人外少女たちの愛情表現が難解すぎる   作:龍川芥/タツガワアクタ

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鳥の魔女とゴーレム少女①

 

 

 学者に曰く、海とは万物の母だという。

 生命の揺籃。歴史の土台。命を生み、命を支えるもの。

 ならば―――眼前で波打つ黄金(こがね)の色を『海』と呼ばずして何とする。

 

 風にそよぐ麦穂の地平。

 森を拓いて築かれた小麦たちの楽園(アヴァロン)

 王国民の暮らしを支える圧倒的な生産力は、正に金塊の山に等しい。

 

 

 それは豊穣を謳う一面の海原。

 ヴィレ大農場の名で呼ばれる、生命の大量生産耕地である。

 

 

「おお……凄いものだな、これは。自らが環境に適応するのではなく、環境の方を自分たちの都合のいいように改変する―――ニンゲンの傲慢もここまで来れば天晴(アッパレ)よ。うむ、ワラワ感激」

「微妙に引っかかる物言いだな魔女……だがまあ、この光景が素晴らしいという点には同意する。ヴィレ大農場は黄金の海、とはこのことだったか。ここから見える一粒一粒がパンとなって俺たちの食卓に並んでいるのだと思うと、深く感じ入るものがあるな」

 

 ガラガラと。

 車輪の振動に揺られながら畑道を行く俺たちの呟きに、()()()の地主が上機嫌で反応する。

 

「いやあ、お褒めに与り光栄ですな。この農場じたいは先代から受け付いだものですがね、規模はこの十年で何倍にも拡大したんでさあ。ええ、ここまで農場を広げるのには本当に苦労しましたぜ……お陰で売り上げも倍増しましたがね、へへへ」

 

 そう笑いながら縦に立った操縦桿(ハンドル)を握る指、そこに嵌った高価な指輪複数などを見れば、彼の辣腕は瞭然のものだ。

 

 経営の才能か……少なくともこの時代では、殺人(おれ)の才能なんかよりよほど有益な能力だろうな。

 

 なんてことを内心で考えていると、ひょい、と屋根から逆さまに顔を出す奴が居た。言うまでもなく魔女(レフィーリア)である。

 その赤い瞳が興味深そうに見つめるのは、俺ではなく運転席の地主の顔。

 

「ほう。キサマがこの広大な農地を拓いたのか? うーむ、そこまで動けるようには見えんが、どうやったのだ?」

「へ、へえ? いやぁそのぅ、拓いたというか、拓かせたというか……なんでしょう、作業の指揮を執ったのは確かにアタシなんですが、ねぇ……」

 

 余りにも人間社会を知らない魔女の純粋な疑問は、社会という前提の上に成り立つ資本家(ブルジョワジー)には毒そのものだ。

 歯切れが悪くなった大地主へ、俺は慌てて助け舟を出す。

 

「おい、余計なことを言うな魔女。すみませんムッシュ・ヴィレ、後で叱っておきますので……」

「な!? ワラワが何をしたというのだ! ジャックキサマ、このニンゲンと邂逅してから妙にワラワに厳しいぞ! ワラワたちは激しく愛を求め合った仲であろう、それがどうして初対面のニンゲンを優先するのだ!?」

「ぶっ……語弊がある言い方をするなっ! 君とは殺し合いしかしてないだろう! それに俺が君を叱るのは、君が礼儀を知らないからだっ。ああもう、魔導車の天井をガンガン叩くな、やめないと首を斬り落とすぞ!」

 

 俺は駄々っ子の親か、全く!

 

 それに言った通り、俺は別に魔女に対して意地悪をしている訳ではない。単純に、地主であり貴重な証人でもあるムッシュ・ヴィレの機嫌を損ねるのは、これからの仕事に対するデメリットが大きいというだけだ。

 現に今だって、彼が手配してくれた最新の“魔導車”―――液体魔力を燃料とすることで、馬に引かれずとも動く車―――で道案内をしてもらっているのだ。

 この先の作戦立案や他小作人の避難誘導を効率的に行う為にも、農場の持ち主である彼と協力関係を維持するのは肝要(マスト)

 

