人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
200キロメートル先の
時計の針が正午を指す前に、俺たち『法典部隊』は無事農場最寄りの中規模市街へと到着していた。
街に寄った目的は、任務の前の小休止……ではなく“事前準備”の一環である。
「ふわぁ……やっと出発か。なあジャック、わざわざ寄り道してまで『騎士団の
数時間足らずの脇道を済ませ街を出発するときには、隣の魔女はすっかり退屈を隠さなくなっていた。
確かに彼女の言う通り、この街にまで足を伸ばすことは農場行きに必須ではない、
「……ああ。報告の中に、どうしても確かめておきたい部分があったんだ。実際に戦闘を行った
これも成功率を高める準備の一環だ、と説明すれば、聞き込み中屋根で昼寝していたという魔女は欠伸交じりに頷いた。
「ふむ。やはり意外とマメよなぁキサマ。用意周到、というか」
「何を言ってるんだ、これくらい普通だぞ。それに収穫もあった……相手の攻撃手段はやはり“魔導銃”。更にその肉体は、一見華奢に見えて、鎧でも着ているかのように硬かったらしい……おい、聞いてるのか? 戦うのは君の役目だぞ?」
「カッ、分かっておる。安心せいジャック、ワラワが負けるとかありえんから」
「……」
本当に大丈夫かコイツ……なんてボヤきたくなるのを必死に堪える。
まあ『法典部隊』の
どちらかというと、問題は。
「……いいかげん怒る気力もない。やっぱり、屯所の食堂を貸してもらうべきだったかな」
問題は、俺自身の空腹である。
用事を済ませ街を出た頃には、既に正午を回っていた。
要するにお昼時を過ぎたわけだが……俺はそのランチタイムに、パンの
当然食料は持って来ていたが、街道で助けた老商人にすっかりあげてしまったのだ。
なので本当は騎士団の屯所で御馳走になりたかったのだが。
「とはいえ、あの怯えられようじゃなぁ……」
屯所で見た地方騎士たちの蒼褪めた顔を思い出す。
軍警より一段屈強な騎士団においても、『首斬りジャック』の悪名は健在だった。
要するに物凄いビビられていたので、聞き込みに加え食堂まで利用するのは遠慮したのだが……そのせいで昼食を摂りそびれてしまった、というわけだ。
うん。あの
そんなこんなで、俺たちは逃げるように屯所を後にせざるを得ず。
ならば街中で買い食いでも、と思ったのだが、こちらもそうはいかなかった。
なにせ俺が引き連れているのは、
「しっかしニンゲンも増えたものよなぁ。王都の他にもあのような街がいくつもあるのであろ? 銀竜の奴が生きておれば、『食べ放題だ』とかなんとか言ってさぞ喜んでおったろうに」
これである。
こんな奴を連れて人込みを歩くとか、不安すぎてちょっと出来なかったのである。
というわけで、屯所での確認ごとが終わり次第早々に街を発ったのだが……後悔先に立たず。流石に食事くらいは買っておくべきだったかもしれない。
「少々神経質になり過ぎたか? いやでも、なあ……」
ちらり、と斜め前を浮遊する魔女の顔を見る。
そんな俺の視線に気付いたのか、彼女はこちらを振り向いて小首を傾げた。
「? どうしたジャック、浮かぬ顔をして」
「いや。君、腹が減ったら道行く人に襲い掛かりそうだよな、と思って」
「!!?? なっ、ワラワを何だと思っているのだキサマは!? 侮辱だぞジャック、
「いや、人喰いの方を否定して欲しかったんだが……うん、どうやら早めに街を出て正解だったらしいな、残念ながら」
ぎゃあぎゃあと突っかかってくる魔女の様子に、俺は自らの判断が正しかったことを悟る。
と、そんなこんなで口論していると、気付けば街道の両脇にちらほらと小麦畑が姿を現し始めていた。
件の農場のものであろう。主に最寄りの街から見て奥側に農地を広げているとの話だが、既に見えている
「……確か、こういうのを『絵に描いた餅』と言うんだったか?」
小麦畑……パンの材料がたっぷりと穂を付けているのを眺めながらそう呟く。
まあ、こちとら元・執行騎士だ。
三日三晩飲まず食わずで
この程度の絶食はそれこそ朝飯前、というか……。
「……ああ、そういえば早朝出発のせいで朝飯も摂りそびれていたんだった。文字通り朝飯前とは、気が滅入るジョークもあったもんだな……」
空腹を紛らわせるように自嘲する。
と、そんな俺の呟きを聞き逃さなかったのだろう。
隣に浮かんでいた魔女が、無邪気に
「なんだジャック、腹が減ったのか?」
「え? いや、」
「それならそう言わんか。仕方ない、少し待っておれ♡」
それだけ言い残し―――ふわり、魔女が高く飛び去って行く。
「な、おい……!?」
呼び止める暇もない。
ばさり、真っ白な
「待―――!」
待て、と叫ぶのさえ間に合わない。
魔女が飛び去った方角を見て、俺と
油断した。
怪しい動きを見せればすぐに処断すると決めていたのに、虚をつかれ、奴が飛び去るまでろくに反応できなかった。
―――追うか? 今から?
