人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
けっきょく俺の制止によって、『マギロティオン家廊下全焼事件』は辛くも未遂で食い止められ。
すっかり目が覚めてしまった俺は、朝の諸々を終え落ち着いたタイミングで切り出した。
「とりあえず、屋敷の中を案内するから。その間は問題を起こさないでくれよ」
『そっ、そんな言い方はないでしょうマスター。わたしはこれまでも問題などっ』
問題児扱いされたのが不服なのかイヴのやつが突っかかって来るが、別に意地悪を言っているわけではない。
「ほう? ならあの『火炎放射器』とやらがどう掃除に役立つのか、詳しく教えてもらいたいんだが」
『それは、そのう……少し焦っていただけです。効率を許容範囲を越えて優先してしまった、といいますか』
「へえ。功を焦って床が木造であることを忘れるとか、随分と人間らしいゴーレムだな、君は」
そう言うと今度こそ反論できず、肩を縮めて黙り込む新人メイド。
この
ともかく、そんな訳で本日の午前中の予定は決まった。
なに、しょせん俺は国の狗、
では失礼して……死神屋敷の内覧ツアーなど、ひとつやってみることとしよう。
マギロティオンの屋敷、その成立は、我が家の家系図を8代に渡って遡る。
現王政の樹立と共に王都へ現れた当時最新の大邸宅。
旧体制の一掃という大仕事の報酬で建てられたこの屋敷は、生誕直後こそ道行く人々にさんざん持て囃されたものの……二百年に渡る加齢によって今ではすっかり
よく言えば歴史ある。
悪く言えば時代遅れの、生真面目な老騎士のような建物である。
そんな屋敷の煉瓦の壁が、二百年の風雨に耐える硬い鎧であるならば……飴色の
名工が手掛けた装飾の数々。
空間を充足させる高価な家具たち。
どこまでも続くような長い廊下と、それぞれ趣向を凝らした数多の部屋。
ホールから二階へ伸びる大階段の見事さは、この邸宅を支える巨人の背骨さえを思わせる。
俺も幼少の折などは、この家は噂の大宮殿にさえ匹敵する立派なものだと無邪気に信じ込んでいた。
だが一度家を出て、そして出戻ってきたからこそ分かることもある。
―――生真面目な老騎士などとんでもない。
この建物は冥府の洋館、煉瓦を着込んだ巨大な骸骨だ。
確かに立派な屋敷だが、この家はとにかく
昔の設計技術が未熟だったのか、それとも何らかの思惑か……屋敷の中にはそれほど光が入ってこず、結果的に日中でさえ薄暗い。
そんな邸内を照らす為、壁に大真面目に燭台など備え付けられているのは、これはもう博物館の展示だろう。
たぶん、この屋敷は二百前からやってきた箱舟なのだ。
右から左まで余すところなく時代遅れで、中に入るだけでタイムスリップした気分を味わえる。
あるいは
患者としてやってきた市民が中を一瞥するなり蒼褪めて逃げ出し、「あそこは幽霊屋敷だった」と街じゅうに言いふらしたのも一度や二度の事ではない。
「―――ま、慣れれば良い家なんだけどな、実際。二百年程度じゃ本質は変わらないってコトだろう……建造物も、人間のほうも」
『? どういう意味でしょう』
「何でもない。独り言だ」
そんな屋敷のホールから大階段を登ってすぐ。
二階の廊下がツアーの開始場所となった。
「じゃあ行くぞ。まずここが俺の部屋」
『……あの。ご主人様はわたしを幼児だとでも思われているのでしょうか』
「おい泣くなよ。ちょっとしたデモンストレーションじゃないか」
『な、泣いてなどいませんっ』
流石にプライドが傷付いたのか、俺の部屋の前で半べそをかく
前も思ったが、いったいどういう原理で涙を浮かべているのだろうか。
まあ、今はそんなのも努めて無視。
ともかく案内を続行する。
二階の廊下は、屋敷の中でも特に暗い雰囲気がある。
窓は少ないし、床も壁も黒色が基調。落ち着いた印象を目指してデザインされたのだろうが、処刑人の家って主観を通すとまるで呪いの吹き溜まりだ。
そんな常世めいた廊下の先、階段を挟んで向こう側。
朝の陽気すら裸足で逃げ出す闇の最奥に、両開きの扉が鎮座している。黒い樫の木の重厚な色、威圧するような遊びのない拵えは、見ているだけで重苦しくて俺でさえおいそれと近付けない。今回だって遠くから指さすのが限界だ。
