『少女よ、その男に騙されるな』
グレイ先輩に討ち取られた魔族が最期に遺した言葉。
それが今なお脳裏に焼き付いている。あのとき先輩は半ば意識を失い欠けだったので、この警告とおぼしき言葉が聞こえてはいなかったようだけれど。わたしはずっとモヤモヤ思考してしまっていた。
(分かっている。先輩にはまだ隠された【秘密】があるって)
人間誰しも秘密の1つや2つはあるものだ。わたしにだってある。しかし先輩のソレはどうも並の秘め事ではないような気がする。呼び方としてはもはや秘密というより【禁忌】の方が正しいかもしれない(と勝手に思っている)。
以前から疑ってはいた。それが先日の一件、あの【一撃】や【遺言】を垣間見たことで確信に変わり始めている。
「……軽く掃除でもしますか」
危険思考に陥りそうな感じがして、それにベッドに入っても眠れない日々が続いてもいて、もうすぐ深夜になろうというのに、気持ちを紛らわすために部屋の片付けをすることにした。
1階では先輩が寝ているので、今回は未だ手をつけられていない2階に行くことにした。
療養中の彼を起こしてしまっては申し訳ないので、気配や足音をこれでもかと消して移動、物音一つ立てずに移動していく。傍から見れば腕利きの泥棒のようだ。
(あ、そういえば、2階の一番奥の部屋は絶対に近づくなって言われてましたね……)
ここに転居する際、先輩に立入禁止を命じられた箇所が1つある。ただそれを思い出したのは実際にその部屋の前に来てしまってからだ。
ドアノブにこれでもかと【鍵】が掛けられている扉、絶対に入るなという意思表示の表れが、その命令を呼び起こさせた。
(……でも全部開けられている?)
ダイヤルやら南京錠やら、施された【鍵】は全て破壊されていた。まるで部屋の主が鍵を全てなくしてしまい、強引に入りざるをえなかったような雰囲気だ。
(っ! まさか本当に泥棒とか……!?)
合理的かつ論理的にこの状況を考えてみると、誰かが盗みに入ったという線が一番濃厚ではないだろうか?
これだけの施錠だ、宝の1つや2つあると思われたのかも。
わたしは来た時以上に気配を消し、一旦部屋に戻った。それから自分の聖剣を腰にさし、再びあの部屋へと向かう。
もし誰かいるのなら今はわたしが対処するしかない。
そしてゆっくりと、軋音を立てながら慎重に扉を開けた。
「だ、誰かいるんですかー……?」
馬鹿正直に尋ねても返答はない。盗人ではなく幽霊やお化けの類だったらどうしようと身を震わせつつ、いつでも剣を抜ける状態で部屋の中へ進んでいく。
「なんだか寒い部屋ですね……冷房がついている? ん? これ――」
結論から言えばそこには誰もいなかった。
しかしそれ以上に恐ろしく、衝撃的なモノをわたしは発見してしまった。
「し、死体……!?」
狭い部屋には横長の大きなカバンがいくつもあった。半開きだったら1つを覗いてみると男の【死体】が収納されていたのだ。
異常に真っ白な肌で、腐らないよう冷却冷凍されているらしかった。いや今考えるべきはそこではなくて――
「じゃ、じゃあ……!」
閉じられていたカバンを片っ端から開けていく、するとその全てに【死体】が入っていた。性別年齢は関係なく、様々な人間の亡骸が氷のように敷き詰められているのだ。
「なんですか、これ……あ」
数ある死体の1つに、わたしは見覚えがあった。学園初日、1年生に絡んでいた不良たちのリーダー格、短い金髪で【細剣】使いだった学園生……。
「どうして行方不明のあの人……いや、死体となってこの建物にい――」
「あーあ。見られちゃった」
ハッとした。その冷めた声に身の毛がよだった。
この部屋にいるのはもう――わたしだけではなかったのだ。
声のした方にゆっくりと、できる限り心を落ち着けて振り返る。
「あなたは……」
そこには銀髪の、先輩が言うところのギリギリでロリだという少女がいた。わたしが初めてここを訪ねる際に偶然出会い、道案内をしてくれた子でもある。確か同居人の……。
「グレイには、ここに近くづくなって言われていたんでしょう? まったく呆れちゃうね」
