人外少女たちの愛情表現が難解すぎる 作:龍川芥/タツガワアクタ
離脱から数分。
民間人である地主を安全な場所まで逃がす為の逃走劇は、農場内にあった数キロ先の傭兵詰所へ風のように駆け込むことで、呆気なく終わりを告げた。
「……ここまで来れば大丈夫でしょう」
そう呟くジャクザールの呼吸は平静そのもの。とても地主を抱えてここまで全力疾走したようには見えない。
対し、運ばれただけの
生きた心地がしなかった、と雄弁に語る汗だらけの顔面は、果たしてゴーレムの銃と疾走の風圧、どちらの恐怖に歪んでいたのか。
ひいひいと、彼が必死で息を整えるのも待たず、ジャクザールは地主を床に降ろした。
「ムッシュ。貴方は念の為、傭兵と共に邸宅まで帰還してください。私は引き返して“問題”の対処に当たります」
相談ではなく、あくまで確定事項の報告。
そうやってコートを翻し、一度去った戦場へ視線を向ける男の背へ、ようやく言葉を取り戻した地主が問いかける。
「く、『首斬りジャック』のダンナ。こんなこと言いたくはねえんですが、その、本当にあの魔女さんを頼りにしていいんで……?」
ヴィレの懸念は当然のものだ。
彼の存在など微塵も気にせず、敵の城に突貫を仕掛けた規格外の“暴”。
アレを人間が制御する事など出来るのか。
ともすれば……人外どうし感応し合い、二つの嵐が手を取り合ってこの農場を吹き飛ばす可能性もあるのではないか。
金も権力も通じない、人の世の
その暴挙を恐れる大地主へ、法典部隊の隊長は淡々とした口調で告げた。
「……あの魔女が人に
安心してください……もしもの時は、私が魔女共々、かのゴーレムの首を取りましょう」
ぞくり―――海千山千の大地主さえ気圧される、奈落のような
自らを容易に殺しうる死神の迫力を前にして、それ以上の異論を挟むなど誰ができよう。
―――ああ、確かにこの男なら、どんな怪物が相手であれ首を刎ねるに違いない。
「……ええ、ええ! 頼りにしてますぜ『首斬り』のダンナ。どうかアタシの農場を守ってくだせえ……!」
「当然です。我々はその為に来たのですから」
「ありがてえ……ええ、礼はたんまり弾みますぜ……!」
そんなジャクザールの手を躊躇なく取れるヴィレもまた、有形無形の『財』を生み出す、王国屈指の達人であるのだろう。
実際のところ。
ジャクザールの慇懃な態度に打算があるように、ヴィレもまた打算で動いている。
両者の違いはその目的。
ジャクザールの目的が『任務の滞りない遂行』なら、ヴィレは『損失を減らし利益を得る』という純粋な私欲にその比重を集中させていた。
―――恐るべき『首斬りジャック』も、味方のうちは頼もしい。
雇った傭兵は半数が逃亡、手配した騎士団は壊滅・敗走。
あのゴーレムのせいで金銭的にも信用的にも全く以て大損だが、この男が事態の収拾に来てくれたのがせめてもの不幸中の幸いだろう。
大地主ヴィレの目利きでは、ジャクザールの
神罰執行の為なら手段を択ばぬ、典型的な執行騎士……と言い切るには少し
―――
相手が親類縁者だろうと顔色一つ変えず手を下せる者から、追いつめられるとつい私情を取ってしまう者まで……伝え聞く話からジャクザールが後者とは思えないが、人となりに関して
要は投資だ。損耗しない・消費したうちに入らないリソースで僅かでもリターンを得られたなら重畳、得られずとも損はない『やり得』のノーリスクビジネス。
この件が無事片付いたら『お礼の品』でも包んでみるか、いいやそれは流石に逆効果か、などとヴィレが
「……いいニュースです、ムッシュ。どうやら魔女は、言われた通りきちんと足止めをこなしているようです」
「へ? そりゃあ確かにいいことですが……なんで分かるんで?」
「銃声を含めた戦闘音が聴こえませんか? 察するに、まだ戦いは続いている様子。
僥倖です。この間に二点、確認したいことがあるのですが、構いませんか?」
「か、確認ですかい?」
聴こえるワケないでしょう、とは言えず取り繕う地主へ、ジャクザールは淡々と言葉を続ける。
「はい。報告にあったことなのですが、改めて真偽を確かめたく。その
「そ、そいつあ大変なことですな。へい、アタシに答えれるモンなら喜んで!」
額の汗をぬぐい気丈に笑むヴィレと、微笑んで謝意を示すジャクザール。
全く奇妙なことだが、お互い打算があることは承知の上での付き合いは、案外うまくいくものなのだ……どちらかの提供できる利が尽きる、その決定的な瞬間までは。
「ありがとうございます。では、まず一つ目ですが……『あのゴーレムが小作人ロベール・エメスの命令に従う』というのは、真実ですか?」
確認事項は二つ。
地主より必要な証言を聞き出し、死神は口の端を吊り上げた。
◆
さわさわと。
収穫まであと僅かという麦穂が、渇いた風に波打っている。
豊穣を謳う黄金の海原。
そんな海へ共に膝までを
「……見た目だけ
切り出したのは魔女レフィーリア。
その表情は、普段の奔放さを忘れたとしか思えないほど凍てついている。
いいや、これこそが彼女の本来の姿。
傲岸不遜、『最強』の自負に爪を立てられた魔女の静かな激昂。
あるいは故障した道具を哀れむ、
それを。
『
美しき人形少女・イヴは、無機質ながら生き生きと切り捨てた。
要するにそれが
貴重な慈悲を挑発で返され、遂に魔女の怒りが
「―――人形風情がよくぞ吠えた!
