人外少女たちの愛情表現が難解すぎる   作:龍川芥/タツガワアクタ

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日間ランキング入りを記念して、短編(番外編)と絵を用意しました。理由は嬉しかったからです。
改めて、本当にありがとうございました! 本編の続きも必ず書きます!

【挿絵表示】



EX1 愛馬、その名は

 

 どうも皆サン。

 オレっす、オレオレ。ウームアーっス。

 

 ……え?

 「そんな名前の奴は知らない」?

 「オマエは誰だ」って?

 ひどいなあ。ひどいっス。ウチのクソ主人くらいひどい。オレ、ちゃんとこれまでの話の中で登場してたっスよ?

 ホラ、オレっスよオレオレ。

 黒い一角馬(ユニコーン)のウームアーっスよ。

 そう。あのバカおっかねー『首斬りジャック』の愛馬っス。最近だと農場までの移動手段として使われたっスね。印象にない? 今初めて知った? そんなぁ。

 

 ……まあいいっス。この世界が厳しいことはオレも嫌というほど知ってるっス。

 嘘だと思うならオレの名前を見てくださいっスよ。

 

 ウームアー。

 “馬(ウマ)”だから“ウームアー”。

 

 マジ適当っス。響きで決めたに違いないっス。酷くないっスか名前の由来。オレはめちゃ酷いと思ってるっス。でももっと酷いのは、そんな名前さえ全然呼んでくれない事っス。

 クソ主人はオレのことを『馬』とか『駄馬』とか好き勝手言いやがるんス。

 でもあの男怖いから文句のひとつも言えねえっス。反対意見は無慈悲の黙殺っス。ユニコーンは差別されてるっス。

 本当に、この世界はオレに厳し過ぎっスよ……。

 

 まあ、そんな話はいいんスよ。

 そもそも皆サンは疑問に思わなかったっスか?

 ホラ、オレたち一角馬(ユニコーン)ってシャイっていうか、清純派っていうか……ぶっちゃけ清らかな乙女以外見るのもイヤな、超潔癖種族として有名じゃないっスか。

 なのにどうしてユニコーンであるこのオレが、あのいけ好かない死神男を背中に乗っけてるのか、って。

 気になるっしょ? 今世紀最大の疑問でしょ?

 ……え? その前に、ユニコーンが清純派ってのが意味分かんない? 説明して欲しい?

 はぁ、全く仕方ないっスねえ。特別っスからね?(ウインクしてキメ顔)

 

 ―――まず前提として、オレたちユニコーンには性別ってモンが無いんス。一応神の眷属の末裔、精霊の一種っスからね。人間的に言うと、ま(・)た(・)ぐ(・)ら(・)に凸も凹も付いてねえんス。

 だからオレたちユニコーンは、未通の処女(おとめ)にだけは興奮できる……もとい仲間として認めることが出来るんスよ。

 

 まあぶっちゃけちゃうとっスね。

 人間の男には悪いスけど、股間に付いてるアレ、ユニコーン的に超キモいんス。あんなモンぶらぶらさせてるとかとんだ劣等種族っス。背に乗せるとかありえねーっス。

 人間で例えると、そうっスね……常に手が謎の粘液でべっちゃべちゃの生物と握手できるか、みたいな話だと思うっス。

 

 他にユニコーン種の特徴と言えば……言葉が分かるほど知能が高いとか、角で異界だか霊界だかの気配を捉えられる、とかっスかね。まあこの辺はどうでもいいっスね。要するに、そこら辺に居るノーマル馬どもとは桁違いのスペックを誇る、超スーパーレア種族ってことだけ理解してくれれば嬉しいっス。

 

 そんな誇り高き処女厨(ユニコーン)であるオレが、どうしてあの死神男の言いなりになんかなっているのか。

 それには語るも涙、聞くも涙の、込み入った事情がありまして……。

 

「……」

『……』

 

 あれ。

 話の途中っすけど、誰かの話し声が聞こえるっスね。足音も。そして、オレの安寧の地である厩舎に近付いてくるこの気配。

 うげえ、噂をすれば来たっスよ例の悪魔が……オレのクソ主人、またの名を最凶最悪の『首斬りジャック』が!

