【改訂版】ひねくれ姫王は美貌の伴侶に幻滅したい 作:のぎあおまさ
婚礼の儀が滞りなく終わったその夜、未だ多くの国民が祝宴の余韻に浸る中。宴の主役であったアルマだけはシーツにくるまりながら憂鬱に包まれていた。
ルシャードの言葉通りシグナスは国主の伴侶として申し分ない、どころかこの上なく優秀な男であった。婚姻に伴う一連の式典を完璧に把握し、段取りに不備があればさりげなく補い、列席者についての説明を受ければ氏名はもちろんその経歴から家族構成、領地の特産に至るまで一度で記憶してみせる。
更にはシグナスをあらゆる角度から探ろうとするアルマに対し「お疲れではありませんか」と気遣う余裕すらあった。かといって己の優秀さをひけらかす訳ではなく、むしろ控え目すぎるきらいがある。
アルマが「そなたには欠点というものがまるで見当たらぬ。可愛げのない奴め」と嫌味を零した時でさえ、シグナスは「それは陛下のお眼鏡にかなうよう己を取り繕っているからです。普段の私をご覧になればきっと幻滅なさいますよ」とやわらかく微笑むのだ。…頼むっ、幻滅させてくれっ…!
「ん…」
丁度その時、まるでアルマの騒がしい思考を咎めるかのように隣で眠るシグナスが寝返りを打ったものだから、アルマは思わず息を呑んだ。
アルマはまだ
しばし息を潜めていると、再度シーツの擦れる音が聞こえ。そっと様子を窺えば、シグナスはその儚げな瞳を露わにし、窓の向こうに広がる夜空をただ静かに眺めていた。
月明かりに撫でられたその横顔が、ひどく寂しげに見えて。
「シグナス」
気付けば、その名を口にしていた。
「あ…申し訳ありません。起こしてしまいましたか」
男がこちらを振り返った時、その顔を覆っていた影は既に跡形もなく消え去っていた。だがアルマには、二人の間に未だ底知れぬ暗がりが横たわっているように思えてならなかった。
「眠れぬのか」
「…はい」
思えばこの男は頼るものもなくただ一人、見知らぬ異国の地に嫁いできたのである。もしかすると、この宮廷に足を踏み入れたその瞬間から不安に囚われていたのやも知れぬ。そんな考えが胸をよぎった瞬間、アルマの心は落ち着きを失った。
──自分はこの男に何をしてやれる?
「…シグナス、手を」
衝動に押し流されるままアルマが己の手を差し出せば、シグナスのやわらかな面差しに戸惑いが広がる。宙を彷徨う白い手を、アルマはそっと捕まえた。
「幼い頃、我が眠れずにいた時は母がこうして手を握ってくれた」
アルマは孤独を知らぬ。母が亡くなってからは父が、父が亡くなってからはルシャードとレオンが絶えず傍にいてくれた。崩れ落ちそうになる度、いつだって誰かが手を差し伸べてくれた。
自分は、なれるだろうか。父に。ルシャードに。レオンに。その孤独に寄り添う者に。暗がりへ差し込む光に。…なってみせると言い切れぬ、己の弱さが腹立たしかった。
「…ありがとうございます、陛下」
その時目にした男の顔を、アルマは生涯忘れまい。喜びに満ちた、けれど美しさよりも憐れみが勝る哀しい微笑み。出来ぬ事など無いくせに。誰からも愛されるくせに。なんだってそんな、何一つ持ち得ぬ幼子のような顔で笑うのか。
アルマは男に掛ける言葉も見つからず、ただその手を強く握りしめた。やがてシグナスの瞼はゆるやかに閉じられ、穏やかな寝息が辺りに満ちる。
…粗探しをするはずが、何故自分はこの男を慰めるような真似をしてしまったのか。思考に行動が伴わぬ己の愚かさを、アルマは嘆いた。けれど、今更繋いだその手を離すことなど出来る筈もなく。
結局その晩アルマはまんじりともせず夜明けを迎える羽目になったのだった。