「武さんっ!!!」
私は悲鳴を上げながら、倒れた彼の元へと駆け寄った。
横たわる彼の身体を見て、息が止まる。
彼の白い衣服はボロボロに引き裂かれ、その下にある白い肌には、数え切れないほどの無数の深い切り傷が刻まれていた。そこから、鮮紅の血が溢れ出し、地面を染めていく。
武さんの瞼は固く閉じられたままで、ピクリとも動かない。
私はパニックになりながら、ゆっくりと彼の肩を揺さぶった。
「嘘……嘘でしょ? 目を開けて、武さん!!」
どれだけ叫んでも、どんな反応も返ってこない。微かな呼吸の音すら、聞き取れないほどに弱々しかった。
武さんは、私を……何の力もない私のことを身を挺して庇ったせいで、こんな凄惨な傷を負ってしまったのだ。
彼がどれほどの重傷を負っているのか、私には分からない。
生死の判別すらつかなかった。
だけど、今この極限状態の中で、私が頼れるのは彼一人だけだった。
だから私は、狂ったように何度も、何度も彼の名前を呼び続けた。
私には、戦う術なんて何ひとつない。
非情にも傷つき、倒れてしまった彼に、ただ縋って助けを求めることしかできない、無力な存在だった。
「ふむ……もうその器は、役には立ちそうにないな」
僧が、感情の失せた静かな声で告げた。
「さあ、お遊びは終わりだ。来るのだ、巫女よ」
顔を上げると、血に飢えた獣のような僧が、ゆっくりと、確実な足取りでこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
圧倒的な恐怖と、底なしの絶望によって、私の身体は指先ひとつ動かすことができなかった。
(だめだ……今度こそ、連れて行かれる……っ)
私は恐怖のあまり、迫り来る過酷な現実から逃避するように、もう一度強く目を瞑った。
そのまさに絶体絶命の瞬間。
空気を引き裂くような地響きとともに、空間そのものを揺るがすような特大の衝撃が炸裂した。
三度目の襲撃が来たのだと思い、私は身体を縮こまらせて痛みに耐える覚悟を決めた。
しかし────いつまで経っても、私に痛みが訪れることはなかった。
代わりに、肌を刺すようだったあの重苦しい圧迫感と、周囲を支配していた悍ましい沈黙が、嘘のように終わりを告げていた。
耳の奥に、サラサラと葉を揺らす風の囁きが戻ってくる。
優しい夏の虫の音。
遠くでさえずる、穏やかな鳥の声。
正式な現実へと私を引き戻す「人間の声」が聞こえた。
「鈴さんっ!!!」
それは、私の名前を必死に呼ぶ声だった。
ハッと目を開けると、私はいつの間にか、朝日の差し込むいつもの明るい竹林の中に座り込んでいた。
目の前には、血相を変えて駆け寄ってくる伊織さんと史耶の姿がある。
あの禍々しい僧の姿も、世界を塗り潰していたドロドロとした漆黒の闇も、どこにも存在しなかった。
ついさっきまでの恐怖の光景が、まるでタチの悪い白昼夢だったかのように、綺麗さっぱりと消え去っていたのだ。
だけど。
視線を真下へと戻した瞬間、それが夢なんかではないことを、残酷な現実として突きつけられた。
そこには────衣服を血で真っ赤に染め上げ、無数に傷つき、ピクリとも動かずに倒れている武さんの姿が、確かにあった。
「武さん……っ! 武さん!!」
私は半分泣き叫びながら、彼の血塗られた胸元へと必死にすがりついた。
ごめんなさい。ごめんなさい……っ!!
武さんは、私を……私を助けるためだけに、その身を挺して傷ついたのだ。
私はこの時初めて圧倒的な宿命の重さと、自分の無力さの罪悪感を、胸が張り裂けそうなほどの痛みと共に、深く、重く、心に刻みつけていた。