 

「……おい駄馬。君、なに一匹(ひとり)でプスプス鼻を鳴らしてるんだ? とうとう道行く淑女を視姦するだけに留まらず、“嗅姦”とでも言うべき悍ましい奥義を編み出したのか? だとしたら俺は秩序安寧のため、君の首を疾く斬らなくてはならないのだが」

 

 ―――ンなワケねーでしょクソ主人! たまたま角にウズウズ来たから交信(コネクト)してるだけだっつーの! そもそも思想は自由だろーが!

 

「……(ギラリ)」

 

 あっ、いいやそのぅ、お願いだから処刑剣(そいつ)は仕舞ってくださいよ、へへへ……。

 

 ―――畜生、相変わらず細かい主人っス。

 というかいつもの事ながら、なんで会話が成立するんスかね、オレたち。

 

「君が馬面に似合わぬ百面相をするからだろう。言っておくがその不遜も下劣も、ぜんぶ顔に出ているからな」

 

 な、なんでスとぉ!?

 

 うぐぐ、始めて知ったっス……いや前に言われたのをショックで憶えてないだけかもしれないっスけど。

 ところで、今日は厩舎に何の用なんスかクソ主人?

 

「ああ、今日は君に新(・)人(・)の顔見せに来た。

 紹介しよう。うちの新しい使用人、ゴーレムのイヴだ。イヴ、この駄馬が俺の騎馬、ウームアーだ」

『ええと、イヴ・エメスです。宜しくお願い致します……で、伝わっているのでしょうか』

「ああ。こんなナリだが人語は通じる。ただし……」

 

 ―――うっひょう、めっちゃカワイイ乙女じゃねースか! しかもメイド属性!

 イヴちゃんって言うんスね!? よろしくっス! できれば暇なときはオレを乗り回して欲しいっスよう!

 

「……この通り、存在そのものが下劣だがな」

『……? わたしには分かりませんが、そうなのですか……?』

 

 わお、しかも性格までいいと来た! なおさら背中に乗ってくれっス! そんでクソ主人は死ね! あっやっぱり何でもないっス、何でもないから首元に剣を押し付けるのはやめてくれっス……。

 

 畜生、やっぱり鬼っスこの主人。

 ……うん? なんすかイヴちゃん、可哀想なオレとクソ主人を交互に見て……。

 

『あの、ご主人様。ウームアー様はご主人様の愛馬と聞きましたが……ユニコーンとは、純潔の乙女しか背に乗せない幻獣では? どうして男性であるご主人様が、ウームアー様を愛馬にできて居るのでしょうか』

 

 あ、そこ触れちゃうっスか。意外と大胆っスねイヴちゃんは。

 

『はっ。まさかご主人様とウームアー様は、常識を超えた固い信頼関係で結ばれて……!?』

 

 何というロマン、と可愛らしく目を輝かせるイヴちゃんと対称的に、クソ主人はムカつく呆れ顔っス。

 

「……悍ましいことを言うなイヴ。

 それに『ユニコーンは純潔の乙女しか乗せない』と語られてはいるが、実際はそんなことないぞ。

 なにせ知能が高いんでな。この通り、首元に刃を突き付けてやればだいたいの無茶は通る」

 

 ……。

 ホント、地獄に落ちねーかなコイツ。

 

『……あの。ハッキリ言って、ご主人様は最低なのでは? ロマンの何たるかをまるで介さない冷血人間なのでは……?』

 

 よし、もっと言ってやれっスイヴさん!

