人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
俺、ジャン=ジャクザール・マギロティオンは、王国で最も畏怖される一族である『マギロティオン家』の次男である。
マギロティオン家とは代々王国の“死刑執行人”を輩出してきた家系で、その存在は王国において必要不可欠であるものの……当然、死に塗れた一族を厭う者は多い。
特に罪人の処刑だけでなく、頻繁に人間の亡骸を運び入れ解剖研究に勤しんでいるともなれば、死体が放つ悪臭含め人が寄り付かないのは当然だろう。
「死体がなくては生きられぬ、屍肉に集る蠅のような血族」。
そう蔑まれるマギロティオンの家に18年前、神の気紛れか悪魔の策か、俺、ジャン=ジャクザールは“殺人の天才”として産まれ堕ちた―――。
そして現在。
幽霊監獄から帰還した俺は、王都の街道に馬を走らせながら、マギロティオンの屋敷への帰路に着いていた。
「……少し帰りが遅くなったけど、
法廷に呼び出されたのは昼前だったが、その足で幽霊監獄まで赴いたせいか、太陽は僅かな
王都は文明最新の大都会。
立ち並ぶ街灯が夜闇を遠ざけてはいるものの、やはり人造の魔導灯では太陽の光には及ばない。
その薄暗さが、今の俺には都合がよかった。
なにせここ一年は王都で暮らしていることもあり、俺の顔はこの街にわりかし広まってしまっている。
……というか例の
そうでなくても、俺のコートや騎馬の鞍などに取り付けられたマギロティオン家の紋章は、分かり易い恐怖の対象なのだし。一目見咎めた住民たちが悲鳴を上げて逃げていく、というのも日常茶飯事だし。
だがそんな心配も、日暮れの暗がりならば不要だ。
「……しかし、我が一族ながら嫌われたものだな。この街の秩序安寧の為には、罪人を裁く刑罰も、それを執行する者も必要不可欠だろうに……」
ぼやいた無意味な感傷が、蹄の音に紛れて消える。
そうして馬を走らせていると見えて来た、ひときわ目立つ黒い屋根。
三階建てで横に広い印象の屋敷だ。
ここら一帯で最も大きいだろう、市民からすれば豪邸で、貴族からすれば普通の家。
鉄柵で囲まれた土地の中には、庭と、表の倍ほどの広さを持つ裏庭がある。
あれこそ我が生家たる漆黒の邸宅。
人呼んで『死神の別荘』。
即ち、マギロティオンの屋敷である。
マギロティオン家は貴族階級でこそないが、その暮らしぶりは王都にあって水準よりずっと豪勢だ。
陛下直々の命令で王国じゅうの処刑を取り仕切る、『死神公』としての報酬。
人体理解と信仰魔法による、優秀な“医者”としての収入。
そして、一度は家を出た次男坊の“執行騎士”としての給料。
それらのお陰でマギロティオン家は、広い屋敷に奉公人や家庭教師を召し抱える程度の、余裕ある暮らしを行うことができている。
とはいえ……ここら一帯だけ王都ではないかのような寂れた空気だけは、いくらマギロティオンの財力を以てしても如何ともしがたい悩みなのだが。
軋む“魔法の鉄門扉”が開くのを待ち、正門から屋敷の庭に入る。
屋敷の規模に反して守衛は居ない。『死神公』の家に泥棒に入るなんて命知らずは、王都広しといえど二百年は生まれていないからだ。
「おや、お帰りなさいジャクザール坊ちゃん。遅かったですねえ」
と、馬上の俺に声がかけられた。
この家の奉公人のひとり、庭師のダミアンだ。
「ああ、ただいまダミアン。仕事が長引いてね。父上と兄さんは?」
「へい、今日はお二人ともお家におられますよ。少し前に患者さんが来られて、その方の対応をしております」
「そうか……ありがとう」
鞍から降りて中年の庭師に礼を言い、ここまで乗ってきた愛馬を任せる。
―――父上も兄さんも居るのか。
そう思うと玄関のドアノッカーに触れるのは躊躇われたが、それも一瞬のこと。
天使を象ったノッカーの持ち手を握る。
すると俺の魔力を認識した魔導器が起動し、ゆっくりと重厚な木製扉を開いていく。
正門と同じ仕組みの魔法扉。
俺が生まれた時には既にこの形だった扉から、俺は屋敷へと帰還した。
「……」
ただいま、の声はない。
広い屋敷だ。
玄関のドアが開閉する音が聞こえることや、たまたま玄関が見える場所に人が居ることの方が珍しいため、特に安堵も落胆もなかった。