 というか、本当に久しぶりの『首斬りジャック(おれ)に協力的な被害者』なのだ。

 そこにどんな思惑があれ、この貴重な機会を最大限(フル)に活かしたいというのが正直なところである。

 

「―――ゴホン。それでムッシュ、(くだん)の小屋までどれくらいでしょうか」

「へ、へい。この魔導車なら10分も掛かりませんぜ、『首斬り』のダンナ」

 

 よし、どうやら心の広い地主は、まだ(ヘソ)を曲げてはいないらしい。

 その度量に感謝しつつ、俺は敵の不意打ちと、ついでに屋根上の魔女への警戒を続けた。

 

 

 特に何事もなく10分後。

 不意に運転席のムッシュ・ヴィレが車を止め、魔導車の窓から外を指さした。

 

「見えました。アレがロベールの奴の『城』でさぁ」

「あれが……」

 

 それは、誰が見ても一目で異常と分かる、余りにも景色にそぐわぬ建物だった。

 

 麦穂の海の只中に聳え立つ、黒き鋼の摩天楼。

 建物の特殊な形状は図鑑で見た冬虫夏草を連想させる。

 昆虫(あばらや)の体を突き破って生えた、異形異様の菌糸(てつ)の塔たちは、明らかに周囲の景色から浮いていた。

 

 一目で分かる異物感。

 というか、農場とアレでは設計思想(コンセプト)がまるっきり正反対だ。

 

 一面に広がる小麦畑が、命を育む自然の営みの延長なら……アレは()()()()()()()

 自然の一切を排し、流転を忘れ、死を拒んだ果てに生命の匂いすら失った―――レフィーリアの言う『人類の傲慢』の行きつく終点、不自然かつ非自然の要塞なのだろうと直感させられる。

 

「元はただのあばら家だったんですがね。どこから建材を調達してるのかも分かんねえんですが、日に日にデカくなってやがりまして……」

 

 そう説明する地主の声には、怒りと畏れが五分の割合で同居していた。

 この小麦王国の支配者だったハズの男が、今は折れた左腕を庇い小動物のように震えているのだ。

 反面、増築を繰り返され、完全に原型を失った巨大な建造物は、まるで「自分こそがこの農場の主である」と地主を差し置いて高らかに宣言しているようで。

 

 いや、実際にそうなのだろう。

 騎士団を追い返す武力に、地主の邸宅が小屋にさえ見える建築力。

 ―――誰も手が出せない怪物の城。

 それがかの建造物から受ける印象だった。

 

「……どうです。噂に名高い『首斬り』のダンナは、あの(ゴーレム)の巣に近付けますかい?」

 

 試すように、あるいは縋るように凋落した地主が尋ねてくる。

 正直に言って、敵の『要塞』は俺も見たことのない、全く未知の建築様式だった。

 だが……積み重ねた経験則から、多少の推察くらいは可能(できる)

 

 揃って魔導車から降り、背の高い小麦を壁として身を隠しながら、じっくりと建物を観察する。

 

「……高く聳えた見張り台、金属らしき壁に、所々に見えるアレは……恐らく砲門、でしょう。細部は違いますが、戦場で似たものを見たことがあります。まるで最前線の要塞だ……どうも、正面突破は難しそうですね」

 

 外壁の各所に取り付けられた、外にせり出した金属の筒。

 その、本来農場にあってはならぬ暴力のカタチに、地主は状況を理解して地団駄を踏む。

 

「『砲門』!? チクショウ、そいじゃあアレは、軍隊が出張らなきゃならねえレベルの本物の『城』じゃねえですか!ンな物騒なモン農場の中に建てやがって、あのクソッタレの小作人が! 誰のお陰で生活ができてたと思ってやがる、恩知らず!」

「……落ち着いてくださいムッシュ、気付かれます。それに、確かに正面突破は難しそうですが、手はありますから。例えばそうですね、夜襲をかけるとか―――」

 

 確かに遠間から一方的に攻撃してくる大砲や銃は厄介だが、それは『的が見えていれば』の話だ。

 夜闇に紛れて接近すれば狙われ難く、また不意を突ける可能性も高い。

 こちらは動きの速い少数精鋭だし、俺も夜襲は慣れているので成功率は高いだろう、という説明を披露しようとしたところで、後ろから()()()()()()が入った。

 