 

「馬鹿を言うな。馬のくせに乗り手を選り好みするほうが悪いだろう、どう考えても。餌代だってタダじゃないんだぞ」

『……それは、そうかもしれませんが……』

 

 ああ、もっと言ってくれっスイヴちゃん……。

 

「君も、あまりこいつを甘やかすなよ。あとせがまれてもニンジンはやるな。褒美を安売りするとすぐ怠惰に堕ちるからな」

『……ええと』

 

 ちらり、とオレの顔色を窺ってくれるイヴちゃん。やべ、マジ天使っスこの娘(コ)。自分求婚いいスか? 式の代金はクソ主人持ちでお願いするっス。

 

『……マスターからの命令を受諾。以後、ウームアー様には一切の甘えを排して対応します』

 

 あれえ!? なんか急転直下でフラれたっスかオレー!?

 

「言っただろう、下劣が顔に出ていると。今のは特に酷かったぞ。こういう風に扱われたくないのなら、少しは性格を改善する努力をするべきだと思うが」

 

 ハァ? 何言ってんスかクソ主人。オレより性格いいユニコーンなんかいねーっスよ。

 

「……どうやら言うだけ無駄だったようだな。

 イヴ、とりあえず今日は顔見せだけでいい。庭の案内を続けるぞ」

『は、はいっ』

 

 ええっ、じゃあ今日の飯はイヴちゃんが食べさせてくれるんじゃねーんスか!? 何のための紹介スか!

 

「当然、君が間違いを犯さないようにするためだが。ああ安心しろ、餌はいつも通り庭師(ダミアン)が運んできてくれるさ」

 

 畜生っ、こんなの生殺しっス!

 自分だけカワイ子ちゃん侍らせやがって、このクソ主人ー!

 まったく、本当に振り向きもしねーんだから冷血漢め、それが愛馬に対する態度なんスかよぅ……!

 

 ……ハァ。

 まあ、今ご覧頂いた通り。これがオレの日常って奴っス。

 基本的に庭の厩舎に押し込まれて、干し草をモグモグするだけの毎日。

 それだけなら気楽なニート生活なんスけど、偶にクソ主人の『首斬りジャック』に虐められたり連れ回されたりで、正直めちゃくちゃ厳しい扱いを受けてるっス。いちど戦場に出れば文字通りの馬車馬っす。隙を見て逃げ出したいくらいっス。

 ……とはいえ他に居場所なんてないんで、逃げるワケにもいかないんスけど。

 はーあ。ホント世知辛い四の中っス。お気楽な人間が羨ましいっスよ。

 

 

 さて。

 オレにはこの“角”で偶に感知できる『交信先』がどこかは分かんないんスけど……自己紹介(さわり)はこんな感じでよかったっスかね?

 じゃ、角の接続が切れるまでエンドレストークで行くっスよー!

 え、「オマエうるさいからもういい」?

 そんなぁ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 またある日。

 いつものようにのほほんと干し草をムシャムシャしてたら、角がビーンとトンデモナイ気配をキャッチしたっス。

 イメージは何百メートルとかある巨大な鳥っス。それが街の上空からこっちの方角に飛んできてるっス。

 

 慌てて角に意識を集中すると……どうやらデカいのは気配だけで、実物は人間サイズっすね。ひと安心っス。

 ……ん? なんか急に軌道が変わったっスね。

 こっちの方角に飛んできてる、から、真っ直ぐオレ目掛けて向かって来る、みたいな。

 

 ていうかコレ―――もしかしなくても、オ(・)レ(・)が(・)気(・)付(・)い(・)た(・)こ(・)と(・)に(・)気(・)付(・)か(・)れ(・)た(・)んじゃないっスかー!?

 

 ばさり。

 

「―――その通りだ、馬小屋の下郎。異界の気配さえ捉える角の性能を誇るのはよいが、それも程度を誤れば竜の口を覗き込むこととなる。要するに、頭が高いぞ無礼者。狼藉を裁かれる準備はよいか?」

 

 げぇ、そのバカみたいに尊大な態度に白い魔女服姿は!

 ―――前に任務で会った、クソ主人に付き纏うヤバ女その三!

