『2年A組所属。グレイ・ロズウェル。学園長室に出頭せよ』
始業日に遅刻し、担任やらリザに絡まれた今日。
復活したアイズ先生に1枚の用紙を渡された。
そこには学園長からの、この偉そうな一文が書かれていたというわけ。
(実際に偉いんだから、偉そうな口調で言われるのは、当然といえば当然か?)
なにせ現代で、最も地位の高い聖剣使い――『剣聖』である。
まだ30代前半だが、既に魔王単独撃破の逸話が幾つもあるぐらい。
そんなおっかない人から、夕方に、こうして呼び出しを受けたわけだが……。
「――入れ」
学園長室の、無駄に重厚な扉を数回ノック。
すぐに返事は来た。
「……失礼します」
踏み入れたそこは、広い面積の割に物数が少ないシンプルな内装。
中央に応接用の机と椅子が。
奥にクラシックなデスクと、ここの主である――
「久方ぶりだな。グレイ」
「……どーも、学園長」
真っ白な髪と、真っ白な瞳、真っ白な肌を持つ。
絶世の美女とはまさに彼女のこと。
容姿は未だ20代前半で通じるだろう。
それでいて聖人らしい優しさ、そして剣聖らしい鋭さを放つ。
数ヶ月ぶりに再会したものの、やはりこの人に変わりはなかった。
「ここには我々以外の誰もいない。ふふ、これまで通り名前で呼んでくれていいぞ」
「いや学園長でいいで――」
「呼べ」
「いやぁ、ずっとエヴァさんと名前で呼びたかったんです。照れていただけなんですよ」
「そうかそうか。照れていたのなら仕方ないな」
だから殺気で脅すの止めてください。
これまでもそうやって、無理矢理に名前で呼ばせているのだ。
「お前がようやっと顔を出したというのでな、すぐに出頭命令を出させてもらった」
「もう少し優しい言い方をして欲しかったですね」
「優しく言ったらお前は来ないだろう?」
「……まぁ。でもうちの担任なんか、オレの成績関係のことだと思ってブルブル震えてましたよ」
教え子が【最下位】になったのだ。
トップである学園長から(物理的)ペナルティがあるのではと。
減給をくらって、婚期だけでなく給料も逃すのではと嘆いてもいた。
「最下位の件もなぁ。こんなことを私が言ってもなんだが、【仕事】で居なかったのだから仕方がないよな」
彼女の言う通り、オレは空白の4ヶ月をとある仕事に費やしていた。
この都市に帰還できたのも、実は今日だったりする。
だから直帰ならぬ――直登校したわけだ。
「追々々試験をやるかと
「ま、もはや
「……」
オレの言い分に、学園長は複雑そうな表情をする。
「……遺言か。確かに、私の親友であり、お前の師であるアイツの言葉でお前はここにいる。そこに本質的な意味は内包されていないのだろうさ」
だが、と学園長は言葉を続けた。
「アイツはお前に、楽しい、人並みの学生生活を送って欲しかったんだと思うぞ」
「さぁ。どうでしょう」
「親友の私が言うんだ。お前のことも手紙で度々聞いていた。だからアイツの想いを汲み取るならば――」
「おい」
オレは声を上げた。
上げたというよりはぶつけたというべきか。
「エヴァ・エンリフィールド。アンタはオレの師匠じゃあない。憶測と思い込みで勝手なことを言ってくれるなよ。オレが師から最期にもらったのは『アーサーズ聖剣学園に通いなさい』――この一言だけだ」
相手は剣聖だ。
たとえ緊急事態だろうと、聖剣を持つ者が、彼女にそんな乱雑な口をきくものではない。
――が、あくまでそれは、
「……私を諭すか、良い度胸だ。覚悟はできているのか?」
「ああ。今のオレは、むしろアンタが退治しなきゃいけないような存在だしな」
場合によっては、すぐに敵同士になる身分を互いに持つ。
「来いよ剣聖――お前も、お前の【聖剣】も、跡形なく殺してやる」
肉片どころか髪の1本も残さずに――
「……私を殺す、と?」
「そうだ。そしてこれは警告でなく宣告だ。覆しようのない事実だ。たとえオレがどんなに追い込まれようとも、たとえ首を刎ねられようとも、五臓六腑を刻まれようとも、剣殺しの【権能】は必ずアンタを殺す」
睨み合いが――続く。
呼び方を強要された時以上の殺気を向けられるが、意に返さず。
さっき臆してやったのは、馴れ合いにすぎず。
剣柄に手を掛けた意思こそだけは、
「……はぁ、やめだやめ! もうやめよう!」
先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。
両手を挙げ、戦意がないことを示す。
それに応じ、オレも臨戦態勢を解いた。
「悪かったよ。アイツの言葉は確かにそれだけなんだろう。私がお前とアイツのことに口を出すというのも可笑しい話だ。ただ、この学園の長ではあるからな、ついかまいたくなるのさ」
