人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
というのも別作品の書籍化作業がありまして……正直、この先も安定するかは怪しいところ。
とはいえ中途半端なところで更新を止めるつもりはないので、どうか変わらずお付き合い頂ければ幸いです。
麦畑に響く、種族を超えた愛の歌。
そんな美しい涙で締め括られれば昔話としては上等だろうが、あいにく現実はそうもいかない。
特に“魔女”なんてのは、美談をまぜっかえす存在の筆頭だ。
「―――それよりもだ、ジャック。ワラワの目は誤魔化せんぞ」
じろり、唐突にレフィーリアの赤い瞳に睨まれて。
家族の肖像を眺めていたジャクザールは、普段の彼らしからぬ芝居がかった仕草で肩を竦めた。
「……さて。何の話だ?」
「む、そっちがその気ならワラワの口から言ってしまうが。
―――ジャック。
「……」
ジャクザールは答えない。
答えなかったが、いつもは魔女に遠慮のない彼が何の否定もしないということ自体が、何よりも雄弁に真実を語ってしまっていた。
レフィーリアは溜息を吐き、やれやれとかぶりを振る。
「ニンゲンはともかくとして、木偶人形も気付いてはおらんようだがな……カッ、キサマの一刀に挟める口などあるものか。全く、不愉快極まる。実際に刃を交えておいてその程度の
「なんだ、随分と不機嫌だな魔女。君が怒る道理はないだろう」
「あるわ莫迦者! せっかくの初デュエット、ワラワは完璧に踊り切ったのに、キサマはフィニッシュで手を抜いたのだ! しかもワラワに無断で! そういうのってよくないのだぞ!」
「む」
……魔女の価値観は知らないが、そう言われると確かに悪かった気もする、と閉口するジャクザール。
そもそも勝手をされたとはいえ、あの
―――感謝こそすれ、文句を言える道理はなし、か。
結局、彼は観念したように
「……そいつは初耳だ。次からは気を付けよう」
「そういう問題ではないっ。ワラワは今、キサマに『何故止めたか』を訊いておるのだ! 二人のダンスより優先したモノは一体なんなのだ!?」
「……魔女。君は、それを聞いてどうするつもりだ?」
ちゃきり、ゴーレム相手ではあっさり収めた処刑剣の柄に手を置く死神。
そんな剣呑さには微塵も気付かず……魔女レフィーリアは穏やかに、慈しむように微笑んだ。
「―――無論、ワラワも大切にするのだ。キサマの思想や矜持であれば、それはワラワの矜持も同然ゆえな。我等は既に比翼の鳥、どこに飛ぶとも一心同体よ」
それはきっと、猛禽の爪よりなお鋭い不意打ちだった。
予想外に過ぎる言動に減らず口さえ出てこない。
―――白い嵐のような
本人すら自覚せず、処刑剣の柄から手が離れる。
それと同時、魔女の表情が思い出したかのように子供っぽいものに戻った。
「とはいえ、あの人形に惚れたから、とかは絶対許さぬがっ! おい聞いておるのかジャクザール、浮気とか絶対ぜったいダメなのだからな!?」
「……ああ、いつも通りで安心したよ。別人のように殊勝なことを言うものだから、目を離していた隙にヘンなものでも食べたのではと疑ったぞ」
「なっ、どういうイミだそれはーっ!?」
「失礼。ともあれ、その理由なら隠し立てする必要もないか」
自分より優先したモノをぶっ壊す、なんて言われていたら斬首も辞さない構えだったが、どうやら思っていたほど傍若無人ではなかったようだし。
そんな割と失礼なことを考えながらも、彼は語ることにした。
なぜ『首斬りジャック』が敵の斬首の手を緩めたのか。その理由を。
「―――『目には目を、歯には歯を』。知っているか?」
「? なんだそれは。ニンゲンの標語か?」
「いつかも分からないほど大昔にあったとされる原初の法典だよ。その“誤用”の方が我々法典部隊の発足理由らしいが……その“正用”は、過剰な報復を防ぐための文言だったらしい。
目を奪われた者は、犯人の目までしか奪ってはならない。だから『目には目を』と云うんだと。視線には視線で、噛み付きには嚙み付きで対応しろって意味じゃないというのが、近年主流の通説でね」
「話が見えん。それとキサマの無粋にどういう関係があるというのだ?」
その疑問に直接は答えず、ジャクザールは抱き合った家族に……正確にはその中のゴーレムに歩み寄った。レフィーリアも首を傾げながら続く。
