「――い」
「着替え終わったかレイン」
「――んぱい」
「おぉ、よく似合ってるじゃん」
「グレイ先輩――ッ! 一体なんですか
レインを仕事に誘ったその日の夜。
既に依頼主に【承諾】と伝え、オレとレインで登録をした。
しかも仕事の速いことに、ついさっき2人分の【衣装】も届き、不備がないか一度着替えてみることになった――のだが、
「なんですかと言われても、バニーガールとしか……」
「バニーガールだということが問題なんです!」
激高しているレイン。
しかし恐ろしくはない、なにせバニー姿なのだから。
レインの頭部にはウサ耳のヘアバンド。
首には一本ネクタイを回し、全身はブラックのレオタードが包む。
肩から下、そして太ももの付け根の下からは健康的な肌がオープンに見ることが出来る。
白磁のような太ももを見れるのも眼福だが、タイツを履くのも捨てがたい……。
ただリクエストしたら絶対タダでは済まない。
それと着替える前に、目立つネックレス等のアクセサリを外すようにも指示した。不格好だからな。
「…………」
「ぐ、グレイ先輩? あの、わたしの声が届いてます? 抗議していることが伝わってます?」
「いや、意外とえっちいなと」
「~~っ! またわたしに命を狙われたいんですか!?」
「いや確かにお前はストーカーまがいのヤツだったけど命は……」
いつの間に暗殺者になったんだよ。
命のやり取りに発展したのは、喧嘩があったからだろうに。
「ろ、ロリコンのくせに、随分と好みの範囲が広いんですね……!」
「待て。勘違いをするなよ? さっきはお前を追い返すためにあえてロリ好きと公言しただけ。ようは嘘なんだ。だからオレが本当にロリコンみたいな発言は――」
「うるさいです! この変態!」
……美少女に変態と罵られる日が来ようとは。
一生あなたの師を悪く言いませんと誓ってくれたが、なるほどこういう方面の罵倒なら……。
「しかしあえて、あえてレインの言い分に乗ってやるのなら、お前だって案外ロリという要素は持ってるもんだぞ」
「わ、わたしにロリの要素? 実年齢15歳を流石にロリ呼ばわりするのは……」
「いやいや、年齢の話じゃなくて。だってレイン――
貧乳。貧しい乳。まな板。絶壁。
彼女の胸部にまったく膨らみがないとは言わないぞ?
だが現在進行系で見ている限り、そこには申し訳程度の隆起が確認できるくらい。
「――ッ!」
レインは視線を感じ、腕を交差し急いで隠そうとする。
隠すほどないけれど。
誰がどうみてもソレは貧乳だ。
同い年の中でもワーストに位置されるレベルじゃないだろうか?
服のサイズを用意するのも大変だったろうし、実際これほど薄いと、逆に屈んだ時に服の隙間から見えてしま――
「……グレイ先輩」
「れ、レイン? ど、どうして椅子を持ち上げるんだ?」
「……聖剣を置いてきてしまったので代替品として」
「それで斬るつもりなのか!?」
もはや斬撃ではなく打撃技だろ。
「か、勘違いをするな。別にオレは貧乳が悪いだなんて一言も言ってないだろ?」
「わ、悪いとは言ってませんが……しかし女性に対してその発言は侮辱に値します!」
「そ……それは世間が植え付けたイデオロギーにすぎない。勝手な価値観だ。全世界の全人間が悪だと思うわけがないじゃあないか。貧乳が好きな奴だってちゃんといる」
「……む」
ふふ、この程度の
レインのような純朴な少女を言いくるめることくらい朝飯前。
「で、では、グレイ先輩は……その、大きくなくても……よ、良かったりするんですか?」
「もちろんだ。むしろオレはないほうがいい。それこそレインのようなヤツが一番タイプだな。アイラブ貧乳!」
レインはたどたどしく、心配そうに訊ねたが、間髪入れずに肯定する。
ここまでストレートに承認されれば、受け入れざるをえないだろう。
ほら見てみろ、レインが顔を俯いて黙ったぞ。
「……ぐ、グレイ先輩の、その、お気持ちは理解しました」
「そうか、分かってくれたか」
「……ら、乱暴な真似をしてすいません」
大人しくなったレインは、持ち上げていた椅子をそっと降ろす。
……オレの思っていた以上にしおらしくなってないか?
