※前話にてアズサを一年生と誤記していました。正しくは二年生になります。
──アビドス高等学校。
私は目の前にそびえ立つ校舎を見上げた。
長い年月を砂嵐に晒された校舎は、所々が砂に覆われている。
壁の一部にはヒビが入り、かつては多くの生徒が通い、部活動も活発だったであろう校庭には、人の姿がない。
そんな荒廃した学校──アビドス高等学校を目の前にして、私は不思議な感情が込み上がってくるのを感じていた。
(ここは、ゲームの画面越しに何度も見てきた場所だ。そして、私が──先生として初めて訪れる学校になる)
「……先生?」
アズサは、ロードバイクを自転車置き場に駐車してから、私の元へと戻ってきた。
そのアズサの声で、私は我に返る。
「さっきから、校舎をずっと眺めているが、何かあったのか?」
「……いや。ちょっと感動していただけだよ」
「感動?」
アズサは、少しだけ首を傾げた。
「キヴォトスに来てから、生徒の通う学校にきたのが、初めてなんだ」
「そうなのか? 私たちの学校が、先生の初めてだなんて」
アズサは意外そうな顔をすると、改めてアビドスの校舎へと視線を向ける。
その横顔は、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。
「そういえば、さっきも聞いたが、もう私無しでも歩けるのか?」
アズサがこちらへ振り返り、聞いてくる。
「もう大丈夫だよ! アズサがここまで連れてきてくれたおかげで、十分に休めたからね」
「……そうか」
「うん、ありがとうね、アズサ」
「先生に、もう肩を貸せないのか」
「……アズサ?」
私が聞き返すと、アズサは僅かに顔を背けた。
「っ! な、何でもない!」
そう言って、私よりも先に校舎の中へと向かっていく。
その後ろ姿を見ながら、私は小さく苦笑した。
「先生は私の後についてきてくれ。
「っ……みんな、か」
「あぁ。私の大切な
そう言って──私の方へと振り返るアズサの笑顔は、荒廃したアビドスの中で、一際には眩しく見えたのだった。
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アビドス高等学校の校舎の中は、外から見た以上に静かだった。
私とアズサの足音だけが、長い廊下に響く。
ただ、廊下には思ったほど砂が積もっていなかった。
完全に綺麗というわけではないが、それでも誰かが定期的に清掃をしていることがわかる。
(こんな環境と状況下でも、ちゃんと掃除はしているんだね)
私は先を歩くアズサの背中を見つめた。
生徒数が激減して、荒廃した学校──そして、借金を抱え、廃校の危機に瀕している学校。
それでも、ここには、まだ生徒達がいて、この場所を守っている。
きっと学校を大切に想っているからこそ、掃除をちゃんとしているんだろうなと、私は先行して歩いているアズサの背中を見つめた。
それは、実際に、この世界に来てアビドス高校の中を歩いてみたからこそ、分かることだ。
ゲームの画面越しでは、決して分からなかった。
「先生が来たことで、きっとみんなも喜ぶ」
「……そうかな?」
「少なくとも、支援物資を持ってきたのか?」
「それは勿論! 弾薬とか、その他の物資も一通り持ってきているよ」
私は背負っていたリュックへ視線を向ける。
中には、アビドス高等学校へ届けるための弾薬や物資が入っている。
正直なところ、かなり重たい。
ここだけの話だが、ずっとデスクワークしていた身としては、アビドス自治区で遭難していた際──何度も物資の量を捨てて減らそうかと悩んだ。
(けれど、まあ、捨ててはないんだけどね)
それをしてしまったら、私がここまで来た意味がない。
心の中で私は苦笑しつつ、手に持つタブレット──シッテムの箱に小声で話しかける。
「……そういえば、アロナ。連邦生徒会に発注した、その他の物資は、もうアビドスに届いてる?」