そうして碧眼の人形と目を合わせ、いっそ尋問でもするように彼は言う。
「―――ゴーレム・イヴ。君は地主とその傭兵を撃退し、騎士団さえも追い払ったが……
「なぬ?」
『……。それは……』
「地主や騎士団から直接証言を取った結果……傭兵にも騎士たちにも、
「む、騎士団の証言……? あぁ、確かあのとき!」
思い当たる節があり、背後のレフィーリアがポンと手を打つ。
アレは確か、農場に到達する前のこと。
『なあジャック、わざわざ寄り道してまで「騎士団の
『……ああ。報告の中に、どうしても確かめておきたい部分があったんだ』
確かにそんな会話もあった。
彼女は屯所の中までは入らなかったが、どうやらジャクザールの云う「どうしても確かめておきたい部分」とは、人形に撃退された騎士団の中に死者が居なかったかどうか、ということらしい。
また魔女たちには知る由もないが、彼は地主にも同様の質問を行っていた。
『まだ戦いは続いている様子。僥倖です。この間に
その一つ目とは言うまでもなく、ゴーレムがエメス夫妻の命令に従うという部分の真偽を問うもの。
そして二つ目の質問こそが―――ゴーレムによって傭兵に死者は出たか、というものだった。
二つ目の質問に対する地主の答えは「否」。
だが、これほど妙なこともない、とジャクザールはわざとらしく首を横に振る。
「あれほど殺傷力の高い魔導銃を持つ君が、揃いも揃って殺し損ねた? そんな偶然があるものか。
察するに。
『……はい。ロベール様とアンヌ様は、他者の命を奪うことを望む方ではありません。なのでわたしもその通りに致しました。それが、なにか?』
「いやなに。魔女に言い訳をせがまれてな」
迂遠に濁して、ジャクザールは再び魔女へと向き直る。
そうして、ゴーレムたちにも聞こえるように高々と。
「目には目のみを、歯には歯のみを。転じて、
『法典』の名を背負うならそれこそが正道であるはずだ、と。頑固なまでの生真面目さで、彼はそのように言い切った。
それは『首斬りジャック』の刃に一貫した矜持。
殺人の天才である彼が殺人鬼に堕ち果てぬ為の、自らに引いた一線である。
「なるほど、そういう理由だったかー……なおさら先に言えというのだ、バカっ! もしワラワが殺していたらどうするつもりだったのだキサマはっ。しかもその場合、キサマに嫌われるのはワラワなのだぞ!? そんな理不尽ってないぞ!? その場合ワラワ立ち直れんぞ!?」
もはや噛み付く勢いで突っかかってくるレフィーリア。半泣き状態なのは怒りのせいか……とはいえ、今回ばかりは鬱陶しいのも仕方なし。
「それについては悪かったと思ってるよ。正直、そういう融通が利く性格だとは思ってなくてさ……それにほら、制限を課したせいで実力を発揮できませんでした、なんてことになっても困るだろう。まあ、次からは気を付ける」
「ううむ………………埋め合わせとして、もう一度ワラワと踊ってくれるか?」
「……まあ、その機会があればな」
「―――ならばよし! 全部許す!」
「バカ、くっついてくるなっ。まだこっちの話は終わってないんだぞっ」
「む?」
樹液を啜る虫のように
「あのな。殺さない、というのは、罰しない、という意味じゃない。社会の為にも、罪人当人の為にも、適切な罰は必要だ」
その言葉に反応したのは、レフィーリアではなくゴーレム・イヴ。
人形は無表情ながら、未だ納得がいっていない様子でぎゅっと己の手を握る。
『……その話ですが。本当に、わたしの代わりにロベール様が罰をお受けに?』
そんな人形の強張った手を、今や父親の顔になったロベールは柔らかく包んだ。
「ああ、オラならいいんだ、イブ。役人さんの言う通り、間違いの罰は受けなきゃなんねえ。だって、イブはオラの願いを叶えてくれてただけなんだから」
「ええ、その覚悟に改めて敬意を、ムッシュ。当然、先の宣言に倣い、死罪にはならぬよう配慮するつもりです。場合によっては『被害者』との交渉も行いましょう……絶対、とまでは保証できませんが、俺に出来る限りのことはやらせて頂きます」
見違えた小作人の覚悟に、法の番人も意志を固める。
だがそんな男たちを前に、人形は意固地にかぶりを振った。
『いいえ、やはり道理が通りません。罰はわたしが受けるべきです』
「いいや、道理は通っているだろう。君は“ゴーレム”、持ち主の命令に従う道具だ。扱い的には人を刺したナイフと同じなんだよ。