 

「む? 気に入らんな馬畜生。いや、キサマの下劣さが不快なのは今に始まったことではないが……それよりも、なぜワラワが『その一』ではない?」

 

 えー、なんでそんなことオレが教えてやらなきゃならないんスか。

 言っとくけどオレも、純潔なら誰でもいいってワケじゃないんスよ。アンタが乙女とは別種の、恐ろしいバケモノだってことはこの角がビンビンに感じてるんス。だからそう凄んでも無駄っスよ。オレは外見がどんだけ可愛くても性格(なかみ)がヤバい娘(コ)はノーサンキューっス。

 ああいや、『娘』ってのは間違った表現だったっスね。

 だってアンタ、オレよりずっと年上―――。

 

「―――そうかそうか。死にたいなら遠慮などせずそう言えばよい。ワラワは寛容だぞ? 馬肉は趣味ではないが、残さず骨まで喰らってやるとも」

 

 あのぅ、答えまス、答えるからこの白い鳥どけて欲しいっス。なんか嘴が喉に食い込んで……って痛たただ!?

 

「どれ、反省したか? 今なら皮膚の半分を剥ぐ程度で許すぞ?」

 

 したっス、マジ降参っス! アンタ、いや姐さんが世界で一番美しいっス! すぐ脅してくるヤバい奴どうしクソ主人ともお似合いっスよ!

 

「そ、そうかっ? やっぱりキサマもそう思うかっ?

 ……よかろう、全部許す。では、疾く我が問い答えよルナリアの遠き仔よ」

 

 ……ハイっス。

 ええと、なんで姐さんが『その三』かって件っスよね。

 簡単ス。類は友を呼ぶっていうか……あの首斬り魔人ほど突き抜けてると、特(・)殊(・)な(・)層(・)にはモテるんス。オレにはホント理解不能なんスけど。

 つまり、そういう趣味の終わったヤバ女はアンタで三人目、って意味っスよ魔女サマ。

 ちなみにその一は竜騎士(ドラグーン)のお嬢さんで、その二はパイオツのデカい錬金術師っス。どっちもユニコーン受けする純潔美人なのに勿体ないっつーか。

 

 アレ、どうしたんスか姐さん? 小刻みに震えて……?

 

「そ、それは浮気ではないかーーー!!?」

 

 い、いや、浮気じゃねえと思うっスけど……うぎゃあ、首を掴んで振るなっス! 爪が刺さってる、刺さってるっスよぅ!

 

「おいユニコーン。キサマ、そやつらとジャック―――ジャクザールが踊っているところを見たか!? あるいは歌で気を引いているところは!?」

 

 へ? 知らねーっスよそんなの―――ぐええ!? ね、ねえっす、見たことねえっス! 見たことねえってことはやってないってことだと思うっスーーー!

 

 ……あれ。首が苦しく、ないっス?

 

「……勝った。ならよし、だ。キサマにも恩赦をくれてやろう」

 

 ……? 何かよく分かんないけど助かったみたいっスね……ふぅ……。

 

 ん、この足音。

 うわあ、やっと異常に気付いて駆けつけて来たっスかクソ主人。もうちょっと早く助けに来てほしかったっスねークソ主人。いっつも俺のことは後回しなんだからクソなんスよクソ主人。

 

「―――おい、ここで何をしてる魔女」

「む、ジャック! 喜べ、任務(おでかけ)だぞ! 共に“法廷”とやらまで来い!」

「……それはいいが。いつから神罰法廷は、君に伝書鳩の真似事をさせるほど寛容な組織になったんだ……? いや。君、もしかしなくても見張りの制止を振り切って飛んで来たな?」

「―――ぎくり」

「……よろしい。神罰法廷まで連行する。罰則はその後で、だ。

 イヴ。ウームアーを厩舎から出してくれ」

『了解しました』

 

 うげえ。またクソ主人の足にされるんスかオレ。

 やだなあ、ずっとこの厩舎で干し草食ってたいなあ……あっイヴちゃん、そんな虫を見るような目しないで欲しいっス。ちゃんと出るっスから。

 

 しかし、結局移動はオレ頼みっスか。

 どんだけ偉ぶっても、クソ主人はオレに頼らざるを得ないんスねえ。そう考えるとちょっと気分いいっス。いや、乗(・)せ(・)心(・)地(・)はクソっスけどね?

