異世界帰還TS美少女Vtuber、田中エンフィールド 作:恥谷きゆう
「リブライ二期生、田中エンフィールドが異例の速さで登録者五万人! リブライの新たな可能性示す」
私たちリブライ二期生のデビューから二か月が経った。それだけの時間があれば、だいたいの結果は出てくる。
圧倒的に人気があるのはフィーちゃん。そして、ヒノメに私と続いている。
フィーちゃんはそのあたりを気にした様子はまったく見えない。相変わらず自由奔放な配信を続けている。
私も、自分は気にしないタイプだと思っていた。
けれど、目の前に突き付けられるとどうしても気になる。
京子さんは「目先の数字なんて気にしなくていい」と言ってくれたけど、このままじゃよくないのは分かる。そうは言っても、私にできることは歌しかない。
もっと上手く、もっと熱く、もっと感情を揺さぶる歌を。練習にも熱が入る。
そして、私は歌枠の準備を終えた。
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【歌枠】リクエストいただいた曲を歌います【リブライ二期生/音宮祈】
音宮祈/Otomiya Inori
「皆さんごきげんよう。リブザライブ二期生、歌とみんなを元気にしたい、クールな女子高生、
いつもの通りに配信を開始して、挨拶する。
しかし、今日は前の日よりも緊張しているのが自分で分かった。
私の最大の見せ場である、歌枠の日。うまくやって、もっと話題にならないと。
配信活動を始めるにあたって、私は歌をメインコンテンツにしたいと最初から考えていた。
幼い頃から母よりピアノの英才教育を受けていた私は人より耳が良いと思う。
歌についてもピアノと一緒にレッスンを受けていたので、人よりも経験はある。物心ついた頃からやっていたのだから当然といえよう。
そして、私にはそれしかなかった。人と話すのが苦手で、愛嬌がなくて、勉強も運動もできない私には音楽以外なかった。
でも結局、母の用意してくれた道を進むことができなかった。私が失敗作だったからだ。
悶着の末に実家を出て、ここに辿り着いた。
「今日は歌枠ということで、皆さんのリクエスト曲を歌っていきたいと思います。応募してくれた人、ありがとね」
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| ・おうただあああ! ・楽しみ ・wktk ・祈ちゃんの歌が聞きたかった ・がんばれー |
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ここは温かい。みんな私を応援してくれる。嘲笑わない。
本当に良い人ばかりだ。
だから、期待に応えなければ。
「それじゃあ一曲目。──紅蓮華」
曲が流れ出すと、私は大きく息を吸った。
スイッチが切り替わるような感覚がして、精神が研ぎ澄まされる。
「──強くなれる理由を知った 僕を連れて進め」
・すげえ……
・がんばれー!
・相変わらず上手いなぁ
激しいバックミュージックと共に自分自身のボルテージが上がってくるのが分かる。
思うに、これは決意と決起の歌だ。残酷な現実に直面し、それでも咲き誇る紅蓮の華。勇気を、高揚感を与えてくれる歌。
『紅蓮華』が緊張している私を励ましてくれるようだ。喉が開く。一層声がスムーズに出るようになる。衝動のまま、歌をマイクに叩きつける。
「どうしたって! 消せない夢も変わらない今も」
高らかに転調を歌い上げてながら、コメント欄の様子を確認する。
良かった、ちゃんとポジティブな反応が帰ってきている。
安心すると、さらにボルテージが上がるのが分かる。やっぱり歌うのは楽しい。この時が一番生きてるって感じがする。
「世界にうちのめされて負ける意味を知った 紅蓮の華よ咲き誇れ! 運命を照らして」
私は一度、音楽の道から脱落した。けれどこうしてまた、大好きな歌ができている。
そのことがたまらなく嬉しい。あの日Vtuberに応募してよかったと、心から思うことができる。
「はあ……はあ……ありがとうございます! 紅蓮華、でした」
曲が終わり、荒くなった呼吸を整えながらお礼を言って、頭を下げる。
・凄かった!
