超能力登校レースでカーストが決まる学校を『デコピン』の能力で生き抜けってバカじゃないの? 作:一般通過生徒T
だから、だろうか。
一言でいえば、混乱していたのだろう。
冷静な状態ならこんなことはしなかったはずだ。
風がまとわりつく手を、前を行く真澄さんに向けて――。
――止まれ! と思いながら能力を発動しようとした。
我ながら無意味な行動をしたと思ったが、結果は予想を裏切った。
途端、カクンと体勢を崩す真澄さん。
膝をついた彼女は、信じられないような顔をして、こちらを振り向いた。
私が構えた後、真澄さんが膝をつく。
誰が見ても因果関係は明らかだ。
……ち、違う。わざとじゃない。
わざと当てたんじゃなくて、負けるのが嫌で、思わず手が出てしまっただけだ。
傷つけたくてやったわけじゃない……!
直接攻撃してしまったから、私はなにか処罰を受けるんだろうか……。
そもそも、手に風がまとわりついていたのに、なんで能力が発動したんだろう。
わからないことだらけで、それでも時間は待ってくれなくて。
真澄さんの横を通り過ぎて、逃げるように校門を目指した。
ほうほうの体であの場から逃げ出したけど、真澄さんはすぐに追ってきた。
けれど私を抜かず、復讐で攻撃するでもなく、ただ後ろで控えるのみ。
不気味な静けさがその場を包んでいた。
端的に言うと居心地が悪い。
例えるなら、めちゃくちゃ怖い犬の尻尾を踏んづけたのに、吠えるでもなくじっと睨みつけて後ろをつけられてる感覚だ。
隙を見せたら襲われそうで、その恐怖から逃げるように、私はひたすら走る。
手のまとわりはいつのまにか無くなっていたけど、加速を使う気にはなれなかった。
後ろに真澄さんがいるからだ。
それなりに反動が強いから、万が一巻き込んで文句言われると困る。
すでに前科一犯なのだ。
またもや能力で巻き込んだら、最悪の場合退学になりそう。いや、むしろもう退学モノかもしれない。
悪い思考が頭を占めて、足が鈍る。
息が上がり始めて、苦しくてたまらない。
もう小学生の方が早いくらいだ。
なのに、なぜか真澄さんは私を抜こうとしない。
前に出たらまた撃ち抜かれると思っているのか、別の思惑があるのか。
それは分からないけれど、今の私にとっては不都合だった。後ろにいられると加速も使いにくいから。
そうして、居心地の悪い時間が永遠に続くかと思われた頃。
真澄さんが突然前に出た。
それも、かなり変則的な動きでだ。
風の能力で斜めに飛んだり、かと思えば急に着地したりと、複雑な軌道を描いている。
なんだろう。また私に撃たれないようにする為かな。
あれはわざとじゃなくて乱心のせいだから、もうしないのに。それに、失敗したら後ろに反動がつく。
だからあんな偶然は二度と起きないんだ。
そんなことを考えているうちに、真澄さんはどんどんスピードをあげていく。
なんでだろうと思っていたけれど、ここは校門の近くだ。
つまりラストスパートをかけにきたということ。
どういうつもりか知らないけど、攻撃されたことを理由に文句をつけようという魂胆ではないらしい。
もしかしたら勝った上で不正をたしなめるのかもしれないけど、どうやら彼女は本気で勝ちに行くつもりのようだ。
負けた上で詰められたら、本当に退学しかなくなりそう。
……それは嫌だ。
退学を回避するためになんとか勝たないといけないんだけど……。
さっきのような偶然は期待できないし、かと言って、ただの加速で追いつける気はしない。体力ももう限界だ。
無駄な軌道を描いているとはいえ、能力的には向こうが上。
それに、真澄さんには加速封じがある。
なんでやらないかは知らないが、それをされるだけで私は終わりだ。
なにかこう、風のまとわりを突破できる威力があれば別かもしれないけど……。
そう思った時、突拍子もない考えが頭に浮かんだ。
今までデコピンは指一本でしかやってなかったけど、二本以上ならどうなるんだろう?