「あっちの突き当りにある扉の先が父上―――現当主マリウス=グラシャールの執務室だ。そこからいっこ手前が当主の寝室。更に一個飛ばして次期当主マリウス=ガリス兄さんの部屋」
『僭越ながら。それらも既にマップに登録済みです』
「そうか、じゃあ次に行こう」
二階で使われているのは基本的に今言った三部屋だけで、他に住民は居ない。
要するに殆ど空き部屋である。それらを『客間』と言えないのは、ひとえに掃除が追い付いていないからだ。
アパートなら確実に赤字だろうな、などと思いつつ、暗い二階から降りて比較的明るい一階へ。
そうやって大階段を降りてすぐ、向かって左側に待つ部屋が、一階でまず紹介しなければならない部屋だろう。
ばん、と両開きの扉を開けて中へ入る。
その部屋は屋敷の中でも比較的明るい雰囲気で、光を取り込む窓は大きく、壁紙の色も明るかった。
部屋の中央には長テーブルと
さらに天上からは古めかしいシャンデリアがぶら下がっており、それがこの部屋の持つ童話めいた雰囲気をいっそう加速させていた。
清潔で色鮮やかな花の空間。
とはいえ、ここは別に酔狂者の私室ではない。
「ここがうちの食堂だ。
えーと、食堂ってのは食事をするところ。食事ってのは―――」
『……マスター』
じとりと睨まれ、慌てて軽口を止める。
どうもからかい過ぎたらしい。
「うん、流石に知ってるよなそりゃあ。ええと……それで、そっちの扉の向こうが厨房。食事はメアリーが作ってくれている」
『厨房。調理場、ですか……』
「ああ。厨房の更に奥がメアリーの部屋。とはいえこの家で一番忙しいのが彼女だから、あんまり邪魔はしないように」
『邪魔などしません。むしろわたしは負担を減らすために居るのですっ』
そうだったな、と突っかかってくるイヴをあしらい次の部屋へ。
洗面所。
浴場。
書斎。
医務室。
礼拝室。
魔導室……。
一階の主要な部屋をあらかた回り終わって。
ぽつり、唐突にイヴのやつは呟いた。
『
まあ、それは当然の疑問だな。
このサイズだけは立派な屋敷は、恐らくその半分以上が使われていない。
だが、その理由は単純なものだ。
「ああ。なにせ嫌われ者だからな、うちは。雇った使用人はすぐ逃げる、親戚筋も滅多に来ない。この屋敷だって
つまり、使用人は私室を選び放題って寸法だ。一階でも二階でもどこでも、好きなところを選んでいいぞ。昨日はどこかの客間で寝たのか?」
その部屋をそのまま使ってもいい、と言ってやったつもりだったが。
イヴのやつは
『いいえ。わたしは睡眠を必要としませんので、自室など不要です。昨晩もご主人様のお部屋の前で控えておりました』
「…………ありえない。それ、ほとんど怪談じゃないか」
『? 確かに階段は付近にありましたが、それが何か?』
何か、じゃない。
自分が生み出した絵面の凶悪さを理解していないのか、君は。
「いいか。君が夜になると動き出す
夜中の廊下で凍ったように佇む女の姿を想像してみろ。そんなのを見つけてしまった日には、あの父上すら恐怖のあまり心臓麻痺を起こしかねないからな」
あとその場合、俺が
そう強い口調で言い聞かせると、イヴは不承不承ながら頷いた。
『……承知いたしました。では、ご主人様の隣の部屋を希望します』
……それはそれで文句のひとつも言いたくなったが、まあ廊下に立たれるよりはマシか、ということで納得する。
「それで。当家の使用人になった君には、今案内した屋敷を掃除とかしてもらうわけだが……その前に技能の確認だな。君、料理はできるか?」
現在、うちの使用人で料理が出来るのはメアリーだけ。彼女も若くないし、出来れば負担を減らしてやりたい。
とはいえゴーレムは食事の必要などない人外だからあまり期待はせず尋ねたのだが……意外にも、イヴはあっさりと頷いた。
それはもうあっさりと、不安になるくらいに迷いなく。
『調理の機能は保有しています。栄養素の知識もメモリーに。
お任せを、マスター。“完璧な食事”というものを御覧に入れましょう―――』
うん。何となくこの後の展開が見えた気がするが、気のせいとして処理しておく。
頼むぞメイド人形。
そろそろそのすました外見に相応しい、クールな仕事を見せてくれよ……!