凶器を罰する法があるものか。罰はそれを使ったものが……“人”が受けなくては意味が無い」
だから君を罰することはできない、という理屈を示す法の番人。
しかし人形は反目するでもなく、むしろ「我が意を得たり」と頷いた。
『―――はい、承知しています。
「……なに?」
言っている意味がすぐには分からず、ジャクザールが訝し気に片眉を上げる。
対し、ゴーレム・イヴは淡々と。
『説明します。ロベール様、アンヌ様も聞いてください』
そうやって全員が耳を傾ける中、人形は胸に手を当てて語った。
『―――わたしは、わたしの使命を思い出しました。
わたしは本来、万人を救うために作り出された“
……だからこそ。そんなわたしが安全圏に甘んじるなど、それこそ罪深い、赦されざる行いだったのです』
その言葉に、エメス夫妻が顔を歪める。
自分たちの行いは、法的に許されざるというだけでなく、娘同然と愛したゴーレムにとっても不都合な重荷だったのだと。
あるいは、そこにはゴーレムの記憶が戻ったことへの恐れもあったに違いない。彼女は何も覚えていない無垢だったからこそ、貧しい小作人を親と仰いだのであって、記憶が戻った今その関係も崩れ去るのでは、と。
『―――けれど』
だが……それも一瞬のことで。
そうして、人形とは思えぬ彼女は言う。
『けれど、お二人に反感などありません。むしろ感謝だけがあります。
何故ならお二人は、こんな道具に“夢”をくれた。夢を見る機能のない機械に……人間として、ただひとりの娘として愛される夢を見せてくれた。
ならばこそ……たとえ、見てはいけない夢だったとしても。わたしはこの事件の終わりまで、そのように在りたいと思うのです』
「イブ……」
そうして、改めて彼女はジャクザールへと向き直る。
ぴんと背筋を伸ばし、胸を張って。
まるで人間そのものの仕草で、心の底から堂々と。
『道具に罪はなく、人にこそ罪があるというのなら……どうぞその通りに、執行人。
どのような咎も、この
「―――」
それはいっそ単純な理屈。
罪を犯したのが『ゴーレム・イヴという道具』ではなく、『小作人の娘イヴ・エメス』ならば、それは正真正銘彼女の罪。他の誰かが請け負える道理も消滅する。
とはいえ、こんなものはしょせん言葉遊び、屁理屈だ。
人間として扱われたとて、人間になるのは
だからこそ、イヴはその視線に全てを籠めた。
涙の彩を残す碧眼は、機械の無心ではなく人間の純真を以て、真っ直ぐにジャクザールの双眸を射抜く。
果たして、その心が伝わったのか……青年は小さく、負けを認めるように頷いた。
「……なるほど。その愛、その覚悟。正しく人間のものと見て相違ない。
主張を認めよう、イヴ・エメス。その上で君に反省の意志を問うが、如何に?」
『……はい、当然。どんな罰でも甘んじて。
その上で許されるのであれば……なにか、社会への奉仕を償いとしたく存じます。どんな些細なことでも構いません……この
その言葉が示す通り。
やはり人形の根底にあるのは、“道具”としての矜持なのだろう。
人の役に立つために生まれたモノ。
かくあれし、と作られ、そうあることを唯一の歓びとする
だが……そんな道具が、矜持を曲げてでも“人”を名乗ったのだ。
その鉄面皮の下にある愛情と感謝は、もはや言葉にするまでもない―――。
「―――ムッシュ・ロベール、マダム・アンヌ。前言を翻すようで恐縮ですが、罪人の覚悟を受けて今一度再考を願いたい。ご両名の要求を『ゴーレム・イヴの無罪』ではなく、『イヴ・エメスの減刑』にまで譲歩することは可能でしょうか?」
「へ? それは、どういう……」
「罪人であるご息女の意見を尊重します。とはいえ、これは全員にとってもある種の罰になるはずです。より簡潔に言えば、そうですね」
そこで一度言葉を切って、彼は農場に視線を投げた。
地平の先から伸びた夕陽が、麦畑を
夜を前にした刹那の絶景。
豊穣の海原が最も輝く、夢のように美しい金の黄昏。
たとえ太陽が沈もうとも、心を染めた感動は消えぬだろう、と暗示的に嘯いて。
「泡沫の夢は終わり、思い出を胸に互いの道を。
それが私の思う、貴方たちへの相応の罰だということです」
かくて勝敗は決し、判決は下った。
鉄火咲き誇る戦いは終わり。
勝者たる法典部隊の隊長は、異名に似合わぬ微笑みを以て、今度こそ黄金の舞台に幕を下ろした。