そんな屋敷に帰って来て俺がまず向かったのは、自分の部屋―――ではなく、食堂の裏の
扉を開けると、予想通り夕食の支度をする見慣れた家政婦の姿が。
「ただいまメアリー。悪いんだけど、食事はいつも通り部屋に頼むよ」
我ながら唐突な言い方だったが、長年この家に勤めてくれている家族同然の奉公人は、料理の手を止めぬまま慣れた様子で返事をしてくれた。
「あら、お帰りなさいジャクザール様……今日もですか? 押しつけがましいことかもしれませんが、偶にはご家族と食卓を囲まれては……」
「……いや、やめとくよ。どうも父上たちとは気まずくて。そうでなくとも、今日は疲れてるんだ。出来れば一人になりたい」
それじゃよろしく、と調理場を後にする。
そうして玄関ホールに戻って中央階段を上り、二階にある自分の部屋に入って……俺は家政婦に向けていた和やかな笑顔を、自嘲によって歪ませた。
「……は。一緒に食事、だって? とうとう執行騎士ですらなくなった、なんて、そんなの父上に言えるわけないだろう。家の恥晒しだと詰られるだけだ」
……俺はどうも、血を分けた家族と折り合いが悪い。
あの厳格な父上と、優しいマリウス=ガリス兄さんは特にだ。
高潔なる死刑執行人―――現『死神公』とその後継者。
対して俺は落ちこぼれ、一族初めての下賤な
王道を征く者と邪道を迷う者。
そう考えれば分かり合えようはずもない。
そして父上もまた、俺に付けられた『首斬りジャック』の悪名を嫌っていた。
去年の暮れ、俺が5年ぶりに家に顔を出した時などは、それはもう凄まじい怒りようで……ガリス兄さんが仲裁に入ってくれなければ、俺はこの家を改めて追い出されていただろう。あるいは、あの場で父上と斬り合いになっていたかもしれない。
ともかく、俺は家族と上手く行っていなかった。
憎悪している、とまではいかないと思うが、何となく目を合わせづらかった。
「まあ、父上と違って兄さんは優しいけど……俺があの人に嫉妬しないのは無理だし、兄さんも俺とは気まずそうだし……うん、やっぱり無理だな。特に今日は」
言いながら、腰の愛剣を取り外し壁に立てかけ、コートを脱いで椅子に投げ出す。
……身軽になったはずだが、今日は体が重いまま。
どうも問題は心の方にあるらしい。
気分転換がしたいと思って、窓を開け外の空気を吸い込む。
……鼻孔を満たしたのは、館に染み付いた死臭だった。
「…………」
でもまあ、冷たい風は気持ちいいし。
そのままぼんやりと外の景色を眺めていると……ふと、屋敷の診療室に明かりが灯っているのが見えた。
そうだ、確か
ならあの部屋の中では、父上と兄さん、そして奉公人のアンヌが患者の治療をしているのか……。
「……ああ、そうだった。アンヌはちょっと前に辞めたんだっけ」
このマギロティオン家では、ダミアンやメアリーのように、奉公人が長く続く方が珍しい。
なにせ定期的に死体を運び入れさせられたり、解剖後の死体を処理させられたりするのだ。長続きするのはダミアンのように耐性があるか、メアリーのように死体と関わらない役職かの二択だろう。
それで言うとアンヌは後者だった。若いながら真面目な頑張り屋で、できるだけ死体と関わることなく、父上や兄さんの医者の仕事をよく手伝っていたのだが……なんでも少し前に血みどろの大手術があって、それがトラウマになって屋敷を去ってしまったらしい。
らしい、というのは、俺は医者としての適性が皆無なためその手術にも立ち会っておらず、正確なところが分からないのだ。
「……人手、足りてるのかな」
そんな呟きが口から漏れる。
医者の仕事を手伝える使用人はアンヌが最後だったはずだ。父上と兄さんだけで診療は大丈夫なのだろうか。
俺に医者としての技術は無いが、解剖学と肉体操作だけは完璧なので、手伝いくらいは問題なくこなせると思うけど……。
「……いや。やっぱり、今日は無理だ」
目を背けるように窓から離れ、ばたん、とベッドに倒れ込む。
無為に天井を見上げながら、「やっぱり行った方が」なんて思考を、強く目を瞑って頭の中から追い出していく。
行って、手伝って、感謝される?
父上と兄さんと仲良くなれる?