◇
―――結果から言えば、そんな俺の期待は見事に裏切られたらしかった。
『ご主人様、遠慮なくどうぞ』
ででん、と食卓に鎮座する謎の料理。
いや、それは『料理』というには余りに冒涜的で、そして余りに簡素だった。
赤白緑。
単色の絵具みたいなものが、仕切りのある浅い皿にみっちり敷き詰められている。
そして付け合わせみたいに添えられた、固まった粘土を思わせる四角いブロック状の何か。
「これは……粥、なのか? こっちはクッキー、だよな? いや、そもそもこんな
ぬちゃあ、とスプーンで掬ったソレは、液体とも固体とも言い難いペースト状の何かだった。
うーん、びっくりするほど
むしろどうやって作ったんだコレ。
「あの、ジャクザール様。お皿お下げしましょうか?」
「……メアリー」
そんな風に皿の前で固まっている俺を見かねてか、現マギロティオン家の厨房係である女中メアリーが助け舟を出してくれた。
大らかで肝の座った母親のような彼女の、こんな不安そうな顔を見たのは初めてかもしれない。
「ええと、なんて言えばいいか。メアリー、君は調理過程を見てたりするかな」
「いえ、確かに見ていたはずなんですけれど……いつの間にかこんな感じになっていましてねえ。材料の原型もなく、あたしの目から見ても料理かすら……この通り、本人は自信満々なのですが……」
ちらり、イヴの様子を伺ってみると、メアリーの言う通り妙に自信ありげだった。ドヤ顔というのか……鉄面皮の癖に器用だな。
「そうか……ちなみに材料は」
「普通の食材です。パンと、ベーコンと、レタスに……チーズに卵。牛乳もありましたわ」
「そうか…………ベーコンレタスサンドが食べられたハズだったのか、俺は……」
我ながら軽率な判断だったと頭を抱える。
俺はべつだん食に五月蠅いたちではないけれども、今回に限っては理想と現実の落差が大きすぎて、何と言うのか流石に
そうやって俺がダメージに動けなくなっている後ろで、ベテランと新人が小声でひそひそ。
「イヴちゃん。コレはあんたの故郷の郷土料理だったりするのかい?」
『はい。そのような表現が適当であると思われます、婦長様。博士―――わたしの生みの親に当たる人物は、いつもこれを食しておられました』
「本当かい? あんた、ジャクザール様に嫌がらせでもしてるんじゃあ……」
あの、悪いけど聞こえてますよお二人さん。
「……いいよメアリー。彼女に常識がないことは分かっていたし、それを承知での博打だったんだ。俺は父上たちとは違って、特に食に拘りもないしね……強いて言うなら残さず食べるってのがプライドだ。もちろん、毒でさえなければ、だけど」
『失礼な。むしろどんな料理よりも衛生的かつ健康的ですっ』
……そうか。そこまで言い切るなら試してみよう。
毒っぽかったら全身に回る前に『犯人』の首を落とせばいいだけだし。
「いただきます」
というわけで……ともすれば殺し合いに臨む以上の覚悟を決めて、ぱくり。
もぐもぐ。
ごくん。
「……まあ、不味くはない、かな? いや、むしろ美味い……?」
『そうでしょう、そうでしょう』
満足げに頷くイヴの横で、メアリーがいかにも「信じられない」って顔をしているが、何と本当なのである。
赤白緑のペーストは、常温の粥といった触感だが、これがどうして侮れない。
赤はミートソースのような味。白はシチューのようにクリーミー、緑は野菜特有の甘味があり、食べ合わせも考えられている感じがする。
細いレンガを思わせるブロック状のクッキーも、中身がぎっしり詰まっている割には柔らかく、しっとりしていて食べやすい。
事実。
五分もすれば、目の前の皿は綺麗さっぱり空になっていた。
「―――ごちそうさま。
実際、見た目は奇怪だが悪くなかった。何より食べるのに時間がかからないのがいい。この……名前は分からないが、具のない粥の利点だな」