その傲慢、蠅も
ふわり。
一秒前まで居た場所に白い羽根ひとつだけを残す、激昂とはまるで正反対の軽やかさで、魔女は白い疾風と化した。
黄金の海を蹴散らす矢のような突進。
そんな、彼我の距離がゼロとなるまでのほんの瞬きの刹那にあって……魔女の右脚が、三叉の槍を思わせる
―――無論、完璧に、仔細なく。
なにせ
突進が風なら反応は稲妻。
相手が矢ならこちらは銃。
発条仕掛けめいて人形の細腕が跳ね上がる。
そして人形の両腕へ手品のように収まっている、“この世界”では異形の
それは、視線が交わるような出逢いだった。
双眸は底の抜けた深淵のように。
飛び込んできた赤眼の魔女は、二つ並んだ
『―――
かちん、と人差し指が90度。
事実それだけの動作で、余りにも簡潔に、人形は魔女の突進を追い越した。
ガガガガガガガガガガガガガガ―――!!
鉄を削るような悍ましい唸り声と共に、円錐状の
秒間都度10発、弾丸初速3000フィート/秒。エネルギーは一発3500ジュールに達する7.62mm口径弾―――それが二つの銃口より放たれる。
正に白風を砕く破壊の嵐。
全てを挽肉にする鉄火の蹂躙。
『―――』
だが……その最新の重火器も、大魔女との交戦は果たして想定していたか否か。
当然否。
なにせその魔女を撃ち落としたくば、銃弾では少々遅すぎる。
真実、鉛玉がその身を抉るよりも一瞬早く。
突進していた魔女は身を翻し、羽搏き一つで弾幕の軌道から逃れると、そのまま地上50メートルの空中まで一息の間で飛翔していた。
ばさり、ばさり。
高所にて滞空する魔女、その
「―――カッ、アレがジャックが言っておった“魔導銃”か」
遥か地上―――魔女の認識からすればまだ近いが―――の麦穂の海でこちらを見上げる人形、その両腕に備わった
間隙は一秒にも満たず、再び始まる機銃の掃射。
天空の鳥を撃ち落とさんと地上よりバラまかれる鋼の弾幕。
狩人が鳥を狙い撃つ、その何百倍もの物量が魔女を襲うも―――此度の獲物は鼻歌交じりに弾幕の隙間をすり抜けた。
「確かに大した性能だが、残念だったな。ワラワは既にその情報を共有しておる。そう―――ジャックが! ワラワに! 直接教えてくれたからなっ!」
翼を掠める弾丸を意にも介さず快哉を叫び―――飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
機銃の掃射が
それは羽根のように軽やかで、だからこそ何人にも捉えられない
残像で蒼穹を八つ裂く白影、機銃の狙いも軌道の予測も追い付かない神速の
そうやって、音を遥かに超える速度で悠々と空を舞いながら。
銃弾の嵐を嘲笑い、白翼鳴らして魔女は謳う。
「つまり、是こそが我が『愛の力』! 鼓動の高鳴りも知らぬ
その宣言を先触れに。
軽やかだった飛行が一転、刃のような鋭さを纏った。
鋭角の軌道変更。
鉄の嵐の間隙を縫う、地上目掛けての急降下。
真実弾丸よりも
『く……!』
断末魔を漏らす鋼鉄の火竜。
超速で降った鉤爪の一撃は、躱し切れなかった人形の機銃、その片方を一瞬で四つに引き裂いた。
城壁を砕くレフィーリアの凶爪。
その爪にかかれば、金属の細い筒などひとたまりもない。
「クカカッ、脆い脆い!」
『―――!』
だが、人形に動揺は無かった。
それも当然。なにせ彼女は戦闘機械、魔女よりも冷たい
右腕の機銃が犠牲となることで生まれた隙を見逃さず。
僅か地上へ留まった敵へ、もう片方、生き残った機銃の銃口を突き付けて。
かちん。
ガガガガガガ―――!
