芽吹きの月の第三日――まだ彼と出会う前のこと――
東方の国から寄贈されたというサクラの木々が、満開に咲き誇っている季節。
まるでわたしたち新入生を出迎えてくれているみたいだ、と思った。
「ようやく……」
自分が住まう女子寮は敷地内にあるので、あえて一旦外に出て『アーサーズ聖剣学園』の正門をくぐる。
一昨日の入学式の際も、この大通りは歩いたばかりだけれど、やはり最初の1日だ。
願掛け……というわけではないが、1つの区切りとして。
「ねぇあの黒い髪の
「あ、入学式で代表してた人じゃん」
「噂の麒麟児だろ? あんな細い身体でそこまで強いんかね」
「可愛いよな~。おれ声掛けちゃおうかな~」
「歴代新入生最強。規格外って聞いてるぜ。確か名前は――」
ヒソヒソと重なる薄い会話。
直接声を掛けてくる者はいない。
言いたいことがあるのなら、面と向かって言ってくれればいいのに。
(おそらく発言の多くは、自分と同じく1年生でしょうが)
わたしは入学式で祝辞を述べたので、彼らは一方的にこちらの顔を知っているのだ。
対して面識がない、視線やら気を向けてこないのが先輩方ということだろうか?
(――そもそも2、3年生はどこか空気が違う)
談笑したり、欠伸したり、フラフラと歩いたり。
隙はあるにはあるが、迂闊に攻められない雰囲気がある。
(これが
この学園は完全実力主義。
全生徒が【順位】をつけられ、それに見合った住処や物品が支給される。
そして上位12名は、学園の代名詞でもある『
「12人――」
わたしには夢がある。
それは生徒全員を倒し、この学園の頂点に立つことである。
立たなくてはいけない理由が、わたしの剣にはあるのだ――。
「おい1年、てめぇ面白いこと言ってんなぁ」
――む。
隠すべき夢ではないが、まさか心層を読まれたかと警戒した。
ただ心配は杞憂らしい。
男の声はわたしに向けられたものではないようだ。
「――あ、あの、その」
「――声が小せえぞ。まさか怖じ気づいたとか言わないよな?」
どうやら1年生に上級生たちが絡んでいるようだった。
周囲もなんだなんだと足を止め、彼らを囲む。
「……あの上級生【八席】の手下だってよ」
「……そうなのか?」
「……あぁ、学園の荒くれ者はたいてい彼女の派閥に入るんだって」
すぐ傍にいた人たちの会話が耳に入る。
(円卓十二聖の八席。彼女の通り名は確か――『
【大鎌】型の聖剣の使い手だとか。
野次馬たちの話を聞くに、八席は『
番長、女性なのに……?
「おらどうしたよ!? 黙ってねぇでなんとか言えや!」
「――ッひ」
短く金髪を整えた大柄な男が、ドスの効いた声で脅す。
腰には顔に似合わず【
(制服の内側にも【短剣】型の聖剣を仕込んでいるみたい……)
【聖剣】というと、かつては【聖なる剣】を意味する単語だった。
ただ現代において。
聖剣とは【聖なる剣】【聖なる槍】【聖なる刀】【聖なる鎌】など様々なものを指す。
つまり【聖剣】=【聖なる武具】という意味になるわけだ。
だから聖剣と言っても、一概に剣の形をしているということはない。
(……にしても、誰も助けないんですね)
さっきまで踊っていた心境が、段々とグレーに、いや赤く変わっていく。
観ているだけの人たちに、怒りが湧いてきたのだ。
どうして上級生に絡まれたのか理由は分からない。
それでも――多数で弱者を囲うのは、正しくない。
聖剣使いとは英雄となる者。正義のシンボルとなる者。
そう、わたしを救ってくれた……あの人のように。
ならばこそ、騎士道精神は重んじるべきであり――
「もうそれぐらいでいいんじゃないですか?」
わたしは躊躇うことなく声を掛けた。
正直者がバカを見るなどとは思わない。
なにか見るとすれば、それは本来は見たくもない人の醜い
「なんだお前……」
「なんだはわたしの台詞です。校則では敷地内において私的な戦闘は認められていません」
ちゃんと生徒手帳にも記載されている。
ただ彼らはすぐに首を傾げた。
「ンなこと守るのは風紀委員ぐらいなもんだぜ」
「あってないようなルールだ。覚えとけお嬢ちゃん」
ニヤついた笑みと共に、その正論は通るが通らないと言われる。
だが後ろの男がなにか気づいたらしい、態度を変える。
「あ、コイツ……」
「知ってんのか?」
「今年の新入生主席っすよ。なんでも学園創設以来の破格の天才っつう――」
「1年A組所属。レイン・レイブンズです」
本人がいるんです。他人に名乗ってもらう必要はありません。
「おもしれぇ。良い度胸してるぜ。つっても肝心のソッチは鉄板だけどな」
「――!」
「おいおい怒んなよ。軽い挨拶だぜ?」
……下劣だ。
わたしだって好きでこんなに小さいわけでは――あ、べ、別に気にしていませんよ。
むしろ戦闘において大きい胸は邪魔。
つまりこの体型すら1つの武器、むしろ胸を張って誇ります。
そもそも胸の話とか、そ、そういうのは好きな人と――って、今はどうでもいい!