好奇心は一度芽生えてしまえば、止まることを知らない。
むくむくと膨れ上がり、すぐに行動へと移った。
結果。
「うわあああ止まらないいいいぃ」
下手にスピードを緩める方が危うい勢いで加速した。
森林地帯を抜けていたのが良かった。
良かったけれど、一つ問題があった。
このままいくと崖にぶつかる。
あとはもう坂を登っていくだけなのだが、その坂はヘアピンカーブが連続した嫌がらせのようなクネクネした坂なのだ。
このままいけば壁に衝突。
かといって、この勢いで曲がれるほど緩いカーブじゃない。曲がれたとしても体力が持たないだろう。
苦肉の策で、ぶつかる寸前、壁に足をかけ、指を下に向けて思いっきり弾いた。
坂がそんな急じゃないから、せいぜい人の身長くらいの崖だ。
それを、重力など無視したかのように壁づたいに登った。気分はゲームに出てくるニンジャだ。
な、なんとかぶつからずに済んだ……。
味をしめた私は、続くカーブも同じようにして登る。
最後の崖を抜けた時、真澄さんの姿が横目に見えた。
どうやら追いつけたみたいだ。
校門までは後少し。
そして、またも、やらかしてしまった。
負けたくないと、能力を思い切り使ったのがいけなかったのだろう。
今まで崖上りで腕が下を向いていた分、水平にしたはずの腕が少し下がっていた。きっと疲れもあったのだろう。
そのせいで、いつもより勢いの強い能力は、私の身体を宙に浮かせた。
「わ、わ、わぁーっ!」
射出された私の身体は、宙を泳ぎ着地先を探している。
だが、人がたくさんいる場で能力を下に向けて撃てないし、ましてや空中浮遊など初めてなのだ。
冷静でいられなかった私は、パニックになった。
「誰か! 助けて!」
目を瞑って、神頼み。
地面が近づいてくる感覚はあったが、ついぞぶつかることはなかった。
なにか柔らかいものに包まれたからだ。
地面に衝突する手前で身体が浮いている。
「た、助かった……?」
安堵していると、勝負していたはずの真澄さんがやってきた。
「まったく。対応策がないのにこんなことするんじゃないわよ」
彼女の呆れの声と共に、私の身体はべしゃりと地面に落ちた。
「あ、ありがとう」
お礼を言うと、彼女は少し不機嫌そうに手を差し伸べてきた。
「まぁ、対応を人に丸投げしたのは褒められたものじゃないけど、結果はあなたの勝ちよ。おめでとう」
どうやら、私の身体は校門を通過していたらしい。
しかし私は、その言葉もその手も、素直に受け取れなかった。
「で、でも……」
真澄さんは歯切れの悪い私を見て、不思議そうにした。
「でも、なに?」
「私、真澄さんのことを攻撃しちゃったから……ごめんなさい。失格ですよね?」
真澄さんは意表をつかれたような顔をしてから、大袈裟に笑った。差し出していた手を引っ込めて、お腹にあてている。そんなにおかしなことを言っただろうか?
「あはははっ。そんなこと気にしてたなんて! だから途中から雰囲気暗かったんだ!」
「そんなことって! 退学モノの重大な校則ですよ!」
「確かにびっくりしたけど、外傷はなかったし、これといった衝撃もなかった。怪我をさせるような物理攻撃じゃなければお咎めなしなのよ。そうじゃなきゃ、干渉系の能力者は無能力と同じになっちゃうからね。知らなかったの?」
え、別に人に対する攻撃が全部ダメってわけじゃないんだ。
「じゃ、じゃあ私の心配は……」
「杞憂ってことよ。それよりも、着地を人任せにした最後の跳躍の方が問題ね。私が助けなかったら怪我どころじゃ済まなかったかもよ?」
「ご、ごめんなさい。でもどうしても勝ちたくて……」
「そんなに小鳥遊先輩と一緒にいたかったのね」
別に一緒にいたいからってわけじゃないけど、説明が面倒なので肯定しておく。
「まぁ、そうですね。そうしないと人生詰むので」
「それ、前にも言ってたわね。どういうことか、理由を聞いてもいい?」
そういえば、この人にはきちんと説明してなかったな。というか結局説明することになるのか。誤魔化した意味ないな。
私は、翔さんに師事するまでの経緯を手短に話した。
「――――ってことがあってね。翔さんとの関係がなくなると、最悪退学になっちゃうんだ。だから必死だったの」
「……なるほど。そんな事情があったのにごめんなさい。単に下心で近づいてると思ってたわ。ほら、あの人いつも一位でしょ? 中等部の時もそうで、私の憧れだったの。だから、彼女を利用してると思って許せなくて」
まぁ間違ってはいないけどね……。
でも真澄さん的には仕方ない事情らしい。
人の心がある人でよかった。
「真澄さんなりに翔さんを心配してたんだね」
「意味はなかったみたいだけどね。ごめんなさい、早とちりで疑ってしまって。それ相応の罰は受けるわ。さぁ、あなたの要求を言ってちょうだい。私ができることならなんでもするわ」
「な、なんでもとか言っちゃダメだよ。私がとんでもないこと要求してきたらどうするの?」
できることならなんでもって、裸になって過ごせとかでも受け入れいれるのかなとか、ちょっと気になるけど。
そんなことを考えていたら、私の考えを見透かすような質問が飛んできた。
「例えばどんなこと?」
まさかさっきの事を言うわけにもいくまい。
変態だと思われる。
そう思って、今しがた思いついたことを口にした。
「た、退学とか」
だが、軽い気持ちで発した言葉は、重い結果を招きそうになった。
「退学してほしいの? それが望みならそうするけど……退学の危機に晒されたの、結構根に持ってるのね」
ちょ、本気にしてる!