鉄火が奏でるは仇討ちの旋律。
無惨に散った片割れへの、無骨で物騒な鎮魂歌。
魔女を地上に縛る透明な鎖―――急襲による下方向への“慣性”を計算できないイヴではない。
故にこの反撃は不可避。
皮肉にも自らの超速によって空中への離脱が遅れた魔女へ、人形はありったけの鉛玉を浴びせ―――。
「―――ふむ。まあ、雑兵の矢よりは幾分痛いな」
『……!』
パラパラと。
虚しく落ちる、有象無象の量産品。
金属鎧でさえ貫く銃弾の掃射を防いだのは、魔女の
その羽毛は、一本一本が刃を跳ね返し衝撃を殺す、竜鱗にも勝る天然の盾。
「鋭さを頼りとする鉄の鏃ではなく、螺旋回転で敵を貫く鉄の礫か。中々ない感触だ。
クック、しかし
『……』
余裕綽々、嗜虐的に喉を鳴らす大魔女レフィーリアと、流石に動揺で碧眼を揺らす人形少女イヴ。
7.62mm口径弾では一矢報いるのすら夢のまた夢。
それを仇討ちなどと、思い上がりも
『、まだですっ』
弱気を蹴散らすように射撃を再開する人形。
彼女の言う通り、翼の防御がいかに優れていようと『絶対』はない。
隙間を抜ける。
物量で削り穿つ。
そのどちらでも構わぬと、銃口が三度目の正直を吼え。
―――弾丸は、今度こそ掠りもしなかった。
遥か頭上から声がする。
「おっと、勘違いするなよ人形。先のは物珍しさに免じて
『……随分変わった言い訳ですね。効かないのなら躱す必要もないでしょう。躱すという行為そのものが、何かしら効果があるということの証左では?』
「カッ、失敬失敬。恥こそ知性の特権という真理は、木偶には少々難しかったか。
ともかく、ワラワの
狩人と獲物。
追う者と追われる者。
最早両者の立場は逆転していた。
飛翔物への照準合わせに追われる憐れな人形を、魔女は超速で翻弄し。
―――背後より再びの急襲。
人形の反応は早いが、魔女の爪は更に
抉られる人形の肩口。
合成された
『っ……!』
「おっと、本当に血が出るとは。中々酔狂な人形よ……ならばここは、どれだけ血を流すと動けなくなるのか試してみるか。当然楽には殺さんぞ、端から順にそぎ落とし、ワラワの強大さを壊れるまでたっぷり教えてやる。それが『ワラワに勝てる』と思い上がった、キサマの傲慢の
残虐無比なる魔女の宣告。
知性は確かに恥を得るが、同時に不必要な加虐も可能とする。
恥が知性の特権ならば、残虐こそ知性の宿命なのか。
否。
レフィーリアの残虐は、寧ろその恥―――独特の
彼女が弾丸を躱すのは、その方がより『美しい』振る舞いだから。
大魔女・白夜のレフィーリアにとって、“武闘”と“舞踏”は紙一重。
特にジャックというパートナーを得た以上、今の彼女が戦闘に求めるものは得て当然の『勝利』ではなく、戦う相手に自ら諦めさせる『圧勝』である。
花のように可憐に、蝶のように優雅に。
炎のように激しく、
―――絶対に、
そうやって相手を引き下がらせる、あるいは踊れなくなるまで痛めつけるのが、今のレフィーリアの
「しかしまあ、そうは言ったものの。ジャックの奴が帰って来るまでに“分解”を終わらせておかねばな。ワラワ嫌われたくないし。どうせならそう、よくやった、とか褒められたいし……。
―――『褒められる』! うむ、想像してみるとなんだか佳いな! じっくりゆっくりなど言わず、そろそろ四肢の一本くらい捥いでおくか!」
とはいえそんな習性や、大魔女としてのプライドなどは、俗っぽい恋心によって一瞬で消滅してしまったが。
「すまぬな人形、前言撤回だ。いや初志貫徹か? まあ、これも『愛の力』と云うことで、潔く敗北するがよいぞ!」
もう何もかも滅茶苦茶だが、現実問題として、今の人形に異論を唱える資格はない。
議論とは対等で初めて成立するもの。
圧倒的な力の差は、どんな暴論にも異論反論を許さない。
そう。
やはり騎士団を撃退した謎のゴーレム・イヴと言えど、かつて神として崇められたことさえある大魔女レフィーリアの敵ではない―――。
