「――神剣ラグナロク・ヴァイオ、
深い森の中、駆け巡る蒼焔があたりを照らす。
木々を焼き、大地を焼き、大天を焼く。 刃と刃の鍔せる音、踏み込んだ拍子に爆ぜる地面、振るった衝撃で周囲に砂塵が舞う。
「派手な能力だなホント……ッ!」
レインは焔を自在に操る。
繰り出される攻撃のレパートリーはこれまでと大差ない。
しかし【威力】や【速度】が桁違いに強化されている。加えて狂化状態ということで圧も割増し、暴走しているからこそクロスは隙があると言ったが――
『神力の集中を確認。正面から大規模な一撃がくるかも。死角からの不意打ちにも注意』
迫る焔の大半はクロスが対処してくれている。
また【神剣】を完全に具現化したお陰で身体強化のバフもいつも以上。帯電する量も増えるので身体の負荷を考えるとそう長くは戦えないが……。
「(全然通らないなっ! 焔に雷ってのは相性が良くないからか!?)」
『相性が悪くないだけまだマシって考えるんだね。ワタシたちが氷系だったら即死だよ』
オレたちが使う【神剣】は【雷】の属性を持つ。しかしそれはオマケみたいなものでああり、あくまで本来にして本当の能力を行使する上での、補助機能にすぎないのだ。
「
「
放たれた焔に剣を振るう、蒼き波はそれで【分解】されてしまう。
これまでの戦いで勘づいていた者もいるかもしれないが、オレは相手の能力を【分解】することで、無効化という形を成立させている。そして分解とは真逆、もう1つの能力をオレは持つ――
「
分解したエネルギーを【吸収】する。既にクロスが死体を喰ったと表現したように、オレは相手の力を自らのものともできる。ならばこそ焔の残滓も礎となるが――
「ッチ! どんだけ蓄えがあるんだよ!」
修羅と化したレイン・レイブンズのエネルギーは無尽蔵に思えた。
分解しても、そして吸収しカウンターを放っても効果は薄い。
オレたちは融合することで生きながらえた中途半端な存在だ。もしクロスの全盛期ならば今のレインぐらいかように止めてくれるだろうけれど。
「少ない神力でよく持ちこたえる」「言ってくれるぜ。これでも命削ってんだけどなぁ!」
受け損じた刃が腹の横を通過する。黒銀の鎧はよく耐えてくれているが、流石にダメージを蓄積しすぎたが、左脇腹あたりの金属体が拉げてしまう。
「……っ!」
冷たく鋭い鋼が肉を抉る。鮮血が水たまりを蹴った時のように飛んでいく。
痛覚が役目を果たす暇もあたえず軸足で回転、急接近した距離で剣をたたき込むが――
「これも防ぐのかよ……!」「あなたの剣はもうわたしに届かない」
はじき返されて数メートル後退、久方ぶりに剣を交えぬ時間が訪れる。
「わたしと同じ【神剣】を携えるにも関わらず、その程度の腕では宝の持ち腐れだ」
「……あぁ、師匠からは、剣の才能はないって言われたね」
まったくないわけではない。ただ天才たちから言わせれば【普通】ということ。彼らにとって普通とは【ない】という意味。
その差を補うために、誤魔化すために、これまでやってきたのは地道すぎる鍛錬、そして現場での修練。だがそれも天才の前では――
「お前は、そんな姿にならなくたって、才能だけで食っていけそうなヤツだったよ」
「…………」
「今のお前の十分に強い。強いけどよ、だが前のお前の方が十二分に強かったぜ――!」
踏ん張れ自分。己に発破を掛け、剣を片手に足を踏み出す。
確かに目の前のレイン・レイブンスは化物だ。強すぎて強すぎる。
でも、最強じゃあない。
オレが想いを馳せたのは、憧れたのは、尊敬を抱いたのは、誰よりも揺るがぬ【意思】を持つレイン・レイブンズだった。真っ直ぐなアイツが最も強い人になりえると信じた。
「――っく!」
彼女の剣はオレを切り裂いた。鎧も部分が弾け刃が肉に到達している。切傷多数、出血多量、肋もいくつか分断されたか。
もともと命を振り絞ってようやく立ち上がった男、狂い荒れる彼女に最初から勝ち目などなかった――などと、言い訳をするのは見苦しい。
状況がなんだ。状態がなんだ。そんなの関係ないだろう。
オレはオレ、面倒くさがりで、騙し癖があって、そしてレインという少女の先輩だ。
困ったらなんでも訊け、なんでも頼れ、カジノ潜入前にそんなことを言った記憶がある。
縁もゆかりもある女の子が目前にいる。でも助けてなんて口では言われていない。だからこれはオレのエゴ、自分が助けたいから助ける、たったそれだけ、自分勝手な自由勝手。
「……いい加減にうっとうしい」
表情のなかったレインが、オレのしぶとさに眉をひそめる。
まだ死ねない。オレはお前を助けたいのだ。
――だがここで言う助けたいの意味はなんだ?
