人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
大半の人間にとって、眠りとは安らぎなのだという。
思うに、それは“自我からの解放”だからではなかろうか。
生に付き纏う千辛万苦。
五感を絶ち、それらを齎す外界との接続を遮断する……という意味ではなく。
思考を絶ち、それらを生み出す『自分』を忘我する、という意味での解放。
感じる心さえなければ、どんな苦しみも生まれない。
その無我こそ眠りだとするならば……。
それはなんて満ち足りた。余分なものは何一つない、時間。
だが―――それは俺の価値観ではない。
俺は毎日のように訪れるこの時間を、とても安らぎとは感じられない。
そうだ、これでは猥雑すぎる。不純物が多すぎて眩暈がする。
五感も思考も死に切っていない。そんなもの
朝には覚める程度の眠りは、俺にとっては偽物だ。
自然、もっと深く潜ることを夢見る。
暗い暗い
そこにあるだろう安らぎを求めて、俺は今日も『自分』を沈める―――。
『―――。―――』
……ふと、その黄昏を思い出した。
一週間前に眺めた夕景。
種族を超えた家族の肖像。
それはそれは美しい、胸温まる光景……だったけれども。美しいものというのは、往々にしてこちらを後ろめたくするもので。
好感と嫉妬は表裏一体。
それが自分に無いものだから美しく見え、そして羨ましく感じてしまう。
『……さい……スター……』
ああ、また『自分』だ。
こんな余分なものが、どうして眠りの中まで付き纏う。
生きている間は決して
せめて眠りの中でくらい、
『……きてください。マスター……』
……あれ。
ちょっと待て。
自分、自分とは言ったものの。
さっきから聴こえてるこの声って、全然
『―――起きてください、
「どわぁ!? 何奴―――!?」
耳元に気配を感じて飛び起きた。
反射的に腕が動く。掴むのはベッド脇の剣。体に叩き込んだ執行騎士の奇襲対策。
俺は状況を理解するより先に、ベッド脇に居た何者かの首を刎ね飛ばし―――。
『……何奴、とは失礼ですね。
その見知った顔を見て、ぴたり、とギリギリで処刑剣を停止させた。
いや、正確にはその格好を見て、と言った方が正しいか。
麦穂を思い出す柔らかな金髪。ガラスのように透き通った碧眼。
造形は少女のものでありながら、どうしようもなく氷の花を思わせる美貌は、髪を後ろで纏めているからか以前見たときとは印象が異なる。
それでもその衣装を見れば、彼女が何者であるかは誰の目にも一目瞭然だ。
黒い長袖とロングスカートの上に白い
要するに、ソレはどこからどう見ても
「……そうだった、昨日からウチに就職したんだっけ、君。
悪い、なにぶん嫌われ者の一族でね……人に起こされるなんて慣れてないんだ」
刃を向けてしまったことを素直に謝罪し、剣を元の位置に戻す。
すると主人にだけ恥をかかせまいとの配慮か、彼女も丁寧に頭を下げた。
『いえ、こちらこそ考えなしでした。ええ、ご主人様は首を見れば斬らずにはいられない、
……いや、これ謝罪じゃない。
そう見せかけた全く別の何かだ。
「……君な。ゴーレムの癖に口が悪いってのはどうなんだ? それ」
『はあ、なるほど。ご主人様は悪態を許されない、と。たとえ今しがた首を刎ね飛ばされかけた者が居て、恐怖と動揺のあまり少しばかり不満を漏らしてしまっても、それは許されることではない、と。
なんと清廉潔白な方でしょう。いえ、この場合は潔癖、でしょうか。実に掃除のしがいがありそうな性格で、仕える
「……分かった。降参する。全面的に俺が悪かった。
だからその皮肉の連打はやめてくれ。起きたばかりなのに死にたくなる」
『それは失礼いたしました。メイドは毒舌こそがロマン、というわたしなりの
ぺこり、と再び頭を下げる無表情人形。
慇懃無礼とはこのことか。全く感情が籠っていない。
いや……これはこれで感情豊か、と言えるのだろうか。
農場で見たときはもう少し大人しい性格だった気がしたのだが……いや、こんなもんだったか?