そもそも魔女レフィーリアが全力で飛べば、人間は愚か
……もう遅い、か。
「……はぁ」
全身を固めていた力を抜く。
結局俺に出来ることは、その場で途方に暮れる……もとい、魔女の
まあ、あちらは街がある方向とは逆側だし、悪意も敵意も感じなかったし、逃げるつもりなら今までいくらでも
「……とはいえ。『少し待っていろ』って、この辺りに行きつけの店でもあるのか……?」
いや、まさかな……うん、我ながらあり得ない発想だった。どうも気が動転しているらしい。
なにせこのまま本当に
「……あと10分だけ待とう。それを過ぎたら、まあ、斬首刑確定でいいだろう」
腰に差した処刑剣の柄に指を這わせ、俺はこめかみの痙攣を誤魔化すように呟いた。
結論から言うと。
俺の心配は杞憂であり、5分と経たず魔女は戻ってきた。
―――
「ホラ食え。持ってきてやったぞ♡」
鳥のように変形した―――あるいは本来の姿に近付けた―――魔女の両脚、その先にぶら下がる、たっぷりと肥えた牛、だった
その傷痕、滴る血の鮮やかさから見て、この魔女がたった今殺してきたのだろう。
重さ800キロになろうという肉塊を保持したまま平然と飛んでいることに、今更さしたる驚きはない。
だけど。
それを見た瞬間、別の理由で、俺の喉からは絶叫が迸っていた。
「な、何をしてるんだ君はーーーーー!!?」
「む、なぜ怒る。牛は嫌いか? 美味いぞ?」
ずん、と牛の死体を地面に降ろし、魔女が憮然とした顔になる。
彼女からすれば親切のつもりだったのだろう。
だが……俺からすれば、それこそ無事帰ってきたことも喜べない、声を荒げざるを得ない大迷惑だった。
だって。
「―――バカ、この“鼻輪”が見えないのか君は!? コレはこの牛が野生じゃない、牧場の家畜だという証だ! つまりこの牛は他人の所有物で、それを殺した君は泥棒だ!」
「ど、『泥棒』ぅ!? このワラワが……!?」
「そうだよ泥棒! ああクソ、ここまで常識がないとは思わなかった……! これだから千年とか生きてる人外は……!」
「じょ、常識がない……!? これだから年増は……!?」
がーん、ずがーん、と
わりかし深く傷付いているようにも見えたが、今の俺に彼女を気遣う余裕はない。
本当に、犯罪を取り締まる側の俺たちが罪を犯してどうするんだ……!
