衣装の試着なり、レインが最終的に【同居】を言い出したり。
それらの事は刺激的でエモーショナルではあったけれども、発端となった【仕事】についても語らなくてはいけないだろう。
仕事の具体的説明だ。
これを聞かずして従業するもなにもあるまい。
まだ無知だったレインと共に、しっかり説明を聞いてくれたら幸いだ。
「――取引、ですか?」
去り際のレインを引き留め、仕事に誘った後。
オレは彼女を再び部屋に招き入れ、二杯目となるコーヒーをカップに注いだ。
彼女はさっきと同様の場所に腰を掛け、オレの話に聞き入っていた。
「まだ正確な日取りまでは把握できてないが、約1週間後、闇カジノの地下で【
神具――
それは神の力を内包したもの。神の残骸。神をまつろわすアイテム。
この国自体、神に対し全くの無関心だが。
例え遠方の関心ある国に赴いたところで、滅多にお目にかかれないアイテムである。
「
「用途は――まぁ儀式とかだ。それと取引されるのがまだ【
前者がロクなものじゃないとだけは言っておく。
後者の【
それは【
「ただ万が一ということもある。オレたちはその取引現場を押さえ、【神具】の可能性がある
「奪取……なんだか物々しい響きですね。あまり学園の生徒がするような課題ではないような……」
「だろうな。この仕事は横流しっていうのもあるけれど、危険度が段違いだ。経験と技術を必要とする。まず学生には任せないだろう」
「…………」
「どうした?」
「いや、なんだか考えていた以上にシビアな案件なんだなと」
通常であれば、学生ではなく騎士団、もしくは腕の立つ冒険者に依頼される仕事だろう。
非合法な場所での潜入はそれぐらいの難易度がある。
「だが、神にまつわるアイテムがあるかもしれないとなれば――話は別だ」
取引されるのが、ただの違法物品であればオレはやらない。
だが【神具】かもしれないとなれば、看破はできないのだ。
「それはお師匠様が……『邪神殺し』だからということですか?」
「どうし――あぁ、学園長が教えたんだな」
「……すいません」
「お前が謝ることじゃない。オレの方から名前は教えていたし」
ノア・アークス。
彼女の【意思】をオレは継いでいる。
……継いでいるなんて言い方は
継がなくてはと意識し、継いでみせると今なんとか奮闘しているのだ。
「他のヤツには任せられない。もしも【神具】が形になった時、止められるのは――」
「?」
「……なんでもない。最悪の事態にならないよう事前に対処すればいいだけの話だ」
神格を相手取るとなれば、相応の聖剣使いでなければ相手にならない。
この国で言えばせいぜい学園長くらいか。
オレはもう聖剣使いでないので、また事情が違うし――
「話を戻そう。で、その裏取引は闇カジノの地下――【VIPルーム】と呼ばれる場所で行われるらしい」
「VIPルーム、ですか……」
「ああ。ただ現状では
喋るスピードが速かっただろうか?