そんな俺の胡乱気な視線も何のその。
彼女は部屋のカーテンを勢いよく開き、飛び込んできた朝の光を纏いながら、清楚にカーテシーなど決めてみせた。
『では改めてご挨拶を。
ジャン=ジャクザール・マギロティオン様専属新人使用人、イヴ・エメス。
本日より本格的に業務を開始いたします』
つまりまあ、そういうこと。
慢性的人手不足に悩まされた我らが死神屋敷は、ついに、
◇
改めて、正式な判決の話をしよう。
ヴィレ大農場から帰還した後。
俺は神罰法廷にて、連行してきたゴーレムに反省の意志があり、処刑は不適切であると進言した。
つまりレフィーリアのときと同じ。
『法典部隊に所属させる』という条件で、ゴーレム、イヴ・エメスの減刑を図ったのだ。
―――殺していない者には死以外の罰を。
結論から言うと、そんな俺の判決はそのまま裁判所の決定となった。
ゴーレムはアッサリ死刑を免れ、俺も彼女らエメス一家との約束を果たすことが出来たのである。
これにて一件落着、危険なゴーレムは魔女と同じく獄に繋がれ、なべて世はこともなし……で終わると思われたのも束の間。
―――判決、
なんと被告人イヴ・エメスは、反省と死者ゼロの顛末から情状酌量の余地が認められたのか、懲役刑すら免れたのである。
裁判長の決定にどよめく法廷。
そんな中、裁判長はゴーレムに二つの条件を言い渡した。
1つ目は『研究協力』。
イヴ・エメス、その明らかに現代魔法科学を超越していると思われる機体の秘密を、王国の発展のために包み隠さず開示すること。
2つ目は『社会奉仕』。
その二つにゴーレムは同意した。
道具を自覚した彼女の望みは「人の役に立つこと」らしいので、断る理由がなかったのだろう。
そこまではいい。滅私奉公の精神は尊敬にさえ値する。
だが、問題はここから。
―――何か職場に希望はあるか?
そうジェルマンヘッテ裁判長に問われ……よりにもよってあのゴーレムは、神罰法廷のド真ん中で、高らかにこう宣言しやがったのである。
曰く。
『わたしという道具の“持ち主”には、このジャン=ジャクザール・マギロティオン氏を希望します。彼ならば、わたしの性能を人々のために役立ててくれる……いいえ。彼の役に立つことこそが、きっと人々のためにも繋がるでしょう』
その言葉にこれ幸いと飛びついたのが神罰法廷のお歴々だ。
彼等はゴーレムの言葉に乗っかる形で、俺に全てを押し付けて来た。
要するに、「前科持ちの危険なゴーレムは隊長のおまえが自腹で管理し、何かあったときの責任も全ておまえが取れ」ということである。くそったれ。
そりゃあ誰だって“責任”って爆弾を抱え込むのは嫌だろうが、それをするのがお偉方の仕事じゃないのか。レフィーリアの奴じゃないが、責任と権力はそれこそ
そんなことを勢いのまま法廷にぶちまけてやろうとも思ったが……よくよく考えると『隊長』として現場の裁量権を広く与えられていた俺は、結局がっくり項垂れて全てを受け入れる他になく。
そんなこんなであの銃乱射暴走ゴーレムは―――再び幽霊監獄でお勤め中の魔女を尻目に―――騒動収束から一週間と経たず、鉄の美少女メイドへとジョブチェンジを果たしやがったのであった。
『イヴ・エメスです。お世話になります……いいえ、間違えました。全力でお世話させて頂きます』
という挨拶を携えて、研究所から解放されたその足で屋敷にやって来たのが昨日のこと。
“ゴーレム”ということは知っていても具体的な脅威度までは知らない家長の父上と、何も知らない兄・家政婦・庭師は、「えらいやる気なのが来たな」という顔をしつつも新たな
なにせウチの屋敷は広さの割に人手不足。
そんな事情もあり、やって来たゴーレムを俺の一存で追い返すとかは到底できなかったわけで……。
「―――しかし。にしたって“俺付きの侍女”ってのはないよなあ……」
ここまでの経緯を思い出し、一番受け入れがたい部分が口を突く。
傍に
するとそんな俺の呟きに、
振り向いた顔は人形らしい無表情だが、目にはどことなく不満げな色がある気がする。
『マスター。わたし何かご不満が?』
「いや、君じたいに不満があるわけじゃない。マギロティオン家は猫の手も借りたい慢性的人手不足、広い屋敷も半分は使われてない有様だし。俺だって今日まで自分のことは自分でこなしてきたからな……まあ、食事と教育以外のことは、だけど」
『? その割には、わたしという貴重な労働力を歓迎されていないご様子ですが』
こてん、と首を傾げる貴重な労働力サマ。
確かに幽霊屋敷一歩手前の我が家にとって、新たな使用人は素性を問わずありがたいが、それと俺の心情はまた別の話だ。