「―――おいジャックっ! いつまでそのニンゲンとだけ喋っているつもりだ! ワラワも話に入れろ、拗ねるぞ!?」

 

 言うまでもなく、ウチのお騒がせ魔女・レフィーリアである。

 

「……あのな。今大事な話をしてるんだ、癇癪なら後にしてくれ。それとも、君には何か策があるのか?」

「『策』?」

「あの城を攻略する策だよ。無策で接近するのは危険だろ」

「? 何故だ?」

「何故って……君、話を聞いてなかったのか。あの建物は砲門で武装している可能性がある。そうでなくとも、標的であるゴーレムは高い戦闘能力を持つと予想されているんだ。これは実戦、失敗は出来ないんだぞ」

 

 戦いにおいて失敗(イコール)死だ。石橋を叩くに越したことはない。

 本当にあれらのオブジェが大砲かどうかは分からないが、俺が敵の立場なら周囲を警戒しないハズがないし、やはりここは夜襲で不意を打って……。

 

「―――ふむ。話の筋はよく分からんが、要するに、砲門をどうにかすればよいのだな?」

 

 ざっ、と。

 何の迷いも衒いもなく、レフィーリアは小麦の海を割って城の方へと歩き出した。

 

「おい、魔女―――!?」

 

 呼び止めるも止まる気配がない。

 白衣の魔女はずんずんと、黄金を割って魔城の方へ。

 

 ぎぎぎ、と軋むような音を立て、砲塔の群れが彼女を振り向く。

 やはりアレが脅威を撃退するための兵器であることは微塵も疑いようがなく。

 だが―――思えば、『大砲』ならばこちらの側にもあったのだ。

 

「全く心外よな。ワラワとああも見事に踊り切ってみせた男が、今更どうしてそこらの砲などを恐れるのか。先ずはこの一撃を以て、キサマの錯誤を正すとしよう」

 

 ばさり、魔女が白衣(ローブ)を翻し。その周囲にて魔力の砲弾が複数、恒星のように産声を上げる。

 大魔女・レフィーリアの魔力砲。その多重装填。

 未だ記憶に鮮烈なる白熱怒濤の光線は、再びその威を示すかのように。

 

「そもそもの話、策など弄して何とするジャック。ワラワとキサマが並び立つ以上、勝てぬ敵などおるハズもなかろう―――!」

 

 魔力絶叫。

 猛る十余(とおまり)の白光が、光芒となって魔城を穿つ―――!

 

 着弾と同時、一瞬で消し飛ぶ砲門と城壁。

 ずずん、と麦穂(うみ)を薙ぎ倒し地を揺らす衝撃の余波。

 レフィーリアの魔力砲は、この距離で、見える全ての砲門をひとつ残らず粉砕した。

 

「な、な……!」

 

 余りの急展開に二の句が継げない。

 しかも、事態は俺の動揺が収まるのをちっとも待ってはくれなかった。

 

「―――ふむ。アレが例のゴーレムとやらか」

 

 呟いた魔女の視線の先。

 

 防衛用の兵器を余さず吹き飛ばされたというのにまるで動じず。

 ただ来客の知らせ(ノック)を受けた使用人のように、()()は至極平然と。

 要塞の扉を内側より開け放ち、魔女がそうしたように麦穂の海を割りながら、単調な足取りで俺たちの前にその姿を現した。

 

 一見して、それは美しい少女だった。

 女というには若い容貌。

 作り物そのものでありながら、完璧すぎて生気さえ宿す造形美。

 金の髪も、(あお)い瞳も、滑らかな肌も。

 全てが瑞々しく、呼吸するような人工物。

 

 建物と同じく異文化の衣装を身に纏い……泥人形(ゴーレム)と呼ばれたその女は、人間そのものとしか思えないほど自然に、柔らかな唇を楚々と開いた。

 

『……こんにちは、見知らぬひと。わたしに何かご用ですか?』

「ほう。流暢に喋るゴーレムとは初めて見たな。どこぞの異界からの流れ者か?」

 

