ばにたす…ばにばに。えとーもにあばにたす。
目の前に突然現れた、ガスマスクの少女。
彼女は、原作知識ではトリニティ総合学園に所属しているはずの少女だ。
それも、トリニティ総合学園の中でも、異質な立ち位置の生徒になる。
詳しくはメインストーリーVol.3 エデン条約編にて、アズサの過去や彼女が背負っているものが、深く描かれることになるが──、
(まさか、こんなところで出会う事になるとは……!)
──
トリニティ総合学園に転校する前は、
その過去ゆえに、トリニティの中でも、台風の目の如く、これから決して平穏とは言えない立場に置かれることになる。
しかし、今の彼女はまだ、私が知っている原作の物語が始まる前の存在だ。
今の時系列から考えて、アズサはトリニティ総合学園に転校し終えているのだろうか。
それとも、まだ転校する前なのだろうか。
この辺りの時系列は、私も詳しくないので少し気になる。
いや、けれど、仮に
(──そんな自由行動を、あそこに居座る
私の脳内には多くの疑問が思い浮かぶ。
ただ、事実だけ並べるのなら、アビドス自治区でロードバイクとともに現れた白州アズサという存在は──あまりにも意味不明すぎた。
正直に言うと、私の脳は既にパンク寸前だ。
「……本当に、大丈夫か?」
アズサは、私の顔を覗き込みながら、もう一度問いかけてくる。
ガスマスク越しの声は、くぐもっていて聞き取りにくい。
しかし、その声には明らかな心配が含まれていた。
「水分は持ってそうか?」
「……っ」
「……意識はありそうだな」
どうやら、返事ができないだけで、意識はしっかりしていると判断したらしい。
アズサはそう言うと、自分の荷物から水筒を取り出し、すぐさま、その蓋に水を注ぐ。
そして──倒れる私の目の前に、アズサからその蓋が差し出された。
「これを飲んでくれ」
「っ……あり、がとう」
命には代えられない。
私はアズサから受け取った水を、一気に口へ流し込んだ。
キンキンに冷えた水が、乾ききった喉を潤していく。
──い、生き返る。
まさに、そんな感覚が私の中を駆け巡る。
数日間、アビドス自治区の中をさまよい続けたせいで、体力はほとんど残っていなかった。
それでも、冷たい水が身体に染み渡っていくにつれて、少しずつ意識がはっきりしてくる。
私はゆっくりと起き上がって、アズサから受け取った水筒の蓋を返す。
「本当に水をくれて、ありがとう」
「良かった。顔色が良くなったようだな」
そう言って、私を労る彼女は陽光と白い翼から、本物の天使のように輝いて見えた。
そして──、ようやく、まともに目の前の少女を見つめることができた。
──白い髪。
──花に彩られた、白い天使の翼。
──特徴的なガスマスク。
──そして、
その制服には、ピラミッドに似た校章が描かれていた。
(──ん? んんんん? え? は?
私は特に、アズサが巻くマフラーを凝視してしまう。
それに、着ている制服はトリニティ総合学園のものでは決してない。
目の前にいる彼女は間違いなく、白州アズサだ。
私はブルーアーカイブを、ずっとプレイしてきた先生なのだ。
衣装が違えど、アズサを見間違えるなんて愚行を先生が起こすはずがない。
ただ──
だが、このキヴォトスに来て数日──出会ってきたブルアカの生徒達を思い返す。
すると、目の前にいるアズサに対し、私の脳裏にはある一つの可能性が思い浮かぶ。
そんな私の視線に構わず、アズサは水筒を片付けると、私のリュックへ目を向けていた。
そして──静かにリュックへと近づいて行く。
「一旦、荷物を確認する」
「……ま、待って」
私は何とか声を絞り出して、アズサを止める。
「──なんだ? どうしてだ? まさか、このリュックの中には、見せてはいけないものでもあるのか?」
「そういうわけではないけどね……君に一つ質問させて欲しいんだ」
「……なるほど。なら、先に私の質問から答えてほしい」
「……質問?」
そう言って、アズサは自身の銃に手をかけると、
「あぁ……大人であるお前は──、
『
アズサは、私から少し距離を取ると、私へと問いかける。
ガスマスクによって、その表情は見えないが、私に対して、警戒感を滲ませているのは分かった。
「この辺りには、最近、武装した集団が出没している」
その言葉を聞いて、私は少しだけ目を見開いた。
「武装した……集団、か」
「そうだ。その集団は、この近くにあるアビドスの学校を狙っている」
アズサは周囲を警戒するように、素早く視線を動かした。
そして──周囲に誰もいない事を確認すると、再び私を見つめる。
そんなアズサに対して、私は安心させるように、落ち着いた口調で話しかける。
「私は君の敵じゃないよ。寧ろ、
「……っ? 味方? 大人が、か? お前、先ほどから何かおかしい」
アズサはそう言うと、自身の銃を手に取り、その銃口を私に向ける。
(──っ!? ま、まずい!?)
