人外少女たちの愛情表現が難解すぎる   作:龍川芥/タツガワアクタ

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水平線上のパ・ド・ドゥ①

 燃えるような黄金が、世界の全てを満たしている。

 ここは遥か雲の上。

 誰もが子供心に憧れ、そして忘れ去った夢の舞台。

 

 そんな、幼い夢想が現実になったかのような場所へ、俺は今足を踏み入れていた。

 

 タイルめいて硬い雲の感触。

 何もかもが融けた琥珀のように境界を失ったダンスホール。

 楽士の代わりに風の精。

 

 ―――そして、目の前には天使のように美しい―――

 

 赫い太陽のように輝く瞳。

 皎(きよ)い月のような白い肌。

 うら若い乙女のような美貌は、夕陽に負けじと大人びた色を帯び、静かに純白の花を演じている。

 絵具を塗りたくったような空の中、唯一塗り潰されることを拒んだ白い女。

 燃えるように、溺れるように、揺れる花のように佇む肢体。

 天使の純美と悪魔の艶美が共存する奇跡のカタチ。

 

 ―――本当に、絵本の一頁(ページ)のような光景。

 見惚れていたか否かで言えば、間違いなく夢中だった。

 きっと生涯で二度とない不覚。

 それでも今だけは真実の錯覚。

 

 嗚呼。

 白い睫毛に飾られた、紅い宝石のような瞳が、妖艶に俺を呼んでいる。

 ゆるり、誘うように柔い手を翳して、白い女が夕焼けに笑う。

 けれどその先は言わせてはならない。

 何故って、エスコートは男の役目。

 俺のような不心得者でも、最低限の礼儀は知っていた。

 あるいはそれすら言い訳で、ただ蜜に誘われる虫のように本能のまま動いただけか。

 

 風の気紛れな演奏が、急かすように早いリズムを刻む。

 それに背を押されながら、けれど抗うように深呼吸してゆっくりと。

 

 ―――私と一曲、踊っていただけますか。

 

 そんなようなことを言って、恭しく手を差し出す。

 永遠にも感じられる刹那の沈黙の後。

 彼女は待ちわびたと言わんばかりに、そっと俺の手を取って。

 そうして太陽よりも眩しい、大輪の笑顔を咲かせて言うのだ。

 

 ―――ええ、喜んで!

 

 それは二人きりの舞踏会。

 観客の居ないバレエショウ。

 白鳥と死神が刹那演じた、水平線上のパ・ド・ドゥ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 そんなこんなで、イヴがうちに来てから一週間。

 ゴーレムメイドが日々しでかす無茶苦茶にも慣れきらないうちに、神罰法廷からお呼びがかかった。

 

『法典部隊隊長ジャン=ジャクザール・マギロティオン殿は、これこの時間に単(・)身(・)神罰法廷まで来られたし。繰り返すが絶対に単独で来ること』

 

 普段にも増して雑な召喚命令だったが、いち役人である俺が「心労が溜まっているため今回はパス」とか言えるハズもなく。

 新たな事件が起こったのか、でもなんでイヴは呼ばれてないんだ、と首を捻りながら向かってみれば……待っていたのは事件でも強敵でもなく、ある意味もっと厄介な奴で。

 

「―――来たかジャック! ワラワの“報酬”よ!」

 

 そう。

 神罰法廷の前で騎士に囲まれながら俺を待っていたのは、法典部隊所属人外第一号……大魔女・白夜のレフィーリアそのひとだった。

 

 人間、余りにも予想外の光景に直面すると剣に手をかけるのさえ忘れるらしい。いいや、珍(・)し(・)く(・)溜(・)め(・)込(・)ん(・)で(・)い(・)た(・)心(・)労(・)が、俺の反応を鈍らせたのかもしれないが。

 

「……魔女。これはいったいどういうことだ? というかそもそも、なんで君が塀の外へ出て来てるんだ……?」

「決まっておろう。ワラワがそれを願ったからだ」

「なに?」

 