・魂振り絞ってるみたい
・力強くて、勇気づけられる感じがした
・ゆっくり呼吸整えて
「スゥ……じゃあ二曲目、行きます。──」
休憩なんてしてられない。みんな私の歌を待ってくれている。それに、こんな楽しいこと、我慢なんてできない。
二曲目から続けて、三曲目、四曲目と歌い続ける。
歌うたびに楽しくて仕方なくて、自分の中のボルテージがグングンと上がっていくのが分かる。間にバラード調の曲を挟んで、クールダウン。そしてまた、アップテンポの曲へ。
「はあ……はあ……ありがとうございました! ちょっと、ジュース飲みます」
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・いっぱい飲みなー ・ジュース可愛い ・ツなっちゃそ ・ちょっと休んでもいいのよ? ・おつかれー |
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手元のリンゴジュースを飲んで、ほんの少しだけ休憩。
額を伝う汗が鬱陶しくて、乱暴に拭う。歌に熱中していて気づかなかったが、背中にもびっしょり汗をかいている。ちょっと寒い。
セトリ──今日の配信で歌う予定の曲を確認する。次の曲名を見て、自分が緊張するのが分かった。あまり時間がなかったけど、なんとか人前で歌えるようになった新しいレパートリー。
リクエストされて最近知ったけれど、不思議とすぐに惹かれた。
「それじゃあ次、いきます。『残酷な天使のテーゼ』」
壮大なイントロと共に、張りのある声を出す。
「──残酷な天使のように 少年よ神話になれ」
もはや伝説とも言えるこのアニソンは音程の上下が激しく、一曲通して上手く歌うのが難しい。
けれど、その壮大な音調は聴くものを釘付けにする。
「だけどいつか気付くでしょうその背中には
はるか未来めざすための羽根があること」
Bメロになり、音程が上がっていく。
それに、この曲なら声量も必要だ。歌詞が途切れたタイミングで大きく息を吸う。
「ッ……残酷な天使のテーゼ 窓辺からやがて飛び立つ」
焦りすぎた。歌いだしが外れる。
動揺から声が僅かに震えるのが分かる。それを誤魔化すように声量を上げながら、コメント欄に一瞬目をやる。
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・いいよー ・がんばれー ・うまい ・へたじゃん ・ミスったw |
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「ッ……この宇宙(そら)を抱いて輝く
少年よ 神話になれ」
応援するコメントの中にある「へた」という文字に意識が奪われた。その動揺のままに歌い続けると、声がさらに震えるのが分かった。
間奏の間になんとか呼吸を整えようとする。けれど、乱れた呼吸はどんどんと早くなっていく。
とにかく、息を整えないと。息を大きく吸って、息を吸って、息を吸って……
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
・大丈夫!?
・落ち着いて
・焦らないで、呼吸整えて
混乱する頭の中でようやく自分の状況が把握する。過呼吸になっている。
あの時と同じ、パニックで息が吐けなくなる症状。頭で分かっているはずなのに、体が勝手に息を吸い続ける。
音楽が遠くに聞こえる。頭が痛くなってくる。
あの時の記憶が蘇ってくる。発表会で曲が飛んだ時。緊張でパニックになって、初めて過呼吸になった。
このまま死んでしまうのではないかという不安。演奏を続けなければという焦り。
また同じ症状に、絶望に涙が出てきて──
『──大丈夫だよ』
ふいに、頭の中でクリアな声がした。
……フィーちゃん?
同期の声が聞こえて、ネガティブな思考が一瞬止まる。その思考の間隙を縫うようにして、言葉が脳に直接滑り込んでくる。
『気持ちを落ち着けて、いつもみたいに大きく息を吐いて』
フィーちゃんの声の言うままに、心臓に手を当てて大きく息を吐く。すると、胸の圧迫感がなくなっていくのが分かった。
『そうそう、よくできたね。えらい』
えらい、という声が優しくて、涙が出てしまいそうになる。鼻の奥がツンとする。
『いったん、配信は終わった方がいいかもしれないね。みんな心配しているけれど、今は祈ちゃんの気持ちの整理が先かな』
その言葉にハッとなってモニターを見る。配信画面の私は下を向いたまま制止していて、コメント欄には私を心配する声で溢れていた。
私は慌ててマイクに近づく。
「みんな、ごめんなさい! 今日の配信はここで終わらせてください。今日の謝罪とか説明とか、後でちゃんとするから……!」
逃げるように配信を切って、そのままPCをシャットダウンする。
まだあらぶっている心臓の鼓動を聞きながら、現実逃避のためにベッドに飛び込む。
「はあ……情けない」
思い出すとまた熱い涙が頬を伝ってきた。
横向きの顔を流れた涙はそのままベッドに落ちて小さなシミを作る。
それがポツポツと面積を増やしていくのを見て、私はまた涙を流した。
#音宮祈 炎上
#音宮祈 配信事故
・祈ちゃんの呟きも、謝罪の後更新されてないっぽい 大丈夫かな?
