「サキは鉄帽を被っているよな?」
「……な、何だ、アズサ先輩?」
「もしや、ヘルメット団からの刺客──アビドスの裏切り者!?」
「そ、そんなわけないだろ!?!?」
「うへぇ〜。これで先生も、おじさん達と仲間だねぇ」
そう言って、ホシノはいつものように気の抜けた笑顔を浮かべた。
その姿を見て、私は胸の奥に溜まっていた緊張を、少しだけ吐き出す。
その次の瞬間だった。
──ダダダダダダッ!!!
「っ!? じ、銃声?」
突然、校舎の外から銃声が響き渡った。
その音を聞き、教室の空気が一変する。
チナツは直ぐさま、窓際へ駆け寄り、銃声の鳴った方角を確認すると──、
「先輩方! そして、先生! 武装集団が校門に接近してきています! あれは……カタカタヘルメット団です!」
「あいつら……! また性懲りも無く!」
サキはそう言うと、鉄帽を深々と被り直す。
そこには、先ほどまでの豪快な笑顔は、もうない。
彼女の視線は鋭く、窓の外を睨みつけている。
「先生──窓からは離れてください。流れ弾が当たっては、危険ですから」
「っ……! あ、ありがとうね、ノア」
ノアはそう言うと、私の手を取った。
そして、窓から離れた廊下側へと私を引っ張っていく。
「先生はこちらに」
「え、あ、うん」
ノアの動きに迷いはなかった。
彼女もまた、戦うための顔をしていた。
「ホシノ先輩──私は何時でも出れる」
アズサが銃を構えながら、ホシノへと声をかける。
「りょうかいー。頼りにしてるよ、アズサちゃん」
ホシノは、のんびりとした声で返事をした。
そして、窓の外へ視線を向ける。
「へぇ〜、ヘルメット団め〜、おじさんと先生の会話を邪魔するなんてね」
その言葉とは裏腹に、彼女の目は笑っていないように見える。
「──みんな、行くよ!」
そのホシノの言葉を皮切りに、他の四人が元気良く返事をする。
そして──教室の外へと、アビドスの五人は駆け出していった。
「っ──私も皆のサポートをするよ!」
私は慌てて彼女たちの後を追った。
その途中で、シッテムの箱を起動する。
「アロナ!」
『──っ! 先生、戦術指揮モードですね!』
アビドスの皆の足の速さは早い。
私が校舎の階段を降りて、校庭に出る頃には、アビドスの皆とヘルメット団が対面している状況であった。
「おい! アビドスの連中!」
ヘルメット団の先頭に立つ生徒が、ホシノ達を指差しながら叫ぶ。
「今日こそ、この学校を俺たちのものにしてやるからな!」
「アビドスはもう終わりだ!」
「大人しく学校を明け渡せ!」
次々と、ヘルメット団からは声が上がる。
そんなヘルメット団に対して、アビドスの皆は冷静に銃を構えると──ホシノとアズサ、サキがヘルメット団の前へと出ていく。
──戦術指揮モード、起動。
会敵をしたことで、タブレット──シッテムの箱の画面が、斜め上空からホシノ達を見下ろす視点に切り替わる。
それは、ゲームの中で何度も見てきた画面であり、何度も触れてきた操作。
それが、今は現実の世界で、展開されている。
『先生、敵の数はおよそ三十人のようです!』
「三十か……了解、アロナ」
私は画面上のヘルメット団の数を把握し、アビドスの皆へと大声で話しかける。
「みんな──私が指揮するよ!!」
「……せ、先生?! こ、来られたんですか?」
最後尾にいるチナツがこちらを振り返る。
「うん。みんなのサポートをするからね!」
「っ──危険です! 先生は校舎の中に隠れていてください!」
そんな校舎から飛び出した私を発見すると、ノアが即座に声を上げて駆け寄ってくる。
「生徒の皆が戦うのに、大人である私が隠れている訳にはいかないからね」
「っ……先生……」
ノアが驚いたように目を見開く。
「まあ、戦うと言っても、私が銃を撃つわけじゃないよ。ノア──私を信じてほしい」
私はそう言って、シッテムの箱を掲げる。
シッテムの箱の画面には、戦場全体の情報が表示される。
敵の位置と体力。
味方の位置と体力。
遮蔽物──など。
それらが、次々と私の視界に入ってくる。
(……私なら、やれる)
もちろん、銃弾は怖い。
当たれば、私の場合、即死する可能性すらある。
それでも──私は、先生だから。
「……ノアちゃん。先生なら大丈夫だよ〜」
ホシノが、私の方へ視線を向けながら言った。
「え?」
「だって、先生は先生だからねぇ」
