芽吹きの月の第三日――まだ彼女と出会う前のこと――
極東から贈られたという、春の木々が
まるで
「――はぁ――はぁ――!」
「――しつこいな――!」
なにせオレは新入生――ようは後輩たちを歓迎する気など更々ないからだ。
正確には『無関心』といったところ。
関わるつもりは一切ない。
それ以前に、オレ如きに
「待ってください! そこの
「――っ!」
なのに始業当日、オレは登校と同時に追いかけられていた。
相手は新入生の1人。さっき一瞥しただけだが黒髪の綺麗な女の子だった。
「――っく、止まらないというのなら!」
オレがいま出せるだけのトップスピードでの疾走。
1年のくせに、よくここまで付いてこれたというものだ。
だが健闘もここまでらしい。
ようやく諦めて――
「聖剣よ!」
「――は!?」
少女はまさかの攻撃を開始。
真横を剣撃が通過し、建物の一部を破壊した。
直撃していればかすり傷では済まない――死ぬぞ!
っく、なんで……。
「なんでオレが初日からこんな思いをしなくちゃいけないんだ――ッ!」
オレが少女に追いかけられた原因は、10分ほど前の出来事のせい。
それまでは、普通に、平和に登校していたわけである。
とりあえず手短に回想といこう。
時はオレが安心して歩いていたときに巻き戻る――
*****
「ねむ……」
仕事明けで寝不足のせい、迫る眠気に耐えながらオレは歩いていた。
そして『アーサーズ聖剣学園』と書かれた正門をくぐる。
ここは皇都に立地する学び舎だ。
どんな学園かというと――
「いやぁ俺さ、入試でA判定だったんだよねー」
「すっご。まじで?」
「でもクラス分けって実力別じゃなくて混合だっていうだろ? あーあ、剣の腕が鈍っちまったらどうしよう」
少し前を歩く男2人が……いや内の1人が腰に差した【聖剣】をチラつかせながら、自慢だか愚痴だか分からないことを言っている。
結局、ここがどんな学園かといえば、全員が聖剣を持って戦う場所だ。
ここは戦場。常に臨戦体勢。
右を見ても左を見ても、そして前にいる生徒しかり、誰もが聖剣を携えて登校しているだろ?
校則として『聖剣の常時携帯』が
(……でも1年生は判別しやすいな)
三学年共通で、軍服を改造して生まれたという白ブレザーに身を包むものの、言動と雰囲気を見れば1年か否かはだいたい分かる。
ちなみに一昨日に1年生たちは入学式を終えたらしい。
今日は午後からではあるものの、
(まぁ初日だしオリエンテーションってとこか)
この学園は名門だがおっかないことで有名だ。
新入生の内は、最初の授業等で教えられる【注意】をよく聞いて――
「おい1年、てめぇ面白いこと言ってんなぁ」
……ン、どうやら遅かったみたいだな。
「ひゃひゃひゃ。腕が鈍っちまうだって?」
「だったら入学祝いだ。先輩として手ほどきしてやるよ」
A判定をもらってクラス編成に批判をぶつける新入生君は足を止める、目の前に3人の男が立ちはだかったからだ。
ブレザーを乱して着る格好から不良という印象――不良、となれば『円卓十二聖《アーサーズ》』が1人【八席】を務めるあのヤンキー女の派閥の者だろう。
ようは下っ端ヤンキーに目をつけられてしまったというわけだ。
リーダー格だろう短い金髪の男が前に出てガンを飛ばす。
「あ、あの、その」
「声が小せえぞ。まさか怖じ気づいたとか言わないよな?」
注意その1。
この学園で発言する時はよく考えてからするべし。
どんな理由で喧嘩や決闘をふっかけられるか分からないからな。
「お、喧嘩か」「……朝っぱらからよくやるわね」「そのうち
周りの者たちもつい足を止めて彼らに見入る。
だが誰も助けない。
困惑しているのは1年ぐらいで、
(突然上級生3人に囲まれたら、そりゃ萎縮するよな――)
この時代、聖剣を使うからといってソイツが聖人とは限らない。
不良もいるし、変態もいるし、守銭奴もいるし、自堕落なヤツもいる。
ここで助けてやれる人物は、世間で言う『正義』を少なからず持つ者だろう。
弱き者を助けるのは、力を持つ者の宿命だと信じてな。
だが正直者はバカを見るし早死にするんだ。
見て見ぬふりをして教室に向かうのが最善である。
そういうわけでさっさと去ろう――とした時。
「もうそれぐらいでいいんじゃないですか?」
美しく透き通った声だった。
観衆の塊から抜けだし、3人の男と相対するは1人の少女。
オレより前に、彼らの近くに立っているので顔は見えない。
ただセミロングに整えられた漆黒の髪は堂々と風になびいていた。
「なんだお前……」
「なんだはわたしの台詞です。校則では敷地内において私的な戦闘は認められていません」
あってないようなルールを、生真面目に唱える少女。
風紀委員……にしては見覚えがない。腕章もしていない。
