人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
何とか午前中を乗り切って、俺は確信した。
――神罰法廷の判決もあながち的外れではなかったな。
イヴ・エメス。
彼女はどこかの魔女と違って善良だが、それでも
悪意の有無はともかく、『何をしでかすか分からない』という意味では、やはり監視・監督は必要だ。
その為に侍女として傍に置く、というのは合理的なのかもしれない。
だが……。
「とはいえ、だ。こいつはちょっと本末転倒くさくないか……?」
眩しい真昼の太陽の下。
石畳で舗装された王都の大通りを歩きながら、俺はそうぼやかずにはいられなかった。
ばさり、高く聳えた屋根の上から、鳥が蒼穹へと飛び立っていく。
その目は空から見ただろうか、この広く華やかなる都を。
人が歩く歩道と、馬車や騎馬が通る車道とで分かれた大通り。
その両側に所狭しと並ぶ、多種多様な店舗や住居の数々。
猥雑としながらも清潔な街並み、等間隔で設置された街灯などを見れば、この街が時代の最先端を走る大都会であることは誰の目にも明らかだ。
―――王都。
この国で最も栄える、国よりも長い歴史を持つ街。
それは文化継承の地でもあり、また文化発祥の土壌でもある。
百年以上も前から建っている集合住宅と、最近開業した流行りものの店舗が何の違和感もなく並んでいる街、と言えば分かるだろうか。
歴史を振り切ろうとする時勢。
新興を押し留める伝統。
この街において過去と現在は拮抗し、相反する要素が互いを上回ろうとした結果、より大きな
そんな王都のメインストリートを歩く俺の気分は、あまりいいとは言えなかった。
圧倒されるような高密度の街並み、旅人からすれば憧れの観光地も、王都出身の俺にとってはただの地元。別段心は踊らない。
それに、本来俺は外出などする予定ではなかったのだ。
俺がこの大通りを歩いているのは、ひとえにうちの新人メイド・イヴが「買い出しに行きたい」とか言い出したからである。
―――メイドの買い出しに主人が付き合ってどうする。これでは殆ど子守りじゃないか。
「……まあ、今回は初回だし。王都の案内がてら今後も“お使い”ができるかどうかを見極めればいいか。常識も無いなら学ばせればいいわけで……」
そうやって自分を納得させながら、ちらり、と律儀に一歩後ろをついてくるイヴの様子を伺い見る。
相も変わらず澄まし顔だが、果たして彼女は一人でお使いに出していいタイプのゴーレムなのか。
そんな、捉えようによっては割と失礼なことを考える俺だったが……幸いにしてイヴには伝わっていないようだった。
いいや、今彼女が気にしているのは全く別のことだ。
今日が王都デビューの新人メイドは、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回し、そしておずおずと話しかけてくる。
華やかな都会への興奮ではなく、不安と困惑の籠った声で。
『あの、ご主人様』
「……言うな、分かってるから」
『そうは言われましても……明らかに異常です。周囲の人々がわたしたちを―――正確にはご主人様を一目見た瞬間に、慌てふためいて逃げていきます』
そう。
イヴに指摘された通り……華の王都の賑わいは、俺の周囲だけ水を打ったように枯れていた。
右を向く。目が合った軒店の店員がびくりと飛び跳ねて奥へと引っ込む。
左を向く。通りを歩いていた住民が慌てふためいて端に寄り、速足で通り過ぎていく。
他にも面食らった御者により蛇行しながら逃げていく馬車、走り出そうとする子供を必死になって押し留め脇道に消えていく母親、なぜか寄ってくるカラスの群れと、王都は大混乱である。
これでは華やかな街並みを堪能するどころではない。まるで猛獣に遭遇したと言わんばかりの反応だが、俺にとってはいつものこと。
とはいえわざわざ言葉にされると、溜息が零れるのを止めることはできないが。
「……嫌われ者だって言っただろ。気にしてるんだから言うなっての。特にこんな格好してれば、俺が『首斬りジャック』だってのは一目瞭然だろうし」
仕事着である黒いコートを含めたこの服装は、このまま処刑台の上にも登れる処刑人としての正装だ。コートには家の紋章が付いていて、俺が何者であるかを言葉よりも雄弁に示している。
噂好きの王都では、このマギロティオン家の紋章や『首斬りジャック』の悪名を知らぬ者は滅多に居ない。