レインは目をパチクリと点滅させている。
「いや、なんでしょう、改めて先輩はすごい人だったんだなと……」
「すごい? どこが?」
他の生徒がどんな仕事を、どんな風にこなしているのかは知らない。
しかし完遂するには幾つもピースを揃える必要がある。
加えて今回は、経験のない
いつも以上に注意を払い、安全性を高めていくべきだと考えている。
「オレ1人だけだったらもっと無茶もできるんだけど。ケガ程度ならともかく、お前に死なれたら困るしな」
「困るんですか?」
「……困るだろ。オレから誘ったんだし。一時とはいえ相棒に死なれたら寝覚めも悪い」
説明を聞いて、今になってビビってしまったのかと勘ぐったが――
「相棒……えへへ……」
……どうやら杞憂だったらしい。
しかし本当にコイツを連れていって大丈夫だろうか。
えへへって。
毛先を指でクルクルするな。なんかそれっぽい雰囲気になるだろうが。
優秀ではあるんだろうが、胸襟を少し開けただけでこの様子である。
気を引き締めなくては。
「もうだいたい理解しただろうが、客ではなく従業員としていくのは、内部から様々な【情報】を探るため。つまり今回の仕事は――【潜入任務】ということになる」
仕事内容を簡易的に表すならば――
レイン・レイブンズ。
①地上フロア全体の把握。 ②警備人数・配置・練度等の調査。 ③客層の確認(S級以上の指名手配犯がいるかどうか)。
グレイ・ロズウェル。
①地下フロア全体の把握。 ②VIPルームの発見。 ③セキュリティやトラップの確認。 ④当日のルート確保。
「ひとまずこれだけ。状況に応じて仕事を追加・変更をしていく。質問は?」
「わたしだけ優しくありませんか? グレイ先輩は結構危ないのばかりというか……」
「優しくはないぞ。1つ1つが重要な仕事だ。そもそもレインは【潜入】自体したことがないだろう? まず恥ずかしがらず、誰が見ても本物のバニーとして振る舞えるか?」
「う……」
「変装をした上で調査に臨むんだ。取引当日には戦闘だってありうる。今のお前は間違いなく1年生の中で一番危ない橋を渡ろうとしてるよ」
従業員に化けるのは、臨機応変に対応するためでもある。
取引が1週間後というのはデマで、明日や明後日の可能性もあるからな。
内部にもともといれば、即座に動くことができるというわけだ。
できれば誰が誰に
続報を待つか、自分たちの手で調べるしかないだろう。
「…………」
「大丈夫かレイン?」
「説明をよく聞いて、二つ返事をしてしまったのは今更マズかったかなって。臆すということではなく、その、先輩の足を引っ張ってしまうのではないかと心配で……」
決断が早く、腕も立つので忘れ気味だったが、レインとて入学したての1年生だ。
潜入どころか、護衛や運搬の仕事すらやったことはあるまい。
それでも自分のこと以上に、オレのことを心配するあたり。
やはり肝が据わってるというか、一本ブレない筋があるというか――
「心配するな。お前ならできるよ」
「先輩……」
「なにかミスすればオレがすぐフォローする。相談にも乗るし、気になることがあれば質問なりなんなりしてくれ」
ただ――
「命だけは、落とすなよ?」
死んだら終わりだ。
なにかも終わりなのだ。
生きていれば失敗もいつか取り返せる。
生きていればどんなに辛くても明日が来る。
「危険を感じたら無理せず逃げてもらっていい。その時にオレを置いていくことや、仕事を放棄することを気に病むな。もともと非合法の場所に潜るんだからな、何が起きても不思議じゃない」
これでも1年長く生きている先輩だ。
実地経験からして相当に差もある。
「あ、装備についても後で見てやる……というか教えてやる。ただオレは師匠のように『一度で覚えろ』って言えるほど熟練は多分してないしな、忘れたり疑問に思ったら気軽に訊ねてくれ」
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という。
知識の多さは生存確率を上げるのだ。
何度聞かれたって、レインが助かるのなら呆れも億劫も抱かない。
ただこうして熱心に振る舞っているのは、自分に自信がないからでもある。
レインを絶対に守り切れるという自信がだ。
できるだけ助けはするが、限界はやはり存在する。
多くは自分自身でなんとかしなければならない。
「なんだか細々としたことばかりで悪いな。お前は剣を教わりたいだろうに……」
事前に提示はしていたが、やはり言葉で並べてみると申し訳ないとも感じてくる。
そこでつい苦い笑みを浮かべてしまったが――
「先輩」
「ん?」
ここまでオレが喋りすぎて、レインの合いの手すらなかった。
彼女はここで久方ぶりに口を開けたわけだが、
「わたし、先輩と出逢えて良かったです」
……。
…………な、なんだ突然。
「い、良いことなんてあったか? さんざん騙されて、喉元に剣まで向けられたのに?」
「でもそういう紆余曲折を経てここに来れました」
「? よ、よく分かんないけど、とにかく困ったら相談しろ。相談が間に合わない時は自己判断だ」
「はい!」
良い笑顔で良い返事だ。
これからダークサイドに潜ろうってのに、頼もしい限りだ。
「諸々のことが順調に運べば、もう明日からは【仕事】開始なわけだが……」
「どうかしました?」
「本当はこれ、最初に聞いておくべきだったんだけど、レインに1つ質問がある」
「グレイ先輩が質問ですか。いいですよ。なんだってお答えします」
へぇ、なんでもね。
「じゃあスリーサイズ教えてくれ」
こういうところが良くないとは分かっている。
しかしこういう真面目の塊みたいなヤツが目の前にいると、いやレインが目の前にいると、どうしてかイタズラ心が働いてしまう。
あれだ、これは友好関係を築けてきた1つの形なんだ。
心が通じ合ってきたからこそからかってしまう。
つまり今やスリーサイズやパンツの色を尋ねたってオッケーということだよな?
