人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
―――ロベールが“彼女”を見つけたのは、冬の暮れのことだった。
その年。
農園で働く小作人ロベール・エメスは、地主の命令で土地の開墾を手伝っていた。
森を切り拓き農地を広げる過酷な仕事。
地主から給金は出るものの、畑の世話をする時間は減るので、実際のところ
それでもロベールがこの仕事を受けたのは、半年ほど前から体調を崩しがちになった妻・アンヌを医者に診せるための、纏まった金が必要だったからである。
ロベールという男は大農場で一二を争うほど真面目で善良な人物だったが、その生活は苦しかった。
地主の下で働く小作人という立場は、勤勉こそその身に強いるものの、充分な報いが用意されているとは言いにくい。
育てた麦の大半は地主に持っていかれてしまうため、腹を満たすのも一苦労。
貧乏暮らしが祟ったのか、ロベールの両親は一昨年の流行り病で他界した。
それでもこの農場の労働力として幼い頃から働いて来た彼は―――他の生き方など想像もできなかった教養なき男は、愛する妻と共に生きる為、目の前の仕事に精一杯取り組んできた。
そうやって小作人は、寒さ厳しいその日も、誰より早く森に踏み入って……。
毒林檎の木の
まるで樹木の一部かのように蔦に囲まれ、所々が苔むしていた。
いったい何年、何百年そうしていたのか。
童話の眠り姫でもここまで
そんな年若い美女にも見える、見たこともない物体が、今から切り倒す木の中に。
当然、ロベールは慌てて駆け寄った。
それを怪我か病で倒れている少女だと勘違いしたのだ。
そのまま五体に絡まった蔦から救出し、殆ど一体化していた木と地面から引き剥がし。
ロベールは持っていた斧を捨てて華奢な体躯を抱きかかえ、ぴくりとも動かないその少女を介抱するために家へと運んだ。
◇
ロベールの住む家は、家というよりは『小屋』に近い。
農場の中に建てられたそのボロ小屋は、小作人という立場を最も端的に表していると言っていいだろう。
そんな小屋へ、開墾へ出てから一時間と経たず帰って来た夫を、病床の妻・アンヌは驚きながらも出迎えた。
そしてすっかり気が動転していたロベールに代わり、彼女が先に“そのこと”に気付く。
―――この子、息をしてない。
だがそれは、死んでいる、という意味ではない。
アンヌの言葉は、これが初めから『生命』ではない、という意味だった。
妻の言葉で、無学な小作人も、ようやくこれが『人間ではない』と理解した。
まず脈がない。呼吸もしていない。
だが、断じて死体ではない。
ガラス玉の目。朽ちない肌。金属で出来た異郷の服。
―――これは『人形』だ。
それもただの人形ではない、動くように作られた、人ならざる
果たして、そんな直感を証明するように。
吹けば飛ぶようなあばら家で、“彼女”は何百年かぶりに目を覚ました。
『……〈
〈
自己再認 開始……失敗。 再試行……失敗。 再試行……失敗。
記憶領域
自己保存を最優先に 自立行動モードで起動。 疑似人格覚醒。
人形が何を言っているのか、ロベールには分からない。
だが、今までの断片的な情報から……「ゴーレムだ」、と男は直感した。
ゴーレムとは、魔力で動く人形のことだ。
古くは
だがそのゴーレムは、小作人が話に聞いたどのゴーレムとも違った。
人間の肌と見紛う外装。
見たこともないような美貌に美髪。
何よりそのゴーレムは、魔力など与えなくとも動くのだ。
まるで、本当に生きているかのように。
ロベールがこのゴーレムのことを地主に報告しなかったことは、普段の彼の従順な働きぶりを考えれば、極限の造形美が放つ未知の魔力に魅入られたとみて相違ない。
地主が強欲な人物だったことも関係したのだろう。
今まで真面目に働きながら贅沢を知る機会がなかった小作人は、唐突に自分の下に転がり込んできたこの美しい人形を、二十年の奉公への報いであると信じて疑わなかったのだ。
◇
目覚めたゴーレムは、己を“イヴ”と名乗った。
教養のない夫婦は、それを「異国の響きを持つ名だな」とだけ思ったものの、それ以上の意味は汲み取れなかった。
汲み取れないなりに、夫婦はこの新たな家族を受け入れた。
最初の一週間は手探りだった。