そもそも処刑人というのは嫌われ者だ。
だが、そんな俺の説明を受けて、イヴはなおも首を傾げたようだった。
『ならばなぜ変装してこなかったのですか? マスターともあろうものが、住民の皆様に迷惑では?』
「ああ、もっともな質問だ。そりゃあ多少は不快な思いをさせるだろうけどね……そこはお互い様ってものだろう。俺だって嫌われたくて嫌われているわけじゃないんだし。
それに。この恰好で歩き回ると、
それが結果的には『皆様』の笑顔に繋がるはずだ、と強がってみたものの、一歩後ろから聴こえてくるイヴの声色は晴れなかった。
『それは、わたしの
とはいえ、これでは買い物どころではないのでは……』
「まあ、いちおう懇意の店がいくつかある。今回はその紹介も兼ねてるんだ」
嫌われ者の処刑人だが、広い王都には当然、我々の家業に理解を示してくれる人間も居る。
聡明な者。善良な者。拘りのない者。
過去に処断した罪人の関係者に、我々と同じ嫌われ者。
そういう人達に支えられ、マギロティオン家、ひいては俺の生活は成り立っているのだ……。
そんな風に語っていると、ふと、道の反対側から三人組が歩いて来るのが目に付いた。
というのも、みんなが俺を遠巻きにする現状、道の真ん中を歩く者は否応なしに目立つのだ。
『! あの方々、ご主人様を見ても逃げ出さず、むしろこちらに向かって来ます。アレが当家と懇意にしている店の使いですか?』
わざわざ迎えが来るなんて凄い、と言わんばかりに目を輝かせているところ悪いが、そいつは過大評価ってものだ。うちはそんな王族みたいな家じゃない。
「いや、全然知らない人たちだぞ。というかこれは……」
謎の三人組はまるで臆さず、むしろ肩を怒らせてずんずんと近付いて来る。
王都ではあまり見ない、身なりがいいとは言えない恰好。
優れた体格を誇るような、いちいち乱暴で威圧的な仕草。
そんな三人の男たちは、俺たちの前で足を止めると、俺―――ではなく後ろのイヴへと競うように声をかけた。
「よーうそこのカワイ子ちゃん。オレたちとイイコトしない? こんな陰気な顔したお坊ちゃまはほっといてさァ」
「さっすが王都、こんな上玉が居るなんてさ! てかここで会えたのマジ運命じゃね? お茶しね?」
「めっちゃ可愛いんだよぅ。好きになったから好き放題しちゃいたいんだよぅ」
この欲望と直結した言動、無教養を極めた下品さ。
間違いない、彼等はいわゆる“ごろつき”だ。
こんな気合いが入ったのは久しぶりに見たな、と呑気に感動していた俺だが……すぐにそんな余裕はなくなった。
なにせ三人組に言い寄られたイヴのやつから、バチバチと魔力の電流が立ち昇ったのだから。
『―――
ばちり、石畳を駆ける青の雷光。
連続で爆ぜる雷鳴は世界の悲鳴そのものだ。
否定され、引き裂かれる世界律。異界より齎された【属性】の顕現。
あらゆる物質を材料として使い潰す底無しの消費活動、その青き予兆とは、紛れもない全力戦闘行動の一手目である。
『敵性存在を確認、排除します。“
見ればイヴの顔は、スイッチが入ったように冷血な機械のものへと切り替わっていて―――。
そんな人形の手首を、俺は慌てて掴み制止した。
「馬鹿っ、問題を起こすな! 憲兵に迷惑がかかるっ。それに君は執行猶予の身、人間に危害を加えるのは極力控えた方がいいと思うが」
はっ、とイヴの瞳に理性が戻る。
というかこの程度で即喧嘩を買うとは、君もつくづく人間味が強い。
「な、なんだ今の雷……? え、キミ魔法使いだったりすんの? ねぇ?」
「いいじゃんマホーツカイ。知的な感じでマジアガるわー」
よし。幸い彼等も、あわや自分たちが蜂の巣にされるところだったとは気付いていないようだ。
とはいえ、イヴのほうもまだ完全に収まったとは言えないらしい。その表情には未だ
『ですがマスター、問題は既に起こっています。対象を排除しないことには……』
「排除ってそんな大袈裟な。いいかイヴ。『問題』というのは憲兵沙汰のことを言うんだ。こういう
特に銃をぶっ放すのは絶対にやり過ぎだ。
見てろ、とだけ言い残し、俺はイヴに手本を示すため三人組の前に躍り出た。
「―――失礼。君たち。見たところ、王都へ働きに来た地方の者か?」
「あぁ? ンだよ坊ちゃん。テメーには関係ねえっつーの」
どん、とリーダー格っぽい男に肩を叩かれる。
イヴ相手とは打って変わって厳しい態度に、突き飛ばすような軽い一撃。戦いを
―――というか。恐らくだが彼等、俺のことを知らないな?