「す、スリーサイズ……知りたいんですか?」
「知りたい」
ただ仲を深めてきたからこそ冗談を言える反面、相手の心だって大体読めてしまう。
きっとレインは内心『この変態……! スリーサイズの代わりにわたしの剣を身体に教えてあげましょう……っ!』とか思ってる。絶対そうだ。
ただコイツが怒ったところで、オレは全然怖くもな――
「う、上から、ななじゅう――」
「待っっった! そこは『このド変態!』ってツッコムところだろう!? 怒るところだろう!? なに真面目に答えてるんだよ! そういうキャラじゃなくない!?」
「で、でも、先輩が知りたいって言うから……」
「そりゃ言ったけれども」
「わ、わたしはいいですよ? グレイ先輩になら」
……なんだか話がややこしくなってきたな。
誠実で真面目な人が好きっていう情報はどこにいった。
まさか情報をオレに売られると危惧し、最初からデマを口にしたということか?
「ど、どうします?」
具体的になにがとは口にしないが。
つまり最後まで聞きますか、と。
レインは頬を染め、若干上目遣いでリトライを問う。
ここで取るべき選択は2つあるようで1つだ。
大半の主人公は『や、やっぱりいいよ』などと怖じけづくからだ。
ただこの物語の主人公が仮に、仮にオレだったとしたならば。
「――教えてくれ、レイン」
聞くに決まっているだろう!
どうしてこのチャンスを見逃すというのか。
ふふふ。これをリストに売りさばけば、相当の報酬がもらえ――
「えい」
「ぎゃああああああああああああああああああああ!」
廊下の方から凄まじい速さでナイフが投擲される。
もちろん気づき、瞬時に1本弾いて――終わりだと思ったのが油断となった。
投擲されたナイフは2本だったのである。
1本弾いた影に潜んだナイフがもう1本、見事オレの頭に突き刺さる。
「グレイ先輩――ッ!?」
「だ、大丈夫だレイン。ホントに先っぽしか刺さってないから……」
「そ、その割に頭からぴゅーぴゅー血が出てますけど」
突き刺さるというのは言い過ぎだ。
刺さった瞬間には手は動き、ナイフの刀身を掴んでいた。
お陰で軽傷で済んだが――
「浮気、うわーきも」
投擲した少女は、棒読みでつまらないダジャレを披露し、最後には『呆れた』と言い残して外に出て行った。
どうやらレインの秘め事を守ろうとしたらしい。
もしくは単純に嫉妬でもしたか。
「あの、先輩……」
「どうやらオレは道を誤っていたらしい。デリカシーのない質問をして悪かったなレイン」
外に出て行ったからと言って気を緩めてはいけない。
やつは神出鬼没。
いつ傍にいて、いつナイフなり剣が投擲されるか分からない。
レインにセクハ――学術的質問は当分できないかもだ。
「色々と脱線したが、本題へ入ろうか」
「今までのが本題ではなかったんですね……」
もちろん。
質問というのはスリーサイズについてではない。
オレが聞きたかったのは、
「今回の仕事の【