「その割にはじゃなくて、だからこそだよメイド人形。一人で気儘に育った俺は、必然その形で落ち着いた。いわば一人で安定している状態だ。そこに急に世話係なんてのを追加されてみろ。付き合い方も分からないし、どう考えてもバランスは崩れる。逆に気を遣うというか、気まずいってのが正直なところかな。
要するに、俺は根っからの庶民派なんだよ」
マギロティオン家は屋敷こそ立派だが、別に貴族でも何でもない。
特に次男坊である俺などは、『デカい家で育った』というだけの庶民そのもの。
そんな唯一立派な家すら俺は12歳で飛び出したし、執行騎士は偉ぶれる職でも何でもないし、どちらかというとサバイバルのほうが得意だし。
つまり俺は、他人に世話を焼かれることにまるで免疫がないのである。着替えを手伝ってもらうお貴族様、なんてのは、むしろいけ好かない奴の代表だ。
そもそもウチには、俺などより遥かに敬われるべき者が居る。
「ほら。君もどうせウチに仕えるなら、父上とか、跡目のガリス兄さんとかに付くべきじゃないか?」
そんな俺の悪あがきのような提案は、けれどゴーレムには通じなかった。
『いいえ。ご当主様のお付きには、既にメアリー婦長がいらっしゃいます。またメアリー婦長にお聞きしましたが、ご長男のマリウス=ガリス様は繊細な方で、自分の部屋に使用人が入ることすら好まれない、と』
「……まあ、兄さんは俺と違って刃傷沙汰には向かない性格だしな。つまり、消去法で俺しかない、と」
『消去法ではありません。そもそもわたしの
ご主人様、ね。なんとも気が滅入る響きだ……サマ、というのが殊更にいただけない。人に敬われる人間になった覚えはないのだが。
「……というか、少し気になったんだが、いいか?」
『? はい、何でしょう』
「ご主人様とかマスターとか、なんで俺の呼び方が二つもあるんだ? ころころ変わって落ち着かないぞ」
『恐れながら、メイドとしては主人のことを“ご主人様”と呼ぶべきでしょう。ですが道具としては持ち主は“
TPOに即した、と言っても伝わらないでしょうし、そうですね……簡単に言えば、“素”か“職務上の態度”かの違いです』
「分かるような、分からないような……まあ、俺だって『私』とか使ったりするし。それと似たようなものか」
というか、別に『メイドはご主人様呼びじゃなきゃいけない』なんて
そうなると、その辺りを追求していけば『ご主人様』呼びだけでも撤回させられるかもしれない……なんて考えは、イヴが脱線した話を本題に引き戻したことで泡と消えた。
『それと、気を遣う、とのことですが。
先にも申し上げました通り、わたしはマスターの“道具”です。道具に気を遣う者が、いったいこの世のどこに居るのでしょう?』
いや、そんな自信満々の顔で道具がどうとか言われても。
「……無茶言うな。ふつう道具は喋らないし、自分の意志で動いたりしないだろ。どうやって扱えって言うんだ、そんなの」
割と正論を突き返したつもりだったが、イヴは困ったように
『そう言われましても……そういう便利な機能を持つ道具、と認識していただければ。少なくとも人間の使用人よりはお役に立つ自信がありますが、それでは不足ですか?』
……うん。たぶんこれ一生平行線だ。
「……ま、役に立つかはともかく、君より強い使用人もそうそう居ないだろうな」
適当に濁して、俺はこの議論を雑に打ち切った。
それより、寝起きで喋ったら喉が渇いた。
俺はいつも通り、ベッド脇のテーブルに置いてある
そうやって、殆ど手癖でピッチャーの水をコップに注ごうとして。
『―――お待ちください、マスター』
ぴしゃり、とイヴの咎めるような声に、俺の寝起きの一杯は遮られた。
「? なんだよ」
『軽率です。ご自身が今何をなさろうとしているのか理解されていますか?』
「はぁ? いや、水を飲もうとしてるだけなんだが……」
酒じゃないぞ、なんて弁解する俺の手元から、問答無用、イヴが素早く水の入ったピッチャーをかっさらう。
彼女はそのまま顔の高さまでブツを掲げ、ジロジロと観察し始めた。
『……嗚呼、嘆かわしい。何ですかこのガラスの塊は』
「いや、ただの
『名称を聞いているのではありません。この容器は容量も少ないうえに、何の保存機能、温度調節機能もない。これでは中の水は劣化するばかり、飲料を保管するという目的すら満足に果たせているとは言い難い始末。こんな低機能な道具に頼らざるを得なかったマスターのこれまでの人生に同情を禁じ得ない、というものです』
「……おい。君は今、王都の人間の殆どに喧嘩を売ってるぞ? 分かってるか?」
ベッド脇に水差しを用意しておき、起きてすぐそこから水を飲むのは、この国ではごく一般的なことである。
なのにイヴのやつは「ありえない」とかぶりを振ってこう言った。