となるとやはり王都出身ではない。無頼漢ほど身近な地雷には詳しいものだ。
格好から考えても地方の出で、華やかな生活を求めて王都までやって来たばかりのごろつき、というところだろう。
―――ちょうどいい。今の俺の交渉力を量るチャンスだ。
『首斬りジャック』と知られていない今こそ真の実力が試されるとき。
俺は父上の威厳ある姿を思い出し、それを真似るように重々しく、けれど出来るだけ優しく説教してみる。
「……君の村ではそのやり方で通用したかもしれないが。ここは王都、千差万別の生活が幾重にも交差する華の都だ。雑踏の賑わいは各々の遠慮あってのもの……もう少しお行儀のよい方が、誰にとっても過ごしやすい態度だと思うんだが、どうだろう」
よし、我ながら渾身の説得だ。内容も抑揚も完璧。
果たして効果のほどは……。
「チッ、どうもこうもねえよインテリ野郎。ペラペラとワケわかんねー御託並べ立てやがって」
「遠慮だあ? じゃあアンタが遠慮してくれよお坊ちゃま! ははは!」
「いいから退けよぅ。オレたちが用あるのはそっちの女の子だけだからよぅ」
ぺっ、と路上に痰を吐き捨てたり、腕を振り上げてみたりするごろつきたち。
どうやら俺の渾身の説得は全く通じなかったらしい……自信あったのに、普通にショックだ。
しかし、参ったな。
父上や兄さんなら今ので上手く説き伏せたのだろうが、どうも俺にはその適性がないらしい。
そうなると必然、力に頼るしかないのだが……イヴを諫めた手前おいそれと暴力に訴えれば、俺の言葉は説得力を失ってしまう。そうなれば監督役など二度と出来まい。
中々に難しい場面だが……いや、これはむしろチャンスかもしれない。
「そうだな、実にいい機会だ。というのも最近、交渉術の重要性が身に染みてね……練習が必要だと思ってたんだが、君たちがその“練習台”を申し出てくれたと解釈して構わないな?」
「あん? テメー、何をごちゃごちゃと……」
「結構。では、とりあえず『脅し』で済む程度を探ってみるか」
俺の呟きの真意が分からなかったのか、胡乱気な目を向けてくる三人組。
その顔には困惑こそあれど、何の危機感も宿ってはいない。
「チッ、もういいわオマエ。しばらく寝てろや!」
しびれを切らしたのだろう、ごろつきが拳を振り上げる。
だが、なんて鈍い。レフィーリアやイヴが相手だったら五回は死んでるぞ、君。
ああ、彼等はまだ知らないのだろうが。
遠慮も自制もせず、秩序を否定する生き方は……『もっと強いもの』から身を守る鎧を自ら脱ぎ捨てているのと同じである。
悲しいかな。この手の輩が
つまり、
では失礼して、俺もそんな世の道理に倣うとしよう―――。
――――――殺す。
首は三つだが一刀で充分。
雁首並べて阿呆みたいに一列横並びとは、刎ねて欲しいに違いない。
抜刀は一瞬。流れるように居合を放つ。
斬撃は蛇行せども妥協はしない。痛みなど感じさせるワケがない。
刃は正確に第一頸椎と第二頸椎の隙間を三度通り抜け、当の罪人すら気付かぬうちに、断頭の刑を終了させる―――。
「「 」」
―――時間が巻き戻る。
否。最初から時計の針は動いていない。
俺がしたのはイメージだ。
殺すと意気込み、殺すための動きを正確にイメージし、その動きのための予備動作を取って……そこでストップ。そこから先は妄想に過ぎない。
けれど人間の
「―――う、うああああああ!?」
「くび、首が……! オレの首がぁ……!?」
「―――、ひ―――」
首を抑え、三者三様に腰を抜かす三人組。
本人たちの知覚力が俺の予備動作を無意識のうちに感じ取り、殺される―――いや、「殺された」と思い込んでしまったのだ。