 まさか脱獄して……いや、そういえば契約にあったっけ。

 法典部隊に所属した人外は、罪状の保留に加え―――任(・)務(・)を(・)達(・)成(・)す(・)る(・)た(・)び(・)に(・)、素(・)行(・)と(・)貢(・)献(・)度(・)に(・)応(・)じ(・)て(・)望(・)む(・)褒(・)美(・)を(・)ひ(・)と(・)つ(・)得(・)ら(・)れ(・)る(・)、と。

 

「労働には報酬が与えられる。中々に乙なルールよ!」

 

 そんな報酬として魔女が願ったのが、その、『俺と一日デート』、だったらしい。

 

 ああ、何という余計な一文。

 そんな下らない理由でこの超危険魔女(じんぶつ)を檻から出すとか、神罰法廷の面々がよく許したな。というか許しちゃ駄目だろう絶対。俺への嫌がらせのつもりなのか?

 

 その軽率な判断に、あと数時間は文句を言えるが……とはいえ、出て来てしまったものは仕方ない。見張りの騎士たちに返(・)品(・)を頼もうにも、彼等は俺が到着した途端逃げるように撤収してしまったし。

 こうなっては大魔女サマが暴れ出さないように、俺がうまく機嫌を取るしかないのだが……。

 

「……しかしなんでまた俺なんだ。王都を歓楽したいなら人選を間違えてるぞ」

「む。おいジャック。ワラワは今日という日をそれはもう楽しみにしておったのに、キサマ全然ワクワクしとらんではないか! どういうことだっ」

 

 俺が乗り気でないことがご立腹なのか、頬を膨らませ睨んでくる魔女。

 だが、俺はあくまで客観的事実を述べただけだ。

 

「どうもこうも。要するに、俺には君が望むデートの適性がないってこと」

「むー。なぜ嘘を吐くのだキサマは」

「いや、どうして嘘だと決めつけるんだ君は」

「あのなジャック。キ(・)サ(・)マ(・)は(・)あ(・)の(・)人(・)形(・)に(・)王(・)都(・)を(・)案(・)内(・)し(・)て(・)居(・)た(・)で(・)は(・)な(・)い(・)か(・)。だというのに何が問題なのか。あの人形はよくてワラワは駄目、とは言わせんぞ」

 

 …………なんだって?

 

「待て、今のは流石に聞き流せない。何故それを君が知っている!? そのとき君は塀の中に居たハズだろう……!?」

 

 余りにも予想外の言葉が飛び出してきて狼狽える俺の問いに、レフィーリアはふふん、と得意げに鼻を鳴らして答える。

 

「知っているとも。キサマがそのときに買ったものも、キサマの意外と可愛らしい寝顔も……キサマがこの一週間毎朝人形に起こされ、その度に奇襲だと勘違いして剣を振っていたことも、全てな」

「――――――」

「うむ、しかし最初は不安だったが、ジャック。キサマは中々身持ちが硬いな? あの人形にうつつを抜かすかと思ったが、踊っている様子もなかったし……浮気の気配が無くて感心したぞ、うむっ。

 とはいえ、そんなにワラワが好きならば面会にくらい来てくれても……」

 

 長々と語っていたが、いいかげん我慢できずに言葉を遮る。

 

「違う、そういうことを訊いてるんじゃないっ。幽霊監獄に囚われていた君が、どうして外界のことを事細かに知っているのかと尋ねているんだっ。

 まさか君、本当に脱獄を―――」

「む? なんだ、そんなことか。それはホラ、こやつらのお陰よな」

 

 ばさり、魔女の肩に着地する白い鳥。

 それは通常見かけることのない、目が覚めるほど白いアルビノのカラス。

 出会いの日に一生分は見た、見紛いようもない魔女の眷属は……けれどその外套の中から生まれ出てきたのではなく、予兆なく天井から舞い降りて来た。

 つまりそれは、あらかじめ街に放たれていた、ということで。

 

 そんな眷属の頬擦りを受けながら、魔女は事もなげに言う。

 

