悠久の彼方より   作:時-トキ-

3 / 30
第3話

 

      *** ***

 

それが夢ではなく、現実の光だと気付いたのは、薄く開けた微睡みの中で太陽の眩しさを感じた時だった。

(変な、夢……)

まだ頭が完全に覚醒しておらず、身体を起こす気力も湧かない。

けれど、ふいにすぐ近くで、じっとこちらを見つめる生々しい「人の気配」を感じて、思考が跳ね上がった。

私の頭のすぐ上に、誰かがいる。

その人物は、私が目覚めたことを察知するやいなや、ずいっと信じられない距離まで顔を近づけてきた。

「やっと目が覚めたか」

私と、見知らぬ少年の顔との距離は、わずか十センチほど。

私と同い年か年下のだろうか、青年とまではいかない顔立ちの中で、大きくて意志の強そうな瞳がらんらんと輝いている。

その瞳の色は黒色をしているようで、気のせいか、燃えるような朱色に見えた。

「おいっ!」

距離感のバグった少年が、至近距離で声を荒らげる。

その瞬間、私の頭の回路が完全に繋がった。

次の瞬間には、喉が裂けんばかりの悲鳴を上げていた。

「きゃーーーーーーっ!!」

あまりの音量に驚いたのか、少年が弾かれたように後ろへ飛び退く。

私はその隙に、這うような勢いで布団から這い出し、部屋の隅の壁際に背中を押し付けた。

「だ、だ、だ、誰ですか、あなたっ!?」

顔がカッと熱くなるのが分かる。

驚きと、そして最悪な寝顔を見られたかもしれないという恥ずかしさで、全身がガタガタと震えた。

突然知らない男の子が部屋に侵入していて、顔が信じられないくらい近くて、えっと、とにかくパニックで頭が爆発しそうだった。

「どうしたんですか!?」

私の悲鳴を聞きつけて、廊下から激しい足音と共に襖が開き、伊織さんが飛び込んできた。

「伊織さん! 変な人が、変質者がいます!」

私は救世主の姿を見るなり、伊織さんの背後に回り込んでその着物の裾をぎゅっと握りしめた。

そして、背中から目だけを出して不審者を睨みつける。

「誰が変質者だ、コラ! なんで俺がそんな扱いされなきゃいけねーんだよ!」

少年は心底心外だとばかりに、眉間をこれでもかと寄せて私を睨み返してきた。

(変質者以外の何者でもないでしょ! 女の子の寝室に無断で入るなんて!)

と心の中で激しく毒突く。

そんな一触即発の空気の中、伊織さんが困ったように眉を下げて声をかけた。

「当麻(とうま)くん」

「え?」

私は伊織さんの顔を見上げた。知り合いなのだろうか。

伊織さんは私を安心させるように、いつもの優しい笑みを向けてくれた。

「彼は緋田当麻(ひだとうま)くん。私と同じ、ここで修行を励んでいる仲間ですよ」

「え……仲間?」

私が呆気に取られていると、当麻と呼ばれた少年は、ずかずかと不機嫌極まりない足取りでこちらに歩み寄ってきた。

「せっかく助けてやったのに、なんだよその言い草。調子狂うな」

「助けた……? 何を?」

首を傾げる私を余所に、伊織さんの表情が不意に、見たこともないほど厳しく険しいものへと変わった。

「当麻くん、何かあったのですか?」

伊織さんの低い声に、当麻はキッと真面目な顔で深く頷いた。

「『陰(イン)』の気配が、こいつの意識に侵入してやがった。こいつの魂を、あっち側に連れていこうとしてたんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がった。

さっきの夢。

暗闇から響いた声。私を誘う手。

彼の言うことは、オカルトなんかじゃない。

私が今しがた見ていた夢の内容そのものだった。

「まさか、こんなに早く接触を図ってくるとは……」

伊織さんの顔から血の気が引き、少し青ざめて見える。

私は完全に会話のスケールについていけず、ただ恐怖と困惑の混ざった目で、二人の顔を交互に見比べることしかできなかった。

するとそこへ、廊下からふらりと武さんが現れ、感情のない声でぽつりと言い放った。

「当麻、土足」

緊迫した空気を一瞬でぶち壊すような一言に、全員の視線が当麻の足元へと落ちる。

そこには、お世辞にも綺麗とは言えない、外履きの草履を履いたままの足があった。

しかも、彼が歩いた畳の上には、点々と黒い泥の足跡が綺麗に残されている。

「早く掃除した方がいい。お館様に知られたら、また大目玉を食らうぞ」

武さんの淡々とした脅し文句に、当麻の顔がみるみるうちに真っ青になっていく。

さっきまでのオカルトチックな緊迫感はどこへやら。

当麻は「やべっ!」と叫ぶなり、靴を履いたまま窓から庭へと飛び降りて逃亡した。

伊織さんも「雑巾、雑巾を敷いてこなきゃ……!」と慌てて廊下の先へと消えていく。

嵐のように去っていった二人を呆然と見送り、部屋に残された私と武さんの視線が、ふと交わった。

「あの……本当に、一体何がどうなっているのか、私にはさっぱり……」

絞り出すような私の声に、武さんはスッと視線を逸らし、

「今夜、詳しく話を聞くことになる。……それまで待て」

とだけ冷淡に言い残し、背を向けて去っていってしまった。 部屋にたった一人取り残された私は、未だに理解不能な現実を前に、ただ抱え込んだ膝に顔を埋めるしかなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。