これこそ俺流の交渉スキル。血みどろの職務を果たすうち、いつの間にか覚えていた小技……視線を介した殺気の投射である。
とはいえ偶々身に付いた技、使いこなせているとはとても言えない。
なにせ。
「……ぁ、かっ……」
三人組の中に、ぶくぶくと泡を吹いて痙攣しているのが一人。症状としては気絶だが、あれでは気道が塞がれて窒息してしまう。
慌てて歩み寄り、腹を鞘尻で突くことで気道に詰まった体液を押し出す。
「げぼぉっ……!?」
「失礼、加減を間違えたようだ。息は出来るか? 出来そうだな。無いと思うが
危ない、これで死なれていたら大ごとだ。
いや、経験を活かして自分なりに加減したつもりだったんだが……やはり“スッパリ殺す”以外の技術はどうにも上達しない。俺もつくづく一芸だけの男である。
なんて内心溜息を吐いていると、三人組のうち一人が腰を抜かしたままわなわなと震えだした。
「ジャ、ジャン=ジャクザールって……それにその風体……まっ、まさか、オマエがあの『首斬りジャック』……!?」
げ。君たちの出身地にも悪名が轟いているのか、俺は。
まあ、ここはむしろ好都合だと強がろう。
ちゃきり、わざと腰に吊った処刑剣を見せびらかし、俺は倒れた男たちへ出来るだけ丁寧に語りかける。
「此度は顔見せで終わったが、“本番”を望むならばいつなりとも。なに、遠慮は要らない―――そう、君たちは確か、
「うぇ? い、いや、それは……」
「安心しろ、マギロティオンの刃は貴賤を問わない。君たちが相応の罪を犯せば、そのときこそ、謹んで処刑台へご招待しよう―――」
にっこり、とトドメに笑いかける。
すると彼等は悪鬼羅刹でも見てしまったかのように蒼褪めて、
「ひ、人殺しいいい!」
「逃げろ、逃げろおおお!」
そうやって、どたどたと来た道を逃げ帰っていった。
おまえって笑ってるときのが怖いよ、と俺に言ってきたのは昔の同僚だったか。あの慌てっぷりを見るに、どうやら冗談ではなかったらしい。中々堪える真実だが、それで血が流れないのなら僥倖と強がるべきなのだろう。
とはいえ『人殺し』はないと思うんだが……今回は殺してないわけだし……。
「ま、まあ、あれだけ脅せばしばらくは大人しくするだろう、多分。生まれ変わった気持ちで、というやつだな。
君もウチでやっていくなら、ああいう手合いは優しく
色々思うところはあれど、最低限の格好はついただろう、とイヴのほうを振り向けば……彼女はなんだか悔しそうな顔で頷いた。
『……承知しました。今後のため、威圧機能を追加しておきます』
「いや待て、違う、今のは悪い例だ。理想は説得で上手く場を収めること。俺じゃ参考にならないから、兄さんとか、教会の牧師とかを手本にしてくれ」
こくり、と唇を噛んだまま頷くイヴ。その動きもどこか弱弱しい。
「どうした? 妙に元気がないように見えるが」
『……はい。その、今回もお役に立てませんでしたから……』
「そんなことは……まあ、あるか」
ずうん、とイヴの表情が更に暗くなる。
その様子を見て、俺の脳裏にピンと来るものがあった。
もしかしてだが……彼女がさっき妙に喧嘩っ早かったのは、そろそろ良い所を見せなければ、と焦っていたからなのだろうか。
……とはいえ、俺が言うのもなんだが
過剰な暴力もそうだが、彼女の魔法は自己改造のために周囲の物質を『消費』してしまう。それで路面が抉れたら大問題だ。
功を焦ったら碌な結果にならないのは人もゴーレムも同じなのか……なんて考えが言わずとも伝わったのか、イヴはいっそう肩を落として縮こまった。
『……』
「……」
何というか、空気が重い。
ここは冗談の一つでも言って場を和ませるべきか?
