異世界で楽しく生きるつもりが、 人生かけて日本に帰ろうとした同郷から託されて、帰るしかない件。 作:帰途灯
ここ2週間くらい港街に滞在してみて分かったことは依頼は割と争奪戦ということだ。
割のいい依頼や難易度が低いものは早い段階で取られてしまう。
長時間張られて誰も受けない依頼はいずれ剥がされる。その前に面白い現象がある。
それは報酬のつり上げだ。割に合わないからこそ報酬を上げてもらうとのことだ。
最近は依頼料をどの段階で受けるかみたいな心理戦が始まっているようで、
この依頼昨日より上がってるなぁって思ったら、他の冒険者に「受けるのか?」とまで聞かれることもある。
受けないことを伝えると満足そうにその冒険者は去っていった。
需要と供給なのかなぁ……。
ほんのり依頼者が可哀そうに思えてくる。
今日も今日とて、依頼の確認をする。
正直お金の貯まり方があまりよろしくない。
なんか手っ取り早く稼ぐ手段はないものか。
魔導連邦に行くには船代として大銀貨10枚必要と言われている。
この前のオオトカゲが大銀貨3枚だから単独で4回やればいいが、そんな割のいいものは無い。
そして一人でやるにはリスクが高すぎる。
宿代も馬鹿にならないレベルでかかってるしな……。
持ち物を漁って、売れそうなものを探す。
まぁここで買えたものはそんないい値段はつかないだろうな。
手荷物を探ると学生バッグと財布があった。
そういえば、初日に日本のものが売れたな。
財布とバッグって結構いい値段つくのでは……。
善は急げだ。
* * * *
というわけで見習い商人のセイルを訪ねる。
俺の知っている中で、買い取ってくれそうな人がセイルぐらいしかいない。
「アオイさんお久しぶりです」
「こんにちはセイルさん」
「今日はどういった用件で?」
「はい、まぁ買い取ってもらいたいものがあるので、それをですね。なんかセイルさん疲れてます?」
なんか、前に比べて覇気がない。
いや、前も少し元気がなさそうだったけど。
「まぁ少し取引で失敗をしまして……」
それは、まぁ仕方ないといっていいものか。
なんか買い取ってもらう前にこうなんか落ち込んでいる状態っていいものなのだろうか。
取引とはつまり自分の利益を最大にする行為で、見方を変えれば相手が損をするわけで……。
いや、今は自分のことの方が大切だ。
「それよりも、買ってもらいたいものって何ですか?」
「それはですね、このバッグと財布です!」
学生バッグと入学の祝いに買ってもらった革の財布だ。
これは割といいのでは?
「……これは元の世界のものということですか?」
「はい、そうなります!」
とりあえず高値で買ってもらいたい。具体的には大銀貨5枚前後。
「凄い、裁縫技術がしっかりしていて、生地は見慣れないものだな……
それにこの開閉口は初めて見る。どれだけの精度があればこれを……」
「あの?セイルさん?」
滅茶苦茶興味津々である。
というかなんというか熱心に見すぎじゃないか?
そういう方面に興味があるのかな。
「……すみません。でこちらの買い取りですよね……」
セイルが言い淀んでいる。
買い取り不可なのか。
確かに使い込んでいるけどいい品なんです。
「何か?問題でもありますかね?」
「そうですね、これでしたら、上司であるパルモ様に取り次いだ方がいいかと。これだけの品なので」
なるほど、ことが大きくなっているからか。
悩む。確かにお金を手に入れるのは大事だ。
それに上の人ならさらに手に入れられるかなぁ……。
パルモさんはやり手で騙されそうとは言わないが、自分の利益を追求するタイプというか。
まぁ商人としてはあってるが俺が困る。
それに、セイルさんは落ち込んでいた。これを利用するのは悪いが、やるしかない。
「いえ、私はセイルさんと取引がしたいのです!」
「僕とですか?」
「そうです、あなただからこそいい取引ができると」
セイルさんの目に少し元気が出てきた。
よしこのまま押し切ろう。
「僕だからこそ……分かりました、お願いします」
「はい!」
「まずは、こちらの商品ですが、バッグと財布?でしたっけ?」
「はい、私の世界の荷物を入れるものと、お金を入れるものです」
「この四角い板は?」
「ポイントカードですね、ある店に行って商品を買うとその分次回は割り引かれるみたいな。
でもこの世界だと使えないのでただの板ですね」
「いや、これは面白い仕組みだな。次回来てもらう理由にもなるしそれに……」
「あの?セイルさん」
自分の世界に入っている。
そこまで熱中されるとは……。
「すいません、こちらにもバッグと同じ装飾が付いてますね」
ファスナーのことを指さしている。
「ああ、ファスナーのことですか」
「ファスナー、そんなものが。それにしても凄い仕組みですね」
「そ、そうなんですかね?割とよく見るものだったので」
セイルさんが驚いている。
言われてみればファスナーはこちらで見た覚えがないな。
「さてと、でここから先はこの商品の買い取り金額ということになりますが」
「……買い取ってくれるってことでいいんですか?」
「は、はい、もちろんです」
安心したけど、なんだろうか商売で欲しいという気持ちはなんか隠した方がいいみたいな
