人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
―――王都、神罰法廷。
そこは神聖な空間だった。
反射するほど磨かれた床、荘厳な大理石の柱に、居並ぶ彫像の造形美。
神話の一節、『
そんな、王国で最も大きく最も高等な法廷に、俺は報告のため呼び出されていた。
あの
「―――それで。貴殿はあの大魔女を、この王都にまでむざむざ招き入れた、と」
飴色の木柵にも見える証言台の前であらかたの事情を話し終えた俺へ、高所からいくつもの声が降る。
証言台をぐるりと取り囲むような法壇。
二階ほどの高さにある法卓の前には、裁判官や貴族、聖職者など、様々なお偉方が居並び、眼下の証言台へと声を投げてくる。
「相手は一夜にして国を滅ぼす神話の再現、『白い夜』の担い手と語られる大魔女だぞ。その伝承が御伽噺に過ぎぬとしても、貴殿自身、かの魔女の強さは王国精鋭
と詰めてくる貴族代表。
「そ、そんなバケモノを、口約束を信じて王都にまで連れ帰ったとは……事の危険性をきちんと把握していたのか怪しいものだっ。い、一歩間違えれば大量の死者が出ていたかもしれんのだぞ、分かっとるのかね君ィ」
なんて声を荒げる判事さん。
「本当、何事もなく収容が完了したからよかったものの、ねえ……どうなんです? マギロティオン執行騎士?」
こちらは聖教の関係者か。
教養深い賢人たちに四方八方から見下ろされ、嫌味や糾弾を一身に受ける……慣れていない者には
詰問を真正面から受け止め、真正面から反論する。
「……執行対象が投降を望んだ場合、我ら執行騎士はその場での処刑を取りやめ、王都まで連行しなければならない。そういう規則です」
「そ、それはそうだが……そのう、民衆の安全を考え、その場で殺すという特例……そう、
「いえ。執行騎士としての
矜持を胸にきっぱりと断言する。
執行騎士が命のやり取りをする仕事である以上、外道に堕ちぬためには線引きが必要だ。
俺にとっての
司法が“死罪”と決めたのならこれを殺し、規則で“中止”と定められているならこれに従う。
というかそもそもの話……そんな俺の性質を知った上で、「他に適任者なし」として俺を“魔女の処刑人”に任命したのは、他ならぬ貴方がただろうに。
そう訴えれば、お偉方からの追及の声は急激に勢いを失った。
俺自身、自分は間違ったことを言っていないという自負がある。
魔女の連行が俺の独断というならまだ責められる
だが……追及の代わりに法廷を満たしたのは、ひそひそと囁かれる陰口だった。
「……悪名高き『首斬りジャック』が、取り繕いおって……」
「……殺人狂のくせに、よくもまあぬけぬけと……」
「……も、もしや、魔女の色香に惑わされたのでは……」
「……確かにあの美貌ならば、さしもの首斬りといえど……」
「……やめろ、奴の耳に入れば首を落とされるぞ……」
……いえ、ちゃんと聴こえていますよ賢人様がた。
まったく、毎度のことながら、俺も安く見られたものだ。
俺自身人でなしの自覚はあるし、職務上嫌われるのも仕方ないが……性格はともかく、執行騎士としての適性まで疑われては
そもそも今回は大手柄。
聖教成立時からの目の上のタンコブでありながら、伝説的な逸話を持つ程の強さに誰も手が出せなかった大魔女を、無力化して檻に放り込めたのだ。
例の『白い夜』の真偽はともかく、結果だけ見れば奇跡も奇跡。俺も任を受けた時は「そうかこの人達は俺に死んで欲しいんだな」と思ったし、それを成功させたのだからもう少し採点甘めでもいいのでは、とは流石に思う。
なのでまあ、ちょっとした意趣返しくらいは許されるだろう。
じろり、と陰口を叩いていた集団の一角を強く睨み、出来るだけ毅然と反論する。
「……お言葉ですが。私の
どんな首でもね、と殊更に強調すれば、それで彼等は静かになった。
だが……俺のささやかな反抗は、結果的には陰口では収まらぬ、正当な叱責を呼び寄せることとなる。