「さて、天才っつーのはどんなもんか――」
短髪の男が柄に手を掛ける。
彼らにしてみれば、虐げる対象がわたしに変わっただけのこと。
(……状況は1対3。不利なのは間違いない。この短髪の人が
だが上級生相手に――それができるか?
自分に自信はあれど、そんな疑念がふっと湧いてくる。
人に囲まれてフィールドも狭い。剣だけで対処するのは難しい。
打開策として
(いいや、きっとこの人たちも武装を出すことになってしまう。となると本当に死人が出かねません)
そもそも剣を鞘から抜けばその時点で、もう――。
本気を出してはいけないと分かってる。お互い退けないとも分かってる。自分に謝る道理がないとも分かっている。
わたしが最後の最後で迷った、その時だった。
「――え」
自然と声が出た。ほんとんど無意識だった。
視界の中を、突如として細い
そのスピードは瞬間だとか、コンマ何秒だとか、そんなありきたりな表現では足りない――言うなれば神速、
――今のは、なんだ?
「な、か、身体が動かねぇ――!」
目の前の男たちの言葉で、わたしは現実へと戻る。
わたしは動いていない。だが男たちが動けない。彼らは何か攻撃を受けたのでは? それは幻覚とも思えた、あの光線のせいではないか――?
「違う――あれは剣の
思い返せば剣を振ったように、右上から左下へ光は通り過ぎていったような。
証拠もないし、本当に見えたかは怪しい、だが自身の〝直感〟が告げる。
あれはわたしと同じ――【長剣】型の聖剣による〝斬撃〟であると。
「お、お前、一体なにを――」
「ちょっと黙ってください!」
もはや不良たちの相手をしている場合ではない。
探せ。探せ。探せ。探せ。
あれほどの、誰も気づけない、誰も追いつけない、神がかり的な一撃を放った剣士を!
「あ――」
一段と騒がしく囲む群衆の中、1人だけ姿勢を変え校舎へと向かう男がいた。
顔は見えない。
だが
「――!」
わたしは現場を置き去りにし、一気に走り出した。
人をかき分け、声を張れるだけ張って、必死になってその男に『待ってください』と嘆願した。
しかし止まってはくれない。
彼はすぐに傍の裏道に入り、姿をくらます。
「なら追いかけるまで――っ!」
だがすぐに思い知る。追跡は簡単ではないと。
「……速いっ!」
追いつくどころか、切り離されないようについていくのがやっと。
相手に
つまり素の力にとてつもなく大きな差がある――
(もしかしたらこの人は
先輩の胸を借りるつもりで聖剣を放ったが、ことごとく
まるで手で雲を掴もうとしているみたいだ。
どれだけ駆けたか、建物が幾つも立つコーナーを同じく曲がった――ところで、
「い、いない?」
このコーナーを曲がった先は一本道だ。
周囲は高い建造物が並んでおり、飛び越えるにしたって、なにかしら力を使わなければ不可能だろう。
そして一帯に、聖剣や
「……ここで立ち止まってたって、なにも解決しない」
止まった足と思考に喝を入れる。
きっとわたしが追っていた人物は【怪物】だ。
おそらくランキングも十二聖、もしくはそれに追随するレベルだろう。
「でもやっと見つけた、わたしと同じ【長剣】型の使い手」
正確には――
それにさっきの神がかり的一撃を見て、
「……
顔も知らぬ男の人。わたしは――あなたがいい。
きっと放ったであろう、あなたの【一太刀】に魅せられてしまった。
会って色々なことを聞きたい。学びたい。教わりたい。
更なる高みへ、至るために――。
「――契約をここに。聖剣ラグナロク!」
剣柄に触り、聖剣の加護を受ける。
どんな手段を使ってでも会うんだ。会いたいのだ。
更にギアを上げて、見えなくなった彼を追う。
拍子にスカートがめくれる。
が、どうせ誰も見ていないでしょう。
いつもは気にするそんな大事も――今は
「絶対に見つけ出します――!」