何かがおかしいブルーアーカイブ   作:千ノ宮チノ

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※前話にてアズサを一年生と誤記していました。正しくは二年生になります。



第11話:ようこそ、知らないアビドスへ

 

 ──アビドス高等学校。

 

 私は目の前にそびえ立つ校舎を見上げた。

 

 長い年月を砂嵐に晒された校舎は、所々が砂に覆われている。

 壁の一部にはヒビが入り、かつては多くの生徒が通い、部活動も活発だったであろう校庭には、人の姿がない。

 

 そんな荒廃した学校──アビドス高等学校を目の前にして、私は不思議な感情が込み上がってくるのを感じていた。

 

(ここは、ゲームの画面越しに何度も見てきた場所だ。そして、私が──先生として初めて訪れる学校になる)

 

「……先生?」

 

 アズサは、ロードバイクを自転車置き場に駐車してから、私の元へと戻ってきた。

 そのアズサの声で、私は我に返る。

 

「さっきから、校舎をずっと眺めているが、何かあったのか?」

「……いや。ちょっと感動していただけだよ」

「感動?」

 

 アズサは、少しだけ首を傾げた。

 

「キヴォトスに来てから、生徒の通う学校にきたのが、初めてなんだ」

「そうなのか? 私たちの学校が、先生の初めてだなんて」

 

 アズサは意外そうな顔をすると、改めてアビドスの校舎へと視線を向ける。

 その横顔は、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。

 

「そういえば、さっきも聞いたが、もう私無しでも歩けるのか?」

 

 アズサがこちらへ振り返り、聞いてくる。

 

「もう大丈夫だよ! アズサがここまで連れてきてくれたおかげで、十分に休めたからね」

「……そうか」

「うん、ありがとうね、アズサ」

「先生に、もう肩を貸せないのか」

「……アズサ?」

 

 私が聞き返すと、アズサは僅かに顔を背けた。

 

「っ! な、何でもない!」

 

 そう言って、私よりも先に校舎の中へと向かっていく。

 その後ろ姿を見ながら、私は小さく苦笑した。

 

「先生は私の後についてきてくれ。()がいる教室に案内する」

「っ……みんな、か」

「あぁ。私の大切な()()()だ」

 

 そう言って──私の方へと振り返るアズサの笑顔は、荒廃したアビドスの中で、一際には眩しく見えたのだった。

 

 □■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 アビドス高等学校の校舎の中は、外から見た以上に静かだった。

 私とアズサの足音だけが、長い廊下に響く。

 

 ただ、廊下には思ったほど砂が積もっていなかった。

 完全に綺麗というわけではないが、それでも誰かが定期的に清掃をしていることがわかる。

 

(こんな環境と状況下でも、ちゃんと掃除はしているんだね)

 

 私は先を歩くアズサの背中を見つめた。

 生徒数が激減して、荒廃した学校──そして、借金を抱え、廃校の危機に瀕している学校。

 

 それでも、ここには、まだ生徒達がいて、この場所を守っている。

 きっと学校を大切に想っているからこそ、掃除をちゃんとしているんだろうなと、私は先行して歩いているアズサの背中を見つめた。

 

 それは、実際に、この世界に来てアビドス高校の中を歩いてみたからこそ、分かることだ。

 ゲームの画面越しでは、決して分からなかった。

 

「先生が来たことで、きっとみんなも喜ぶ」

「……そうかな?」

「少なくとも、支援物資を持ってきたのか?」

「それは勿論! 弾薬とか、その他の物資も一通り持ってきているよ」

 

 私は背負っていたリュックへ視線を向ける。

 中には、アビドス高等学校へ届けるための弾薬や物資が入っている。

 正直なところ、かなり重たい。

 ここだけの話だが、ずっとデスクワークしていた身としては、アビドス自治区で遭難していた際──何度も物資の量を捨てて減らそうかと悩んだ。

 

(けれど、まあ、捨ててはないんだけどね)

 

 それをしてしまったら、私がここまで来た意味がない。

 

 心の中で私は苦笑しつつ、手に持つタブレット──シッテムの箱に小声で話しかける。

 

「……そういえば、アロナ。連邦生徒会に発注した、その他の物資は、もうアビドスに届いてる?」

『配送を追跡したところ、本日アビドス高等学校に届くそうですよ、先生!』

「了解、ありがとうね、アロナ」

 