―――ゴーレムの武装が、本当に
『……仕方ありませんね。二人が大事にしている小麦畑だから、あまり武器として“消費”したくはなかったのだけど……』
「カッ。なんだブツブツと、負け惜しみか!?」
『ある意味では、ええ。結果の為に矜持を曲げるのは苦しいもの……恥こそ知性の特権と語ったあなたなら、この
意趣返しのつもりか、始めて人形が笑顔を見せ。
続く声はどこか
『第一段階、制限解除―――〈
金髪碧眼の人形少女は、そんな
瞬間、バチバチと。
青い魔力の電流が、
「む。これは―――?」
ああ、その疑問は魔女の脳内にもあっただろうか。
城と見紛う農場の要塞。
小屋の武装化を施したゴーレムは、一体どこから建材を用意していたのか。
そもそも身一つで発見されたゴーレムが、どうやって機銃など入手したのか。
その
『“
周辺物集積、物質鑑定……量・質共に規定値突破。原子変換・武装設計、並列で処理……
黄金の海が干上がっていく。
周囲の麦が、土が。
際限なく中心の人形に
―――何の因果か。
魔女の強みが
周囲の物質を汲み上げ、それを無限の魔力で任意の素材へと『加工』、加工した素材を組み立てて望む機構を『製作』する。
無限の魔力を生成し、それを以て無限に
あらゆる試練、あらゆる障害を【超克】する、人間の可能性の
人形の右腕の
弾丸を吐く鉄の砲塔から、直線鋭い鋼の片刃へ。
当然、それを見逃す魔女ではない。
「【属性】の解放により新たな武器を生み出したか―――カッ、笑止よな。いくら武器が変わろうが、
だが、魔女はあくまで嘲った。
いくら武器を変えようとも根本の力の差は変わらない、として遥か大空を舞う。
その体は再び流星へ。
機銃を砕いた時と同じ、猛禽の如き天空よりの急降下。
そんな、間違いなく有言実行に足る超高速の一撃を前に。
―――人形は、厳かなまでに勝ち誇った。
『愚問ですね。わたしは人ならぬ
そう、変わったのは手に持った武装だけではない。
それを扱う人形の体もまた、
駆動する鉄の関節。
躍動する鋼の機構。
あらゆる演算は快速完璧、シュミレーションも十度は完了。
自己改造を以てすれば、飛ぶ鳥を落とす
鋼刃抜刀、
機械仕掛けの逆袈裟を以て、猛禽の襲撃を迎え撃つ―――!!
そうして奔った剣閃は、白風よりも鮮烈に。
「―――な、に?」
はらり、と。
咄嗟に直撃だけは避けたものの……銃弾さえ
りぃぃぃん、と鋼を擦る音で鳴く刃。
それはあらゆる防御を貫く、超振動粒子による分子
千年を生きた魔女をして未知の―――この世界における鋼の剣とは外見も原理も全く異なる、鉄の世界の魔剣である。
『―――わたしを傲慢と
今度は、魔女が何も言い返せぬ番であった。
その魔女殺しの魔剣のせいか、人形の放つ
『そもそもの話、最初から的外れなのです、あなたは。わたしはこの農場で目覚める以前の記憶を失いましたが……そんなわたしでも、「愛」が何かは知っている。あなたの
きぃん、と青い電流が再び走る。
人形の指の先に生まれたのは、生き生きと咲く
思い出の花を胸に差し、ゴーレム・イヴは凛と立つ。
『愛とは“利他”。他人の幸福を我が事のように喜ぶこと……わたしを拾ってくれた人が、妻に贈る花を求めたように。
だから、わたしがあなたを羨むことも、敗北することもありえません。真に愛を知っているのは―――
それが彼我の
『独りよがりで考えなし。あなたの愛は
さあ、彫刻の時間です。
ぞの身勝手は目に余る……硬くて
そうして。
無骨な鉄の匂いと真逆の、童話を唄うような韻律を合図に。
◆
そんな人外どうしの戦場から100メートルほど。
本来なら裸足で逃げ出すべき距離から、ゴーレムの戦いを見守る者が居た。
ヴィレ農場の小作人、ロベールである。
かつてのボロ小屋が要塞へと進化を遂げたこともあり。