・とりあえず休んで欲しい
・鬼気迫る歌なのはいつもだけど、今回は特に余裕なかった気がする
・女は泣けば許してもらえていいっすねえw
・配信向いてないよ。目障りだからさっさとやめろ
◆
どうしてこんなにうまくできないんだろう、とよく思っていた。
それは幼い頃から続けていたピアノもそうだし、今やってることもそうだ。
いつだって理想の通りにはできなくて、期待を下回る。
それが悔しくて努力をした。それでもやっぱりうまくいかないんだな、とVtuberをやってみて思ったのだ。
「ぅ……」
いつの間にか寝落ちしていたらしい。音楽を奏でたままのヘッドフォンを取って、大きく伸びをする。
最近はちゃんとベッドに入って寝た記憶がない。じっと横になっているとイヤな考えばかりが頭を支配するので、結局音楽を聴いている。
学校行くの、イヤだな。そう思いながら、ノロノロと準備を始めた。
母と絶縁状態になっても高校に通えているのは父のおかげだ。私の一人暮らしの準備など、色々してくれた。
あまり饒舌ではない父が何を考えているのかは、あまり分からない。
午前中の授業はほとんど寝てるようなものだった。昼休みになったらすぐにイヤホンをつけてスマホを机に置く。
ちょうど、フィーちゃんがお昼ご飯配信をしているところだった。
『やばい! このふわふわした生地、口の中で溶けてるみたい! これあれだよ、もう実質スープだよ!』
「フフッ……」
楽しそうにお昼ご飯を食べる彼女を見ると元気が出てくる。
見ていると私も食欲が湧いてきたので、惣菜パンを頬張った。
同期だからと義務感で彼女の配信を見ていたのに、いつの間にか彼女に惹かれている自分がいる。
その魅力を一言で言い表すのは難しい。
私にとって印象的だったのは、配信中に突然宅配ピザを頼んだ時のことだ。
コメントの流れを見ていた彼女は急に「おなかすいた!」と言い出すと少しミュートしてピザを頼みだした。
そして、クロンさんに運んでもらったピザを美味しそうに食べたのだ。視聴者には笑い話として受け止められたエピソードの一つ。それが私にとっては衝撃だった。
私にとって、配信は視聴者さんを退屈させないように全力を尽くすものだ。歌枠はもちろん、ゲームをしている時もトークを途切れさせないように色々と話題を展開していた。
けれどエンフィールドちゃんは、そんなことを気にした様子もなかった。
なんて自由なんだ、と衝撃を受けた。そして、それが自然と受け入れられているのがショックだった。
最初は彼女に見当違いの憤りを覚えたこともあった。けれど、冷静になると彼女の配信をまた見たいと思った。
多分私は、自由に憧れていたのだ。
『あ、もうなくなっちゃった……おい、誰だ、ボクの蒸しパンを食べたのは!?』
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・誰だ誰だ~ ・お前や ・おばあちゃんもう食べたでしょ~ ・3秒前の記憶ない? ・俺ら!? ・ドキッ |
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『あ、犯人コメント欄にいた! おい、ボクの蒸しパン買ってこい! 今すぐにだ!』
いつの間にか食べ終わったらしいフィーちゃんが楽しそうにはしゃいでいる。まるで友達みたいに視聴者と接する態度は彼女らしい。
楽しいな、と思うのと同時に、羨ましいと思う自分がいた。
「……はあ」
私は、こんな風にリスナーさんと話したことがあっただろうか。
いつも肩肘張って、面白くもないトークをして、飽き飽きさせていたのではないだろうか。
思考がグルグルと同じところを回り始めると止まらない。いつまでも目的地に辿り着かない螺旋階段みたいだ。
ぜえぜえと息を荒げながら登っているのに、いつまでも終わりが見えない。先に進んでいる実感を持てない。
本当に、つまらない人間だ。
冷めた惣菜パンをかじる。味は、あまりよく分からなかった。