 シャーレの今月予算を注ぎ込んで、購入した物だからね。

 これで届かなかった日には──リンちゃんになんて言われるか、分からない。

 考えるだけで、背筋が寒くなった。

 

「ん? 先生、そんな所で立ち止まって、どうしたんだ?」

「っ。ごめん、何でもないよ! それより、アズサ。もうすぐ教室につくのかな?」

 

 私は慌てて歩き出して、アズサに追いつく。

 

「あぁ。曲がり角にある階段を登り切ったら、すぐだ……あっ、そういえば」

 

 アズサは、曲がり角の手前で何かをふと思い出したように足を止める。

 

「どうしたの、アズサ?」

「……いや」

 

 アズサは少しだけ振り返り、私を見る。

 そして、言い淀みながら──、

 

「せ、先生は、ちょっとゆっくり来てくれ!」 

「え?」

「私は先に教室の中へ入って、みんなに先生が来たことを伝えてくる!」

 

 アズサはそう言い残すと、理由を言わずに走って、廊下の角へ消えていく。

 

「……? な、何かあったのか?」

 

 私はその場に取り残された。

 何だろうか──今のアズサの反応は。

 

 まるで、私に見られてまずいものがあるような。

 何かを隠しているような。

 

「……まあ、いいか」

『先生──! 女子高生には秘密の一つや二つあるものなんです』

 

 アロナが何か口走っているが、考えても仕方がない。

 

 アズサが『ゆっくり来てくれ』と言ったのなら、私はその言葉に従うまでだ。

 そう思い、私はゆっくりと歩き始める。

 

 ふと、廊下の壁に目を向けると、古びた掲示板が掛けられている。

 そこには何年前かも分からない掲示物が何枚か貼られており──その中には『アビドス砂祭り』と色褪せて所々の文字が読めないポスターもあった。

 

 そのポスターを見て、私の脳裏には()()()()()が思い浮かぶが、果たしてこの世界ではどうなのだろうか。

 

(……平然とアズサの後ろをついてきて、ここまでやって来たけど、冷静に考えるとアズサがアビドスにいるだけで異変なんだよな)

 

 道端で倒れていた所を助けてもらい、私からすれば命の恩人なわけだが──そもそもアズサは原作知識だとトリニティ総合学園で、補習授業部に居るはずの女の子なのだ。

 決して──アビドス廃校対策委員会にいる生徒ではない。

 

 健気で時折、嬉しそうに私へと笑顔を見せてくれる彼女だが──、私はそれを、正直なところ、素直に喜んでいいのか分からなくなっていた。

 

 彼女は、私の知っているアズサとは違う──いや、正確には、同じアズサであることは間違いない。

 

 目の前で笑う彼女は、きっと間違いなく同一人物だ。

 

 しかし──所属している学校が違う。

 

 彼女の存在は、今後のキヴォトスの出来事において、あまりにも大きな意味を持つ。

 それほどの存在が、私の知る物語とはまったく違う場所にいる。

 

 考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。

 とはいえ、考えたところで答えが出るわけでもなく、私は階段を登っていく。

 

 一段。

 また一段。

 

 古びた階段は、私が足を乗せるたびに小さく軋んだ。

 

(ともかく、もうすぐ対策委員会の生徒たちと顔合わせか……! 少し緊張するね)

 

 そして──最後の一段を登り終え、曲がり角を曲がる、その時だった。

 

「っ……あら?」

 

 ──不意に、廊下の先から声が聞こえた。

 

 階段に疲れて少し俯いていた私は、聞こえた声に対して、反射的に顔を上げる。

 

 そこには──、

 細い足。

 黒い()()()()()()

 真っ白な制服。 

 そして、肩からサラサラと流れる()()()()()

 

 彼女の手には何冊もの本が抱えられていた。

 

「……え?」

 

 私はその少女と目が合った。

 その瞬間──思考が止まった。

 

 その少女もまた、私の姿を見て少しだけ目を見開いているようだった。

 

 私は──この生徒を()()()()()

 見覚えがあるどころではない。

 

 彼女の名前も。

 彼女の所属も。

 彼女の性格も。

 

 そして──彼女が、私の知るブルーアーカイブの世界において、彼女もアズサと同様に、此処(アビドス高等学校)にいるはずかない生徒だということも。

 

 アビドス高等学校に、アズサやチナツのような『別の生徒』がいる可能性は、既に考えていた。

 それを身構えていたはずだった。

 

 ──だが、いざ、その現象を目の前にすると、驚きを隠すことができなかった。

 