『というわけで、こちらをどうぞ』
「こちら? ―――どわあ!? 何だコレ!?」
起き抜けのときと同じように思わず叫んでしまったが、それも仕方ない。
なにせ……うぃーん、ざばあ、と。
先端にノズルの付いた鉄のホースらしきものが、蛇のようにメイドの袖口から伸びて来て、俺が持っていたコップに並々と水を注いだのである。
『空気中の水分を集積し水を生成しました。当然、原子変換と多層フィルターにより不純物は完璧に取り除き、少量の
―――つまり、もうこのような前時代的飲料保管容器に頼る必要はないのです。
時代は多機能&高機能。唯一の製造目的すら果たせない“藁の家”は、わたしの
どどん、と高らかに宣言するゴーレムメイド。
コップに揺れる透き通った水面。
……言っている意味は殆どちんぷんかんぷんだが、要するに。
「……つまりこの水は、屋敷の内外、その空気中に漂っていた水分を材料に?」
『はい。清潔な飲料水へ変換いたしました』
「それは君の……なんていうか、体内で?」
『はい。ですがこの程度は序の口、この
「……」
なるほどー、と相槌を打ちつつベッドから立ち上がり、俺は彼女が開けた窓に近付いて。
ざばー。
『―――!!?? なっ、なぜ“わたしの水”を窓の外へ捨てたのですかマスター!?』
「いや、当たり前だろう。いつも死臭が漂ってるウチの淀んだ空気から作った水、って言われたら飲む気も失せるよ、そりゃあ。
それにこう、製造工程からしてそこはかとなく体液っぽいというか、廃液っぽいというか……気分的な話だがね。むかし生き血で喉を潤したら調子が悪くなったことがあってさ。それ以来、こういう趣向は出来れば遠慮したいんだ」
要するに、生理的に無理、というやつである。
そうやってイヴのやつが愕然としている隙にピッチャーを奪い返し、コップに水を注いでゴクリ。
うん、やっぱり口に入るものは慣れたものが一番安心するな。
だが、それがトドメになったらしく。
がっしゃーん、とガラスが割れるような音を(気持ち的には)立てて、ゴーレムは床に崩れ落ちた。
『わたしが……ガラス製の容器に、負けた……!?』
いや、そんなこの世の終わりみたいな反応しなくても。
「まあ、折角用意してくれたものを捨てたのは悪いと思ってるが。今度からは水を汲み直して来るとか、そういう普通のアプローチで頼む……おい、聞いてるか?」
『屈辱です……これが新参と古参の扱いの差だとでもいうのですか……! 性能の差を無視した寵愛、日々を共に過ごした思い出が
「うん、聞こえてないみたいだな、どうも」
わなわなと震えるメイド人形。
何というか、本格的に様子がおかしい。君この前はこんなキャラじゃなかっただろう。故障でもしているのだろうか。
機械は斜めに叩いたら直る、と噂に聞いたが、この機に試してみるべきか……。
そう悩み始めた俺だったが、残念ながらその機会は訪れなかった。
すっく、と。
彼女は発条仕掛けのように立ち直り、どこか感情の籠った目で“敵”を睨む。
『……いいでしょう。最も優れたレンガの家も、最初は馬鹿にされるもの。
けれど覚えておきなさい。そうやって冷遇に耐え忍んだモノこそ最後に笑うのが世の習い。その勝ち誇った顔がいつまでも続くとは思わない事です、“先輩”……!』
そう一方的に言い放って、メイドのイヴは風のように部屋を飛び出していった。
まるで戦場から一時撤退、と言わんばかりの勢いだったが……凄いな。あいつ今
一体どういう思考回路をしていたら
「……参ったな。魔女だけが例外だと思ってたんだが、人外ってみんな
『あんな感じ』の代表みたいな魔女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
彼女だけでも御しきれなかったというのに、もしかして、今後はその苦労が二倍にでもなるのだろうか……?
「…………まさか。流石にあの魔女よりお騒がせな奴が居るものか。というか居てたまるか」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、なんとも頼りなく蟠ったのち……屋敷の中から聴こえてきた「ガシャガシャガシャ!!」という異音に掻き消された。
「!?」
反射的に音のほうを振り向く。
ドアの向こう、廊下から、ガチャーンだのギュイーンだの、聞いた事もない不吉な金属音が響いてくる。
扉一枚隔てた
『セカンドチャンス、発見しました。名誉挽回、汚名返上、そして汚物は消毒です。
「ちょっと待ったッ。イヴ、君はいったい何をしやがろうとしてるんだ―――!?」
悲しいかな、
一風変わった使用人を雇い入れたマギロティオン家の、
魔女お勤め中……。