そうやって、比喩でなく頭を抱えていると。
まるで叱られた子供が親の機嫌を窺うように……普段の尊大な態度が嘘のような弱弱しさで、魔女が小さく尋ねてくる。
「く、食わんのか……?」
「食えるかっ! いいからその牛を運んでついて来い、すぐ持ち主に謝罪するぞ!」
怒鳴り、すぐに先導を開始する。
一応善意からの行動だ。少しだけ可哀想な気もしたが……本当に可哀想なのは
目指す先は、少し前から遠くに見えていた大邸宅。
どう頭を下げたものかと深刻に頭を悩ませつつ、俺は
◇
牛の鼻輪に刻まれていた持ち主―――地主のヴィレの邸宅は、そこから10分ほど馬を走らせた場所にあった。
マギロティオン家にも劣らぬ屋敷の大きさに、明確に勝る使用人の数と調度品の格。
通された応接間の内装を見ても、成程、並の貴族より稼いでいるのは真実らしい。
そうして現れた大農場の主は、俺より一回り以上年配の、恰幅のいい男性だった。
不摂生なのか体形は樽のようだが、身に纏う衣服や装飾品の格は屋敷と同じで一流そのもの。
決して口には出せないが、豚とは本来綺麗好きな生き物で……なんて
やり手の大地主・ヴィレ。
彼は豚というよりは猪を思わせる表情で、飴色の重厚な机を挟み、じろりとこちらを
「はあ。あんたさん方が、あの
「はい。放牧されていた牛を殺し盗んだ、常識のない大魔女です」
「なっ、ジャック、そんな言い方は―――」
「いいから謝れバカ! すいません、何分初めての実戦投入で。
抵抗するレフィーリアの頭を手で押さえて無理矢理下げさせ、牛の持ち主に謝罪する。
と、隣から状況を分かっていない呑気な声。
「む、『私』? ジャック、キサマ急に喋り方が変わったか? 心なしか、口調が普段より丁寧なような……」
「人間にはTPOってのがあるんだよ! もう、いいから黙って聞いてろ!」
ぽい、と反省の色が無い魔女を部屋の隅に放り出す。
真面目な話の邪魔にしかならないので、どうか壁でも眺めていて欲しい……もとい、壁の花になっていて欲しい。
そんな、法典部隊とかいう無名部隊の間の抜けたやり取りを見せつけられ、地主の視線はすっかり冷たいものになっていた。
「……なんというか。アタシもこんなこと言いたくないんですがね。本当に大丈夫なんでしょうなぁ?
コッチは腕も折られて、雇った腕っこきの傭兵もやられて、仕舞いには泣き付いた騎士団まで敗走させられてんだ。売り上げも評判も大打撃なんだよ。そのうえこれ以上損する、なんてことがあれば、腹いせに何するか自分でもわかりませんぜ。王都には
中々にあくどいことを言われている気もするが、逆の立場なら俺も同じ反応をすること請け合いなので、ここは素直に頭を下げる。
「要らぬ不信を抱かせてしまい申し訳ありません。我が部隊の威信にかけて、任務は必ず達成します。つきましては此度の
ごとん。
じゃらり。
机に置いた巾着袋がずっしり重い音を鳴らし、たちまち地主の目の色が変わる。
「失礼は重々承知の上でのご相談です。今回の件、この金額で『当該商品』を購入した、という形で
「……ほぉ! これは失礼、中々話が分かる隊長さんのようで」
王国中で広く食されている牛だが、一頭丸ごと買うとなるとそれなりの値段になる。
今机に置いたのは、その相場の五倍といったところだ。
アレが乳牛だったとしても損失を補って余りある、“些細な行き違い”の慰謝料としては充分な金額に、目に見えて地主の態度は軟化した。現金な反応だが、金で解決できるならそれに越したことはない。
袋の中身を検め、
「ええ、確かに。
「はい、
一瞬だけ鋭い目を覗かせた意外と抜け目のない男へ、信頼関係を構築するため笑いながら説明する。
こちらの財布が国庫である以上、無駄な支出は避けるべきだが、それより避けるべきは不必要なトラブルだ。
真に公共の利益を求めるなら、任務を短期で成功させることこそ肝要。
そもそも発端はこちらの落ち度だし、この程度なら贈賄には当たらないだろう。
