レイン・レイブンズには【夢】があるらしい。
それは一席になること。剣聖になること。英雄になること。
キッカケはとある剣士に助けてもらった事だとか。
詳しい内容までは知らない。
あくまで触り程度、第三者であるオレが詮索するというのも可笑しいだろう。
「……はぁ、謝罪は受け入れた。もうそんなにペコペコと頭を下げなくていい」
土下座のくだりが終わっても、レインの
ここまで謝られては、もはや逆に鬱陶しい。
許すことでこの流れが終わるというのなら、オレは迷うことなく許そう。
「ほ、本当に許して頂けるんですか? あんな横暴で無遠慮だったわたしを……?」
「許す許す許しますよ。だから――」
「寛大な処置、誠にありがとうございます!」
「だから土下座をするなって!」
何にも分かってないなコイツは。
……いいや、何も教えてないのだから、理解されるはずもないのか。
処罰は本当にないのですか?と聞かれるが、本当にない。
ただ頭の隅に『もう二度と関わってくるな』という命令言葉もあったが、昨日までほど意識の混濁は薄まっているし、これ以上虐めてやるのも――
「では、わたしはこれにて失礼します」
すっと立ち上がるレイン。
気づけばコーヒーも飲み干されている。
「あれ、帰るの……?」
「ええ。金輪際ロズウェルさんに剣を教えて欲しいなどとせがみません」
「てっきり今日も粘っていくのかと思った……」
「もちろん粘りたい気持ちもありますよ? 諦めたくありませんよ? ですが――」
これまでの失敗というか、掛けてきた迷惑が頭をよぎったのだろう。
それが今の彼女における1つの線引きなのだ。
結局オレがどうしてここまで【無言】で避けてきたのか、その真意を訊くつもりもないようだ。
「……まぁ、そもそもオレは人に何か教えるって向いてないだろうから」
実際、オレは師匠に剣の振り方を教わった事ほとんどないんじゃないか?
実戦で覚えろ――という人だったので。
知らないうちに現場に放り込まれ、命がけで右往左往していて今がある。
(
それに彼女は天才だ。
こんな現場生まれ現場育ちのボンクラと一緒にいるよりも、ちゃんとした教師、立派な先輩たちに面倒を見て貰った方が良い結果に繋がるはずだ。
「とにかく、わたしはもう無茶なことはしません」
「そうか……」
「心配しないでください。もう顔すら合わせないよう地を這って生きていきますから」
「そこまでか! 挨拶ぐらいなら普通にしていいんじゃないか!?」
「そ、その、ロズウェルさんを見ると動けなくなってしまうので」
「オレをメドゥーサかなんかと勘違いしてない……?」
謙遜がすぎて、もはや魔物扱いしてくれる。
確かに彼女の気質が、多少なりとも今回の一件には繋がったとは思う。
だがその裏では学園長という汚い大人が暗躍、レインをマリオネットのように動かしていた節がある。
一概に、レイン・レイブンズだけが悪いと断言もしにくい。
根は良い子そうだし、暴走しなければ基本無害だろう。
自分としても、挨拶すら煙たがる根暗男だとまでは思っていない。
(だけどどうして、オレにそこまでこだわるかね。冗談はたまに言うけれど、未だに尊敬?をしているオーラを感じる……)
さしてオレはイケメンでもない。
まーさか惚れたというわけでもないだろうし――
「……長居してもあれですね。帰ります」
「あ、ああ」
軽く会釈をして、入ってきた玄関へと向かうレイン。
その表情はやはり悔しげであり、寂しげであり、やるせないものがあった。
オレは鈍感じゃあないつもりだ。
彼女の今の気持ちだって察している。
ここでオレが『分かった。剣を教えよう』と言うのは簡単だ。
それで物語は綺麗に収まる。
彼女は喜ぶだろうし、もしかしたらそのままリストの言うように恋愛ルートに進むかもしれない。
こんな可愛い恋人ができたなら、彼氏はさぞ鼻が高いだろう。
(でも――)
最後まで【責任】は取れるだろうか?
それは将来とか子供
師として、
ただ腕っ節を強くすればいいとは思わない。
オレは師から沢山のことを学んだ。
――それを果たしてオレができるのだろうか?
――中途半端な剣士に育ててしまうのではないか?
――それ以前に今のオレに何かを教える資格はあるのか?
――あの人のように、
「ロズウェルさん」
脱いでいた靴を履き、支度を調えたレイン。
振り向くこともなく、おもむろにオレを呼んだ。
「わたしは、あなたがどんな人であれ、どんなに自分を卑下しているのであれ、惚れに惚れています」
鈍感でないという自負は間違いだったのだろうか。
彼女は『惚れている』と告白した。
「異性としてではありません」
勘違いするなと。
内心の意識に決着をつけようとした所に釘を刺す。
「わたしは――あなたの剣に惚れているんです」
学園初日、あの不良数名を斬り裂いた出来事。
あの日から、全てが始まった。
今日に至る、全ての始まりだ。
「……剣に惚れてる、ね。あんな命がけの喧嘩をするくらいにか?」
どれぐらいの惚れ込み度だったのか?
