異世界帰還TS美少女Vtuber、田中エンフィールド 作:恥谷きゆう
「エンフィールド様、起きてください。朝9時です」
いつも通り、主より命じられた通りにタスクを遂行する。大きなベッドに眠る小さな体に近寄って、華奢な肩をゆさゆさと揺らす。
体を揺さぶられているにもかかわらず、主は起きる様子がない。むにゃむにゃと何か呟くと、また眠ろうとする。
その様を微笑ましく思いながらも、自らのタスクを全うする。
「エンフィールド様。九時です。打ち合わせに出かける時間です。起きてください」
先ほどよりも強く肩をゆするが、起きる様子はない。
仕方ない、最終手段だ。私は主の耳元に口を寄せて、吐息と共に囁く。
「──試験に寝坊しますよ」
「うわあああああ!?」
先ほどまでまったく起きる様子のなかった主が、一瞬で跳ね起きた。慌てた様子であたりをキョロキョロ見渡す。
「今、今何時!? ……って、もう学校行ってないじゃん!」
正気に戻った主が大きくため息をついた。
「クロン、目覚ましありがと。でも、もうちょっと心臓に優しい起こし方はできない?」
「最初は普通に起こそうとしましたが、反応がなかったので最終手段に出ました」
「そっかあ……やっぱりそうかあ……」
朝の支度を始める主の動きはノロノロしている。まだ眠いらしい。
私はメイド服の懐から手帳を取り出して主の予定を確認する。
「本日の会議は企業案件についてのお話と伺っています。エンフィールド様を指名での案件で、直接打ち合わせがしたいとのことです」
「あー、あったねそんな話……」
もごもごと返事をしながら服を着る。その様はひどく無防備だ。
「クロン、車出せる?」
「もちろんです。主の送迎より優先すべきタスクなどありません」
「……それはそれで心配になるけどねえ」
少しだけ真剣な口調になった彼女が、こちらに向き直った。
「君はボクに雇われてるわけでもなく、契約で縛られているわけじゃない。この世界で言うところの「一般市民」だ。戸籍が偽造でもね?」
「ですが、私はホムンクルスです。被造物です」
私の解答に対して、主は迷いなく首を横に振った。
「厳密には違うね。ボクの魔法は魂を作れない。世界の定める死の不可逆性には抗えなかった。君の魂は人間のものだ。体がボクの造ったものでもね」
「……ですが、私はエンフィールド様に命を与えられました。その事実に変わりはありません」
その日のことを、私は未だに覚えている。
死が私を蝕む恐怖。終わりを迎える絶望。
奈落に落ちていく直前に、救い出された。死にゆく肉体に閉じ込められた私の魂を確認した主は、即座に代替品である肉体を錬成。魂を移し替える奇跡の魔法によって今の私を造り上げた。
私の目を見た主は、何かを確信したように小さく頷いた。
「うーん……まあ、理屈じゃなく君の認識の問題か。難しいね」
私から視線を外すと、再び手を動かし始める。
先ほどの真剣な様子よりも気の抜けた調子で話し出す。
「じゃあ、ボクが命じれば何でもするの?」
「はい、仰せの通りに」
「無理難題でも?」
「はい、仰せの通りに」
「それなら、Vtuberになれって言ったら?」
「はい、仰せの通りに。…………はい?」
私の動揺を目にした主は、悪戯が成功した子どものように笑った。
「言ったな?」
◆
案件についての会議が終わった後、ボクは会議室に残ってマネージャーの京子さんと話していた。
「配信に理解のある先方で良かったです。うまくいきそうですね」
「そうだね。ボクの配信見てるって言ってたし、スムーズに進みそう」
先ほどの打ち合わせについて振り返りながら、話を切り出すタイミングを伺う。
「京子さん。事務所には予め話を通そうと思っているのですが」
「は、はい。改まってなんでしょうか?」
「ボクの資金を使って、クロンをVtuberとしてデビューさせようと思っています。扱いとしては個人勢で。そして、ボクと積極的にコラボ配信をして導線にしようと考えています」
「……!」
驚きに目を見開く京子さんに、畳み掛けるように言う。
「初期資金は準備できています。イラスト、機材の目途は付きました。ただ、ボクの名前を使って知名度を稼ぐなら、方々に影響もあるかと思います。なので、事務所には事前に話を通そうかと」