「そうですか、そうですか。いやあ、やはり話の分かる方だ。最初は失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでしたなあ……隊長さん、お名前は何と? アタシの知り合いにも
「ああいえ、お気になさらず。それよりも私としましては、より確実な任務遂行のためお力を借りたいのですが……よろしいでしょうか、ムッシュ」
ええもちろん、と出費の甲斐あって二つ返事の大地主。
そんなこんなで、
「ジャックー、ワラワはいったいいつまで黙っておればいいのだー?」
答えは『いつまでも』だ、バカ魔女。
「まあまあ。そちらのお連れさんにも悪気があったわけじゃないようですし、そう邪険にせずとも……ん? ジャック?」
ぎくり。
余計なことを言いやがって、と叱る間もなく、対面の地主がこちらをじろじろと観察し始める。
「そういえば、その顔どっかで……見た、いや聞いた? 氷の目をしたゾっとするほどの色男で、聖字架があしらわれた黒いコートに、そいつは確かマギロティオン家の紋章、てこたぁ……」
瞬間、その目が
「―――くくく『首斬りジャック』ぅ!!? あんたさんが!? あの!?」
「……あの、が何をさすのかは分かりませんが、恐らくは。王都広しと言えど、その名で呼ばれるのは私くらいのものでしょうしね……」
「な……そ、そんじゃああんたさんみたいな優男が、『食人盗賊一家44人総処刑』、『御前竜斬首』、『王都連続首狩り事件』等々、数々の逸話で謳われる王国の死神、ジャン=ジャクザール・マギロティオン!?」
「……ええ。そのジャン=ジャクザール・マギロティオンなら、私です」
がたん。
その一言でついに地主の仰け反りは限界を迎え、樽みたいな体形が椅子から転げ落ちて床に転がった。
「おおー。名を明かすだけで畏怖されるとは。流石ワラワのジャックよな♡」
やめろ魔女。それだと俺が、君と同じ極悪人みたいじゃないか。
あとムッシュ・ヴィレも、最後のは『王都連続首狩り事件
そうやって遠い目をしているうちに、顔面蒼白のムッシュ・ヴィレが立ち直る。
「い、いや、そんなバカな。だって『首斬り』は執行騎士のハズじゃあ……!?」
「……残念ながら、それは先月までの話です。今はこの通り、お騒がせ魔女の監督役と相成りました。
……それと言うまでもないでしょうが、例の
そうやって、転んだ地主に手を差し伸べる……と、意外にも彼の太い腕は、俺の手をがしりと掴んでくれた。
「こ、こりゃあ驚いた。ああ、ブルっちまうほど最高の人選だ。ええ、ええ! あんたさんなら間違いなく、あの生意気な小作人の木偶人形をブチ壊せますぜ……!」
どうも、風評への怯えより儲けへの嗅覚が勝ったらしい。
流石ヴィレ大農場を一代で超成長させた経営の天才、その胆力は称賛に値するし、自分が評価されたことも嬉しいが……彼は一点だけ読み違えている。
「……努力はしますが。恐らく、戦うのはこちらの魔女だけですよ」
「ほう! もしかして、そちらさんも単なる牛泥棒じゃなく、何か大層なビックネームだったりするんで……?」
「む? なんだ、ワラワの名を聴きたいのか?」
急に注目され、蚊帳の外で暇そうだった魔女が、一転して尊大に胸を張る。
「ジャックに続きワラワの名まで知りたいとは強欲なことだが……うむ、仕方ない。我が名乗りを拝聴する栄誉を賜すゆえ、も一度景気よく畏れ慄いてみせるがよいぞ、ニンゲン。
そう、ワラワこそがレフィーリア……大魔女、白夜のレフィーリアである!」
でーん、と効果音が聞こえてくるほどの自信満々の自己紹介。なんだかよく分からないが、人間に
さて、そんな名乗りを直に聴いたムッシュ・ヴィレの反応は……。
「……はて。レフィーリア? ううむ、どっかで聞いた事あるような気も……」
すてーん、と。
予想外の反応の悪さに、見事なまでにズッコケる白夜のレフィーリアさん。
むきー! と逆上して地主に飛び掛かろうとする無名魔女を、羽交い締めにして何とか抑える。
我ながら狭量この上ないが、今のはわりと溜飲が下がった、というか。
まあ、その、なんだ。
いくら神話に出てくるといっても、だいぶマイナーだもんな、君(笑)。