無表情で、無感情で、機械的に彼女は喋る。
「な、なぜ、こんなにも遺体が……」
「なぜって、これがワタシの【食料】だから。いかんせんワタシは人間ではないのでね、お菓子だけ食べていれば良いってものでもないのさ」
なにを言っているんだこの少女は。
ただわたしのそんな疑惑を感じ取ったのだろうか、少女は近くにあった遺体の心臓に、自らの手を突っ込んだ。
そしてまるでエナジードレインでもしたように、数秒後には綺麗に残っていた肉も骨も塵となって消えてしまう。
「まるでもなにも、これはエナジードレインさ。ワタシは分解することが本業だけれど、真逆の吸収もそれなりにできるんだ。どうだ凄いだろう? 褒めていいよ?」
わたしは恐怖した。死んでいるとはいえ人を一瞬にして塵に変えられてしまったのだ。
グレイ先輩を呼ぶべきだ、助けてもらうべきだ、すぐにでも叫ぼうとしたが、1つ違和感に直面する。
そういえばこの少女、さっきグレイに言われていたでしょ……って。
「まったくまったく、グレイの管理は杜撰だよ。ああ、死体の保存についてではなく、アナタのことだよ? 彼女は約束を破らないから大丈夫だとか言って、結局ここへの入居を許してさ、ただ実際にはこうして約束は反故にされた。甘々な管理だよホント、お仕置きものだ」
恐怖と共に、頭の隅では疑惑がより大きなものとなっていく。
魔族の『騙されるな』という言葉、それはハッタリではなく、本当に意味のあったものではないのか――と。
少女とグレイ先輩はグルだ。でもなにか事情があるんだ。ここは信じるべきだ。
でもこの死体の山はなんだ? 先輩が殺したのか? そもそも食料とするこの少女は?
「でももう見られちゃったなら仕方ないね。アナタもここで――」
突如、少女の手に剣が現れる。
【十字架】をそのまま巨大化させたかのようなソレは、暗闇の中で鋭利に輝き、わたしにかつてない恐怖を抱かせた。本能が逃げろと訴えかけた。
(一歩でも前に出れば殺される――!)
少女はゆっくりと足を踏み出す。
わたしは比例するようにジワジワと後退、板で塞がれた窓の所まで来てしまった。学園長の時の比ではない。なんだこの威圧感は。
戦うことは――できなかった。
「……っ!」
聖剣を抜き、後方の壁を破壊する。聖力(カムイ)を全力で込めただけあって大きな破壊音を生んだ。
それからスリッパも脱げ、裸足のまま外へと身を投げる。戦ってはいけない。一刻も早く剣を抜いたこの少女から逃げなくてはいけないと、脱兎の如く森を走って逃げた。
走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
どれぐらいの距離を疾走しただろう。
未だ暗い森の中にわたしはいたが、しかし恐る恐る後方を向くと、そこには誰もいない。追ってはない。つまり逃げ切れた――ということ。
「でもあの子と、あの部屋は一体……」
肩で息をしながら、近くにあった木へともたれ掛かる。
冷静に整理をしようと試みるが、幾つもの謎や疲労、衝撃などもあって上手く頭が働かない。
「それにあの女の子が持っていた剣……」
凄まじい、と言う他ない。
もはや名剣だとか業物だとか、そういう人の枠組みの中で語れるような代物ではなかった。しかし見覚えがない――というわけでもないのだ。
魔族の男をグレイ先輩が追い詰めたあの時、意識を失う前に放った一撃、その際に握られていた光の集合体――あれもまた【十字】の形を成していたのだ。
「分からない。全然分かりません……!」
恐怖もあれば、怒りもあった。
全てを話してくれない先輩に対しての憤りだ。
わたしが見た光景は普通ではない。異常だ。なぜ一介の学生が【死体】を集め、あまつさえ彼女の言うことが正しいのなら食料(エサ)とするのか。
分からない分からない分からない分からない。
「わたし、どうすれば――」
このままあの建物に戻って先輩に話を訊く? 正直に喋ってくれるのか? それよりもわたしもまた部屋にあった【死体】の1つとされるのでは? 殺されて――しまうのでは?