それは魔族の施した術を払い、元の純粋無垢な少女に戻すことに他ならない。
だが魔族が死んでもこの状況が回復しなかった以上、もはや全て元通りに直るなどといったご都合展開にはなりえない。クロスも術の解除はできないと言っているし。
オレはこれまで本気で戦いつつも、都合よく物事が片付くという可能性を模索していた。
しかし、未来に繋がる可能性はやはり1つしかなかった。
「どうしてそこまで――」
決して倒れぬ男を見て、徐々に懐疑的になっていく半神の少女。
オレは柄を握りしめ、真っ赤に染まった身体で、切っ先を彼女に向ける。
「オレは、死なない。まだ死ねない。やり残した、ことがあるから」
このままほったらかしで先立つわけにもいかない。
だからオレは唯一あるその可能性を選択した。試合から死合へ。本気から――真剣へ。
「我が一刀をもってお前を殺す」
もはや殺すしかない。
半ば邪神と化した彼女は、世界のために殺すしかないのだ。
少数をやつし、多数を生かすという世の運命(さだめ)。
そして『邪神殺し』の意思を継いだオレの使命にして宿命を果たすため。
「クロス、これでお前とお別れになるかもな」
『そうかもね。ならワタシたちの最期の一刀は華麗に決めないと』
文字通りの全身全霊。もはや寿命は全てエネルギーに転換する。
刃に奔る紫電の輝きはまさしくオレの命そのもの、相手にどんな一刀を放たれようとも全てを分解、確実に使い手を屠ってみせよう。
ただ全てを賭けた分、勝利したところでもうオレに先はないだろうが。
「最期の一勝負か。いいだろう」
顔に色がでない彼女も、酔狂なことにこの果たし合いに乗ってくれたようだ。
互いに中段に構え、不動となって改めて相対する。
「今のお前は覚えてないだろうけど、放課後の屋上での戦い、あの日オレが言った言葉を今日ここで証明する」
「有言実行、と。さてなんと言ったのやら」
「せっかくだから教えてやるよ。お前を必ず殺す――だ」
「なるほど。ではわたしも――お前を必ず殺す、と宣言しよう」
もう――言葉はなかった。
レインも真剣ということだろうか、ここで初めて兜を被った。
あとはただただ互いを見つめ、ただただ間合いとタイミングを計る。
そして静かに、瞬間は始まった。
先行したのはレインだった、例にもよって閃光の如き速さ、全力にして全開であることは明確で明白だった。対してオレは一歩遅れて彼女に向かっていった。
今度ばかりは、走馬灯も流れなかった。
振り上げた切っ先、オレたち2人が放った刃は空で交差する、届いたのは――片方だけ。
「……っ」
上から下、袈裟斬りがオレの身体を引き裂き、鎧は完全に砕けてしまう。
レインは早いことにもう剣を引き、突きの構えへ。
肉体を露出したオレを今度こそ殺すために。
対してオレができたのは、振りきった刃を躱されレインの兜、頭部の装備をかろうじて破壊できたことぐらい。無表情な彼女を再び拝顔できただけだった。
ついでに握っていた十字の神剣も落としてしまう。
「――ごめんなさい、先輩」
レインに意識は戻っていない。少なくとも表には表れていない。だが心底には本来の彼女が残っていたのだろうか。オレの心の臓を貫く間際、そんな事を口にした。
だからといって突きつけられる神剣が止まるわけではない。
グサリと冷たい鋼が中に入ってくる。ここに比喩も叙述的トリックもない、間違いなくオレは心臓を突き刺された。
確実に死ぬ――だろう。だが死に至るにはまだ数秒ばかり猶予がある。
「ナメんなよ……!」
胸が神剣を貫通した状態で、オレは前に出た。
一歩一歩を踏み出し彼女へと近づいていく。
つまり剣の柄の部分まで、自身の手で貫通を手伝ったことになるが……。
「なんのつも――」
「この時を待ってたぜ……!」
空っぽの両手を彼女の身体に回す。回すなんて優しい表現はよくない。抱きしめる。力強く、相手の鎧を砕くぐらい、骨を折ってしまうぐらい力強く抱きしめ――離さない。
それによって剣柄までも肉体に浸入するが、そんなもの気にするな。
「クロス! やれ!」
擬人化した銀髪の少女が、瞬間でレインの後ろに回りこむ。
そしてこの時に初めて、全身全霊の【一刀】は放たれた。
さっきの弾かれた一撃は見せかけにすぎず、嘘にすぎず、必殺ではなかった。