「……失礼しました」

 

 そんな私とは対照的に、彼女はすぐに穏やかな表情へと戻っていた。

 

「少々驚いてしまいました。まさか、()()()()()に、お客様がいらっしゃっているとは思っていませんでしたので」

 

 そう言いながらも、彼女の視線は、私から離れない。

 正確には──、私の顔を、じっと見つめている。

 

「……えっと」

 

 私はそんな視線に耐えきれず、戸惑いながらも口を開く。

 そう、彼女の名前は──、

 

「……()()?」

 

 そして私は口から、不意にその名前を出てしまったのは、まさに失態であった。

 

 その瞬間──、

 

「……」

 

 今度は、彼女──生塩(うしお) ノアの表情が固まった。

 そして、彼女の腕から本が一冊、床へ落ちる。

 

「……どうして……いえ」

 

 ノアはぽつりと呟きながらも、小さく首を振る。

 そして、落ちた本を直ぐさま拾い上げる。

 

「失礼しました。私の名前をご存じなのですね?」

「あ、あぁ……! その、アズサから聞いてね!」

 

 まずい。やってしまった。

 私は咄嗟にアズサから教えて貰った事にして誤魔化す。

 

 私はこの少女を原作知識として知っているが、ノアは私を知るはずかない。

 

「いきなり、ごめんね。私は支援要請を受けて、此処にやって来たシャーレの先生だよ。これからよろしくね──ノア!」

 

 私は早口になりながら、ノアに対して自己紹介をする。

 だが、ノアはそんな私の言葉に瞳を揺らす。

 

「……先生、ですか」

「ん?」

「失礼ですが……以前、どこかでお会いしたことはありませんか?」 

 

 私がこの世界に来てから、ノアに会ったことはないと思うんだが──、

 

「え? 初対面、だと思うけど」

「……そう、ですよね」

 

 ノアは静かに頷いた。

 しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の表情は納得しているようには見えなかった。

 

「私も、そう思います」

「……」

「先生とは、初めてお会いしたはずです」

 

 ノアは、そう言い切るが、その顔はやはりどこか晴れてないように見える。

 

(……な、なんだ? ノアの様子がおかしいような?)

 

 私がそう考えた瞬間──廊下の少し先の教室の扉が開き、アズサの顔がひょっこりと廊下に飛び出す。

 

「おーい! 先生ー!! それに、ノア! こっちだ!」

 

 アズサの元気な声が廊下に響く。

 ノアもその声に反応して、アズサの方へと視線を向ける。 

 

「っ……! アズサちゃんが呼んでいるみたいですね」

「あ、あぁ! 今行くよ!」

 

 私は慌てて返事をする。

 すると、ノアは再び私へ視線を戻した。

 

「……先生、行きましょう」

 

 そう言って、教室の方へと歩き出す。

 私はそんなノアの様子に、少しの違和感を感じながらも、彼女の後を追った。

 

 数歩進んだところで、私はもう一度だけ振り返る。 

 そこには、当然ながら誰もいない。

 

 ただ、古びた校舎の窓から差し込む日差しが、長い廊下を静かに照らしているだけだった。

 

(──行こうか)

 

 そして、私はノアの隣に立つと、教室の扉を潜る。

 

「みんな、シャーレの先生を連れてきたぞ!」

 

 アズサの嬉しそうな声が、教室中に響き渡る。

 

 その瞬間──教室にいた()()の生徒の視線が、こちらへと向いた。

 

「おっ、来たみたいだな!」 

「先生。私の支援要請を受けて、アビドスへ来てくださり、ありがとうございます」

 

 その教室内には──、

 ()() ()()()() ()()()がいた。

 

(……うん、うんうんうん。もう一々反応しないからね!? SRT特殊学園にいるべき()()がいるけど、一旦置いとくからね?!)

 

 私は心を落ち着けて、一つ息を吐くと、

 

「初めまして。私がシャーレの先生だよ」

 

 そう言って、私は彼女たちを見渡して、静かに頭を下げる。

 

「これからよろしくね──アビドスの皆」

 

 その言葉に、教室の中の空気が少しだけ和らいだ気がした。

 

 アズサは嬉しそうに微笑み。

 ノアは静かに私を見つめ。

 サキは興味深そうに腕を組み。

 チナツはホッと息をついたのだった。

 






ふふっ。アビドスには、ユウカちゃんがいないので……もう、遠慮しなくてもいいですよね、先生?(捕食者の目)
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