彼は建物一階―――小屋の原型を多く残す建物の居間―――の窓から、人形少女の雄姿を目に焼き付けていた。
妻・アンヌも同じ空間に居たが……彼女はその女性らしい小心さから、窓の外を直接は覗き込めずとも、それを見守るロベールの背こそを居間の壁を盾に見つめている。
つまり、外の様子を朧気ながら把握していたのは夫・ロベールだけであった。
「な、なんだぁあの白い奴……空を飛んでる? ま、まさか騎士団の次は、天使様でも来ちまったんだべか?」
田舎訛りの震えた声。
戦士ならぬ小作人であるがゆえだろう。
戦いを見守る彼の目に一切の興奮はなく、ただ不安と恐怖だけが、誰に話しかけるでもないその口数を多くする。
「……いや、イブが負けるハズねえべ。あの子こそ本物の神様の
あるいは、それは自分に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。
―――そうだ、自分たちは決して、悪事を働いたワケじゃない。
ささやかな幸福を欲せども、誰かから奪うなんて考えたこともない。
奪おうとしたのは常に
自分から妻を奪おうとした病魔。
日々の笑顔を幾度も奪ってきた貧困。
そして土地代だけでは飽き足らず、奇跡の出逢いすら徴収しようとしてきた地主。
自分はそれに抗っただけだ。
大切なモノを守っただけだ。
それが罪であるハズがない。
必罰の悪であるハズがない。
「……ああ、そうだべ。オラはもう何も欲しくなんかねえ。ただ奪わないで欲しいだけだべ。これからもアンヌとイブと居られれば、それだけで……」
それだけでいい。
他に何も望まない。
だからこそ『救いの神』は、強欲な地主ではなく、無欲な自分たちのもとに舞い降りて来てくれるはずだ。
譫言のように羅列される呟き。
あるいは。偏った視点、偏った論理による自己正当化をこそ、人は『言い訳』と呼ぶのかもしれない。
だが当然、学のない一介の小作人に、そのような客観性が備わっていようハズもなく。
だからかもしれない。
唯一窓の外を見ていた彼が……
―――がちゃり、と。
ふいに、扉が開く音がした。
反射的にロベールが振り向く。
窓に近寄れなかったアンヌも、その見慣れた扉の動きに釘付けになる。
かつての小屋の趣をそのまま残した木製の扉。
都会のような魔法の仕組みは一切ない、ただ蝶番を壁に打ち付けただけの玄関。
ゴーレムに頼んで扉を『改造』しなかったのは、夫婦の複雑な心境ゆえだ。
「扉を硬く閉ざしてしまえば、自分たちは悪事を働いたようではないか」、と。
だが、その自己正当化が裏目に出たのか、何の抵抗もなくドアノブは回り。
随分と簡潔に、だが夫妻にとってはその何十倍もの時間をかけて、魔城の扉が開いていく―――。
―――時間は僅かに遡る。
『ムッシュ・ヴィレ。「ゴーレムが小作人ロベール・エメスの命令に従う」というのは、真実ですか?』
ナルホド、とやり手の地主はその真意を見抜き、震えながら頷いて、
『ええ、アタシは確かに見ましたぜ。ロベールの奴めが命令した瞬間、それまで大人しかったゴーレムが、突然に暴れ出したんでさあ……!』
そう、折れた腕を
それを以て、彼はひとつの作戦を打ち立てる。
即ち、魔女と合流してその戦いを援護するのではなく……魔女が
―――そうして、時計の針は元通りに。
「ヴィレ農場の小作人、ロベール、アンヌ夫婦だな」
がちゃり。
魔城への侵入を成功させた
「―――私は『法典部隊』隊長、ジャン=ジャクザール・マギロティオンだ。ゴーレムを止めるか首を
小屋の空気が凍り付く。
それは王国じゅうに名を馳せた、げに恐ろしき『正義の味方』。
盗賊、連続殺人犯、竜……法を犯した首の悉くを司法の前に転がしてみせた、当代随一の殺人の天才。
神は神でも、夫婦の前に舞い降りたのは最恐最悪の疫病神。
『死神』が、鉄の魔城を訪れた。
バーに色が付きました。評価・お気に入りありがとうございます!
感想もそのうち返します!