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それが夢ではなく、現実の光だと気付いたのは、薄く開けた微睡みの中で太陽の眩しさを感じた時だった。
(変な、夢……)
まだ頭が完全に覚醒しておらず、身体を起こす気力も湧かない。
けれど、ふいにすぐ近くで、じっとこちらを見つめる生々しい「人の気配」を感じて、思考が跳ね上がった。
私の頭のすぐ上に、誰かがいる。
その人物は、私が目覚めたことを察知するやいなや、ずいっと信じられない距離まで顔を近づけてきた。
「やっと目が覚めたか」
私と、見知らぬ少年の顔との距離は、わずか十センチほど。
私と同い年か年下のだろうか、青年とまではいかない顔立ちの中で、大きくて意志の強そうな瞳がらんらんと輝いている。
その瞳の色は黒色をしているようで、気のせいか、燃えるような朱色に見えた。
「おいっ!」
距離感のバグった少年が、至近距離で声を荒らげる。
その瞬間、私の頭の回路が完全に繋がった。
次の瞬間には、喉が裂けんばかりの悲鳴を上げていた。
「きゃーーーーーーっ!!」
あまりの音量に驚いたのか、少年が弾かれたように後ろへ飛び退く。
私はその隙に、這うような勢いで布団から這い出し、部屋の隅の壁際に背中を押し付けた。
「だ、だ、だ、誰ですか、あなたっ!?」
顔がカッと熱くなるのが分かる。
驚きと、そして最悪な寝顔を見られたかもしれないという恥ずかしさで、全身がガタガタと震えた。
突然知らない男の子が部屋に侵入していて、顔が信じられないくらい近くて、えっと、とにかくパニックで頭が爆発しそうだった。
「どうしたんですか!?」
私の悲鳴を聞きつけて、廊下から激しい足音と共に襖が開き、伊織さんが飛び込んできた。
「伊織さん! 変な人が、変質者がいます!」
私は救世主の姿を見るなり、伊織さんの背後に回り込んでその着物の裾をぎゅっと握りしめた。
そして、背中から目だけを出して不審者を睨みつける。
「誰が変質者だ、コラ! なんで俺がそんな扱いされなきゃいけねーんだよ!」
少年は心底心外だとばかりに、眉間をこれでもかと寄せて私を睨み返してきた。
(変質者以外の何者でもないでしょ! 女の子の寝室に無断で入るなんて!)
と心の中で激しく毒突く。
そんな一触即発の空気の中、伊織さんが困ったように眉を下げて声をかけた。
「当麻(とうま)くん」
「え?」
私は伊織さんの顔を見上げた。知り合いなのだろうか。
伊織さんは私を安心させるように、いつもの優しい笑みを向けてくれた。
「彼は緋田当麻(ひだとうま)くん。私と同じ、ここで修行を励んでいる仲間ですよ」
「え……仲間?」
私が呆気に取られていると、当麻と呼ばれた少年は、ずかずかと不機嫌極まりない足取りでこちらに歩み寄ってきた。
「せっかく助けてやったのに、なんだよその言い草。調子狂うな」
「助けた……? 何を?」
首を傾げる私を余所に、伊織さんの表情が不意に、見たこともないほど厳しく険しいものへと変わった。
「当麻くん、何かあったのですか?」
伊織さんの低い声に、当麻はキッと真面目な顔で深く頷いた。
「『陰(イン)』の気配が、こいつの意識に侵入してやがった。こいつの魂を、あっち側に連れていこうとしてたんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。
さっきの夢。
暗闇から響いた声。私を誘う手。
彼の言うことは、オカルトなんかじゃない。
私が今しがた見ていた夢の内容そのものだった。
「まさか、こんなに早く接触を図ってくるとは……」
伊織さんの顔から血の気が引き、少し青ざめて見える。
私は完全に会話のスケールについていけず、ただ恐怖と困惑の混ざった目で、二人の顔を交互に見比べることしかできなかった。
するとそこへ、廊下からふらりと武さんが現れ、感情のない声でぽつりと言い放った。
「当麻、土足」
緊迫した空気を一瞬でぶち壊すような一言に、全員の視線が当麻の足元へと落ちる。
そこには、お世辞にも綺麗とは言えない、外履きの草履を履いたままの足があった。
しかも、彼が歩いた畳の上には、点々と黒い泥の足跡が綺麗に残されている。
「早く掃除した方がいい。お館様に知られたら、また大目玉を食らうぞ」
武さんの淡々とした脅し文句に、当麻の顔がみるみるうちに真っ青になっていく。
さっきまでのオカルトチックな緊迫感はどこへやら。
当麻は「やべっ!」と叫ぶなり、靴を履いたまま窓から庭へと飛び降りて逃亡した。
伊織さんも「雑巾、雑巾を敷いてこなきゃ……!」と慌てて廊下の先へと消えていく。
嵐のように去っていった二人を呆然と見送り、部屋に残された私と武さんの視線が、ふと交わった。
「あの……本当に、一体何がどうなっているのか、私にはさっぱり……」
絞り出すような私の声に、武さんはスッと視線を逸らし、
「今夜、詳しく話を聞くことになる。……それまで待て」
とだけ冷淡に言い残し、背を向けて去っていってしまった。 部屋にたった一人取り残された私は、未だに理解不能な現実を前に、ただ抱え込んだ膝に顔を埋めるしかなかった。