カンカン、と
俺の
聖教番外枢機卿にして神罰裁判所裁判長、ロイ・カセドラーデ・ジェルマンへッテそのひとだ。
「―――出過ぎた真似だな、ジャン=ジャクザール
ああ、ジェルマンヘッテ裁判長の言い分は尤もだった。
いや、かの御仁の言葉が正しくなかった
だけど。
「……申し訳ありません。分を弁えぬ発言でした」
それでも俺の腹を襲う、未だ消化しきれない鉛の苦味。
執行騎士、という響きが、『死神公』の称号の前では忌々しくさえ聞こえてしまう。
正に雲泥の差、竜の前の蛇。
だが、それは仕方のない事だ。
『死神公』の跡目に選ばれなかった以上、俺が自分の才能を活かして社会に貢献する方法は、この“執行騎士”以外にないのだから……。
そうやって、上司の中の上司である裁判長の叱責に頭を下げる中。
項垂れたようにも見えただろう俺の頭に、再びかの御仁の声が降った。
「―――と、本来ならその筈だったのだがな」
「……?」
多少のお茶目さを目元に滲ませて、豊かな髭の老人は前言を撤回し。
一転、託宣でも下すように、重々しい口調でこう言った。
「評議会は王の承認を得て、正式に例の魔女を『法典部隊』へと所属させることを決定した。我等からすれば異端ではあるが、真実“神”と崇められたこともある大魔女だ。ただ殺すのは惜しい、という判断であろう。それに伴い、かの魔女の死刑判決は無期限の保留となる」
「な……『法典部隊』、実在の計画だったのですか……?」
思わず、俺は立場も忘れて問い返していた。
なにせこの国で二番目に嘘など吐けぬだろう人物が、実在も怪しい機関の名を堂々と口にしたのだから、俺の反応は当然だ。
だが驚いたのは俺だけだったらしく、法壇の面々は冷静な目で俺の狼狽える様を観察するのみ。
……何か、厭な予感がする。
そんな俺に、「貴様は詳しくないようだから説明しよう」と、どこかわざとらしく裁判長は語り始めた。
「『法典部隊』―――原初の法典を参考にした特殊部隊。
“
だが此度、大魔女・白夜のレフィーリアの拘束と協力締結により、ようやく実働の目途が立ったというわけだ。
……そしてこの部隊には、奴ら人外存在を適切に運用し、問題があればその場で処刑する人間の部隊長―――即ち
監督役、という言葉がやけに強調されていたのは、きっと俺の聞き間違いではなかった。
何故なら執行騎士の
「―――喜べジャン=ジャクザール執行騎士。陛下は貴様をご指名だ」
それは、三日ぶりの青天の霹靂だった。
俺が? 幻の『法典部隊』の隊長?
あの“鳥の魔女”の監督役だって?
待ってください、俺には既に執行騎士としての職務が―――なんて言葉を言う間もなく、有無を言わさぬ辞令が続き。
「ジャン=ジャクザール・マギロティオン。本日付で貴様の“執行騎士”としての任を解き、『法典部隊』隊長としての職務を命じる!」
―――ドガシャァン、と。
積み上げた全てが崩れ落ちる音が聴こえた、気がした。
◆
その日の午後。
俺は王都某所に存在する犯罪者収容施設、『幽霊監獄』を訪れていた。
何故『
王都内に在る、という事だけは確かだが、誰も見たことがない施設。
別名を“見えざる監獄”。
王国のあらゆる凶悪犯を閉じ込めたこの獄からの脱走者は未だ皆無であり、何でもこの国最高の“宮廷魔導師”が建設・運営に関わっているためらしいが……詳細は不明。
余りに実態不明なため、その最奥には悪魔が幽閉されている、なんて噂さえある。
正に神話の時代に開いたと伝え聞く冥府の底、一条の光さえ逃れられぬ
そんな幽霊監獄・最下層。
一層から五層まである監獄の、最も警備が厳重な第五層に、魔女・白夜のレフィーリアの姿はあった。
「―――おお、久しいなジャック! 二日ぶりだ! そう、この二日は窮屈で仕方がなかった! キサマのためでなければとても耐えれんかったぞワラワは!」
バシバシとベッドを叩く、少女と見紛う魔女の美貌。
そんな白い花のような笑顔は、今は檻を隔てた向こうに。