遠回しにオレはそう言った。
疑問系で訊ねたけれど、回答は特に気にしないものだったが――
「命を懸けるに値します。だって――異性として以上に惚れているんですから」
それは告白ではないけれど、これ以上ない告白であったと思う。
本物の剣士であればあるほど、その眼に映そうとするのは誰かの剣筋だけ。
顔も、身体も、性別も、感情も。
容姿全てを差し置いて、相手の【剣】に本質を見いだそうとするのだ。
なら今の台詞ほど、剣士冥利に尽きるものはないと言える。
「それじゃあ」
「…………」
「もし気が変わったら、なんでも良いので声を掛けてください。それだけでも嬉しいですし、今後の可能性も広がるというものです」
出て行く彼女に、掛ける言葉は出なかった。
散々ここまで避けてきた人間が、どうやって引き留めろと?
それこそ虫のいい話じゃあないか。
細かいことに触れれば、オレは剣を教える方法を知らない。
……いや1つは知っているか。
でもそれは現場に弟子を連れ添い、命からがらの冒険をするということに――
結局、無駄にアンティークと称した扉はゆっくり閉まった。
オレは――ここに立ったままだ。
「…………ン?」
感傷など感じ得ないはずと思いながら、ポケットが泣く。
いや勘違いだ、連絡用の【端末】がメールの着信を告げたのだ。
内蔵されたバイブレーションが数秒間働いた。
「メール?」
ひとまず何かに手をつけたかった。他の何かに集中したかった。
即座にフォルダを展開、内容に目を通す。
「これは……」
脳裏に1つの選択肢が浮かぶ。
まるで絵に描いたような【依頼】だったからだ。
むしろ彼女がいないと難しいと呼べるような……。
「レイン・レイブンズ――ッ!」
思いっきり扉を開け放つ。
思いっきり彼女の名を呼ぶ。
メールを読むというラグを挟んだが、レインはギリギリ声が掛かる場所にいた。
そしてオレの声を聞き、首を傾げながら踵を返す。
「ど、どうしたんですか、ロズウェルさん?」
「……あのさ」
「あ、もしかして帰りも迷子になると心配してくれているんですか? でも大丈夫です。帰りは木の上をテングのようにジャンプしていくので」
「どれだけ東方ルーツのネタを披露するんだよ。テングとか普通の学生は知らないぞ」
テングに気を取られたが、帰り方自体もなかなかアバンギャルドだ。
と、そんなツッコミは後でいくらでも入れればいい。
「……オレはちゃんと剣の手ほどきを受けたことはない。今があるのはひとえに現場で経験を積んできたからだ」
だから――
「アンタの望むような剣の手ほどきなんてのは無理だ。そもそも範疇外。未経験だから」
でも――
「さっき、なんでも良いので声を掛けてくれっていったよな?」
「……え、ええ」
責任は――まだ持つ覚悟はない。
だから弟子など取らないけれど。
「――オレと一緒に、仕事をする気はないか?」
タッグを組まないか?
オレはそう言った。
上下関係はほとんどないけれど、師匠も弟子もないけれど、一時の一蓮托生にして相即不離、そんな風に【仕事】をしてみないかと誘った。
聖剣学園ではグループを組むこと自体は珍しくない。
むしろ1人で活動するオレや【二席】みたいなのは極少数だ。
「ロズウェルさんとお仕事……?」
「あーいや、気が向いたらでいいんだ。アンタの望むような形ではまずない、剣を教えるってわけではないからな。もちろん危険も伴う。命の保証は――」
「やります! やらせてください!」
命なんていらないと、嬉しそうに宣言する。
命は大切はしてくれよ……。
「でもなぜ急に?」
「……仕事のメールがさっき入った。偶然にしては出来すぎ。まるで狙い澄ましたようなタイミングでな」
「?」
「いや、気にしないでいい。こっちの話だ」
正確にはこっち側、と言うべきか。
「承諾するというのなら、さっそく打ち合わせをしたいんだが……」
「暇です。なにせ謹慎中ですから」
そうだな。くそ暇だな。
(……ただできれば、もう少し身体を回復させたかったけど)
ただ仕事は仕事だ、しかも神絡みの可能性のある。
向こうは断ってもいいと言っているが、まさか休んでいられるはずもない。
……クロスにはまた小言を言われるだろうが。
「でも謹慎中なのに、お仕事などやっていいのですか?」
「ダメだな。でももう別にアンタは気にしないだろ?」
「……いえ、一応気にはしますけど、だからといってここでノーは言えません。イエス一択です! あ、それと、」
「?」
「あまりアンタアンタと呼ばれるのは……」
まぁ、確かに良い気分ではないか。
一時的とはいえタッグを組もうという相手だ、呼び方は改めよう。
「オレはレインと呼ぶ。お前は……まぁどっちでも好きで呼んでくれ」
「では――グレイ先輩と」
「先輩……」
「嫌ですか?」
「いや、初めて先輩と呼ばれたんでむずかゆい」
あの【二席】みたいな言い分になるが、これでレインはオレを唯一【先輩】と呼ぶ存在に。
なら彼女はオレにとって唯一の、本当の意味での【後輩】になるのかも。
弟子弟子言っておきながら、後輩の枠に収まるとは。
なかなか平和的だし、丁度良い感じなのかな。
「ではグレイ先輩、さっそく1つ質問なんですが」
「なんだ?」
「お仕事というのは具体的に、えっと、どこでとか……」
これから部屋に戻って話をするわけだが、年甲斐もなくワクワクしているらしい。
たまらず質問してしまったようだ。
そうだな。ずっとニコニコしてるもんな。
「順調にいけば仕事は明日の夜から。オレたちが行くのは――
「や、闇カジノ?」
「そうだ」
「――さぁ、一儲けするぞ