異世界帰還TS美少女Vtuber、田中エンフィールド 作:恥谷きゆう
「さて、聞こえているかなヒノメ。今、夢の中の君に直接語りかけているよ」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえてくるので、頷く。
意識にモヤがかかったような感覚だった。
けれど、その不思議な声を聴いていると何故か安心できた。
「新しい君の配信はどうだった? 面白かった?」
「うん……恥ずかしいけど、楽しかった」
偽りのない感想を口にする。
「新しい自分になれた気がする。今までのありきたりな自分じゃない、別の何かに。でも、それが自分だったのかは正直分からない」
演じている時の自分が本当の自分ではないとしたら、あれは私ではない。
けれどそれは、普段の私だってそうだ。
「その、黒か白かの二元論みたいなのは精神分析に即していないと思うけどね。そんな単純なものじゃないでしょ」
声が、私の心を読んだみたいなことを言う。
「まあ、結局ヒノメが受容できるかどうかの問題だけどね。それじゃ、もう少し試してみる?」
「……うん」
肯定の返事を返すと、声が小さく笑った気がした。
「いいよ。キミの気が済むまで」
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【飲酒雑談】飲み屋気分で語ろう!【陽乃屋 ヒノメ/リブライ二期生】
陽乃屋 ヒノメ/Harunoya Hinome
「みんなおはよーッ! リブザライブ二期生、元気いっぱいの
ふわふわした気分が心地よい。手元の缶ビールは、だいたい半分くらい減っていた。
コンビニで買ったビールとナッツ。缶は既に一本開けた。
酔いによって体が熱い。けれどこれは、心地よい熱だ。
「今日はタイトル通り、飲酒しながらの雑談だよー! ごめん、先に飲んでる! かんぱーい、いえーい!!」
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・飲酒!? 初めて見た ・また珍しいことしてる ・かんぱーい ・酒飲める年齢なんですか!? ・何飲んでるの? |
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「飲んでるのは缶ビール! いやあ、ちょっと嫌なことあったからさあ、やってらんないね! って感じ。付き合ってよ」
別に、大したことではない。就職か活動か、どちらを取るか悩むようなイベントがあっただけのこと。きっと、私の悩みなどみんなの悩みに比べれば大したものではないのだろう。
けれど、コメント欄のみんなは私の「付き合って」という呼びかけに気さくに答えてくれた。
・もちろん!
・そういうこと話すの珍しいね
・まあ飲め飲めって
・素が見れて嬉しい
「素が見れて嬉しい、かあ……」
なんてことないコメントに、手が止まった。
私の素ってなんだろう。どれのことだろう。
体温が、冷めるのが分かった。
Vtuberとしての陽乃屋 ヒノメの素は、元気いっぱいの姿だ。私がそう定義した。
実際の私は普通の人だ。履歴書に書けるような大層なものは何もない、普通の大学生。その殻を被っているのは、臆病者。
では、ここで言う私とは……
ビールを喉に流し込む。ふわふとした霧が思考を遮り、躊躇いがなくなる。
「みんなは、本当の私はどんな姿をしていると思う?」
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| ・元気? ・ゲーマー ・かわいい ・まず、本当の私とは何かの定義から? |
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色んな反応が返ってくる。それだけ目で追っていると、複数人の「陽乃屋 ヒノメ」がいるようだった。
──ああ。それで、いいんだ。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しい」
多分、こんな言葉だけで私が感じた全てを伝えるのは無理だ。それでも、コメント欄のみんなは思い思いの反応を返してくれた。それだけの私が居たのだ。
「それじゃあ、この間のシチュボ配信の私はどうだった? 多分、「素の私」とはちょっと違ったと思うんだけど」
あの時は不思議な高揚感があって、普段はできないことがすんなりできた。
冷静になって思い返すと、まだ恥ずかしい。
けれどあの普段と違う私の映ったアーカイブを消そうという気には不思議とならなかった。
・かわいかった
・かわいいです
・またやって
・かわいいすぎた
「ち、ちがっ……そういう感想じゃなくて、もっとこう、普段と比べてどうだったかって話!」
一斉に褒められて頬が暑くなる。
・いつもよりかわいい成分マシマシだった
・違う感じだったね
・あれもまたヒノメちゃんの顔の一つでは?