ボクの言葉を咀嚼するように何度も頷いていた京子さんは、やがて姿勢を正して真っ直ぐにこちらを見た。
「勝算は十分にあるかと思います。田中さんのユニークなエピソードトークで、クロンさんへの注目は十分です。配信を見てみたいと思う人もいるでしょう。……ただ、そこから視聴者数を維持できるかはクロンさんの腕次第かと」
ボクと同意見か。
京子さんもそう思うなら、この見立ては間違っていないようだ。
「クロンの腕、というか魅力は問題ないと考えてます。聞いての通りユニークな感性で、頭も回る。トークの類は困らないでしょう。……懸念があるとすれば、メンタル面かな」
本人は「無感情です」みたいな顔をしているが、あれで結構感情豊かだ。そして、まだこの世界に適応できていない。
異世界出身の彼女にとって、この世界は未知のものばかりだろう。価値観の違いに戸惑っているのは分かる。
「やり方が分からず戸惑うこともあるかと思いますが、ボクがケアする予定です。少なくとも、大きなトラブルにならない程度には。リブライの研修内容も参考にさせていただきます」
別に資料をもらったりする必要はない。教えてもらった内容はボクの頭の中に入っている。ちょっとズルをすれば記憶の完全再現も可能だ。
「……色々と、考えておられるんですね」
「まあ、元から計画していたからね」
ボクは肩の力を抜いて背もたれに体を預けた。ここからは、取引先の社員と話すのではなく、友人の一人で話すつもりで。
「正直、今のは全部後付け。なぜかって言えば、ボクがクロンにVtuberになって欲しいという欲求から始まってるからね」
「まあ、田中さんの性格的にそんな気はしていましたけど」
京子さんも肩の力を抜いて、笑ってくれた。
「ボクにとってクロンは家族みたいな存在だから、幸せになって欲しい。そのためにはまず、何が自分の幸せなのか見つけてもらわないと。配信で色んな人、色んな考えにふれるのは、いい機会だと思う」
なんだか、真面目な話をしすぎたな。ボクはおちゃらけた笑顔を作って適当なことを言う。
「ま、クロンは家族なんて言ったら否定すると思うけどね」
「……少なくとも、大切にされていることは伝わっていると思いますよ」
京子さんの口調が思ったよりも優しいものだったので、なんだか照れくさくなってしまう。
それを誤魔化すように早口に言う。
「ま、まあ! 今言ったのは全部本人次第だから! まだ分からないけどね!」
「フフッ、そうですね」
こちらを見守るような優しい笑みを見ていると恥ずかしくなる。
……なんか、京子さんの方が大人な感じで恥ずかしくなるな。普段はもっと「電流デスマッチ!」とかはしゃいでるイメージなのに。
「本件は事務所に共有します。私は何か返事をできる立場にはないので、ご報告をお待ちください。──私個人としては、田中さんの取り組みを応援致します」
彼女はボクの瞳を真っ直ぐに見て言った。
──ああ、その返事が聞けただけでも十分だ。
◆
「というわけで、これがクロンの立ち絵ね。これが機材一式。でもこれは最低限だから、必要に応じて買い足して。マイクとか、色々あるみたいだから」
「ま、ま、待ってくださいエンフィールド様」
珍しく声を震わせたクロンが制止してくる。彼女の目の前には、すぐにでもVtuberとしての活動ができる準備が整えられていた。
「たしかにご命令とあらば配信者もするとは返答しましたが……ですが、私にこのようなことができるでしょうか……?」
メイドとしての仕事の時は一度も不安を口にしなかった彼女が、不安そうに言った。
おそらくそれは、ボクの為ではなく己の為にすること、だからだろう。
彼女は自身の存在意義を「主の役に立つこと」と定義している。己の為に何かすることはなく、己の価値を信じていない。
だから、自分が受け入れられる自信がない。
「言っておくけど、これは命令じゃないよ。最終的に決めるのはクロン。まあ、ボクとしてはクロンが新しい一歩を進んでくれれば嬉しいとは思っているけどね。……どうかな?」
ボクの問いに、彼女はしばらく押し黙った。急かすわけでもなく、彼女が再び口を開くのを待つ。
「……やり、ます」
やがて返ってきた戸惑いがちの答えに、ボクは微笑んだ。