食事を与えても食べない。布団を与えても眠らない。
何を分けても、何を与えても、置物のように直立不動を保つだけ。
七日経って、ようやくロベールとアンヌは、これが“娘”ではなく“召使い”なのだと理解した。
「料理を作ってくれないか」。
最初の命令はそれだった。
ゴーレムはそれが当たり前であるかのように、ロベールの命令に従った。
出て来た料理は、毒にしか見えない奇天烈な色をした
口内の全神経を直接刺激するような未知の味付けは、一口で小作人夫婦の舌を魅了した。
そのうえ体調も格段によくなるとなれば、食べるのを躊躇う理由が無い。
この日からロベールは仕事の能率が三割増しになり、アンヌの体調の改善の兆しを見せ始めた。
次の願いは、やはりアンヌの体調のことだった。
ロベールに医療の知識はない。
だがゴーレムの食事が僅かに妻を回復させたのを見て、もしかしたらと希望を抱いたのだ。
その日、アンヌが眠った後、ロベールは藁にも縋る思いでゴーレムに尋ねた。
「妻の病を治すことはできるか」。
そんな問いに、ゴーレムは無言で頷いた。
一夜明けたとき……そこには以前にも増して元気溌溂としたアンヌが立っており、ロベールは涙ながらに妻とゴーレムを抱き締めた。
◇
それからも、ゴーレムによって一家の笑顔は増え続けた。
「ネズミの対策はできないか」。
「水汲みがもっと楽になれば」。
「妻に贈るための花が欲しい」。
善良な夫婦の願い事がささやかな範囲に終始したからかもしれないが……少なくとも夫婦の知る範囲では、ゴーレムは完璧であり、全ては一夜も経たず叶えられた。
この頃から、アンヌはゴーレムを神の使いだと考えるようになっていた。
ローベルも同様に、このゴーレムに不可能はないのだと思い始めた。
◇
―――その日の夜、激しい雨が降った。
あばら家の雨漏りはひどく、窓も壁も強風にギシギシと歪み、ロベールとアンヌは不安と恐怖で眠れなかった。
長い夜が明け、まだ水も滴るうちに、ロベールはゴーレムに頼み込んだ。
「家の改築をしてほしい」。
小作人の願いは、またしても一夜で結実した。
彼らの小屋は見たこともないほど立派な『家』になり、二度と雨漏りを気にしたり、壁や屋根が飛んでいくことを心配する必要もなくなった。
だが……ロベールたちは何度も願ううち、感覚が麻痺していたのだろう。
そのゴーレムが余りに万能で、人の欲を引き出す魔性を放つことに、善人である夫婦はもっと自覚的であるべきだった。
なにせ改築された家の驚くほどの変化は、その外観にも十二分に表れており。
とうとう彼らの“新たな家族”についての話は、家の変貌ぷりに驚いた他の小作人を通して、地主の耳まで届くこととなる。
◇
そして、運命の日。
改築された小作人の家まで乗り込んできた地主のヴィレは、当然、この不思議なゴーレムを欲しがった。
報告を怠った小作人の怠慢を詰り、その罰としてゴーレムを徴収する、と言うのが彼の言い分だった。
本来、そんな地主の言葉にいち小作人ごときが歯向かえるはずがない。
彼らは地主から土地を借りている立場であるし、広大な土地を所有するヴィレは、その売り上げで農地を守る傭兵も雇っている。多少の理不尽は我慢し粛々と従うこと……それは彼ら小作人にとって、生きる為に仕方のない処世術だった。
だが……今回に限っては状況が違った。
今まで何の力も持っていなかった小作人ロベールには、けれど神様のような素晴らしい召使いが居たのだから。
抵抗したせいで地主に殴られ、傭兵たちによって床に押さえつけらえたロベールは、最後の力を振り絞って連れ出されそうな人形に祈った。
―――「おまえを地主様に渡したくない」。
そんな願いは、今回も問題なく叶えられた。
ゴーレムに不可能はなかった。
そして、今まで従順だった小作人は……自分の従順さが、そうせざるを得ない無力さから来ていたことを知った。
だって今は違う。
理不尽を
このゴーレムを使えば、あらゆる願いは叶えられるのだから―――。
◇
その年。
地主のヴィレによる通報により、小作人の手元から『危険なゴーレム』を接収するため騎士50名が動員されるも、結果は失敗。
被害は甚大であり、騎士団は撤退を余儀なくされる。
この事件から、完全武装の騎士団を圧倒した『