わたしはエレミーさんを医務室に運び、遅刻をして授業に臨んだ。
そしてその日の放課後。
数時間前、昼休みに【四席】ガーランドさんに、言われたこと。
学園長に尋ねる――という手段。
わたしはそれを実行した。
重厚な扉を開け、その
心臓がアップテンポし、声も若干うわずる、それでも【事情】を話し終え――
「なるほどなぁ。なるほどなるほどぉ。いやぁ、なるほどだなぁ」
凜々しい顔で腰掛けていた学園長、しかしわたしの話を聞き終えるや愉快そうに頷いている。
エレミーさんにも最初笑われたが、そこまで愉快な話なんだろうかこれは?
「つまりレイン・レイブンズ君。君はとにもかくにも、その顔すら知らぬ、一閃の剣筋を放ったかもあやふやな、未知の
「そうなります」
「……ふふ、君ほどの聖剣使いをそこまで没頭させるとは、随分と罪な男もいたものだ」
入学式で浮かべていた微笑みとは違う。
あくまで感覚だが、素に近い笑みを学園長は浮かべているように見える。
「で、ランキングも100位以内は全員調べたと」
「念を入れて3周しました。それでも……」
「発見には至らずか」
「教師の方々や生徒にも聞き込みをしましたが、手がかりの1つもなく……」
みな『知らない』の一点張りだった。
せめて手がかりはあると見ていただけに、ショックは大きい。
途方に暮れていたと言える。
「そこでガーランドさんに、学園長に尋ねてみたら、と」
「ほう。四席に会ったか。良い人脈を持っているな」
「知り合いというほどでは……今日、突然襲われた時に……」
ざっと説明したが、こちらにはさして興味はないようだ。
どうやら【四席】と【八席】の対立は日常茶飯事らしい。
「さっきも言ったが――なるほど、だ。私にアポなしで頼ってくる君の事情も、そして気概も理解した」
「……はい」
机の上で両手を組み、若干前傾姿勢になる学園長。
殺気は出ていない。薄く笑っているだけ。
それでも重圧が襲ってくる。のしかかってくる。
(これでもし殺気でも向けられたら……)
わたしは――戦えるだろうか?
自信を持って剣を抜き、挑むことができるだろうか。
この人に大口を叩ける生徒など、この学園に1人もいない――この時そう確信した。
「いるぞ」
確信はすぐにひっくり返った。まさに革新だった。
驚く間もなく言葉が続く。
「君の探している男は、確かにこの学園にいる」
――どうやら『いる』というのは大口を叩ける者ではなく、わたしが探している人のようだ。
てっきり心を読まれたのかと。
勘違いだったよ……う……え?
「い、いい、いるんですか――ッ!?」
大口ではないが、柄にもなく大声を上げてしまう。
「ふふ。随分と遅れてリアクションしたな」
「えっと……」
言葉が上手く出てこない。
あれだけ探して手がかり1つなかった事柄を、学園長はたった10分たらずの説明で
これで驚かないはずがない。
まさか一発でとは……。
「なら教え――」
「待て。そう慌てるな」
学園長は机から……
そして一本を口に
今の散った火花、擦れた金属音と残像からしておそらく……。
「……ふぅ。レイブンズ君も吸うか?」
「け、結構です。わたしは未成年なので」
「真面目だな」
「ルールを守っているだけです。でも意外です、学園長が嗜んでいらっしゃるとは……」
「よく言われるよ。外では体面的に吸えないのでな、この場所ぐらいでは」
ここで喫煙を誘っても、応じるのは1人だけだとか。
その1人はきっと偉い人、並の人間がソレを受け取れるはずがない。
「――君は」
紫煙だけがユラユラと昇りながら、不動なわたしに学園長は問いかける。
「君は、その時の【一振り】になにを見た――?」
穏やかに訊く。
言い方は柔軟、しかしその質問は真価を見定めるようでもあって。
「…………」
「
自分とて、あの光閃を見切ったわけではない。
だから曖昧だ。感想や意見などを述べるも本来はおこがましい。
それでも嘘偽りなく、本心で語るのなら……。
「あくまで直感ですが、わたしはアレを――【絶対】の一振りと捉えています」
「絶対、とは?」
「そのままの意味です。他の比較対立を大きく越えている。まさに究極にして至高の斬撃。あらゆるものを切断しうる剣……そういう風に考えています」
「あれに
「わたしは学園長の剣を見たことがないので、剣聖の剣とは比較できません。ですが――この学園においては、見てきた中で【最強】に準するものかと」
おそらく煙草の火をつけたのは【一振り】だった。
しかし本気度が違う。
本気の剣聖なら、あの人の剣も流石に劣るのかもしれない。
「だからこそ、
「長剣を使うのは生徒会長だけだものな」
「はい。
ならば――彼は誰なのだ?