本当に退学されたら寝ざめが悪いので、慌てて止めた。
「わーっ! わーっ! 違う! 本当にそういうことでもするのかなって気になっただけ!」
「私が望む望まないに関わらず、それくらいならしなきゃいけないのよ。登校決闘に負けるってそういうことよ。日々の序列とは訳が違うの」
いやいや、怖すぎでしょこの学校。
「たった一回の登校勝負でそんな大事なこと決めるとか考えられない……」
私がそうごちると、真澄さんは常識を語るかの如く、平然と述べはじめた。
「いい? 知ってると思うけど、ここは能力者を育成する学校よ。私たちが敵意を向けて本気でぶつかり合えば、怪我はおろか、死人すら出る。それは分かるわよね?」
まぁ、能力者同士がガチバトルしたらそうなるのかもね。
「諍いを治めるための手段として用意されてるのは知ってるよ。でも、相手の退学まで認められるなんて、やりすぎじゃない?」
「下手したら相手を殺して黙らせることもできる能力者たちよ。それをルールで押さえ込むのだから、ある程度強い要求まで含めておかないと、不満がたまる。だから仕方ないことなのよ」
それにしたって、相手の人生をめちゃくちゃにする権利はやりすぎな気がするけどなぁ。
中等部から通ってる真澄さんはすっかりこの学校に染まってるみたいだ。
でも、そんな彼女だからこそ心強い。
今の話を聞いて、彼女に対する要求が決まった。
「なら、私の要求が無茶でも、真澄さんは飲むってことだよね?」
「私が負けたのだからもちろんよ。校則で決められている範囲ならね。というか、そんな無茶な要求するの? なんだか怖くなってきたわ」
腕を切るとか、直接的な危害が加わるような要求は禁止されてるんだっけ。まぁ、そんな物騒な要求なんてしないけど。
「私の要求は――」
間を開けて溜めていると、真澄さんからツッコミが入った。
「なによ。早く言ってよ。身構えて怖くなるじゃない」
あまり溜めても怖がらせるだけなので、残りを一息で告げた。
「――友達になって、私を守って欲しいの」
真澄さんはぽかん顔。
そ、そんなに変なこと言ったかな?
真澄さんの様子を伺っていると、彼女は戸惑いがちに聞いてきた。
「そんなことでいいの? それに、敵対していた相手を友達にしようなんて、何を考えているの?」
散々な言われようだ。
でも理にかなっていると思うけどな。
「私はなにかと目をつけられているの。それに、翔さんだっていつでも私を守ってくれるわけじゃない。だから、身近に頼れる人が欲しいだけだよ」
そう伝えると、彼女はなおも食い下がった。
「酷いことしようとした相手を懐に入れるなんて、裏切られるなんて考えないの?」
「真澄さんならそんなことしない」
言い切ると、彼女は分かりやすく狼狽えた。
「会って数日でなんでそんなことが言えるのよ……」
そんなの決まってる。
「真澄さんが律儀な人だからだよ」
「そんな振る舞いしたかしら」
「登校決闘の当日までちょっかいかけてこなかったじゃない。それに、最後に私を助けてくれた。負傷させたり難癖つけられる余地はあったのに、しなかった。それだけで信ずるに値するよ」
思いの丈を伝えると、真澄さんは少し顔を赤らめた。
「……そう。あなたの要求は友達になって守ることね。確かに承ったわ」
なんか命令みたいで堅苦しいな。
でもそんな彼女だからこそ、裏切ることはなさそうだ。
友誼の証として、座り込んだまま手を差し出した。
「これからよろしくね」
彼女は少し逡巡し、やがて私の手を掴むと、ひっぱり起こしながら言った。
「ええ、よろしくね。東雲さん」
「珠姫でいいよ。なんかよそよそしいし」
「なら私も恭子でいいわ」
「うん。改めてよろしく、恭子ちゃん」
紆余曲折あったけど、こうしてこの学校で初めての友達ができた。
翔さん?
師匠だから別枠。
いつか友達になれたらいいとは思ってるけど、まぁ今は違うよね。