

 銃声轟く戦場に近付くことが、夫婦にとってどれほどの恐怖だったのかを。

 だが、そんな道すら乗り越えて……文字通り命を差し出す覚悟で、彼等は自分を助けに来たのだ。

 

 とはいえ当然、その懇願に何ら強制力はない。

 無視して首を斬るほうが何倍も確実だし簡単だ。

 そもそもの話。

 苦労してここまで追い詰めた獲物を、むざむざ手放す狩人が居るのか……。

 

 ふぅ、と小さく嘆息の音。

 それは『首斬り』なんて異名に似つかわしくない、実に穏やかな声色で。

 

「……魔女に引き続き、またも一本取られたか」

「はえ?」

「いえ。どうか顔を上げて下さい―――貴方の勝ちです、ムッシュ・ロベール。己の言葉を持ち出されては、俺も反論のしようがない。

 その機転と覚悟に敬意を表し、ゴーレムの沙汰は考え直すとしましょう」

「え……あ、ありがとうごぜえますだ!」

 

 ちゃきん、と。

 実に呆気なく……寧ろ口元に清々しささえを漂わせて、死神は剣を鞘に納めた。

 

「凶器に罪はなく、罪は凶器を用いた者に。それでいいな、ゴーレム・イヴ」

『そ、んな……間違えたのは、わたし、です。道具として在れなかった。故障した不良品だった。だから、わたしが罰を受けるべきで』

 

 そんな、戸惑うような人形の言葉を、駆け寄ってきた小作人が遮る。

 

「いんや、間違えたのはオラのほうだべ……本当は、アンヌを治してもらった時点で満足するべきだった。それだけで充分だったのに……オラは、欲をかいちまったんだよ」

『いいえ、いいえっ。あの小屋に留まり、お二人の娘に甘んじたのはわたしです。わたしの弱さがさせたことです。だから、お二人は決して、悪くなんて……』

 

 ない、と続けようとした人形の体が、すっと優しく抱き締められた。

 ロベールと共にやって来た妻、アンヌ。

 体が弱く、大声を出せず……人形の治療によって病から立ち直った女は、目一杯の感謝をこめて涙ながらに。

 

「ごめんなさい、ありがとう。お願いを聞いてくれて。たくさん、たくさん守ってくれて。私たちの娘になってくれて。ずっと、ずっと、大好きよ」

『アンヌ、様……!』

 

 そう囁かれた人形の手が、逡巡するように虚空を彷徨い……やがて弱々しくも確かに、母親の背に回された。

 

『ああ、ああ。道具として、ではなく……“人として嬉しい”、なんて。わたしは、道具失格、です……!』

 

 自分への失望と―――それすら()かすような人の熱に、人形は声を上げて泣いた。

 機械にあるまじき夢を抱き締め。

 まるで、ただの少女であるかのように。

 

 

 そんな家族の蚊帳の外にて、男は小さく、ぽつり。

 

「―――知らなかったな。ゴーレムも涙を流すとは」

 

 ジャクザールのそれは、本当に意外だった、というよりは、どこか身を捩るのに似た呟き。

 『首斬り』と呼ばれた青年も、このような場面には慣れていないのだろう。

 その内心を果たしてどれだけ見抜いたか……同じく蚊帳の外で沈黙を守っていた魔女が、どこか得意げに鷹揚と頷く。

 

「ふむ。つまり、ようやく木偶(あやつ)も愛の何たるかを知った、ということであろう。カッ、相変わらず、性能が良いのか悪いのか分からん奴よ」

「……どういう意味だ?」

 

 飛躍した理屈に首を捻るジャクザール。

 そんな疑問にレフィーリアは……彼女にしては余りにも珍しい、慈母のように優しい表情でこう答えた。

 

「涙とはすなわち“愛の発露”。目に見えぬものが固まって出来たものだから、あの雫は透明で、透明なのに美しいのだ。受け売りだがな」

「――――――」

 

 きらきらと。

 三者三様の泣き顔が、夕暮れの畑で抱擁している。

 それは斜陽を跳ね返し、琥珀のように、蜂蜜のように。

 あるいは輝く黄金のように。

 

 そんな愛を見た死神は、ふっと気が抜けたように微笑んで。

 

「……なるほど。確かに、人が流すには良い(いろ)だ。赤色などよりもずっと、な」

 

 なんて、物騒なのか穏当なのかイマイチ判別がつかない言葉を、家族の嗚咽へと挟み込むのだった。

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