自分で自分らしくないと分かる。
こんなに焦る、正体を知りたくて心を揺らしているなんて――
「そうか。アイツの剣は【絶対】――か」
ポツリと零れる。
愉快だった学園長の瞳は一転、いや瞳の一点に悲愴を
「あくまでわたしの直感です。まともに剣筋を見れたわけではありませんから」
この感想を信用しないで欲しいと意思表示する。
「いいや、君の感想はおそらく的を射ているだろうよ」
「……おそらく?」
「ああ。私も
「絶対無二……」
「彼から剣術を学ぶだけならともかく、あの【一振り】を真に会得をすることは誰にもできないだろう。この私にも――そして君にもだ」
「――!」
「一言礼を言いたいと説明したが、それだけではあるまい?」
見透かしたように。
事実見透かしているのだろう。
彼に会って、わたしがどうしたいのか。
「……わたしには夢があります」
下を向くな。前を向け。
姿勢を正せ。大きく目を開け。視線を据えろ。
「わたしには、レイン・レイブンズには、大きな夢があります――」
この首にかけられた、この楔に誓って。
冒頭の語りの一部を撤回する。
わたしは――この人の前で大口を叩く。
「その夢は――【剣聖】になることです!」
あなたの次は、このわたしだ。
このレイン・レイブンズが次の【剣聖】の役を担う。
ならばこそ、この天下の聖剣学園で頂上を獲るのは当たり前。
「……それは私に挑戦をする、という意味か?」
「はい。主席で卒業をした者には、その代の剣聖への決闘挑戦権が与えられる。もちろん先輩方が卒業するまで待っているだけでも、主席で卒業はできるかもしれません。しかしそれでは、貴方に勝利するなどできない」
だからわたしは彼を、同世代でありながら、あの神がかり的、絶対なる【一振り】を放った人を探している。
あのゼロゼロコンマ何秒に集約されたあの技こそ、学園長に届きうる【必殺の剣】になる――あの時にそう確信したから。
「だから完全なる会得はできないと言われても、わたしはあの人の剣を請う」
ここまで来たら惚れた弱みとあえて言おう。
あれしかない。あれしか今は見えていない。
他の些細なことなんてどうでもいい。
「ふっふっふ――っはっはっはっは――あっはっはっっはっはっはっはっは!」
学園長は腹を抱えて嬌声を上げた。
ただただ楽しそうに、はしゃぐ子供のように。
これも初めて見る姿だ。コロコロ表情が変わる。
「……ははは、すまない。大人げない姿を見せたな」
「いえ」
「いやな、少し前に面と向かって殺害予告……いや殺害宣告をされたのだが、まさか立て続けに宣戦布告をされるとは思わなくてな」
「殺害宣告……い、命知らずですねその人……」
「そうだろ? だが君――いや、お前が探している男がそう言ったんだぞ?」
「え」
もしかしたら似た者同士なのかもなと学園長は呟く。
「にしても、こうも真っ向から宣戦布告をされたのは何年ぶりだろうか」
「そ、そうですよね……」
「素直に嬉しい反面……どうして剣聖にこだわる? 無理にとは言わないが、もし理由があるのなら是非教えて欲しい」
学園長、現剣聖にそう訊かれれば答えないわけにもいかない。
そもそも隠すようなことでもないし――
「むかし、1人の聖剣使いに命を救われたことがあるんです」
まだ10にも満たない歳の頃、雨の降る場所でその人とは出逢った。
「その人は女性だったんですが、とても強くて、とてもカッコよくて、当時わたしは『付いていきたい』って言ったんですね。そして『剣を教えて欲しい』とも。でも断られてしまって……」
わたしは、孤児だ。
血縁という意味では1人として家族はいない。
「結局は孤児院に預けられことになりました。でも別れ際にその人が言ったんです『アーサーズ聖剣学園に通いなさい』――と」
ここで学園長は若干眉をひそめたようにも見えたが、話を続ける。
「あなたはきっとそこで強さを学ぶことになる。前に立って導く
あの人はここで、師となる者が見つかるとわたしに言った。
だからこそ――こんなにも、会いたいという気持ちが募る。
「『まずは剣聖に至れ、そうしたら
そうしたら胸を張って、あの時のお礼を言いたい。
この夢は、憧れへと到達することで成就する。
「……話は分かった。レイブンズ君、恩人の名前は分かるかな?」
「それが当時名乗ってもらえなくて……あ、でも」
あの人からは『
それを今はネックレス状にして、肌身離さずつけている。
「これです。でもこの十字架にどんな意味がとか、どこで造られたとか、色々調べたんですが結局分からず終いで……学園長?」
取り出した十字架を見て、唖然としている……?
だがすぐに転換、いつもの凜々しい顔付きに。
表情にはどこか納得したような節も窺えた。
「ふふふ。一体どこからどこまでが仕組まれているのか……」
「?」
「なんでもないよ。気にするな。君にもアイツにも、これは私が語るべきものではないだろう。おのずと線は浮き上がってくるはずだ」
線?
わたしは何を言われているのか、よく分からなかった。
「君の夢、語ってくれてありがとう。そして応援する。是非私を倒し、その恩人へと至ってくれ」
「はい」
「無論戦うことになっても手加減はしない。教え子だろうと全力で潰そう」
――構わない。わたしもそのつもりだ。
「っと、違う話をしてばかりだな。そろそろ答え合わせといこうか」
「答え合わせ?」
「おいおい。人を探しをしていたのだろう?」
「あ――」
話に夢中で、半分頭の中から抜けていた。
「君のアプローチは正しかった。着眼点もしっかりしている。だがアイツは特例でな」
「100位以内ではないってことですか……?」
「ああ。だが200位台でも、300位台でもないぞ」
わたしは学園長の言葉をすぐ理解することができなかった。
それでも真実は紡がれる。
「君が探す人物の名は――グレイ・ロズウェル」
それが、探し求めていた人の名前。
追いつけない理解の中で、ようやく手にした希望。
だが最後の一言で、わたしは理解というものを完全に放棄する。
なぜならその正体が……
「――第872位、