「こやつら眷属はワラワの分身のようなものでな。眷属が見聞きしたことは大体の場合ワラワにも伝わる。幽閉生活の数少ない暇潰しというやつよ」

「―――なんてことだ。それじゃあ俺はこれまで、ずっと君に監視されていたとでも言うのか……!?」

 

 愕然とする俺に対し、憮然として唇を尖らせる魔女。

 

「監視とは失礼な。おはようからおやすみまでワラワの熱視線を独り占めだぞ、喜ぶがよい」

「……そうだな。“監視”は間違いだった。正しく“ストーキング”と言い直そう」

 

 本当に、何ということだ。

 イヴなどこの魔女と比べればまだ常識的。

 本当に警戒すべきだったのは、同じ館に就職したゴーレムではなく、幽霊監獄の魔女のほうだったなんて誰が分かる……!

 

 一通り頭を抱えきって、何とか気持ちを落ち着ける。

 過ぎたことは仕方がない、ということにしよう。するしかない。

 幸い被害は俺だけに留まっているようだし、次から白い鳥を見かけたら斬ってしまえばいいだけだし。

 高い授業料を払ったというなら、せめて今以上の損だけは生まないようにしなければ。

 

 そういうわけで燃え上がった処刑欲をクールダウン。

 溜息と共に本題へ戻る。

 

「……とはいえ、だ。この前のアレが楽しいイベントに映っていたなら、君の目は節穴だと言わざるを得ない。誰であれ、俺と一緒で王都を楽しめるものか」

「な、まだ言うかジャック―――」

 

 俺の言葉を言い訳と見たか、顔を赤くして詰め寄ってくるレフィーリア。

 だが、その憤慨は見当違いだ。

 これは俺なりの誠実さなのだから。

 

「そうじゃなくて。俺は嫌われ者なんだよ。マギロティオン家の処刑人で、君の監督のために帯剣してて、トドメに『首斬りジャック』ときた。だから俺と一緒だと殆どの店には入れないし、歩くだけでもいい顔はされない。なんで、今からでも他の人に案内役を……」

 

 本当に王都観光がしたいならそっちの方がいい、と。自虐ではなく心底からの善意で俺は申し出た。

 いいや、言っているうちに何だか悲しくなってきたので、やっぱり自虐だったかもしれないが……。

 

 けれど白い魔女は納得するでもなく、憤慨し続けるでもなく……ただ幼子の不安を笑い飛ばすみたいに、実に軽い態度で鼻を鳴らした。

 

「なーんだ、そんなことで悩んでおったのか。要するに、キサマが有名人なのが問題なのであろ?」

「そんなことって君な……!?」

 

 人の苦労も知らないで、と怒鳴り付けようとした瞬間、俺の思考は固まった。

 

 ―――ちゅ、と。

 額に押し付けられる柔らかい感触。

 突然のことに反応すらできない。

 呆気に取られて停止した俺の反応を待たず、ふわり、軽快な跳躍から優雅に着地したレフィーリアは、いつも通りの調子で言う。

 

「“月の加護”をキサマに授けた。一言で言うと、存在感の希薄化だな」

「いや一言で言うな。俺に何をした。ちゃんと説明しろ魔女」

 

 咄嗟に額を押さえながら―――断じて感触を再生しようとしたのではない―――詰め寄ると、魔女は「仕方ないなあ」と言いたげな得意顔になって。

 

「そうさな……透明人間、とは違うか。キサマをキサマとして認識しにくくするま(・)じ(・)な(・)い(・)のようなものだ。見えているが視えていない。そこに居るが意識できない。キサマがこの国イチバンの有名人だろうとも、今だけは風景に埋没できる」

「な―――」

 

 そんなことが可能なのか、と言いかけて、辞めた。

 この魔女の出鱈目にいちいち驚いていたら日が暮れてしまう。それにこの淀みない説明からして、嘘をついているようには見えない。

 

 とはいえ、特に変化を感じないのも事実だが。自分の体を確認してみるが、透けているような感じもしない。

 