相変わらず、気の抜けた声だった。
しかし、その言葉に込められた意味は、私には分からなかった。
「……先生だから?」
「うん。先生は、おじさん達の先生でしょ?」
ホシノは、私の顔をじっと見つめる。
その表情は、いつものように穏やかだった。
「だから、先生は先生らしくしてていいよ〜」
ホシノの視線が、私から外れた。
私は、ホシノの背中を見つめる。
それは、何気ない言葉。
原作知識を知る私からしても、ホシノらしい、のんびりとした言い方。
けれど──なぜだろう。
その言葉には、妙な重みを感じた。
「……分かりました。先生、私達の指揮をお願いします──私が先生の前に立ち、守りますから」
「っ──ありがとう、ノア」
そう言ってノアが、私の前に立つ。
その背中は、先ほどまで本を抱えていた少女のものとは思えないほど、頼もしく見えた。
私はシッテムの箱を握り直した。
「みんな、聞いて!」
私が声を張り上げると、アビドスの五人がその場で頷く。
「敵は三十人。正面から全員を相手にする必要はないよ!」
シッテムの箱に表示された戦場を確認する。
ヘルメット団は、校門から校庭へと広がりながら進んでいる──その数は三十人と多い。
しかし──全員が同じ場所に固まっているわけではない。
右翼と左翼に五人ずつ。
中央に大半の戦力。
そして、後方には数人の生徒が残っている。
対して、こちらは五人。
数だけを見れば、圧倒的に不利だ。
けれど──私には、アビドスの皆が負ける気はしなかった。
「アズサ! ──左側の集団を狙って! まずは前衛を崩して、敵の進行を止めて!」
「了解した!」
アズサは一切の迷いなく、敵の前衛へと突っ込んでいく。
「サキ! ──サキは、右側から迫る敵をお願い! 敵が中央に集まらないようにして!」
「任せろ、先生!」
サキはそう叫ぶと、身を低くしながら右側へと駆け出す。
「チナツはノアと一緒に、後衛で二人の支援をお願い! 味方の状態を見ながら、回復と援護射撃を! 無理は絶対にしないでね!」
「分かりました!」
「了解です、先生」
チナツが頷き、ノアも静かに銃を構えた。
「そして、ホシノは──」
「おじさんは?」
ホシノが、のんびりとした声でこちらを見る。
その手には、既にリロードされた銃が構えられていた。
「中央を任せた!」
「うへぇ〜。一番、多いし大変そうなところじゃん」
「ホシノならできるんじゃないかな」
私がそう言うと、ホシノは一瞬だけ黙った。
そして──中央の敵へと目を向ける。
「……そっかぁ。先生がそう言うなら、頑張っちゃおうかなぁ」
その瞬間だった。
「撃てぇぇぇぇぇっ!!!!」
ヘルメット団から、怒号が響き渡り、無数の銃弾が、校庭を駆け抜ける。
「っ──!」
反射的に身体が強張る。
銃弾が空気を裂き、地面へと次々に突き刺さり、校庭の砂埃が舞い上がる。
私はノアが守ってくれるお陰で被弾はない。
私はシッテムの箱の画面を確認すると──アズサが砂埃の中で、身を隠しながら敵の集団へと接近していた。
「──そこだ!」
乾いた銃声が連続して響き渡る。
左翼にいるヘルメット団が、次々と身体を仰け反らせた。
「な、なんだ!?」
「どこから撃ってる!?」
「おい、打ってきてるやつはどこだ? 見えねぇぞ!?」
アズサによって、敵が混乱している声が聞こえる。
私はシッテムの箱をタッチする事で、敵の位置をマークし、砂埃の中でアズサへと伝えていく。
銃声が鳴り、敵が一人、また一人と倒れていく。
「……すごい」
思わず、口から言葉が漏れた。
アズサの動きには、一切の無駄がない。
ゲーム画面越しに何度も見てきたアズサの戦闘だが、実際に目の前で見ると、その印象はまったく違った。
速く、そして──正確だ。
「この距離なら、外さない……!」
アズサは小さく呟く。
ヘルメット団の左翼が、完全に混乱していた。
その一方──。
「おらぁぁぁぁぁっ!!!」
校庭の右翼では、サキが一人でヘルメット団を押し返していた。
「な、なんだこの女!?」
「こっちに、近づけさせるな!」
「撃て! 撃てぇぇぇぇ!!!」
サキは、敵の銃撃を受けながらも、一歩も引かなかった。
いや──サキは、寧ろ、前へ出ていた。
「そんな射撃で、私を止められると思うなよ!!」
サキは大きく踏み込んで、地面を蹴り──そして、手にした銃を構えた。
──ダダダダダダッ!!!