そう素直な感想を伝えれば、イヴはいかにも鼻高々になって講釈を始めた。
『ええ、素晴らしい着眼点ですご主人様。この一皿こそ効率と生活を両立させた至高の発明―――旧時代の食事に伴った“浪漫”を再現しながら、調理・消費に必要な手間は極限までカットした一品。わたしなら一皿十秒で
更にご主人様が望まれるなら、飲むだけで栄養補給が完了する効率を極めた完全食ジュースや完全食ゼリーなど、更に効率的なメニューもご提供できます。
栄養補給の時間は最小限にすることで、人生の生産性を大幅に向上。これこそ魔術科学の勝利。本日より当家には食事革命が齎されるのです……!』
もう食事に手間はかかりません、と胸を張る新人メイド。
何を言っているのかはやっぱり半分以上分からなかったが、どうもこの一皿を本気でうちの食卓に加えるつもりらしい。
「……まあ、君の自信は分かった。この料理の優れた点も理解した。
その上で言うが―――兄さんや父上にこれと同じのを出すと、間違いなく卒倒されるからそのつもりで」
『なんと……!?』
鳩が豆鉄砲を食ったような反応をするイヴへ、彼女の先輩であるメアリーが横から突っ込みを入れる。
「なんとじゃないよ全く。どれだけ美味しい料理でも、食べてもらえる見た目をしてなきゃ意味ないだろう? 今回はジャクザール様が優しかっただけさ。そんなことも分からないなんて、あんた本当に人間かい?」
ぎくり。
「ま、まあまあ。今回は彼女も初めてだったんだし、これで実力も分かったし。次から本格的に鍛えてやってくれ。そうすれば君の負担も減ると思うよ、メアリー」
言いながら立ち上がり、イヴのやつが口を滑らせる前に彼女を連れて食堂を出る。
ばたん、と廊下に出て、メアリーが追ってこないのを確認してから安堵の溜息を吐く……と、イヴが明らかに不服を宿した目で俺を見ていた。
『……再びの冷遇に不満はありますが。それよりマスター。わたしがゴーレムであることは極秘事項なのですか? 同じ使用人にくらいは正体を明かしてもいいのでは』
……やっぱり。こいつ、事態の深刻さが全然わかっていなかったな。
「馬鹿。ゴーレムだろうと魔女だろうと、人外なんて一般人からすれば怪物と何も変わらない。余計な心労をかけさせるワケにはいかないよ。というかメアリーにまで逃げ出されたら本当に生活が立ち行かなくなるんだ。頼むから隠し通してくれ」
『で、ですが。それでは騙しているようなものでは……』
「騙す? そいつは君次第だろう、イヴ。君が人間社会の中で人と同じようにやっていける、と証明できれば、そのときは明かす機会もあるだろうさ」
狼だって、その気になれば羊の群れの中に紛れることも出来るだろう。
それを『擬態』と取るか『共存』と取るかは、狼に爪牙を使うつもりがあるか否かだ。
「……それより、イヴ。
君がさっき言っていた『もっと効率的なメニュー』に興味があるんだが、詳細を教えてくれないか」
そうやって話を変えると、イヴは僅かに、けれど確かに不思議そうな顔をした。
『? マスターはわたしを冷遇されていたのでは……』
「冷遇って……正当な評価だよ。それに俺は『父上や兄さんには出すな』って言ったんだ。俺に出すなとは言ってない。
言っただろう、食に拘りはないって。任務中簡単に栄養補給が出来るならそれにこしたことはないからな」
するとイヴは目を見開いて、その後どこか嬉しそうに細めて。
『―――ええ、わたしにお任せくださいマスター。食事革命、つつがなく!』
そうやって、廊下じゅうに響き渡る声で誇らしげに宣言するのであった。
これ以上メイドパートを分割するつもりはなかったのですが、文章量とスケジュール的に仕方なく……何かと投稿頻度が安定しない本作ですが、応援して下さる方々には本当に感謝しています。評価や感想なども本当にありがとうございます!
こちらはお詫びと感謝の証明、イヴ・エメスの絵です!
【挿絵表示】