人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
シャンゼにおける法典部隊の行動拠点は、領主の館を間借りする形で用意されていた。
必然、隊長であるジャクザールは事あるごとに執務室へ呼び出されることとなる。
要するに、経過報告、というやつである。
「どうかな、ジャン=ジャクザール隊長。コカトリス討伐は順調だろうか」
豪奢な執務室の中。
書類の積まれた机を挟み問いかけてきたシャンゼ領主は、三十代ほどの女史だった。
男性的な口調だが、女傑というには迫力が足りない。単純に真面目くさった感じで、威圧感よりも責任感が前に出ている。
そんな女領主の、討伐が順調、という表現にちょっとした引っかかりを覚えるジャクザール。それはつまり、相手の居場所を掴もうという現段階のことを『討伐』に含めていいのか、という彼の生真面目さである。捜索は順調か、なら引っかかることは無かったのだが。
とはいえ、そんなのをいちいち口に出すのは雑談だ。
こういう場合、
「―――順調に進んでいます、領主様。所感ですが、数日もあればよい報告ができるかと」
こんな風に、必要なことだけを言うのが“報告”というものである。
そんなジャクザールの言葉に、領主は見るからに安堵を滲ませて頷いた。
コカトリスによる二十年前の大惨事は、当然彼女も知っている。いいや、知っているどころではない。誰よりも事件を詳しく把握し、誰よりも再発を恐れているのが彼女だろう。
街を治めるにはまだ若い女領主。彼女とて当時は子供だったろうが、領主というのはそういうモノ。彼女が座る執務室の椅子とはいわばこの土地の脳であり、脳である以上、
あの日刻まれた爪痕は未だに癒えきってはいない。
だからこそ、今度は同じようなことにはならない、という報せに安堵したのだろう。
「重畳。では貴公の部下のほうはどうだ。法典部隊は人外を利用すると聞くが、制御に懸念するところはないか?」
「……今のところは、仔細なく。ご安心ください、何があろうと決してお手間は取らせません……そのための私です。
領主の確認に、ちゃきり、と腰の剣を示す処刑人。
本人的には決意表明のつもりなのだろうが、なにぶん相手が相手なため、ちょっと身を強張らせる領主サマだった。
「……そ、そうか。頼もしいな、うん。貴公を信じよう、『首斬り』」
「―――お言葉、ありがたく」
誰の目にも世辞と分かるお褒めの言葉に、恭しく頭を下げる『首斬りジャック』。
そのいかにも騎士らしい礼儀正しさに、こうして話すのは三度目ながら、女領主は未だに化かされているような気持ちになる。
『首斬りジャック』といえば、今や王国で五指に入るほど有名な人物だ。
王国史上最強の執行騎士。
雑草を刈るように罪人の首を刎ねる護法の死神。
御前竜斬首、悪魔崇拝サーカス最終公演、王都連続首狩り事件の冤罪と解決……とかく話題に事欠かない、スリリングでグロテスクな、悪人より恐ろしい正義の味方。
なのでどんな殺人狂かと思えば……実物はまだ18かそこらの、騎士ぜんとした美男である。
慇懃で寡黙で冷静沈着。多少異質な雰囲気はあるものの、そんなもの想像との落差の前では雀の涙そのものだ。
「……あの、領主様。何か?」
「―――。い、いや、何でもない。気にしないでくれたまえ」
未だに想像と現実とのギャップに苦しんでいた……傍目には急に黙り込んだようにしか見えなかった女領主は、声をかけられて慌てて意識を取り戻す。
その様子に多少の不安を感じつつも、おくびにも出さず黒衣の青年は頭を下げた。