『配送を追跡したところ、本日アビドス高等学校に届くそうですよ、先生!』
「了解、ありがとうね、アロナ」
シャーレの今月予算を注ぎ込んで、購入した物だからね。
これで届かなかった日には──リンちゃんになんて言われるか、分からない。
考えるだけで、背筋が寒くなった。
「ん? 先生、そんな所で立ち止まって、どうしたんだ?」
「っ。ごめん、何でもないよ! それより、アズサ。もうすぐ教室につくのかな?」
私は慌てて歩き出して、アズサに追いつく。
「あぁ。曲がり角にある階段を登り切ったら、すぐだ……あっ、そういえば」
アズサは、曲がり角の手前で何かをふと思い出したように足を止める。
「どうしたの、アズサ?」
「……いや」
アズサは少しだけ振り返り、私を見る。
そして、言い淀みながら──、
「せ、先生は、ちょっとゆっくり来てくれ!」
「え?」
「私は先に教室の中へ入って、みんなに先生が来たことを伝えてくる!」
アズサはそう言い残すと、理由を言わずに走って、廊下の角へ消えていく。
「……? な、何かあったのか?」
私はその場に取り残された。
何だろうか──今のアズサの反応は。
まるで、私に見られてまずいものがあるような。
何かを隠しているような。
「……まあ、いいか」
『先生──! 女子高生には秘密の一つや二つあるものなんです』
アロナが何か口走っているが、考えても仕方がない。
アズサが『ゆっくり来てくれ』と言ったのなら、私はその言葉に従うまでだ。
そう思い、私はゆっくりと歩き始める。
ふと、廊下の壁に目を向けると、古びた掲示板が掛けられている。
そこには何年前かも分からない掲示物が何枚か貼られており──その中には『アビドス砂祭り』と色褪せて所々の文字が読めないポスターもあった。
そのポスターを見て、私の脳裏には
(……平然とアズサの後ろをついてきて、ここまでやって来たけど、冷静に考えるとアズサがアビドスにいるだけで異変なんだよな)
道端で倒れていた所を助けてもらい、私からすれば命の恩人なわけだが──そもそもアズサは原作知識だとトリニティ総合学園で、補習授業部に居るはずの女の子なのだ。
決して──アビドス廃校対策委員会にいる生徒ではない。
健気で時折、嬉しそうに私へと笑顔を見せてくれる彼女だが──、私はそれを、正直なところ、素直に喜んでいいのか分からなくなっていた。
彼女は、私の知っているアズサとは違う──いや、正確には、同じアズサであることは間違いない。
目の前で笑う彼女は、きっと間違いなく同一人物だ。
しかし──所属している学校が違う。
彼女の存在は、今後のキヴォトスの出来事において、あまりにも大きな意味を持つ。
それほどの存在が、私の知る物語とはまったく違う場所にいる。
考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。
とはいえ、考えたところで答えが出るわけでもなく、私は階段を登っていく。
一段。
また一段。
古びた階段は、私が足を乗せるたびに小さく軋んだ。
(ともかく、もうすぐ対策委員会の生徒たちと顔合わせか……! 少し緊張するね)
そして──最後の一段を登り終え、曲がり角を曲がる、その時だった。
「っ……あら?」
──不意に、廊下の先から声が聞こえた。
階段に疲れて少し俯いていた私は、聞こえた声に対して、反射的に顔を上げる。
そこには──、
細い足。
黒い
真っ白な制服。
そして、肩からサラサラと流れる
彼女の手には何冊もの本が抱えられていた。
「……え?」
私はその少女と目が合った。
その瞬間──思考が止まった。
その少女もまた、私の姿を見て少しだけ目を見開いているようだった。
私は──この生徒を
見覚えがあるどころではない。
彼女の名前も。
彼女の所属も。
彼女の性格も。
そして──彼女が、私の知るブルーアーカイブの世界において、彼女もアズサと同様に、
アビドス高等学校に、アズサやチナツのような『別の生徒』がいる可能性は、既に考えていた。