「うむ、元気そうだなジャック。ニンゲンはすぐ死ぬからな、うっかり死んではおらんようで安心したぞ……いや、少しばかり顔色が暗いか? はっ! もしや、キサマもワラワに会えなくて寂しかったのか!? うむ、大変気持ちは分かるぞ! 想い人に会えぬというのは、何というか、翼が半分欠けているような心持ちで落ち着かぬよなあ」
……困った。投獄されて反省するどころか、寧ろ騒がしさが増している。
「……君も、檻に入れられたというのに随分と壮健なようで何よりだ」
「ふ、そうであろう。ワラワを見くびるでないぞジャック。ワラワは溶岩だろうが深海だろうがへっちゃらであるがゆえ、この程度の悪環境、百年おっても何にもならんわ。どうだジャック、キサマの
「……」
くそ、嫌味も通じないのかこの魔女は。
とはいえ、そんな天衣無縫・唯我独尊の彼女であろうと、流石にこの檻からは抜け出せないらしい。
幽霊監獄の設備はどれも一級品。
中でもここ第五層の檻は、魔法合金の格子と魔術障壁を何重にも重ねた万全の構えで、完全武装した俺が十人居ても絶対に破れないだろうという代物だ。
そんな檻の中で呑気にニコニコしている魔女へ、俺は単刀直入に問いかける。
「……大魔女レフィーリア。君は『法典部隊』への加入の件を呑んだと聞いたが……本当なのか? 本心から人間の為に、人外どうしで争うと?」
正直に言えば否定して欲しかった。
そんなのは何かの冗談で、つまり俺に与えられた辞令もただの冗談に過ぎないのだと。
だが、そんな俺の願いに反し……一抹の迷いもない力強さで、魔女は屈託なく頷いた。
「うむ! そうすればジャック、キサマと一緒に居られるのだろう? ならば迷う理由が無いではないか」
「……まさか。俺をかの部隊の“隊長”に推挙したのは、君か?」
「? うむ。当然だろう。キサマ以外となぞ働かんぞワラワは」
「そうか……」
「ああジャック、そういえばな! 待ちぼうけの間、キサマと話したいことが山ほどできたぞ! まず、あれだ……接吻のことだが。その、覚悟ができたためいつでもよい。受けて立つぞ、うむ。
つ、次にだが、ワラワはまたキサマの歌を聞きたい。もちろんタダでとは言わんぞ? ワラワの羽根のいっとう綺麗なやつをやる。どうだ破格の条件であろう。
それから……」
ああ……冗談では、ない。
まるで光と影のようだ。
魔女が楽しそうに笑うほど、俺は自分の顔色が悪くなっていくのを自覚する。
「―――む。なんだジャック、こうしてワラワに会えたというのにまだ浮かぬ顔をして。ワラワがニンゲンの為に戦うというのがそんなに意外か?」
「……ああ、そうだな。
―――魔女。訊きたいことがある」
「なんだ? よいぞ、何でも尋ねるがよい」
こちらの真剣さを感じ取ったのか、多少なりとも真面目な顔になった魔女へ、俺は複雑な心境で問う。
「……正直に答えてくれ白夜のレフィーリア。君がこの話を受けたのは、死罪を免れるためか?」
「? 何を言う、キサマ以外のニンゲンにワラワが殺されるものか。そもそもこんな不快な檻、キサマの頼みでなければ大人しく入るわけがなかろう。当然、ニンゲンの為に働いてやるつもりもない」
そう答えた魔女の目は、赤いガラス玉のようだった。
あるいは樹上で世界を俯瞰する鳥類の眼球を思わせる、無機質で嘘のない自然体。
……強がりではない。が、だからこそ理解できない。
「……なら、どうして」
死罪を免れる自信があるのなら、なぜわざわざ法典部隊となる道を選んだのだ。
そう追求すれば、魔女はやはり気負いなく。
「うむ。正直に言えば、ニンゲンの言うことなど全部無視してキサマを攫ってしまうことも考えたのだが……やめた。婚姻というのは、周囲から祝福されるモノであるべきだからな。多少の我慢でそうなるなら、その方がよい。
なに、ここ数百年は本当に暇だったのだ。少しくらいキサマに付き合ってやっても問題はないというか、なんだ、一緒に何かをするのは楽しそうというか……おい? 聞いておるのか?」
ああ。