 

「行くぞ、ウームアー。君がただの変態駄馬ではないとそろそろ思い出させてくれ」

 

 はいはい。どこにでも乗せて行ってやるっスよ、クソ主人。

 

「……なんだ、珍しく聞き分けがいいな駄馬。美少女(イヴ)に綱を引かれるのがそんなに嬉しいのか?」

 

 ―――へっ、分かってるじゃねえスか。そういうことっスよ、クソ主人。

 

 

 そんなこんなで、オレも『法典部隊』の一員として次の任務へ。

 角の先に居るみんなも、こっからはオレの活躍にも注目していって欲しいっス!

 ……え? オレの出番ここで終わり?

 そんなぁ……ま、仕方ないからそれでも頑張るんスけどね、結局。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 今より二十年ほど昔。

 常世の楽園めいた湖のほとりで平和に暮らしていたとあるユニコーンの群れの中で、その仔馬は産声を上げた。

 ―――そして、産声を上げた瞬間に群れの長に殺されかけた。

 何故ならその日産まれた仔馬は、清純を尊ぶ白銀の群れにあるまじき、漆黒の毛並みをしていたからだ。

 

 突然変異か、何らかの呪いの産物か。

 ともかくその仔馬は“忌み子”とされ、満場一致で彼等の群れから追放された。

 産みの親すら、その仔を庇おうとはしなかった。

 

 生まれた時から走れるユニコーンとはいえ、何も知らぬ赤子が独りで生きていけるほど、世界というのは甘くない。

 そんな黒い赤子が辛うじて生き延びたのは、追放から数日後、森の外で人間に拾われたという幸運のおかげだった。

 

 いいや、それはきっと悪運だ。

 ボロ雑巾みたいだった黒いユニコーンの子を拾ったのは、「黒いユニコーンなんて珍しいモノ、高値で売れるに違いない!」と卑しく笑う、盗賊くずれの非合法動物商だったのだから。

 檻の中に閉じ込められ、粗末な食事を与えられることの一体どこが幸運だろう。

 本当に幸運であったなら、まず群れから追放などされていない。

 ……そして、更に運の悪いことに。

 「見た目が不吉だ」ということで、彼は全く売れなかった。

 

 そもそもの話。ユニコーンを欲しがる者など滅多に居ないのだ。

 知能が高いということは、そのぶん懐きにくいということ。

 そのうえ無駄に馬力があるので、暴走して怪我を負ったり脱走されたりといったケースが後を絶たない。

 清らかな乙女には心を許すといっても、未通ではなくなった瞬間に今までの信頼関係が崩壊するのだから、これはもう普通の馬の方が何倍もマシというか。

 そこに本来あらざる不吉な黒さまであるとくれば、彼を欲しがる客など居るハズがなかった。

 そんなことにも気付けなかった盗賊くずれの動物商は、だんだんと彼にきつく当たるようになった。

 商談がひとつ破談になるたび動物商の機嫌は悪くなり、粗末な食事はもっと粗悪に。

 購入を十度見送られた辺りで、彼は普通の馬より遥かに安い二束三文で適当に売り払われ……そこからも人の手を流れに流れて、遂に『マギロティオン家』に引き取られた。

 

 最終的に辿り着いた処刑人の家は、ユニコーンにとって最悪の職場だった。

 なにせその家は馬を『移動手段』としてだけでなく、『処刑道具』や『練習道具』としても扱うのだ。

 縄を繋いで人の四肢を引き千切る仕事も、斬首の練習としてその首を斬られる仕事も、人間並みの知性を持つ彼にしてはどちらも御免蒙るというか、頼むから勘弁というか。

 しかしまあ、行くところがないのも事実だし。

 この厩舎(いえ)に居れば、少なくとも迫害されることだけはないし。

 

