悠久の彼方より   作:時-トキ-

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第30話

武さんの態度に私の心はチクリと痛んだけど、想いを巡らせる前に目的の部屋につく。

室内へ入り、みんなはそれぞれ腰を下ろした。

「戦況を……」

おばあちゃんは、最初にみんなに労わりの言葉を述べるなどはなく、突然そう言った。

それに少し腹をたてそうになったけど、今は一刻を争うのかもしれない、そう思い直す。

「前回と同じく、僧らしき姿の者が現れました」

伊織さんが静かに説明を始める。

私はそれに耳を傾けながら、目の前で起こった戦いの様を思い起こす。

私が普通に生活していたら、到底理解できないことが目の前で起こった。

現実だとは思えない恐怖が体を駆け巡った。

本当は自分はすごく怖いと思っていた。

だけど今、全身で恐怖を感じているにも関わらず、背負わされた宿命を静かに受け入れようとしている。

ここから逃げだそうとは、思えなかった。

「そして闇を含め、陰は波が引くように去っていきました」

伊織さんは言葉を締める。

伊織さんの説明では、あの時現れた武者の亡霊は激しい戦闘を引き起こし、忽然と姿を消したという。

史耶もそれに頷く。

私が意識を失いかけている間に、突然陰の気配はすべて消え去ったらしい。

「あのまま戦い続けたら」

と、伊織さんは顔を顰める。

戦い続けたら、自分たちは負けていたでしょう。

そう述べようとしていた。

敵の戦力は予想を遥かに超え、三人がかりでも太刀打ちできなかった。

私が見た伊織さんの脅威のパワーでも為す術がなかったというのだろうか。

少し絶望的な想像をして、それでも私はみんなを信じると心に決めたのだから、光はあるのだと自分に言い聞かせる。

「まだ、戦いは始まったばかり」

おばあちゃんはゆっくりと、室内に響くような声音で述べた。

それは今から不利な戦いが続くという暗いニュアンスではなく、これから道が開かれるといった希望を含んだものだった。

「まずは、武」

おばあちゃんは厳しい面持ちで武さんを見る。

「あなたは臆することなく自分の力を発揮なさい。自分の力に自信を持つのです。それは人を傷つけるためにある力ではない。ここにいる全てを救える力なのです」

おばあちゃんの言葉に、武さんは目を伏せてそれを強く噛みしめているようだった。

「伊織」

「はい」

おばあちゃんの呼びかけに、伊織さんは背筋を伸ばす。

「負の者に耳を貸してはいけない。お前は自分を持ち続けるのです」

伊織さんは正座をしたまま、両手をついて深くお辞儀をした。

「史耶」

「は、はい」

史耶は崩していた足を正座に戻した。

「恐れることはない。自分を、仲間を信じなさい」

史耶は唇を噛み、深く頷いた。

「最後に、当麻」

当麻は何を言われるのか、といった感じで、おばあちゃんに視線を送る。

「お前は自分を驕ってはいけない。一人で闘ったり、一人で背負いこんではいけません」

いいね?と、おばあちゃんは身内を叱るように優しく、厳しく言った。

おばあちゃんはみんなに言葉を与え、ゆっくりと見渡した。

それぞれがおばあちゃんの言葉を噛みしめて、厳しい表情を浮かべている。

「鈴」

突然おばあちゃんの視線が私に向けられ、私も慌てて姿勢を正した。

「お前は自分自身の身を案ずることを先決なさい。誰が傷ついても、誰が倒れても、あなたはその者を置いて逃げなさい」

おばあちゃんは冷酷な言葉を私に投げる。

私はそれに一瞬驚き、反論しようとした。

「でも……」

「お前もいずれわかる。誰の命が優先されるのか」

おばあちゃんは強く言う。

優先される命。

それは私の命のこと?

私の命はここにいる誰よりも、優先されるというの?

そんなに重要な命なのだろうか。

私はそうは思えない。

私は、私の命はとても軽い。

軽くて、不安定で、だから風がふけばすぐに揺らいでしまう。

何かで止めていないと、私はどこにでも飛んで行きそうで。

風船みたいな、軽い軽い存在だと思っていた。

みんな神妙な面持ちで、口を開こうとしなかった。

おばあちゃんの最後の言葉を否定しようとする者もいない。

みんな、それは最初からわかっているといわんばかりだった。

「また、明日話しをしましょう。今夜は体を休めなさい」

おばあちゃんはそう言ってすぐに部屋を出て行く。

それから、それぞれ沈黙のまま立ち上がり部屋を後にする。

重い沈黙を引きずったまま自室へと戻ろうとした。

「部屋まで送ります」

伊織さんが最後に部屋を出て、私のすぐ隣を歩いた。

みんなはとっくに屋敷を後にしていて、私はみんなのさみしい背中を追うことなく自分の歩調で歩く。

伊織さんはそれに合わせてゆっくりと歩いた。

軋む音が二つ、廊下に響く。

「伊織さん」

私の呼びかけに、伊織さんはいつもの笑みで返事をする。

「はい、なんでしょう」

その柔らかな笑みを見た瞬間、自分の心の重さが少し緩和されて、伊織さんに語るべき言葉を見失ってしまった。

だから代わりに、

「怪我の具合はどうですか?」

と言った。

「私は大丈夫です。だから、治療をするなら武くんや当麻くんを優先してください」

伊織さんは親切な優しい響きで私に言った。

「今日は疲れているでしょうし、あまり考え込まずに寝るんですよ」

私の部屋の前で伊織さんは言う。

本当はそんな自信はないのだけど、「はい」ととりあえず返事をする。

私が部屋のふすまを開けて、中に入ろうとしたとき、「そうそう」と伊織さんは思いだしたように言う。

「あれは間違いなく人工呼吸ですので、安心してください」

振り返った私に、伊織さんは平然と言う。

「え?!」

それが何を意味するかすぐに理解して、一瞬のうちに私の顔は炎を上げるほど熱を帯びる。

「み、み、見てたんですか?!」

史耶との、あの場面を。

伊織さんは相変わらず柔らかな笑みを浮かべて「いいえ」と言った。

「聞いただけです」

誰に?と聞こうとしたけど、伊織さんが誰から聞いたのか、なんとなくわかってしまった。

 

幽霊って、あんがいおしゃべりなんですね。

 

伊織さんはフフと、笑ってから「おやすみなさい」と廊下を歩いて行った。

伊織さんのおかげで頭の中は戦いのことから逸れてしまった。

代わりに違うことで、布団の中、悶絶するはめになる。

 

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