「だから存在感の希薄化であって、視覚的な透明化ではないと言っておるだろうに。

 ああ、それと事前に注意しておくが……他者に触れたり、長く会話したりすると加護は解けるぞ。あとは最初からキサマ自身に用がある者や、キサマが居ると分かっている者には通じん。

 月というのはどんな場所でも目にする当たり前の風景だが、それ自体に着目することも可能であろう? 主題と背景の境界は曖昧にして流動的だ。特に“接触”には気を付けるのだぞジャック、月は手が届かんからこそ神秘なのだと忘れるな」

 

 いかにも魔女らしい難解な講釈は半分も理解できなかったが、ともかく俺は“存在感が薄くなる”加護を貰ったらしい。

 

「……未だ実感はないが。その話が本当なら、便利な魔法もあったものだな」

「魔法ではないぞ。加護、つまり権能だ。神様の真似事というやつよ」

 

 なんだか聞き流せないことを軽く言って、彼女は俺の手を掴んだ。

 咄嗟に躱せないほど迷いのない動き。

 

「なっ、おい!? 君な、“触れたら加護は解ける”って今自分で―――」

「カッ、ワラワは例外に決まっておろう。ではゆくぞ、ジャック!」

「ちょ、待っ……!」

 

 問答無用。そのまま意気揚々と歩き出す魔女に引き摺られる形で、俺も法廷の外、往来に連れ出された。

 

 

 昼間ということもあり、王都はがやがやと溢れんばかりの活気で満ちていた。

 伝統6、流行4の割合で調和した高密度の街。

 神罰法廷が建つ中央広場でこそ歴史ある石材建築にその比重は傾くが、それも通りに出るまでで、道には多種多様な建物が競うように背を伸ばしている。

 

 そんな道を行き来するは、これまた多くの紳士淑女。

 買い物、仕事、荷物の運搬、物見遊山……彼等の思惑は様々ながら、みな一様に歩道に収まってそれぞれの目的地を目指す様は、色とりどりの糸で編まれる織物を見ているかのようだ。

 

 ちらほらと道脇に立っている王都憲兵。

 直立する鎧姿に一瞥もくれず、談笑しながら道を行く仲良しグループ。

 その集団に「美味しいよ」と快活に客引きをする店主。

 そんな店に荷物を降ろし終え、車道をガラガラと走り出す馬車。

 

 俺はそんな織物(にちじょう)を切り裂く鋏であると、これまでの経験から理解していて、魔女の手を振り払うより先に思わず目を閉じてしまった。

 

 これだけの人混みだ。

 普段なら誰かが俺に気付いて、次に悲鳴が上がって、最後に周囲から一般人が居なくなって、憲兵が気まずそうに会釈して終わり。

 王都には特に顔が広まってるし、人も多いので、俺の正体に気付かれるのも早い。

 なんで、そろそろ最初の叫び声が平和を裂いてもいい頃なのだが……。

 

「……?」

 

 恐る恐る目を開ける。

 反応がない。

 日中の喧騒にはさざ波さえ立たず、平穏な日常は俺を素通りして真っ直ぐに歩を進めている。

 すれ違った人数は二十を超えたか。

 それでもう、効(・)果(・)を認めざるを得なかった。

 

「―――本当に、気付いてない、のか?」

 

 いや、確かに姿は見られている。

 だがその誰もが―――俺のコートも、腰の剣も、マギロティオン家の紋章も無視して、まるで何も見なかったかのように視線を外し、無言で脇をすり抜けていく。

 

「言ったであろう。なんだ、ワラワを疑っておったのか?」

 

 そう不満げに言うレフィーリア自身もまた人目を集めてはいない。恐らくだが、自分自身にも“月の加護”とやらを使っているのだろう。

 魔女帽に魔女のローブを纏い、その全てが真っ白というレフィーリアの格好は都会から浮いているにも程があるが、群衆は気にも留めず通り過ぎていく。

 