「せ、先輩は人殺しなんてしない。きっと……でも……」
彼を信じている。いや信じたい。いいや信じなくてはいけない。
でも今、信じられない。
「――あれ、レイン?」
こんな暗い深淵のような場所には不釣り合いな、快活な少女の声が響く。座って塞ぎ込む自分に、彼女は少し早足で寄ってきた。わたしは彼女が誰か知っている。
「え、エレミーさん……?」
「いやはやこんばんはだね。散歩中だったんだけど……こんな夜中にどしたん?」
駆け寄ってきたのは同じクラスであり、隣席であり、友達であるエレミー・ルークスだった。彼女は教室にいる時と同じように隣に腰を下ろし、わたしの頭をそっと撫でた。
「噂の先輩と喧嘩でもした? でも女の子がこんな場所でウロウロするのは良くないぞ」
「エレミーさんだって……」
「私はいいのよ。わ・た・し・は。で、話があるなら聞くけど?」
様子がおかしいとすぐに察した彼女は、スッと懐に入り込むように話を切り出す
(この場合は話を聞き出すかもしれない)。
わたしは迷ったが、エレミーさんは喋れる範囲で良いよと言った。
少しでも言葉に出せば楽になったり、整理がつきやすいそうだ。
それからわたしは、ついさっきのことだけでなく、これまで疑心であった事を含め【本音】を語った。
もちろん全てを明かしたわけではない。それでも一番仲の良いの友達である彼女には、必要以上に明かしてしまったような気がする。
「そうかそうかー、それは大変だったねー」
ウンウンと頷くエレミーさん。本当にそう思っているのかは定かではないけれど、誰かに喋れば気が楽になるという話は本当だったようだ。
「でもさ、レインにだって秘密の1つや2つはあるでしょう?」
「それは他人に言って恥ずかしいことはありますよ。でも先輩の秘密はもっと――」
「同じだよ。レインにだって自分が気づいていないだけで、とても重大な【秘密】がある」
「重大……な……あれ……?」
どうしてだろう。意識がボヤけていく。走りすぎて眠くなってしまったのだろうか。
「あぁ、それは【魔法】のせいだよ」
落ち行く意識に倣って頭を垂れる、するとエレミーさんの手には黒くて怪しい短剣――【魔剣】のようなものが握られていた。どういうことだとまた混乱する。
例えどういうことであっても意識を失ってはマズイと自らの聖剣に手を掛けるが、
「無駄だよ。聖剣は起動しない。わたしの魔剣は【精神】に干渉する力を有するからね。対象にある程度心を開いてもらうことが【条件】だから、使い勝手は良くないけど――」
この魔法に掛かれば最後、聖剣は殺されたも同様――と彼女は言う。
「そうだよ。私が『聖剣殺し』なんだ」
いつもの明るい笑みを浮かべる彼女は、何でもない事のようにそう言った。
こうして戦闘力を奪い、これまで聖剣を奪ってきたとも。
「もちろんまだ仲間もいるんだけど、どうにも行方不明でな。もう殺されているのかもしれないけれど」
「なん……で……わたし……たち……」
「ん? 『友達』でしょうって? それはレインの勘違いだよ。私は最初から『トモダチ』って言ってたんだけどなぁ。文面上じゃないと分からない? ただカタコトになっただけ? 低レベルな引っかけ? ふふふ、文句を今更言っても意味ないけどね」
詐欺師と一緒に住んでいたのに、彼から何も学ばなかったんだねと彼女は言う。
「騙される方が悪いんだよ。レイン・レイブンズ」