流石の私も、本物の銃を間近で向けられた事がなく、心臓が飛び跳ねるように驚く。
ガスマスク越しにアズサの視線が、まっすぐ私に向けられる。
言葉を間違えれば──私は銃弾一つで死ぬ。
まずい。まずいまずい。
私は心の中で冷や汗を流しつつ、慎重に言葉を選んで静かに口を開く。
「私は──
「っ……! シャーレの、先生?」
そう言うと、アズサは銃口を少しだけ下げた。
まだ完全には下がっていないが、それでも先ほどまでのように、私の眉間を正確に狙っているわけではなかった。
「今、先生と言ったか?」
「うん。聞き間違えじゃなくて、私が先生だよ!」
震えそうになった声をどうにか抑え込み、私はアズサに伝えるべき事実を述べる。
「私はシャーレの連邦捜査部に所属している。アビドス高等学校から弾薬等の支援要請を受けて、ここまでやって来たんだ」
「……アビドスから?」
「あぁ。火宮チナツという生徒から、学校が武装集団に狙われていると連絡を受けてね」
「っ!
アズサの銃を握る手から、わずかに力が抜ける。
そして、アズサは銃をゆっくりとしまう。
その様子を見て、私は自身が助かった事を悟り、胸を撫で下ろす。
そんな中──アズサは私の前でガスマスクを取り外した。
「そうか……先生だったのか。先程は銃を向けてしまい、すまない。自己紹介が遅れたが、
私は──『
アズサは自身がアビドスの二年生だと告げ、私に対して微笑む。
「そう、だったんだね。私を助けてくれて、本当にありがとう。アズサ、これからよろしくね」
「別に当たり前のことだ。倒れている人を見ていられなかった──それが、偶々先生だったに過ぎない」
アズサの自己紹介を聞き──脳裏に浮かんだ仮説通り、アズサはトリニティ総合学園ではなく、アビドス高等学校に所属していた。
(もうここまでくると……認めざるを得えない。先日のシャーレ奪還作戦のハルナ達もだが……)
この世界はどうやら、生徒たちの所属がおかしくなっている。
私はこの世界の異常さを認識せざるを得えないが、だからといって、今の私には何もすることはできない。
アズサはゆっくりと、私の方に近付いてきて──私の事を興味深そうに聞いてくる。
「ここまで一人で来たのか?」
「……そうだね。まあ、このタブレットに、道案内アプリがあったからさ」
「何日かかったんだ?」
「……み、三日くらい?」
アズサは、ガスマスク越しでも分かるほど、呆れたように肩を落とした。
「……遭難したんだな」
「……はい」
「大人というのは、みんなこうなのか?」
「……いや、違うよ。私の詰めが甘かったんだ。反省はしてる」
『違います! 先生が特別に無謀なんです!』
シッテムの箱から、アロナの声が聞こえたが──この青輝石を食い散らかす少女は、何を言っているんだろうか。
一週間、いちごミルクを抜きにするべきか。
そんな時だった。
──ぐうぅぅぅううう。
アビドス自治区に、私の腹の音が鳴り響く。
「……」
「……」
アズサの視線が、私の腹部に向けられる。
「……先生、今のは?」
「うん。私の腹の音かな……」
「そうか」
アズサは、何事もなかったかのように答えた。
そして、数秒後──、
「……腹が減っているのか?」
「す、数日間、まともに食べていないからね!」
私がそう答えると、アズサは少し考え込んだ。
そして、先程と同様に、自分の荷物へ手を伸ばす。
「此処で会ったのも何かの縁だ。これを食べてくれ、先生!」
「──っ! え? い、いいの?」