・次はお姉ちゃんでお願いします
・あれもまたヒノメちゃんなのかと
色んなコメントの中の一つが目に留まる。
「あれもまた私、かあ……」
正直、不思議な感じだった。普段の私なら絶対そんなことしないと思っていたから。
アーカイブが残っていなかったら夢だったとでも思ったかもしれない。
でも、腑に落ちた。
結局のところ、駄々をこねる子どもみたいなものだったのかもしれない。自分というものが分からなくなって、「本当の自分」というありもしないものを追い求めようとした。
『その、黒か白かの二元論みたいなのは精神分析に即していないと思うけどね。そんな単純なものじゃないでしょ』
どこで聞いたかも覚えていない言葉をふと思い出す。最初は腑に落ちなかった言葉が、ストンと胸に落ちた。
ビールを飲み進める手は、いつの間にか止まっていた。
缶をテーブルに置いて、語り掛ける。
「せっかくだから、私の高校時代の話も聞いてくれない? あんまり話してなかったからさ。なんか、私のこと知って欲しい気分かも!」
それから配信を閉じるまでの間、視聴者さんたちと砕けた話ができた。
◆
自己を定義できるのは自分だけだ。他者と関わるために形成された自我もまた、自分の一部分。
それを分かろうとしていないだけだった。
ひとまず、私は私に胸を張って生きていこうと思う。
『そう思ったなら、もう魔法は必要ないね』
どこからか聞こえてきた声と共に目を覚ます。頭の中にあった霧が急速に晴れていったような感じだった。
最初に感じたのは──凄まじい羞恥だった。
「う、うわあああ! 私はなんであんな配信を!?」
数日前の出来事が先ほどのことのように思い返される。飲酒配信の時に感じた羞恥を遥かに超えるものだった。
『おにーちゃん! 今日もお仕事お疲れ様!』
『ごはんちゃんと食べてきた? うん、よろしい』
『あれ? なに、欠伸なんかして。もしかして疲れてる? ……それじゃあ、かわいい妹が、ちょっとだけ癒してあげようかな』
「──わあああああああ!?」
まるでリミッターが外れたみたいに羞恥の感情が流れ込んでくる。
やってる時も恥ずかしいと感じてはいたが、今は段違いだ。
「はあ……はあ……おわりだ……」
一通りベッドの上をゴロゴロ転がりまわって、少し冷静さを取り戻した。
ぜえぜえと息を吐きながら思考を巡らせる。
どのみち、あの配信をなかったことにするのは不可能だ。アーカイブを消去しても無駄。多分、切り抜きなどで拡散済みだろう。
ネット社会では、失敗を隠そうとするとむしろ変に拡散して玩具にされる。
いっそ堂々と開き直った方がダメージが少ない……かも、しれない……。
「う、ぅう……」
冷静に考えるとまた恥ずかしさがぶり返してくる。
なぜ、あのようなことを?
というか、思い返せば昨日の飲酒配信もテンションがおかしかった。
そもそも、酒を飲んで配信なんて怖くてしたことがなかった。何を言い出すか分からないからだ。
「でも、やってよかった」
色々考えた結果、出た結論はそれだった。
完全に結果論だが、飲酒配信をして改めて自分を見返すことができた。その過程には、シチュボ配信も必要だった。
自分とは何か、という答えには元々明確な答えなどなかった。それは自分で定義するものだ。だから、どの私も私なのだ。
そんな当たり前のことを、何気ないコメントに気づかされた。
悩みというものが魔法のように解決するようなことはない。それでも私は、少しずつ前に進めている気がした。