ことを聞いた記憶があるようなないような。
「ちなみに値段的にはいくらくらいですかね?」
セイルさんが滅茶苦茶悩んでいる。
冷や汗をかいてるんじゃないか。
もしかして値段聞くのってよくないのか。
「そうですね、大銀貨3枚でどうでしょうか?」
「……なるほど」
もうちょっと欲しいというかあと2枚ください。
なんていうべきかな。
「そのですね、このバッグはファスナーとかついてて結構珍しいと思うんですよねーなんて」
「……そうですね、アオイさんはいくらぐらいなら売っても構わないと考えていますか?」
ここで大銀貨5枚ですって言っていやそれは出せないって言われたら困る。
ものすごく困る。
「えーとそうですね。いやまぁもう少し上げてくれたら俺はうれしいといいますか……」
完全にたかりに行っているようにしか見えない。
もしかして面倒とか思われているかな……。
「ちなみに、なんですがそのファスナーとかってやっぱり凄いんですかね?」
ちょっと話題をそらしておこう。ついでに技術が凄いことがわかれば少しは
値段が上がるかもしれない。
「凄いなんてものじゃないですよ。この技術が確立できれば革命ですよ!」
「そ、そうなんですか?」
何だろう、商人としてより技術の会話をしている時の姿が生き生きしているような。
「はい、この衣類を留めたりすることに転用できますし、紐やボタン以外で開閉というのは
便利だと思います。これなら大きいものでも一気に開けることができますし、片手で開けられるというのは
凄いことですよ!」
「そうなんですね……」
ファスナーって便利なんだなぁ。
「すいません、騒いでしまって……」
「えーと、じゃあそんな価値のあるものは大銀貨3枚だというのはちょっと……」
心が痛い。
でも俺も大変なんです。
「……分かりました。そうですね、大銀貨5枚というのはどうでしょうか?」
よし!
ミッションコンプリート。
ありがとう、俺の拙い値上げに付き合ってくれて。
「……分かりました、その値段で売りましょう」
「ありがとうございます!」
満面の笑みでこちらに返事をしてくれた。
というわけで財布と学生鞄を売って、大銀貨5枚を手に入れた。
まぁ本人も納得していたからいいだろう。
気が変わらないうちに早く済ませてしまおう。
「ではこちらが大銀貨5枚になります」
革袋の中に大銀貨が5枚入っていることを確認した。
「確かに受け取りました」
「どうなさいますか?パルモ様にお会いしますか?」
「いえ、大丈夫です」
セイルはバッグを見て目を輝かせている。
「じゃあ失礼します」
そういって部屋を出た。
店頭には商品が並んでいる。
まぁ今日は買わなくてもいいか。
店を出ようと歩く。
「すみませんアオイ様、商人のパルモ様がお会いしたいとのことです」
店の店員から声をかけられる。
何だろう、さっきの取引のことかな。
「は、はい」
「ではこちらに」
さっきの部屋とは別の部屋に案内された。
「久しぶりだね、アオイ君」
「どうも。ご無沙汰しています」
少し緊張してしまう。
部屋にある椅子に座った。
「ちなみにどのようなご用件でしょうか?」
出来ればこの大銀貨5枚というのは渡したくないです。
ついでに言うなら、取引不成立というのは嫌だ。
「先ほどの取引なんだが……」
「バッグと財布についてですか?もしかして聞こえてました?」
「そうなります。セイルとあなたの話なので途中で口出しはしませんでしたが、こちらをお納めください」
机の上に大銀貨が5枚置かれた。
「これは?」
どういうことだ?
「あの商品ですが、安く見積もっても大銀貨10枚の価値があるということです。
セイルは安く仕入れればそれでいいと考えていますが、それでは困るんです。
信用にかかわります。ですから、アオイさんはこちらを受け取って貰いたいんです」
「なるほど?」
つまり、自分もセイルも物の価値をあまり分かっていなかったということだ。
本来はもっと高く売っても利益が出るものである。
そして大銀貨5枚は破格であると。
とはいっても本来の目的である、大銀貨5枚はもう手に入っている。
そして何より、俺としては納得してあれを売った形だ。
どうするのがいいのだろうか、セイルさんのこともある。
受け取ったらセイルさんが怒られるのもなぁ。
「そうですね、私はあれを大銀貨5枚で納得して売ったのでそれで構いません。
それに差額の大銀貨5枚分の利益は、セイルさんが商人としてすごかったという話だと思います。
ですから受け取ることはできないです」
つまりセイルさんが凄い。
俺の出した結論はこれだ。
「そういっていただけますか……」
パルモさんはこちらの意図を見透かしたような目で見てくる。
まぁ商人ならすぐ分かってしまうだろう。
「はい」
まぁセイルにはこれから頑張ってほしいからこれでよかっただろう。
「では失礼します」
「何かあればいつでも頼ってください」
「はい、ありがとうございます」
建物を出た。
思い出すのは先ほどの取引。
大銀貨10枚かぁ。
そのまま受け取っておけばすぐに船に乗れた額。
「やっぱりもらっておけばよかったかなぁ」