―――ありえない。この世はそんなに俺に都合よくは出来ていない。
人生とは、理想を積んでは崩される
期待なくては生きられないが、期待が完全に叶うこともない。
世界が誰かの為に在るものではなく、ただ、“そこ”に“在る”だけのものであると、俺は18年の人生で嫌というほど理解していた。
必要なのは反発ではなく受容。
そういうものだ、という
砕かれた理想へ拘泥することに意味はない。
過去を変える力がない以上、人間に出来るのは、過去の『受け取り方』を変えることだけだからだ。
それは家族についてもそうだし、仕事についても同じこと。
どんなに胸を裂くような変化も「必要だった」と割り切って、また新たな理想を探さなければ、それこそ過去に取り残される。
だが……そう簡単に割り切れるほど、人間は上手に出来ちゃいなくて。
特にこと俺に至っては、神様の失敗作なんじゃないかって有様で、いつまでも過ぎたことを忘れられずに恨んでしまう。
『―――“執行騎士”としての任を解き、『法典部隊』隊長としての職務を―――』
目を閉じると思い出されるのは、やはりあの、有罪判決めいた裁判長の辞令。
「……くそ。この2年間、俺なりに職務に忠実にやってきたのに」
2年前、執行騎士になった時のことを思い出す。
それまで“従騎士”―――つまり騎士見習いだった俺は、けれど高潔な『騎士道』に馴染めず師の下を出奔。巡り巡って神罰裁判所に拾われ、執行騎士の職に就いた。
最初の半年、一番下の三等から初めて、処刑が優先的に回ってくる“一等執行騎士”になるまでの道程が一番辛かった。
まあその後もその後で、『首斬りジャック』の悪名が爆発的に王国に広がっていって、それはそれで思い悩んだりもしたんだけど……。
それでも、執行騎士としての仕事を失敗したことは一度きり。
その一度きりの失敗でも失わなかった職を、失敗ですらない偶然によって追われるなんて、全く予想していなかった。
「…………」
ちらり、とベッドに倒れたまま横を見る。
壁に立てかけた我が相棒、マギロティオンの処刑剣。
その刀身に刻まれた、もう幾度となく復唱した言葉を思い出す。
―――“我ら罪人から全てを奪い、しかして永遠の安息を与えん”。
マギロティオン家の家訓である。
処刑とは、単に命を奪う『殺人』ではなく。
罪人に赦しと安らぎを与え、社会に秩序安寧を齎す『誇り高き家業』なのだというその言葉は、マギロティオンの有する全ての処刑道具に刻まれた一族の“祈り”。
そしてそれは、俺の幼少よりの心の指針でもあった。
己に宿っていた天稟は、決して暴力の素質などではなく、誰かを救うために授かった祝福なのだと信じるための。
だが……。
「その果てが、首も斬れない『首斬り』か。とんだ御笑い種だな、まったく……」
そうやって家訓を胸に辿り着いた、己の末路を自嘲する。
『法典部隊』において、戦うのは主に
隊長の俺がやることと言えば、彼女の監督と緊急時の処断、そして対人交渉など諸々の雑務くらい。
いや、あるいは戦闘に参加できようと……『法典部隊』の相手は
あるいは神の思し召しとやらは、俺に剣を振るわぬ第二の道を示しているのか。
―――本当に?
俺は執行騎士として中々に優秀だったと自負しているが、それは俺が持つ唯一の才能が『殺人』だからだ。
つまりその才能を活かせない場では、俺はたちまち凡百以下の無才に落ちる。
果たしてそんなことで、俺はこれまで通り、自分自身の存在を肯定して居られるのだろうか……?
そんな往生際の悪い思考は、食事が届くまで延々と続いた。
だがどれだけ願おうと、時計の針は巻き戻らず。
そうやって、現実を拒むように閉ざした瞼の裏で。
誰よりも自由に
◆
それから三十日ばかり経った日のこと。
面会や訓練、そして多少の
俺と魔女が呼び出されしは、神聖なる神罰法廷。
裁判長たるジェルマンヘッテ卿が、判決でも告げるような厳格な声を、証言台に立つ俺たちへと下す。
「―――今より一週間前。
王国北東部・ヴィレ大農場にて、『小作人が危険なゴーレムを所持している』という地主からの通報があった。危険物
報告によれば、その『
―――“
正体不明のゴーレムには、天衣無縫たる鳥の魔女を。
かくて長年の沈黙を破り。
千年前の神話の続き、幻の部隊が始動する。
「執行騎士改め『法典部隊』隊長、ジャン=ジャクザール・マギロティオン。白夜のレフィーリアと共に、この事件を解決せよ!」
最初の敵は機兵人形。
処刑人と鳥の魔女は、稲穂の海で『人間』を知る。