 ―――よく考えると、それはそれで恐ろしい気がするな……。

 

 この魔女がその気になれば、どんな場所にでも紛れ込める……それこそ王宮にさえ入り込めてしまうのではなかろうか。

 それも正面から堂々と、誰にも呼び止められることなく。

 

 何という危険因子。神罰法廷はこのことを知っているのか。

 知らないのだとしたらすぐに報告を―――。

 

「―――っと」

 

 向かいから来た男性とぶつかりそうになって、慌てて意識を現実に戻し身を躱す。

 

「失礼、考え事をしていました」

「……」

 

 咄嗟に謝った俺に対し、相手は何も言わず一瞥だけを返して、そのまま通り過ぎていった。

 

 そう。往来を行き来する人々は、当たり前に俺に無関心のまま、何事もなくすれ違っていく。

 あちらもぶつからないように身を躱したりするところを見ると、やはり俺たちは透明人間になっているのではなく、相手にとって“どうでもいい人”になっているのだろう。

 

 ―――人が多くなり過ぎた都会では、いちいち他者に関心を裂いていてはそれだけで一日が終わってしまう。

 必然、往来ですれ違っただけの他人に挨拶なんてしてられない。目の前で人が転んだって、だいたいの人間は無視するだろう。

 誰も彼も、時間にも心にも余裕がない。

 都会の人が冷たい、と言われがちなのはそういうことだ。

 ここでは誰もが他人に優先順位を付ける事を強いられ、代わりに選別した相手とだけ付き合っていける権利を得る。

 広くなった選択肢に反して、どんどんと閉じていくコミュニティ。人はこれだけ溢れているのに、むしろ目には入らなくなっているなんて、皮肉というか効率的というか。

 とはいえ、そんな当たり前の都会の姿が、俺にはひどく新鮮に映った。

 

 別に、変装して街に出たのも一度や二度のことではない。

 けれど自分を偽る行為には常に後ろ暗さが付き纏い、何をしてもバレるかどうかが不安で落ち着けず、要するに本末転倒だった。

 だから俺も開き直って、せいぜい役に立つ怖がられかたをしようと決めたのだ。

 

 

 ―――殺すことしかできないなら、せめてその力を大衆(みんな)のために。

 そんな風に生きてみたって、結局、誰も笑ってはくれなかったけど―――。

 

 

 だが、今はどうだ。

 服を着替え顔を隠さずとも、すれ違う人間と肩をぶつけないよう注意するだけで、当たり前に景色に埋没できる。

 誰も俺を気にしないし、俺も周囲を過剰に気にかけなくていい。

 それは……なんだかすごく落ち着く、ような。

 

「―――おいジャック、さっきから黙りこんでどうしたのだ。人間の逢引きとは、かくも厳格なものなのか?」

「あ、いや……何というか、驚いていた。君、もしかして凄い魔女なのか」

「なぬ!? 今更それって、ワラワ今までどんな魔女だと思われていたのだ……!?」

 

 怒って抗議してくるトラブルメーカーも、今は誰の目にも留まらない。

 これが、魔女。

 『首斬りジャック』の悪名さえ凌駕する加護(まほう)の使い手。

 

 ―――そうだな。この程度は報告しなくてもいいか。

 

「……いや、何を考えているんだ俺は」

 

 本当なら今すぐ引き返して神罰法廷に報告に行くべきだ。

 だというのに。

 

「まあよい。今日はとことんワラワの凄さを教えてやるからな、ジャック!」

 

 屈託ない笑顔を向けられ、俺は結局その手を振りほどけなかった。

 

 まあ、農場の事件を解決した報酬という話だし。それなら尽力した俺にだって受け取る権利はあるだろう。

 要するに、報告は後回しでもいい。この『デート』とやらが終わるまで俺が監視しておけば、何も問題は起きないワケだし……。

 

 そんな、気の迷いめいた手心を俺に抱かせる程度には。

 それは優しい祝福のようにも、人を堕落させる甘美な呪いのようにも思われる、抗いがたい誘惑だった。

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