異世界帰還TS美少女Vtuber、田中エンフィールド 作:恥谷きゆう
大学生になって時間のできた俺は、Vtuberの配信にすっかりはまっていた。
最近の推しは陽乃屋 ヒノメちゃん。配信を見始めてから3か月くらいだろうか。
彼女の所属する事務所、リブザライブについては詳しく知らないが、彼女とよくコラボする同期の顔くらいは覚えた。よく「田中ァ」と呼ばれてる人と、ホラゲーで絶叫している人だ。
休日にマイチューブを開くと、ヒノメちゃんはだいたい配信をしている気がする。
なにせ、一度の配信が長い。10時間越えの配信は平常運行。寝る前に配信を見て、朝起きたらまだやってることもある。それでも元気なままなのは、まさしく配信の才能と言っていいだろう。
その内容はだいたいがゲーム配信。コアなゲーマーである彼女は、対人ゲームや高難易度のゲームを好む。
正直全部のゲームを知っているわけではないが、彼女が楽しそうにしているところに惹かれた。
自分でも語っていたが、彼女は女の子らしい可愛さに溢れているタイプではない。快活で、カラカラと笑い、体を動かすのが好き。
そんなところもまた、魅力に映った。きっと彼女はこの先も、何も気にせず楽しそうにゲームをする姿を──
【シチュボ】癒しをお届け!?【陽乃屋 ヒノメ/リブライ】
「シチュボ!?!?」
あまりにも予想外の配信タイトルに、一瞬固まってしまった。
「シチュボ」というのは、演者が視聴者に対して語りかけてくるタイプの音声作品だ。
Vtuberが配信でやるのは、結構気合がいる。
配信は劇のように区切りのあるものではなく、雑談の延長だ。全力で役を演じた後で普通に話をするのは、結構照れくさい。
演劇のようなものに慣れている人なら問題なかっただろうが、なにせあのヒノメちゃんだ。
彼女は褒められるとすぐ照れる。最初の頃はコメント欄に「かわいい」という文字が流れるたびに慌てていたらしい。今でも、コメントに可愛い反応を見せてくれている。
そのチョロさは我々視聴者を心配にさせるほどのものだった。存外、自己肯定感が低いタイプなのかもしれない。
そんな彼女が、シチュボ……? 全然想像できない……!
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【シチュボ】癒しをお届け!?【陽乃屋 ヒノメ/リブライ】
陽乃屋 ヒノメ/Harunoya Hinome
配信は始まったばかりだ。ちょうど、最初の挨拶をしているところだった。
「みんなおはよーッ! リブザライブ二期生、元気いっぱいの
普段の声が聞こえてきて安心する。タイトルから、別人が配信しているのではないかと思ったほどだ。
「今回はいつもと違う企画持ってきたよ! いわゆるシチュエーションボイスってやつ! ちょっと色々考えて欲しいから聞いてほしい、な!」
やっぱり、別人かもしれない……!
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| ・シチュボ!? ・ASMR絶対拒絶ネキことヒノメさんがシチュボを!? ・え、嬉しい……! ・どうした……熱でもあるのか……? |
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コメント欄の同志たちも俺と同じように困惑している。
それは当然だ。今まで彼女がこんなこと言いだしたことは一度もなかったのだから。
しかし、彼女は躊躇いもせずに先を続けた。
「んんっ……」
大きく咳払いをすると、彼女の雰囲気が変わった。
「おにーちゃん! 今日もお仕事お疲れ様!」
ヒノメちゃんの配信を見ていて一度も感じたことのない感情が自分の中に生まれるのが分かった。
「か、かわいい……」
どこか照れの混じった声。普段は快活な彼女から繰り出される精一杯の甘え。
それらが俺にクリーンヒットした。
どうやらそれは、同志たちも同じのようだった。
・!?!?!?!?
・だれえ!?
・聞いたことない声
・はい、私がおにいちゃんです
・姉だったけど、今日からおにいちゃんです
・ふむ……つづけて?
「もう! 今日と一緒にゲームしてくれるって言ってたのに、なかなか帰ってこないんだから! ほら、さっそく準備準備!」
どこからかバタバタという音が聞こえてくる。俺の同様をよそに、甘い声をした彼女が畳みかけてくる。
「はい、上着預かってあげるから。エナドリの貯蔵? もちろん、バッチリ。ごはんちゃんと食べてきた? うん、よろしい」
これじゃ兄妹というより、まるで新婚さんみたいじゃないか……!
「あれ? なに、欠伸なんかして。もしかして疲れてる? ……それじゃあ、かわいい妹が、ちょっとだけ癒してあげようかな」
そう言うと、彼女がグッと近寄ってくるのが分かった。
「一日おつかれさまー。おにいちゃんがたとえ皆に認められなくてもがんばってること、私は知ってるからね。見てないだろって? ううん、おにいちゃんが頑張ってるとこ、昔から見てたから」
不思議と、その言葉は俺の胸にスッと入ってきた。
元々、ボイスの類は聞く習慣はなかった。試しに聞いてみても、語り掛けられている「キミ」に共感できなかったからだ。甘やかされている誰かに、自分を投影することができなかった。
けれどヒノメちゃんのそれには、不思議と聞き入ってしまった。
他ならぬ彼女が──頑張り屋で、諦めず、愚直に進む彼女が言っている言葉だからこそ、大きな意味を持った。
「…………いいな」
正直興味のない分野だったけど、アリかもしれない……。
俺が感慨に浸っているところに畳み掛けるように、彼女は言葉を紡ぐ。
「ま、かわいいかわいい妹の姿でも見て癒されなって。ほら、元気になったでしょ? それじゃ、ゲームゲーム! 今日は寝かさないぞ……なんちゃって!」
そう言って、彼女は深く息を吸った。そして、吐息交じりに言葉を吐き出す。
「だいすきだよ、おにいちゃん」
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| ・う、うおおおおお! ・おにいちゃん泣いちゃった ・たすかる ・おかげで無事に成仏できました ・ファンサありがとう…… |
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オホンオホンというわざとらしい咳払いが聞こえてたかと思うと、「妹ちゃん」は引っ込んで、照れたヒノメちゃんの声が聞こえてきた。
「や、やっぱ恥ずかしいね……今ならいけると思ったんだけど……」
そ、それは反則だ……!
古来より、快活少女の照れた姿は何よりも破壊力があるとされている。これは古よりオタクをしてきた俺の経験則だ。
こういう事を友人にいうと、だいたい「お前まだ大学生だろ」と言われる。
「ま、今回のはこんなところでね。それで、どうだったかな、みんな」
まだ照れの残る声で彼女が問いかけると、コメント欄の流れが加速する。
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| ・めっちゃ良かった! ・ありがとうございます! ありがとうございます! ・また見たい |
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「ありがと! じゃあ、またちょっとだけやっちゃおうかな……?」
・どうして急にシチュボを?
「あ、やろうとした理由とかきっかけ? うーん……あれ、なんでだっけ……」
・ええ……
・自分で分からないことある?
・そういうのやらないイメージだった
「やらないイメージ、かあ……まあ確かに、色気もなにもないゲーム配信ばっかりだったからねえ」
彼女は虚空を見つめながら話を続ける。
「まあ、こういう私もいい……かな?」
コメント欄が肯定の声で溢れる。けれど彼女は、どこかぼんやりとした様子のまま佇んでいるようだった。
・ちょっと印象変わったかも?