超能力登校レースでカーストが決まる学校を『デコピン』の能力で生き抜けってバカじゃないの? 作:一般通過生徒T
あれ以降恭子ちゃんとは話さず放課後を迎え、寮へ戻った。夕飯を摂り、お風呂に入り、平和そのものな日常を享受して自室に戻った途端、思わずため息が出た。
部屋でひとり、今日のことをぼんやりと考える。
どうすればよかったんだろう。
きっと恭子ちゃんに嫌われた。
でも、助けるために登校決闘を挑むなんて無理に決まってる。
恭子ちゃんも恭子ちゃんだ。
私が悩むことを分かっていて話すなんて。
もやもやした気持ちが胸の内にたまり、限界を越えた。
唐突に叫びたくなって、布団を被りながら大声を出す。
「あああぁぁぁ!」
こういう時、一人部屋でよかったと心底思う。
能力者同士でトラブルが起こると困るから、完全個室なのだそうだ。
でも、裏を返せば心配してくれる人は一人もいない。
私だって、誰かに心配して欲しい。
けれどそんな人は誰もいない。
皆いなくなったからだ。
なんだか無性に寂しくなって、部屋を飛び出した。
星空を見れば何か変わるかもと思って。
けれど、山が近いとはいえ、ここは街中。
能力者を支援する施設が集まっている関係から、夜でもそこそこ明るい街だった。
大都会に比べればうっすらと星が見えるものの、一等星と呼ばれるような特段に明るいものしか目に入らない。
人生も、きっとそういうものなのだ。
極めて成功する人しか目立たず、私のような端役は誰の目にも映ることがない。
だから、私のそばにいた翔さんや恭子ちゃんという明るい星を失った今、私を見てくれる人なんて誰もいないのだ。
見てくれる人がいるとすれば、限界集落のような、何もない場所にいる時だけ。
いっそのこと、それもいいかもしれない。
人が少ない場所で、他人に必要とされながら生きる。
大きな能力を持たない私には、それくらいがちょうどよさそうだ。
寮の前の階段で漫然とそんなことを考えていたら、前方から人がやってきた。
こんな遅い時間に帰ってくるなんて、随分な不良もいるもんだなぁ。
門限ギリギリな気がするけど。
いったいどんな人だろうと思ってこっちに来る人影を眺めていたら、見えてきた顔はよく知る人物のものだった。
「……翔さん?」
なんでこんな時間に出歩いているんだろう。
そんなことする人には思えなかったけど。
翔さんも私に気がついたのか、寮の出入り口に向かわずこちらに近づいてきた。
「久しぶり、珠姫ちゃん。どうしてこんな時間に外にいるの?」
よかった。ここで無視されてたらどうしようかと思った。
まだ知り合い程度には関心を持ってくれているみたいだ。
他人との繋がりが希薄になっていた私にとっては、こんなに嬉しいことはない。
「なんだか寂しくなっちゃって、星を見にきたんです。翔さんこそ、こんな時間までなにしてたんですか?」
言い淀む翔さん。
なんだろう。言えないくらい悪いことしてたのかな?
じっと見つめていると、私の視線に観念したように、やおら口を開いた。
「……大善さんに付き合っていたんだ。それで帰りが遅くなったんだよ。それだけ」
「それだけって……こんな遅くまで、一体何をされていたんですか?」
「……珠姫ちゃんには言いたくない」
「それって、私に言えないような酷いことをされているってことですよね?」
失言したと気がついた翔さんは、露骨に話題を変えてきた。
「ボクのことはいいんだよ。それより珠姫ちゃん、何か悩み事があるんじゃない?」
――どうしてそれを。
――なんで話題を変えたんですか。
浮かぶ言葉はいくつかあったけれど、どれも適切ではないような気がして。
何故なら、もやもやとした気持ちに蹴りをつけられるチャンスかもしれなかったからだ。
酷い扱いを受けている翔さんにこれ以上の負担をかけるのは憚られるけれど、私の気持ちが収まらないのも事実。
結局、翔さんの気遣いに甘えて、自分の気持ちの解決を選んだ。
踏み込んでくるってことは、聞いてくれる用意があるってことだと思ったから。
「悩みごと、ね。ありますよ。翔さんたちのことで悩んでます。そのうち退学させられるかもって聞いて」
「そんなの誰から……って恭子ちゃんしかいないか。それを知っていて、珠姫ちゃんに教えそうなのは彼女しかいないからね」
「その、本当のことなんですか?」
「大善さんが本気で言ったかはわからないけど、だんだん要求がエスカレートしていってる。飽き始めているのは事実だろうね」
そんな……本当に退学させられそうな気がするし、それ以前に人として致命的なことをやらされそうだ。
「……そこまでされているのに、どうして言いなりなんですか?」
「登校決闘で負けたからだよ。敗者は勝者の言うことに絶対服従がきまりだから」
「でも、私のことはなんとかできたじゃないですか。そういう裏道はないんですか?」
「珠姫ちゃんを助けられたのは、君が何も知らない新入生だったことと、あの時のボクが大善さんより強かったからだよ。今同じことになっても、二度と助けられない。あれだって、彼女のプライドを刺激して保留にして貰っていただけさ。結局、要求は履行されたしね」
私が恭子ちゃんを見捨てた一件を言っているのだろう。
自分本位という言葉が脳裏に蘇る。
「私は……どうしたら」
思わずこぼれた呟きに返ってきたのは、思ってもみなかった言葉だった。