そこまで
「じゃ、じゃあ話を戻しますけど、この格好は……」
レインはバニーガルであると言ったが、オレも新たに衣装を纏っている。
彼女に対して面白さの欠片もないが、よくあるダークスーツだ。
「そりゃあ闇カジノで
これから仕事をするのだ。
正装に着替えるのは当たり前である。
「従業員って、説明はもう聞きましたけど……一番最初は『さぁ、一稼ぎするぞレイン』だなんてカッコよく言っていたじゃないですか?」
「あれはその場のノリだ。カジノには参加しない」
「…………」
「なんだ、意外とギャンブルに興味あったりするのか? もし気になるようだったら今度連れて行って――」
「興味あるわけないじゃないですか」
はぁ、と溜息をつくレイン。
オレのなけなしの優しさをバッサリと斬り伏せる。
「ロクにコミュニケーションを取っていなかったこともありますけど、グレイ先輩に冷たくあしらわれたり、はたまた昨日は殺されかけたり。そのせいで先輩は優しさの欠片もない、冷酷でシビアなリアリストみたいなイメージでしたが……」
「もしかしてあれか、『この人、実は凄く立派な人間なんだ』って思ったり――」
「しません。すっっっごくテキトーな人なんだなって改めて思いました」
「…………」
「口から出任せで、普通に嘘つきますし。というかつきまくりですし」
……悪かった。悪かったよ。
だからそんな冷たい眼でオレを見ないでくれ。
「まぁこうして向かい会って話せるだけ、今までよりかは……」
しかし軽蔑するような態度を取ったと思えば、どうしてか自分で自分にフォローを入れる。
まるで納得をきかせるみたいで――あ、もしかして、
「レインってさ、口であーだこーだ言いつつ、手の掛かるダメ男が好みだろ?」
「――っな、なんですかいきなり! そんなことあるわけないじゃないですか!」
「そうかぁ? 今日だって部屋にあげるや、かいがいしく掃除なんか始めるし」
「き、綺麗好きなんですわたしは。ゴミはすぐに捨てます」
「ゴミって言うときだけオレを注視するなよ。まるでオレをゴミ扱いしてるみたいだぞ」
リスペクトはどうした……。
こうしてお互い着替え終えてはいるが、打ち合わせが終わってすぐに衣装が届いたわけではない。
一旦解散するかと提案したが、自称綺麗好きとあって、勝手に掃除を始めてしまった。
ただ小規模とはいえ寮なので、掃除をできたのは1階のフロアだけだが。
その間にも色々とお喋りはした。
間違いなく距離は縮まったのだろう。
……そして比例するようにオレへの尊敬が失われていく。
「わたしは……せ、誠実で真面目な人の方がタイプですね。大前提として剣の腕を最も重要視しますが」
「ふーん。剣の腕はともかく誠実で真面目ね。顔とか身長は?」
「気にしません……って、えらく深掘りしますね。も、もしかして……」
「お前は人気者らしいからな。男のファンも多いだろ? だからリストに、レインの異性のタイプを情報として売ろうかなっておも――」
「最低ですね」
「…………」
「さいっていですね!」
二回言わなくてもいい。
しかしあれだけ
それぐらいの
「……本人がダメと言うなら売らないよ」
「ダメと言わなくたって売らないでください。心の良心が働いていれば誰だってできます」
「オレの良心は無期限休暇中だとか言って、南の島に行ってる」
「もはや退職でしょうそれ……」
ともかくだ。
なんだかんだと衣装の確認は済んだ。
従業員として雇ってもらえるよう、クライアントも仲介業者に上手いこと働き掛けているはず。
「けど随分遅い時間になったな」
「あ……そうですね……」
どうやら時間の経過をさして感じていなかったらしい。
ずっと
「思えばだいぶお腹も空いてきました」
「だな、もう良い時間だし……」
オレは隅に置いてあった箱から、包装物を数個取り出す。
本来はオレの食料だが、レインにも分けてやる。
「なんですかこれ……?」
「なにって……夕飯」
「は?」
あれ。は?とか聞き返す子だったけ。
怖いぞ。
「見りゃ分かるだろ。
カロリーや栄養を調整に調整をされた、技術の結晶とも呼べる食料。
これなら料理ができなくても、健康的な生活を――
「できるわけないじゃないですか!」
喝。
バニーガールの後輩は、勢いよく声を上げた。
「まさかですけど、これを三食だなんて言いませんよね……?」
「言います言います。基本的にこれを三食毎日」
「まさかまさかですけど、グレイ先輩と仲の良さそうだったあの女の子も……」
「仲が良い?かは置いておいて、アイツは
「ふぅ……」
「アイツは三食お菓子だな」
「もっとダメじゃないですか!」
まるで母親みたいな言い方だ。
それとアイツの食事は特殊なので、あまり答えられない。
結局は『ヤツの食事は分からない』と苦しい言い訳をした。
あまり寮にもいない。姿を見ないとも。
「少なくとも今ここにいるのはオレと……レインだけだな」
ちなみに差し出したモノは一応受け取ってくれた。
しかしそれを食べる気はないようで……。
「もっと健全な食生活を送りましょうよ。学食とか使わないんですか?」
「金欠でな」
「……金欠。分かりました、では自炊をするとしましょう」
「自炊? いや食材を買うってのは……」
「わたしが買います。全額自腹で」
――な、なに?
「待て待て。オレを究極的に健康にしたいのは理解した。だがそんなことまでしてもらう必要はない」
「敬愛するグレイ先輩をほっとけません」
「は、早まるな。そ、そもそも食材を渡されたところでオレは料理できな――」
「料理はわたしがします」
「……はい?」
「朝・昼・晩! わたしが作ると言ってるんです!」
……ついに頭がおかしくなったか?
……それともオレの鼓膜がいかれてしまったのか?
「この際です。見て聞いたところ、部屋は随分と余っているようですし」
「ま、まさかお前……」
「ええ! ここに引っ越します――っ!」
【仕事】を誘った後輩はどうしてか【同居】をするという。
しかもどう言ってもレインの意思は揺るがないようで。
オレは彼女に勝てなかった。
レインのような純朴な少女に、口喧嘩で初めて負けたのである。