「そうですか。では、私はこれで失礼します―――」
「いやっ、待ちたまえ」
「……?」
「すまない、勘違いをさせたな。今のは『もう用がない』という意味で言ったのではない。時間を割いて悪いが、どうかあと一つ、聞いて行ってくれ」
そう言われては退席などできないジャクザール。。
そんな彼に、領主はおほんと咳払いをしてから切り出した。
「その。貴公の腕を見込んで、少し相談があるのだが」
「……相談、ですか?」
「ああ。貴公も街で聞き取りをする過程で耳にしたかもしれないが、現在、うちの憲兵はちょっとした
ポーズではなく、本当に深刻そうに頭痛を堪える領主。
……どうもこの人物、政治家にしては心痛が顔に出やすいらしい。
彼女は窓の外の曇り空に目を向けて、まるで独り言のように語る。
「そいつはとても厄介な
そのうえ更に
もちろん報酬は払う、私の力が及ぶ範囲で望みのモノを与えよう。一日に五十人の犯罪者を斬首したと噂の貴公なら、“兼業”くらいは容易いことだと思うのだが」
「……」
領主の視線は、何日も海を漂流した末やっと助け舟を見つけたように切実だ。
そんな期待に、けれどジャクザールは頷きで応えられなかった。
なにせ内容が内容である。
彼女は『怪物』という表現こそ使っているものの、それは話を聞く限りどう考えても……。
そうやって、あえて言葉を濁した領主の目論見を看破し。
悩んだ、というよりは、言い辛いことですが……といった具合で、ジャクザールは重い口を開く。
「……お言葉ですが、賄賂は受け取れません。それに我々は法典部隊、
つまり……コカトリスのついでに
『怪物』と表現された盗賊の頭。
あえて領主の口車に乗り、
……だがその場合、事が露見したときに重大な問題となる可能性がある。
『首斬りジャック』をして踏み止まらざるを得ない懸念。
それには、王国内の複雑なパワーバランスが大きく影響している。
―――王国において、国家の権力は三等分されている。
権力が
国家の
実際の地方行政を担当する『貴族連盟』。
司法機関の最高位にあたる『神罰法廷』。
この“三派閥”が向かい合う三合議会によって、王国の舵取りは行われる。
そしてこの三つの派閥は、それぞれが独自の“武力”を有している。
『王宮』が抱える武力の中で最も重要なのが“宮廷魔導師”。
魔導を極めし彼等は、一人一人が天候さえ操る少数精鋭。主に天災への対処を担当し、普段は宮殿内で魔導を研究しながら、ときに王族の家庭教師も務める。
『貴族』の持つ主な戦力は“騎士団”。
貴族は自身が
そして『法廷』が有する刑執行の力こそが“執行騎士”。
彼等は有罪判決の下された在野の罪人のみを追い、それ以外の事柄には関知せず王国の影に隠れ潜む。言ってしまえば国が飼い慣らした暗殺者で、罪人を始末する以上の影響力を持つことは少ない。
三つの派閥に三つの武力組織。
この三すくみが未だ直接的な衝突を避けているのは、各組織どうしの役割分担によるものが大きい。
つまり……この各組織は、『戦っていい相手』が事前に決められているのだ。
『宮廷魔導師』は嵐や干ばつを収集するが、内乱などには出張ってこない。
『騎士団』は内乱を鎮圧したり要人を護衛したりはするが、手配犯を領を跨いでまで追うことはせず、その仕事は執行騎士に任せる。
『執行騎士』は判決が下された罪人のみを追跡・処断し、罪人が潜伏していた地域が抱える問題にはノータッチで帰還する。
このように棲み分けをすることで、三つの武力は
だが、もしその禁を破ったら?
たとえば宮廷魔導師が罪人に私怨で復讐したり、執行騎士が領地内のいざこざに介入してきたら?