「別に、気にしなくて良いんじゃないかな」
「気にしなくて良いって! なんでそんなこと言うんですか!」
声を荒げて歯向かうも、翔さんは毅然とした態度だった。
「少し酷いことを言うようだけど、助けられる算段がないなら、ボクたちのことなんて忘れちゃったほうが気が楽だよ。珠姫ちゃんが思い悩む必要なんてない」
それは突き放してるようで、私のことを慮っている言葉だった。けれど、ここで肯定すると繋がりが完全に消えそうで、鈍る思考でなんとか意見を絞り出した。
「でも、私がきっかけで翔さんは登校決闘を挑まれて、翔さんを取り戻すために恭子ちゃんも挑んで負けたじゃないですか。気にしないなんて無理ですよ」
「それこそ気にしなくて良いよ。限界まで注がれていたコップに、たまたま水が追加されたにすぎない。あれはただのきっかけでしかなくて、珠姫ちゃんのことがなくても、近いうちにああいうことは起こってたよ」
「けど、きっかけにはなっちゃたんですよね?」
「だとしても、コップが限界じゃなければ何も起こらなかった。最後に起こったことだけを取り上げて責め立てるのは間違ってるよ。だから、気にしなくて良いんだ」
そう言われても、責任は感じてしまう。
「気にしないなんて無理ですよ。例えきっかけに過ぎないとしても、関わったことは事実なんですから」
「珠姫ちゃんは優しいね」
「……別に優しくなんてないです。本当に優しいなら、何も悩まず二人を助けようとしてますから。それができなくて、我が身可愛さで動けなくなってる。結局、私は自分本位なんです」
自嘲する私に、翔さんはどこまでも優しかった。
「いいんじゃない? 自分本位でも。自分がなきゃ、他人も気にすることなんてできないよ」
「……私が二人を見捨てても良いって言うんですか?」
私としては致命的なことを聞いたつもりなのに、翔さんはあっさりと、けれどキッパリと言い放った。
「さっきも言ったけど、別に良いと思うよ。それで珠姫ちゃんが後悔しないなら、だけど」
「その言い方はずるくないですか?」
二人を見捨てて後悔しないなんて無理だ。
しばらく無言が続いた後、翔さんは優しく問うてきた。
「珠姫ちゃんが本当に望んでることは何?」
「……私は二人を見捨てたくない。でも、勝てる気がしないんです。だったら挑まない方がいいのかなって思っちゃって」
「大善さんに挑まないなら、助けるなんて考えずに、ボクたちのことなんて忘れよう。助けなきゃって思いは、珠姫ちゃんを苦しめるだけだ」
「無理ですよ、忘れるなんて!」
声を荒げた私に、翔さんは導くように優しく言った。
「なら、逃げ道を用意すればいいんじゃない?」
「逃げ道?」
この問題に、逃げ道なんてあるのかな?
「挑む準備をして、勝てると思ったら挑む。準備してる間に勝てないと思ったらやめる。それなら、努力はしたって納得できるんじゃないかな? 負けそうなら、無駄に犠牲が増えるだけだからやめたらいいよ」
確かにそれなら、心は軽くなるかもしれない。
でも――。
「いいんですか? そんなズルしちゃって」
「ズルなもんか。珠姫ちゃんの心を守るための立派な作戦だよ」
ずっと一人だった心に、翔さんの優しさは沁みた。
そんなつもりは全くなかったのに、雫が頬を伝う。
「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
「珠姫ちゃんが苦しそうだったから……ってのが七割くらいで、残り三割は、勇気づけたら助けてくれるかもなって淡い期待を持ってるからだね」
言ってることがさっきとちぐはぐで、少し笑ってしまった。
「ふふ。そのわりには、見捨てろなんて言ってますけど」
「見捨てられたらその程度の関係だったってだけだね。少しは勝算があるから言ってるんだよ」
「まぁ、私が挑んだとしても、勝てなかったら意味がないんですけどね」
投げやりに言った私の手を取って、翔さんは瞳を合わせてきながら告げてきた。
「勝てるよ。珠姫ちゃんなら」
その言葉は、例えと嘘だとしても、心に響くものだった。
「慰めだとしてもなんだか勇気が湧いてきますね」
けれど、翔さんの意図は違うようで。
「慰めなんかじゃない。恭子ちゃんから能力の詳細を聞いて、これなら勝てると思った。だから、あとは珠姫ちゃんが自分を信じられるかどうかだよ」
「自分を信じられるかどうか……」
そういえば、恭子ちゃんも、勝てる見込みがあるのに無理って決めつけて、みたいなこと言ってた気がする。
捨て台詞かと思ってたけど、翔さんも同意するってことは、事実なんだ。
「ボクたちの評価を信じてとは言わない。でも、恭子ちゃんにも勝った自分の底力は信じてみてもいいんじゃないかな?」
「私の底力……」
そんなものがあるかは分からないけど、恭子ちゃんに私の能力の詳細を聞いてみても良い気がする。
まだ何も解決してないけど、少し心がすっきりした。
新たに決まった方針を、翔さんに告げる。
「私は、二人を助けたい。そのためにできることは、できる限りしてみようと思います」
「ありがとう。でも、やめたってボクたちは責めるつもりはないから、無理しないでね」
「心配してくれてありがとうございます。翔さんの言葉と自分を信じて、やれるだけやってみます」
意を決めて、立ち上がる。
目に入った夜空は、闇が濃くなっていて、灯る光が増えていたような気がした。