それを身構えていたはずだった。
──だが、いざ、その現象を目の前にすると、驚きを隠すことができなかった。
「……失礼しました」
そんな私とは対照的に、彼女はすぐに穏やかな表情へと戻っていた。
「少々驚いてしまいました。まさか、
そう言いながらも、彼女の視線は、私から離れない。
正確には──、私の顔を、じっと見つめている。
「……えっと」
私はそんな視線に耐えきれず、戸惑いながらも口を開く。
そう、彼女の名前は──、
「……
そして私は口から、不意にその名前を出てしまったのは、まさに失態であった。
その瞬間──、
「……」
今度は、彼女──
そして、彼女の腕から本が一冊、床へ落ちる。
「……どうして……いえ」
ノアはぽつりと呟きながらも、小さく首を振る。
そして、落ちた本を直ぐさま拾い上げる。
「失礼しました。私の名前をご存じなのですね?」
「あ、あぁ……! その、アズサから聞いてね!」
まずい。やってしまった。
私は咄嗟にアズサから教えて貰った事にして誤魔化す。
私はこの少女を原作知識として知っているが、ノアは私を知るはずかない。
「いきなり、ごめんね。私は支援要請を受けて、此処にやって来たシャーレの先生だよ。これからよろしくね──ノア!」
私は早口になりながら、ノアに対して自己紹介をする。
だが、ノアはそんな私の言葉に瞳を揺らす。
「……先生、ですか」
「ん?」
「失礼ですが……以前、どこかでお会いしたことはありませんか?」
私がこの世界に来てから、ノアに会ったことはないと思うんだが──、
「え? 初対面、だと思うけど」
「……そう、ですよね」
ノアは静かに頷いた。
しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の表情は納得しているようには見えなかった。
「私も、そう思います」
「……」
「先生とは、初めてお会いしたはずです」
ノアは、そう言い切るが、その顔はやはりどこか晴れてないように見える。
(……な、なんだ? ノアの様子がおかしいような?)
私がそう考えた瞬間──廊下の少し先の教室の扉が開き、アズサの顔がひょっこりと廊下に飛び出す。
「おーい! 先生ー!! それに、ノア! こっちだ!」
アズサの元気な声が廊下に響く。
ノアもその声に反応して、アズサの方へと視線を向ける。
「っ……! アズサちゃんが呼んでいるみたいですね」
「あ、あぁ! 今行くよ!」
私は慌てて返事をする。
すると、ノアは再び私へ視線を戻した。
「……先生、行きましょう」
そう言って、教室の方へと歩き出す。
私はそんなノアの様子に、少しの違和感を感じながらも、彼女の後を追った。
数歩進んだところで、私はもう一度だけ振り返る。
そこには、当然ながら誰もいない。
ただ、古びた校舎の窓から差し込む日差しが、長い廊下を静かに照らしているだけだった。
(──行こうか)
そして、私はノアの隣に立つと、教室の扉を潜る。
「みんな、シャーレの先生を連れてきたぞ!」
アズサの嬉しそうな声が、教室中に響き渡る。
その瞬間──教室にいた
「おっ、来たみたいだな!」
「先生。私の支援要請を受けて、アビドスへ来てくださり、ありがとうございます」
その教室内には──、
(……うん、うんうんうん。もう一々反応しないからね!? SRT特殊学園にいるべき
私は心を落ち着けて、一つ息を吐くと、
「初めまして。私がシャーレの先生だよ」
そう言って、私は彼女たちを見渡して、静かに頭を下げる。
「これからよろしくね──アビドスの皆」
その言葉に、教室の中の空気が少しだけ和らいだ気がした。
アズサは嬉しそうに微笑み。
ノアは静かに私を見つめ。
サキは興味深そうに腕を組み。
チナツはホッと息をついたのだった。
ふふっ。アビドスには、ユウカちゃんがいないので……もう、遠慮しなくてもいいですよね、先生?(捕食者の目)