「そうですか」
「私としてはお前と仲良くしたいんだ。許してくれ」
「こっちも悪かったです。オレだって学園長と仲良くなりたいですよ」
「え、ホントか!?」
「冗談です」
「なんだ冗談か――って、おい! どういうことだ!」
一転。
充満していた殺気は霧のように消え、緩やかな時間が流れ出す。
「まったく。お前はアイツのこと言われるとすぐ怒るからな。普段フラフラ~っと生きているくせに、そこだけは感情的だ」
師匠ネタ、敵に逆手に取られないように気をつけろと忠告される。
「にしても久しぶりにヒヤッとした。以前にはない、今のお前の大胆な言動と殺気……少なからず〝融合〟の影響が表に出ているわけだ。報告は簡単に受けていたが本当に……」
「ええ、本当にここにいます」
「天国と地獄に君臨せし、ありとあらゆる刀剣武具を滅殺する
「オレだって死にましたよ。文字通り
そして運良く――今がある。
自身が
しかし彼女はここから動けない。
なにより、仕事だ仕事だと言っているが、師の意思を継ぎ【神】と戦うと決めたのは自分だ。
誰かに命じられて戦地に出向いたわけではない。
「まさか神名がそんなビッグネームだとは思わなかったし。流石に音信不通の期間が長すぎた。死んだと思って気が気じゃなかった――っと、
緊縛も解け一息つきたいのだろう、紙巻きの煙草を口にくわえる。
こう見えてもヘヴィースモーカーなのだ、彼女。
「じゃ、1本だけ」
差し出されるソレを口にくわえる。
その瞬間。金属の擦れるような音がし、煙草の先端に火がつく。
剣を高速で擦り合わせ、火種を生み出したのだ。
「相変わらす剣筋速すぎですね……」
「アイツとどっちが速い?」
「師匠」
「ッチ、かわいげのない」
本来なら年齢上、オレは喫煙できない。
ただこの場には2人だけ、誰も咎める者はいないので、堂々と紫煙を吐く。
といってもオレはたまに嗜む程度だが。
「この春からだ」
深く煙を吸い込みながら、学園長はゆっくり語る。
「何者かにうちの生徒が襲われている。死者は出ていないがみな重体だ。そして等しく聖剣を奪われている」
「聖剣が奪われる? 盗賊まがいの連中ってことですか?」
「目的は不明だ。ただ奪われた、いや狙われた者たちが所持していた聖剣は全て【
【聖剣】とは【聖なる武具】のこと。
しかし聖なる武具でも、大きく2つの種類に分けることができる。
1つ目が【
職人が鍛錬によって生み出した聖剣だ。
市場にも普通に並ぶし、【金】と【資格】があれば誰でも買える。
オレが飾りとして腰にさしてるのも【人造聖剣】だ、
2つ目が【
神様が奇跡によって生み出した聖剣だ。
入手方法は――天命を待つ。
一定の年齢になると、突然目の前に現れるらしい。不思議だろ?
もしくはダンジョンの最奥に封印されているパターンもあるらしい。命がけで探検をすれば自力で手に入るかもだ。
「まだ噂程度にとどまっているが、被害が広がる前にそろそろ駆逐せねばならない」
「あぁ、そういえばクラスの奴が言ってたな。確か……」
「聖剣殺し、と呼ばれている」
「……」
「犯行を考えるにおそらく学園内部に潜んでいるはず。少なくとも私はそう睨んでいる」
なんでも事件を目撃した生徒がいるらしい。
その人の話だと『聖剣がなぜか起動していなかった』とか。
聖剣を聖剣として機能させない力。
それが実在すれば、いいや、実在すると判明すれば、全ての聖剣使いにとっての脅威となる。
「ならオレは――」
「待て」
ソイツを調べて、発見して、倒す。
それも形式上は仕事(依頼)としてやるつもりだった。
しかし学園長から待ったが掛けられる。
「さっきも言ったが、その敵はこの学園の内部にいるはずだ。そして――聖剣を無効化しうる力を持っている可能性がある」
「……なにが言いたいんです?」
「言いたいというか確認だ。あらゆる聖剣を殺す者――グレイ、お前が『聖剣殺し』じゃあないよな?」
今日の今日まで、ずっと姿を消していた自分。
ここまでの旅路は、学園長にさえ簡単にしか報告していない。
そして事件の性質上、オレがやり玉に上げられるのも当然といえば当然。
不満そうな顔をしたり、憤ることもしない。
前にも言った。オレは他人になんと思われようが構わないのだ。
だが犯人と疑われているのならハッキリ答えなくては。
オレはちょうど終わった煙草を宙に放り――斬った。
床に火種が移らないよう、瞬間で細切れにしてみせた。
「エヴァさん」
「――オレは『聖剣殺し』じゃありませんよ」