聞いているかと言われると、多分聞いてはいなかったのだろう。
だって俺には、彼女の言っていることが理解できない。
いいや、
雷霆のように俺を打ち据えた、あの一方的な辞令のように。
『ジャン=ジャクザール・マギロティオン。本日付で貴様の“執行騎士”としての任を解き、“法典部隊隊長”としての職務を命じる!』
遠雷のように今も脳内を反響する裁判長の声。
そのたびに頭を抱えたくなる。
なにせ、次期『死神公』に選ばれなかった俺が騙し騙しやっていける居場所は、神罰裁判所の“執行騎士”だけだったのに。
まさか家の跡目に続いて、第二の天職まで失う事になるなんて……。
いったいどうして、既に狂っていた歯車の歪みが修正不可能な程に悪化したのか。
―――決まっている。
全てはあの瞬間。
この
本当に、なんてもらい事故だろう。
左遷されるにしても理由が酷すぎて泣きたくなる。
「……くそ。こんな事になるなら、やっぱりあのとき殺しておけば……」
「む、なんだ? アレの続きがしたいのか? キサマが望むなら、ワラワは今この場で始めてもよいぞ―――?」
ぞくり、檻越しに叩き付けられた殺気に、俺の意識はようやく現実に立ち戻った。
凄絶に笑む魔女の表情に、己の短慮を理解する。
……しまった、今のは酷い失言だった。
「……いや、言葉の綾だ。俺は法に則らない、私欲での殺しはしないと決めている」
「なんだ、そうか」
ふっ、と刺すような威圧感が嘘のように霧散する。
どうやら許されたようだが……今のは本当に、その場で殺されても文句が言えない失言だったと、俺は遅まきながら自覚した。
……くそ。
『やっぱりあのとき殺しておけば』、だと?
そんなことを口走るなんて、まだ気が動転している証拠だ。
俺は自分の矜持に従い、規則に従った。
その結果が望まぬものだったからといって己の行いを悔いるのは、それこそどんな人外にも劣る、自分勝手な生き方だろう。
そもそもあのとき……あのまま魔女と殺し合いを続けていれば、俺は死んでいたかもしれないのだし。
そういう意味では、あの勘違いは―――ひいてはこの魔女は、命の恩人と言えなくもないだろうし。
ならばそう、少しくらいその世迷言に付き合ってやっても罰は当たらないのではないか、なんて思ってしまったり……。
「そうか、殺し合いはせぬか。うむ、そうか。
なら、その―――は、羽繕いをせん、か?
こっ、こう、お互いの愛を確かめ合うように、丁寧に毛を繕ってだな―――」
「……時間だ。面会を終了させてもらう」
「な、もう少しくらいよいではないかー!?」
「規則だ」
無理だった。流石に付き合い切れないのだった。
「ええい、何が規則だ!
「……」
がしゃん、と檻に飛びついてくる魔女の姿を努めて見ないように背を向ける。
そもそもこうやって檻に隔てられた状態で、どうやってその“羽繕い”とやらをするつもりなんだよ、君は。
そうやって、俺は魔女の鳥籠から立ち去ろうとして……。
「……ああ、ひとつ言い忘れていた」
ふと思い出して、足を止めて振り返る。
それに何を勘違いしたのか、ぱあっと笑顔になる魔女に向けて……ちゃきり、と腰の処刑剣を鳴らしつつ警告する。
「一応、これだけは伝えておく。これから俺と君は『法典部隊』として共に行動することとなるが……俺は“隊長”、監督役だ。現場での裁量権の殆どは俺にある。当然、君の処遇についての権利もな。
要するに、君が規則を破った場合、安全の為その場で処刑していいことになっている。くれぐれも、それを忘れないように」
……これで本当に用は終わった。
自分で言った『法典部隊隊長』という立場から逃げるように、俺は改めて魔女に背を向け歩き出す。
そんな去り際に、ふと魔女の呟きが聴こえた。
「―――むう。ニンゲンの
そんな流行があってたまるか。
ああ、本当に付き合っていられない。
俺は自然と足早に。今度こそ立ち止まることなく、檻の中に収容された魔女のもとを―――悪魔繋がれし幽霊監獄を後にした。