 思えば、彼は疲れ切っていたのだろう。

 どこへ行こうと向けられる奇異と嫌悪の視線。

 世界は常に彼へ辛く当たり、優しくされたことなど一度もない。

 野生に返るという夢さえ持てなかったのは、問題が“外側”にではなく“内側”にあったからだ。

 そうだ、彼は諦めていた。

 呪われたが如き黒毛のユニコーン。同族にすら仲間外れにされた忌み子。

 そんな自分がどこへ行こうと、結局は孤独なままなのだと―――。

 

 

 そんな虚しい諦めの日々を。

 かの小さな死神は、たった一夜で殺してみせた。

 

「―――黒いユニコーン。僕とおなじ神様の失敗作。最初からまちがえていたモノ」

 

 雷雨の夜、少年は厩舎にやってきた。

 齢のころは12歳。いずれ『首斬りジャック』の異名を王国じゅうに轟かせる、今はまだ何者でもない少年。

 そんな、この家で育てられていた当主の次男である少年は、憎しみ一歩手前の激しい怒りと悲しみを滾らせて、買われてきたばかりの黒いユニコーンと対峙した。

 

「なあ、きみは悔しくないのか。だれかの否定にうなだれるだけの自分が。ここで腐っていくだけの日々が。理不尽に奪われた、あるはずだった幸福が!」

 

 ―――そのとき、少年は人生最大の失意に沈んでいた。

 少年は兄よりずっと処刑(さつじん)の才能があったにも拘らず―――また殺人に一切の抵抗がない精神を既に完成させていたにも拘らず、一家の後継ぎには決して成れぬと当の死神公(ちちおや)に言い渡されたのだ。

 『おまえの才能は日の目を見てはならない』。

 それは殺人の才だけが人格の支えだった少年にとって、“死刑判決”にも等しい宣告であった。

 

 だが当然、そんな事情をユニコーンは知らない。

 彼に分かることは、目の前の少年が、自分と同じように『世界に裏切られた者』だということだけだ。

 感覚器官である角を焼く、ごうごうと黒く燃える双眸の炎。

 そこに、ユニコーンは自分が抱くべきだった、抱き忘れていた怒りを見た。

 まるで、おまえは怒るべきだったのだ、と運命が彼に教えるように。

 

 ずっと諦めに凍っていた彼の心が、眼前の『怒り』に揺れたその瞬間。

 まるで見計らったかのように、少年はユニコーンの鼻先に、その小さな手を差し出してきた。

 

「そう思うなら、僕と来い。一緒にすべてを見返すぞ……!」

 

 自分より遥かに非力な、幼い異種族(にんげん)の手に忠誠を誓うことに迷いはなかった。

 彼が少年の目に見たものは、馬力の差など覆すほどに大きく、輝いていたから。

 

 そうだ。

 その日、彼は確かに、本能を超える希望(ユメ)を見た。

 

 

 そうして彼は全てを裏切り、少年を背に乗せて走り出した。

 自分と共に家を出た少年は、まず王国で最も高名な騎士に弟子入りを志願するらしい。そこで処刑人以外の道を―――『殺人の才能』を世のために役立てる道を探すという。

 ならば自分は、この騎士の騎馬となる運命か。

 ―――それもいい。

 この黒くおぞましい姿は、戦場ではさぞ敵を威圧し、主ともども畏怖させるだろう。

 そう考えると、彼はなんだか全てが楽しくなってきた。

 乙女ならぬ少年を背に乗せているのに、地を蹴る足の躍動は止まらず、鼓動は高鳴って希望を吐き出す。

 そもそもの話。

 自分を捨てた血族の価値観を、どうして後生大事に守らねばならぬ。

 あるいはそれが世界の決めたルールだったとしても、先に裏切ったのはあっちだ。従う義理はどこにもない。

 だから黴(か)びた考えなど、肥溜めにポイと棄ててやる。

 

 

 オレはこの男の愛馬、ウームアー。

 そう在る事それ自体が、自分を捨てた全てのモノへの、痛快なる復讐なのだから。

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