悠久の彼方より   作:時-トキ-

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第15話

「武さんっ!!!」

私は悲鳴を上げながら、倒れた彼の元へと駆け寄った。

横たわる彼の身体を見て、息が止まる。

彼の白い衣服はボロボロに引き裂かれ、その下にある白い肌には、数え切れないほどの無数の深い切り傷が刻まれていた。そこから、鮮紅の血が溢れ出し、地面を染めていく。

武さんの瞼は固く閉じられたままで、ピクリとも動かない。

私はパニックになりながら、ゆっくりと彼の肩を揺さぶった。

「嘘……嘘でしょ? 目を開けて、武さん!!」

どれだけ叫んでも、どんな反応も返ってこない。微かな呼吸の音すら、聞き取れないほどに弱々しかった。

武さんは、私を……何の力もない私のことを身を挺して庇ったせいで、こんな凄惨な傷を負ってしまったのだ。

彼がどれほどの重傷を負っているのか、私には分からない。

生死の判別すらつかなかった。

だけど、今この極限状態の中で、私が頼れるのは彼一人だけだった。

だから私は、狂ったように何度も、何度も彼の名前を呼び続けた。

私には、戦う術なんて何ひとつない。

非情にも傷つき、倒れてしまった彼に、ただ縋って助けを求めることしかできない、無力な存在だった。

「ふむ……もうその器は、役には立ちそうにないな」

僧が、感情の失せた静かな声で告げた。

「さあ、お遊びは終わりだ。来るのだ、巫女よ」

顔を上げると、血に飢えた獣のような僧が、ゆっくりと、確実な足取りでこちらに歩み寄ってくるのが見えた。

圧倒的な恐怖と、底なしの絶望によって、私の身体は指先ひとつ動かすことができなかった。

(だめだ……今度こそ、連れて行かれる……っ)

私は恐怖のあまり、迫り来る過酷な現実から逃避するように、もう一度強く目を瞑った。

 

そのまさに絶体絶命の瞬間。

 

空気を引き裂くような地響きとともに、空間そのものを揺るがすような特大の衝撃が炸裂した。

三度目の襲撃が来たのだと思い、私は身体を縮こまらせて痛みに耐える覚悟を決めた。

しかし────いつまで経っても、私に痛みが訪れることはなかった。

代わりに、肌を刺すようだったあの重苦しい圧迫感と、周囲を支配していた悍ましい沈黙が、嘘のように終わりを告げていた。

耳の奥に、サラサラと葉を揺らす風の囁きが戻ってくる。

優しい夏の虫の音。

遠くでさえずる、穏やかな鳥の声。

正式な現実へと私を引き戻す「人間の声」が聞こえた。

「鈴さんっ!!!」

それは、私の名前を必死に呼ぶ声だった。

ハッと目を開けると、私はいつの間にか、朝日の差し込むいつもの明るい竹林の中に座り込んでいた。

目の前には、血相を変えて駆け寄ってくる伊織さんと史耶の姿がある。

あの禍々しい僧の姿も、世界を塗り潰していたドロドロとした漆黒の闇も、どこにも存在しなかった。

ついさっきまでの恐怖の光景が、まるでタチの悪い白昼夢だったかのように、綺麗さっぱりと消え去っていたのだ。

 

だけど。

 

視線を真下へと戻した瞬間、それが夢なんかではないことを、残酷な現実として突きつけられた。

そこには────衣服を血で真っ赤に染め上げ、無数に傷つき、ピクリとも動かずに倒れている武さんの姿が、確かにあった。

「武さん……っ! 武さん!!」

私は半分泣き叫びながら、彼の血塗られた胸元へと必死にすがりついた。

ごめんなさい。ごめんなさい……っ!!

武さんは、私を……私を助けるためだけに、その身を挺して傷ついたのだ。

私はこの時初めて圧倒的な宿命の重さと、自分の無力さの罪悪感を、胸が張り裂けそうなほどの痛みと共に、深く、重く、心に刻みつけていた。

 

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