「ええと……しかしさっきの三人組。君にお熱だったということは、
耳を抓られ悲鳴を上げる。
常識外れの馬鹿力と、至近に迫った絶対零度の碧い瞳。
『……マスター。何か、異論・反論はございますか?』
「いや、うん。今のは完全に俺が悪かった……」
我ながら今のはなかった。
やはり俺は交渉ごとの才能も、冗談のセンスも持ち合わせていないようだ……。
―――そんな路上でのやり取りを、じっと観察している目が合った。
ガラス玉めいた赤い瞳。
頭から尾まで真っ白な羽。
とある宗教では神の使いともされる
二つの目玉を零さんばかりに、『首斬りジャック』と呼ばれる青年を、じいっと凝視し続けていた―――。
◆
そんなこんなで、初日は何とか無事終了。
外出から戻って数時間、すっかり日も暮れた空の下、マギロティオン家の一室で。
『屈辱です。まさか、ここまでメイド業が難しいものだったなんて……っ』
最初の威勢はどこへやら。
イヴはすっかり意気消沈し、鉄面皮すら保てず悲嘆に暮れていた。
まあ、「好調な滑り出し」とは言えない勤務初日だったのは間違いない。
結局あの後も贋金錬成に手を出しかけたり、庭師の仕事を手伝おうと生み出した機械で逆に草木を枯らしかけたり、夕飯の片付け中に汚れた皿を新品の皿に作り替えてしまったり……と、名誉挽回しようとしては空回りの繰り返しだったし。
最終的には暴走し、『枕が必要なら是非わたしをお使いください!』とか何とか言って俺の頭を膝に押し付け始めたので、「いい年して膝枕なんかできるか」と強く拒絶したらこのザマである。
どうでもいいけど、落ち込むなら自分の部屋でやって欲しい……。
というか。
「そもそもの話だが。どうして君は、そんなに
ふと気になって尋ねれば、イヴは半泣きのまま恨めしそうな顔になってこちらを睨む。
『……何ですか、お役に立てなかったわたしへの皮肉ですか』
「違う、純粋な疑問だよ。確かに俺は今日一日君が空回りする様子を見ていたが、それはやる気がなかったんじゃない。むしろやる気が過剰にあるせいで、周囲との均衡がとれず空回っていた印象だ。
ウチは出来高制じゃないんだし、君がそこまで肩肘張る理由はないと思うが」
そもそも『本業』は法典部隊の戦闘員なのだし、いわば『副業』であるメイドの仕事に必死になる理由が分からない。
だが、そんな俺の質問はイヴのプライドを逆撫でしたらしく。
彼女は条件反射めいて立ち直り、胸に手を当てて声を張り上げる。
『お金は問題ではありません。そもそもわたしは
「金銭欲は無い、と。ならば何故?」
『単純です。わたしは多くの人を救うために作り出された
つまり。“正義の味方”であるマスターのお役に立つことは、同時に、わたしの製造目的を果たすことでもあるのです』
「……うん?」
えーと、つまり。
秩序とは大衆を助けるもので、俺がその秩序のために戦っている人間だから、俺を助ける=大衆を助ける、ということになると。
「……ずいぶんと飛躍した等式だな。まあ、監視もなしに東奔西走させるわけにもいかないし、それで我慢できるなら重畳か」
薄々気付いてたが、君、変人度で言えばあの魔女と大して変わらないよな……いや、そもそも人ではないのだが。
そんなことを呑気に考えていた俺だったが、イヴの話はまだ終わっていなかった。
彼女は己の手に視線を落としながら、樹脂の肌ではなく、どこか遠くを想うような色をその碧眼に湛えながら言う。
『それに。わたしは
だからこそ、それを証明できなかったことが悔しいのです……』
自分で言って醜態を思い出したのか、再び意気消沈するメイド人形。いかにも故郷の親に顔向けできない、といった風情である。
その様子を見て。今まで彼女が何に一喜一憂していたのか、俺には意味不明だったのだが……今ようやくパズルのピースが嵌った、というのか。
さっきまでは鬱陶しかった大袈裟な落ち込みように、ちょっとした共感さえ抱いてしまった。
「……
『?』
しきりに頷く俺を不審がってか、俯いていたイヴが顔を上げる。
うん、やはりその落ち込みようは嘘には見えない。
彼女は本気で人の役に立ちたいと思っている。
きっと、どこかの
「―――いいだろう。
イヴ・エメス。人の良き隣人として創造された人形よ。
これまでのように成り行きではなく、改めて、君を当家の使用人として歓迎する。人間の良識と使用人としての節度は、まあ、これから覚えていってくれ」
あくまでフェアに。
別に俺の一存で何かが変わるわけでもないが、少なくとも俺個人としては君を認める。そういう意志を、俺はその生きた目を見ながら表明した。