激しい銃声が響き渡る。
サキの銃撃により、敵の前衛が一斉に吹き飛び、次々と倒れていく。
「す、すごい……」
私は思わず呟いた。
サキの動きは、はっきり言うと荒々しい。
しかし、ただ無闇に撃っているわけではない。
その動きはまるで──敵に反撃する暇を与えない。
「チナツ──! サキに回復支援をお願い!」
「分かりました! サキのバイタルを確認──回復します」
私はシッテムの箱を操作して、チナツにサキを回復してもらう。
サキの削られていた体力が徐々に回復していく。
「ありがとう、チナツ。サキは、そのまま敵を引きつけて! アズサがそっちへ向かってるよ!」
「おう! 任せてくれ、先生!」
サキは大声で返事をすると、さらに前へ出る。
そこにアズサも合流し、右翼と左翼の敵は壊滅状態である。
そして──最後に、中央では。
「うへぇ〜……」
ホシノが、敵の大群を前にして大きく欠伸をしている。
「おじさん、これ本当に一人で止めるのぉ? 先生は、厳しいなぁ」
そう言うホシノだが、その口元は少しだけ嬉しそうに緩んでいる。
「まあ、先生が任せてくれたし……おじさん、頑張っちゃうよぉ」
「う、撃てぇぇぇっ!!!!」
中央のヘルメット団が一斉に銃撃を開始した。
無数の銃弾がホシノへと殺到する。
「よよっと……!」
しかし──ホシノは逃げずに、その無数の銃弾を躱していく。
「な、なんだ!? 躱していくぞ!?!」
「き、効いてないのか!?」
「ま、前に出ろ! みんな、数で押し切れ!!」
そんなホシノを見て、ヘルメット団が束になって、距離を詰めてくる。
そんなヘルメット団を、ホシノはゆっくりと顔を上げる。
「……ねぇ」
その声から、いつもの眠たげな雰囲気が消えていた。
「おじさんの学校でさぁ。これ以上、好き勝手するの、やめてくれるかな?」
その瞬間──ホシノの姿が消えた。
私もシッテムの箱の画面を見ていなければ、ホシノの事を目で追う事すら出来なかっただろう。
ほんの一瞬前まで、確かにそこにいたはずのホシノが、一瞬で消えて、中央にいた敵が次々に倒れていく。
(実際に見ると、こんなに、ホシノは強いのか……こ、これがキヴォトスの最強格の生徒の実力……!)
ホシノは、一人だった。
周囲には、十人以上のヘルメット団がいたはずなのに。
普通なら、数の差で押し潰されてもおかしくない。
それなのに銃弾の雨の中を突き進んで、中央の敵を一瞬で壊滅させた。
校庭には、三人の前衛がいる。
──アズサ。
──サキ。
──ホシノ。
気が付けば、校庭にはヘルメット団の生徒たちが倒れていた。
そして、アビドス側は誰一人として、致命傷を負っている者はいない。
戦闘は、完全に終わっていた。
たった数分──私が指揮を始めてから、ほんの三分程度しか経っていない。
それなのに──約三十人いたヘルメット団は、アビドスの五人によって完全に撃退されていた。
「皆さん、お疲れ様です。そして、先生も……どうやら私たちの勝ちのようですね」
ノアが私が手に持つシッテムの箱を覗き込みながら、優しく微笑む。
原作知識とは違う──アビドスの五人。
原作のアビドスの五人も少数精鋭で戦闘力が高かったが──、
(この世界の、アビドスの五人も──バランスが整ってて、強いんだね)
前衛のアズサ、サキ、ホシノは一騎当千の実力を持ち、ノアとチナツは後衛で、三人をサポートする。
そんな知らないアビドスを──私は後方から眺める。
校庭には、まだ銃撃の跡が残っていた。
砂埃が舞い落ちて、倒れたヘルメット団の生徒たちは、次々とアビドス高等学校から撤退していく。
ヘルメット団との戦いは──アビドスの圧勝であった。