クロスが1人で突き出したこの一振りこそ――
「っな!」
十字剣はレインを突き刺した。
流石に苦悶の声を上げたようだが、剣はそのまま密着したオレをも貫通した。奔る痛み、オレの身体にはこれで2本の剣が通っているってわけだ。
「い、一体なにを――」
「なにってそりゃ【儀式】だろうよ……!」
オレはそのままレインの唇を塞いだ。そして直接【分解】をしていく。
クロスの【神剣】と【口内接触】で物理的に共和状態を生み出し、なおかつ相手の神格の【核】である神剣をオレの身体に通らせている。
これまで干渉という形でしか【分解】ができなかったが、これでダイレクトに、十分すぎるほど十分に、彼女の内側から神格をバラバラにしていく。
「ん……んぐ……はな……ん」
ドロドロに溶けていく力を、化かし狂わしたその力をオレが奪っていく。
逃げようと抵抗をされる。色々なところを噛まれ、殴られ、蹴られ、それでもクロスが串刺し状態を絶対に解こうとせず、またオレも回したこの手を緩めなかった。
力の【吸収】をしたからこそ、オレは痛みと流血とタイムリミットに耐え続けらえた。
「……っは……わたしが消え……」
僅かに唇を離した時、彼女は自我の崩壊を吐露した。したが止めない。
舌がまぐわい、唾液がまぐわい、時折歯がぶつかる、そんな荒っぽい接吻だった。
それでも続けた。
彼女がどんなに抗っても、必ずお前を殺すと言ってしまったのだから。
どれぐらい時間がたっただろう、暗く曇っていたレインの瞳に色が戻ってくる。
戻ってきたというか、また新たに生まれた――と呼ぶだろう。
神格を持って縦横無尽に剣を振るったレイン・レイブンズは、オレが今殺したのだから。
「せん、ぱい……」
「ごめんな。オレがもっと早く、全てを話していれば――」
こんな事にはならなかったかもしれない。
お前が自分の正体に、人でないことに気づかないで済んだのかもしれない。
彼女は疲労困憊の様子であったが、それでもオレに尋ねた。
「――わたしは、何者なんでしょう」
それはこの戦いが始まる前にも、口にしていた問いであった。
冷静に答えるなら半神半人だと言うほかない。
しかし、今の彼女が求めている回答ではないように、オレは思えた。
「お前はレイン・レイブンズだ。真面目で、世話焼きで、天才で、可愛いげのある、オレにとってたった1人の後輩だよ」
それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
オレにとってレインとはそういう人間なのだ。
「そう、ですか。でもわたしは、神の血を引く。なら先輩にとって――」
「確かにオレは邪神殺しだが、もう仕事は終わった」
オレは同じくして『刀剣殺し(アベンジヤー)』を自負する、だから斬れないものはない。だから既に斬り終えている。既にお前はお前として確立している。
「でもまたいつこんな――」
「そん時はオレがまた止めよう。なに、可愛い後輩だ、面倒ぐらいいくらでも見てやる」
つもりなんだが――
「先輩?」
ようやく意識がハッキリしてきたのだろう。レインは違和感を感じているようだ。
「結婚の約束、死ぬまで待ってくれる、だったよな」
「え、あ、はい」
「それって来世でも、有効、だったりする、か?」
「――――」
人はいつ死ぬか分からない。明日かも、明後日かも、来年かも、そして――今なのかも。
約束は守るものだけれど、たまには間に合わないこともあるよな。
もちろん破ってきたことも多々あるけれど。
レインはこの時、改めて冷静に状況を把握した。自身にも剣は刺さっているがクロスが見事に急所を外している。痛みはあるが死にまでは至らない傷だった。
しかし前のレインがオレに放った一刀はどうだろう?
ま、これが見事なものでね。
「わ、わたし……」
「気にすんなよ。これやったレインはオレがもうぶっ殺したから」
仕置きはキチンとした。今更怒るなどするまいよ。
「で、待ってくれるか?」
そんな過去のことはどうでもいい。オレが答えを知りたいのは1つだけ。
もう彼女も囚われなかった。
レインはまたあの強き【意思】を宿したその目で、オレに向き合った。
「ええ、来世でも必ず」
彼女は言った。その声音はやはり。
美しく、透き通った声だった。