 人形(あちら)が平然なら魔女(こちら)は泰然。

 問いに答えることもなく、ガラスの碧眼にもまるで怯まず。いつも通りの唯我独尊(マイペース)っぷりで、彼女は(うしろ)を振り返ってくる。

 

「よしジャック、ワラワたちの初めての共同作業だ! あのゴーレムを破壊すればいいのであろ? カカッ、胸が躍るな、これは!」

 

 そう楽し気に話しかけられて、砲撃からこっち驚きっぱなしだった俺の脳は、ようやく混乱から立ち直った。

 思考が冷静な判断力を取り戻し。

 眼前の状況を正しく理解し。

 そして叫ぶ。

 

「―――本当に、何をしてるんだ君はーーーーー!!!???」

「なぬっ!?」

 

 本日二度目の絶叫であった。

 だがそれも仕方ないというか、今回は群を抜いて滅茶苦茶というか。

 

「俺は『策を出せ』と言ったんだ、『攻撃しろ』と言ったワケじゃない! それなのにいきなり砲撃ぶちかますやつがあるかっ、このバカっ!」

「!? ば、バカだとぅ……!? み、見ろジャック、ワラワはちゃんと全ての砲門を破壊したぞ……!?」

「そういう問題じゃない、まだこっちには民間人(ムッシュ・ヴィレ)が居るだろう!? 周辺への通達も、戦闘区域に他の民間人が居るかどうかの確認もまだだってのに! 流れ弾で被害が出るかもとか、人質にでもされたらとか、そういう危険性を考慮できないのか!?」

 

 君は毎度毎度、考えなしにも程がある!

 

「なっ……わっ、ワラワはジャック、キサマの為を思ってだな……っ」

「ともかく! 俺はムッシュ・ヴィレを安全圏まで避難させるから、君はそこで標的を足止めしてろ! いいな、この考えなし魔女っ!」

「か、考えなし魔女……!?」

 

 がーん、とショックで固まる魔女。

 ちょっと言い過ぎた気もするが、人命が懸かっている以上悠長に訂正する時間もない。

 

 俺は隣に居たムッシュ・ヴィレを抱え、飛び道具を警戒しながら素早く戦線を離脱した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ともかく! 俺はムッシュ・ヴィレを安全圏まで避難させるから、君はそこで標的を足止めしてろ! いいな、この考えなし魔女っ!」

 

 そう言って、ジャクザールは風のように去っていった。地主ヴィレを小脇に抱え、彼を安全圏へと逃がす為に。

 

 そうして残されたのは人外と人外。

 未だに男が去った方向を見つめ固まった魔女、その哀愁漂う背中を見て、ゴーレム少女は思わずぽつり。

 

『考えなし魔女……』

 

 かちん。

 ぎぎぎぎ、と何方(どちら)がゴーレムか分からない軋む仕草で、固まっていた魔女が敵を振り向く。

 ギラギラと、怒りの色に燃え盛る瞳。

 想い人に叱られた大魔女・白夜のレフィーリアは、ちょうどそこに居た癇に障る人形を、手頃な全ての元凶(やつあたりのマト)として定めたようだった。

 

「―――さぁて。ジャックの奴が帰ってくる前に、そこな木偶人形を持ち帰りやすく“分解”しておいてやらねばな。さすればジャックもワラワを見直し、そのまま二人で逢瀬三昧(ランデブー)へとしゃれこめるであろう……!」

 

 暴虐を嘯く魔女に対し、あくまで冷静に戦闘態勢に移行するのは、謎のゴーレム、イヴ。

 その碧眼は硝子(ガラス)のように、魔力を滾らせる敵を映す。

 

『敵対の意志を確認。戦闘行動及び対象の分析を開始……独りよがりなのですね、魔女様(ソシエール)。自分しか見えていない(ステップ)では、誰にも触れられず終わるだけなのに……予測演算、完了。その身勝手を改めない限り、わたしの勝利は揺るぎません』

 

 口調は慇懃だが態度は毅然と。

 視線の激突が火蓋を切り、此処に戦端は開かれた。

 

 ―――人外存在(かいぶつ)には人外存在(かいぶつ)を。

 

 『法典部隊』の設計思想(コンセプト)は果たして正しかったのか。

 王国の史上初、“界律否定者”どうしの戦いが始まる。

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