まぁボッチな学園生活をしているので、知り合い自体少ないんだけども……。
「あ、コイツ……」
「知ってんのか?」
「今年の新入生主席っすよ。なんでも学園創設以来の破格の天才っつう――」
短髪の男の疑念に、後ろにいたヤンキーの1人が答える。
だが答えきる前に――
「1年A組所属。レイン・レイブンズです」
まったく臆すこともなく、高らかに名乗りを上げる。
オレはその名に聞き覚えはないが――
(どうやら結構な有名人みたいだな。新入生主席、ね……)
周りの空気が少し変わる。
具体的には上級生たちの目つきが鋭くなったのだ。
噂の麒麟児、興味が湧かないという方がおかしい。
「おもしれぇ。今年の1年総代ってことか」
短髪の男は口角を上げながら、手を剣柄に掛ける、相手はもちろんレインという少女。
3対1なら勝ち目があると思っているだろうか。
「はぁ……」
――くだらない。
オレは彼らから視線を外した。身体も元の進路に戻る。
そして停止していた両脚を再び働かせる。
そこの野次馬たちと違って、首席少女にも、喧嘩にも興味はない。
たった1人の彼女に加勢する理由も――ない。
さっさと教室に着いて、1秒でも多く睡眠を取るべきなのだ。
なのだが――。
「……
彼女の顔を見ることもなく、静かに立ち去る間際――オレは【剣】を抜いた。
腰につけた飾りではなく、この身に眠る真なる剣で。
「主席だがなんだか知らねーが覚悟し――ん、あぁ?」
短髪の男が口を噤む、というかは動かなくなる。
剣柄に手を当てたまま硬直してしまったのだ。
「おいおいどうし――あ、あれ!?」
「身体が動かねぇ! ど、どうなってる!」
放った剣閃は迅雷が如し。
加えてこの人口密集地帯、オレが振るった一太刀は、誰にも気づかれることなく彼らを斬り終えた。
「……注意その2は、剣を抜くならば命を懸けろってとこか」
オレはまったくもって嬉しくないが、せっかくの新学期だ。
こんな日に誰かが血を流すこともないだろうさ――
そしてオレは自分の力を秘匿したまま、見事にあの場所を脱した。
順当に行けばこのまま校舎内に直行――だったのだが、
「――待ってください!」
あの透き通った声だ。レインという少女のものだろう。
不思議と背中ごしでも聞き分けられた。
「ちょっと、ちょっと待ってください! 待ってくださいってば!」
……一体誰に静止を命じているのだろう?
「だから、そこの
――オレは駆けだした。全力で駆けだした。
なぜって?
声と彼女の気配が急速でこちらに接近し始めているからである。
「ど、どうして逃げ――」
なんでだ!?
あの神速の一振りがまさか見えたなんて言うんじゃないだろうな!?
初見で見抜かれるなど、絶対にありえない。
それこそ
だが彼女――レインという少女は執念深く追いかけてくる。
捕まったら面倒ごとになるのは目に見ていた。
裏道やカーブを駆けて撒こうとするが……。
*****
「柄にもなく善行したってのに、なんでオレが初日からこんな思いを――っ!」
で、冒頭の場面に戻ってくるわけだ。
後ろの少女は静止を呼びかけ――同時に聖剣を放ってくる。
粉砕された建造物から砂塵が舞い、身体に降りかかる。
「待って――あなた――さっき――!」
「ッ!」
っく、撒けない。
だが負けて降参というわけにもいかないだろう。
このまま正体不明の男として消えるのだ――!
(ッチ、寝不足でフラフラだってのに、
コイツからは逃げれない。
オレは研究棟が点在するエリアへ、そしてここだと決めた建物のコーナーを回り――。
「……あ、あれ?」
間もなく追いかけていた少女もコーナーを曲がった。
しかし抜けた声と共に足を止める。
そこには――誰もいなかったのである。
「い、いない?
色々と頭を働かせるが答えは出ない。
「でも逃げ道は直進しかない。とにかく追いかけて――」
少女は聖剣を解放し、両脚を強化して弾丸のように飛んでいく。
影も形もない、オレという存在を求めて。
「……ったく、スカート舞い上がってパンツ見えてるぞ。ハリケーンみたいな1年だな」
小さくなる少女の背と水色のパンツを――オレは上から、いや
両脚に電流を流し、磁場を変動、建物の壁に張り付いたのである。
張り付く……というかは、壁に対し垂直で立っているというべきか。
視界は90度に傾いている。
「まさか完全に見破ったとは思えないが……。まぁ顔は見せてないし、この
万が一遅刻名簿を調べられても、今日は春休み明けで休みや遅刻者も多い。
それに――。
「いくらなんでも、自分を撒いた男が【
彼女が実力者であればなおさらだ。
……しかし凄まじい勢いだったな。殺されかけたぞ。
別にオレが喧嘩をふっかけたわけでもあるま――
「……いや、なんにせよ、最初に剣を抜いたのはオレだったか」
剣を抜くは命を懸けろ。
どうやら自覚が足りないのは自分の方だったようだ。