それがあんまりにも意外だったのか。
イヴは喜んだり安堵したりするより先に、見え見えの詐欺を持ち掛けられたときのような顔になって、訝しげに半歩身を引いた。
『……驚きました。てっきり失敗続きを理由に追い出されるかと』
「あのな、俺を何だと思ってるんだ君は。いくら処刑人だからって、初日の失敗を理由に
流石に憮然とする。今日一日を経たうえで、まだそんな鬼畜と思われているのか俺は。
しかし、それは勘違いだった。
この件でより正しい意見を持っていたのは、むしろ人外である彼女のほうだったのだ。
イヴはかぶりを振って、一段と冷たく聞こえる口調で俺を
『ですが、それは人間の扱いです。マスターは
……それは、確かに。
俺は基本的に秩序側の人間であり、それを無視して振舞う人外には反感を持っていたと思う。だが、俺がさっき語った心構えは、そのような先入観の混ざっていないものだった。
つまり―――俺はイヴを『人間』の側に分類していた。
そのことに、言われて初めて気が付いたのだ。
それはなぜか。
無意識のうちに自分に起こっていた変化の理由を考えて……俺は思わず渋面を作る。
正直、とても認めたくはない事実を発見してしまったからだ。
だからといって黙っているのもなんだかフェアじゃない気がして、俺は結局溜息交じりに口にした。
「……そうだな。礼を言うなら彼女に頼む」
『“彼女”とは? 曖昧な言い方は情報伝達を阻害するだけです』
「……言わずとも分かるだろ。魔女だよ。あの白いの」
『いいえ、全くもって分かりません。どうしてそこで彼女の名前が?』
露骨にイヤそうな顔になるイヴ。
まあ気持ちは分からなくもない。俺たちはあの魔女に
けれど、好悪と評価は別のものだ。
あの農場で彼女がしたことは、断じて私欲のままの暴走ではない。
「そりゃあ色々あったし、何度も手を焼かされたけど……彼女はきちんと初仕事をこなした。使命を裏切りはしなかった。
だから、なんていうか……そう、人外の株を上げたんだよ、彼女は。君たちが『人間と協力できる存在なんだ』と、その行動で示したんだ。それを傍で見届けたからこそ、俺にも『互助』の選択肢が生まれた。君を信用したのもそういう理由。なんで、礼は彼女にするべきだ」
ジャック~、なんて感動ボイスがどこかから聞こえた気がしたが努めて無視。
俺はあくまで君の行動を評価したのであって、人格を評価したのではないぞ魔女。
だが、そんな俺の真意を理解できない人外がここにもう
『……ご主人様は、随分とあの
「違う、断じて“信頼”はしていない。ただ、任務一回ぶんの“信用”はしないとフェアじゃないだろう?」
そうきちんと説明したものの、イヴはあまり納得していない様子だった。
「なんだよ、そんなにレフィーリアが嫌いなのか、君は。遺恨があるのは理解するが、同じ人外だろ。仲良くして損はないんじゃないか?」
『……畏れながら。魔女とゴーレムでは鳥とヒコウキくらいには違います。それにわたしは、どうにもあの方が苦手なのです』
ふぅん。人外に仲間意識みたいなものはあまりないのか。
「なら、どうする。檻に入らず
ついつい意地悪な笑いが口元に表れるのを自覚する。
今日一日、反応がいちいち良いところを傍で見ていたせいだろうか。
答えの決まった問いをわざわざ投げかけるなんて、我ながら性格の悪い真似だったが……果たしてそんな主人の心理を介したのか否か。
人形は静かに居住まいを正し、どこか拗ねるようにして答えた。
『……いいえ。わたしの私情など問題ではありません。この服に袖を通したとき、わたしは二度と己の誇りを裏切らないと、そう
「誇り?」
『はい。
どんな主のもとでも正確に働き、製造目的を遂行する―――それが人の手によって造られし、我ら“器物”の誇りです』
最後の宣言は堂々と。
それはたぶん、敬服に値する在り方だった。
鳥のように自由で、どこまでも軽やかな魔女とは違う。
人と同等の自我を持ち、人以上の性能を与えられながら、「人のための道具であろう」と自らを固く定義したもの。
誰かの願いを背負い、己の矜持を抱え、ありとあらゆる重荷を携えながらなお曲がらない、鋼のような意志の持ち主。
垣間見たその本質が真実ならば、彼女は今にその本懐を果たすだろう。
危険な人外を排除し平和を守る法典部隊の一員として―――あるいは、一人で何人分もの仕事をこなす、マギロティオン家の名物メイドとして。
―――殺さない仕事も悪くない。
ああ、絶対に口には出さないが。
『首斬りジャック』に一瞬でもそう思わせてしまうくらいには、彼女は今後に期待が持てる、実にいい面構えをしていたのだった。