アズサが取り出したのは、簡素な包装に包まれた携帯食料だった。
見た目は、どこか軍用のレーションに近い。
コンビニで売っている普通の菓子パンやおにぎりでは無かったが、それでも空腹の私には絶品に見える。
「携帯食料だ。長時間の移動を想定している。味は……期待しない方がいいかもだが」
「いや、本当にありがとう! 食べ物なら何でもありがたいよ!」
私はアズサから携帯食料を受け取った。
包装を開け──そして、一口。
「美味しい……!」
数分後──私は、すっかり携帯食料を食べ終えていた。
「……ごちそうさまでした」
「それで少しは動けそうか?」
「うん。さっきと比べたら、全然違うよ!」
さすがに、数日間の疲労が完全に消えたわけではない。
しかし、先ほどまでのように、意識が遠のくことはなくなった。
食べ物というのは、本当に偉大だ。
私はそのまま、アズサに続いて歩き出そうとする。
だが──、足がふらつき、道路に再び倒れる。
先程までは、アズサに銃口を向けられていた事で、アドレナリンでも出ていたのだろう。
携帯食料を貰い、アズサとも普通に会話ができて、緊張の糸が切れてしまったんだろう。
「っ──! 先生、大丈夫か!?」
「ご、ごめんね。大丈夫。けど、ちょっと、足に力が入らなくてね……」
立ち上がろうとした瞬間、身体がふらつく。
アズサがすぐに私の腕を掴み、倒れそうな私を肩で支える。
「無理をするな」
「……ごめん」
「謝る必要はない」
アズサは、私を支えながら周囲を見渡した。
「私が背負って、先生を学校まで連れていく」
「っ! いやいやいやいや! わ、私は大人だから重いよ!」
「大丈夫、私は体力には自信がある。先生くらい背負える」
「じ、自転車で?」
「もちろんだ。私を誰だと思っている?」
「……白州アズサ?」
「そうだ」
アズサは真顔で答えた。
いや、そういうことではない。
そもそも、ロードバイクで大人一人を運ぶというのは、かなり無茶なのではないだろうか
そして、大人として子供であるアズサに──申し訳なさが凄まじい。
そう言って、アズサは有無を言わせずに、私を背負うと、ロードバイクのペダルに足をかけた。
そして、力強く踏み込む。
ロードバイクが、砂埃の舞う道路を走り始めた。
私は暫くの間、アズサの背中に掴まりながら、流れていくアビドス自治区の景色を眺める。
砂に覆われた街。
荒れ果てた建物。
人の姿がほとんどない道路。
この自治区が、かつてキヴォトス最大の学園の一つとして賑わっていただなんては、今の状況を見ると、とても思えない。
それでも──。
この荒廃した土地のどこかに、五人の少女達がいる。
今、目の前にいるアズサを含めてだ。
原作では、決して同じ場所に存在することのなかった少女達。
(……本当に、この世界はどうなっているんだ?)
考えれば考えるほど、分からなくなる。
アズサがアビドスにいる理由。
アヤネがゲヘナにいる理由。
そして、チナツもアビドスにいる理由。
この世界は、私の知る『ブルーアーカイブ』とは確実に違う。
けれど──私がやる事は変わらない。
「先生。もうすぐ学校に到着だ」
「ありがとう、アズサ。もしかして、正面に見えるあの建物が……?」
「あぁ。あれが、私たちの学校だ!」
そうやって言うアズサは、どこか誇らしげに聞こえた。
私は、少し遠くに見える学校を見つめる。
ゲーム内で何度も見た場所。
そして──これから、数多くの物語が始まる場所。
私は、ついにアビドス高等学校へと辿り着いたのだった。