当然、縄張りを侵された他の組織が黙っていない。
踏み荒らされた境界は瞬く間に曖昧になり、最悪の場合、三派閥をバックにつけた代理戦争―――内戦が勃発することになるだろう。
だからこそ、安易に境界を踏み越えてはならない。
自然を征服した現在、人間にとって最大の敵は、同じ人間なのだから―――。
そのことを改めて突き付けられ、領主は苦い顔でかぶりを振った。
「……そう、だったな。すまない、今のは忘れてくれ」
「はい、そうさせて頂きます……ですが、そうですね」
「?」
「公務執行妨害、という言葉もあります。なので、領主様の仰る『怪物』が任務の邪魔をしてきた場合のみ、私も今の会話を思い出す、というのはどうでしょうか」
「! それはつまり、期待しても構わないと?」
「……いいえ、残念ながら。私に許されるのは、あくまで『邪魔』を拡大解釈する程度です。私どもの標的はあくまでコカトリス。なので、あまり期待はしないで頂けると助かります」
これはジャクザールなりの最大限の譲歩。
要するに、あなたの立場も分かるがこれで勘弁してくれ、ということである。
現場判断にも限界はある。今の彼が積極的に悪人を追うことは許されない。
他の組織の縄張りを侵害しないためにも。
『法典部隊』を名乗る以上、原則として、戦う相手は人外に限定しなければならないのだから。
「……分かった。いや、本当にすまない。そうだな、王国に名高き『首斬りジャック』は、もう執行騎士ではないものな……」
口では納得しつつも諦めがつかないのか、本当に惜しい、と呟くシャンゼ領主。
ああ、彼女だって王国の政治システムを知らないハズはないのだ。
なのに無茶を言ったということは、要するに、それだけ厄介な相手なのだろう。件の『怪物』―――いや、怪物と表現された
―――本当に、力になりたいのは山々なんだがな……。
その立場にわりかし本気で同情するジャクザール。
なにせ彼女……現シャンゼ領主の置かれている状況は微妙なことで有名だ。
現に、シャンゼは自前の騎士団を保有していない。
―――騎士団は貴族が
それはつまり、貴族でない領主は騎士団を所有できないということでもある。
王国において、『領主』イコール『貴族』ではない。
貴族連盟が新たに
だがここシャンゼはコカトリス騒動で前領主一族が失脚し、別の一族に代替わりしている。
そのとき新領主になった父親からその地位を受け継いだ現領主……つまり二代目である眼前の彼女には貴族の仲間入りは出来ず、連盟は自分達の特権を保つため彼女に騎士団を所有させない。
要するに、シャンゼは慢性的な戦力不足。
憲兵では解決できない領内の問題に対処する場合、外から戦力を呼び込まなければならず、結果的に対応がワンテンポ遅れてしまう。
非貴族の領主には王宮が味方につくとはいえ、それも騎士団の不在を補えるほどの助力ではないのだ。
……貴族連盟の血統主義は誰にでも分かる悪習だ。
それでも誰も異を唱えないのは、あらゆる思惑を乗せて渦巻くその
この女領主は、そんな渦潮に航路を奪われた憐れな被害者に他ならない。
そして今、彼女は選ばざるを得なかった迂回路で厄介な岩礁に乗り上げてしまった。
「…………」
だが、それとジャクザールに何の関係があるという。
彼がどれだけ同情しようとも、眼前の領主の苦境を解消する力など、いち役人にあるはずもない。
いいや。彼の
―――相手がどんな悪人だろうが、今の俺にはどうすることもできない。俺と
「……では、失礼します領主様。コカトリスについてはご安心ください」
それだけ言って踵を返す。
声色ひとつ、顔色ひとつさえ変えない態度は、他者に冷徹と見られる彼の誠心。
ジャクザールはあくまで行動で
逆に、表情や言葉で自分をよく見せることを無意識に避けるふしがある。
礼儀作法は守るし、目的の為ならおべっかも使うのだが、自分の覚えをよくするためだけに甘言を弄することはしない。彼の尊敬は常に正直さとして発露し、結果、好感を抱いた人物にほど容赦なく対応する、という逆転現象を引き起こす。
あるいは、そんな上辺だけの態度を“卑怯”とする潔癖こそ彼の数少ない青さであり……同時に要らぬ誤解を招く原因でもあるのだが、それはそれ。その事実を青年が自覚するには、それこそ人生経験が足りなかった。
だから、今回も同じ。
できるだけ早くコカトリスを討伐し、領内の問題をひとつ消す。
慰めの言葉を言う暇があるなら、その時間を行動に充てて事件を追う。
女領主の失望と哀切に気付いていながら……いいや、気付いているからこそ。
それだけが今の自分に表せる善意だと自戒して、処刑人は無言のまま執務室を後にした。
その胸に。
秩序のためには
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文字数が嵩み過ぎたため泣く泣く分割。