「リオ様、見ていますか? 私は現在、リオ様の元を離れて便利屋68に所属しています。ピースピース」
「ト、トキ……どうして……」
「ハーッハッハッハッ。素晴らしく雰囲気のあるラーメン屋じゃあないか! 席まで案内してくれ!」
カスミは豪快な笑い声を響かせながら、先頭を切って店内へと入っていく。
「4名様ですね? 席にご案内します!」
そんなアル達に気付いた店員のセリカが、慌てて駆け寄り、席へと案内をする。
「えぇ! よろしくお願いするわ! ふふふっ、美味しそうな匂いね。ラーメンが楽しみだわ! ヒヨリ、よく見つけてきたわね!」
「ヒヨリ先輩──ナイスです」
「えへへ……私には、これくらいしかできないので……あ、ありがとうございます、アル社長、トキ課長……!!」
アル達はセリカに案内され、私達の方へと近付いてくる。
──案内された席は、どうやら私達の隣のテーブル席らしい。
「あぁ! 店員に先に言っておこう! 私達はラーメンを1杯しか頼めん!」
「1杯だけ……? でも、どうせならごゆっくりお席へどうぞ。今は夕方前の暇な時間なので、空いている席も多いですし」
「おぉー! 親切な店員じゃあないか! それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう!」
カスミが気分良さそうにセリカと話しながら、一番乗りで席へ腰を下ろす。
その後ろを、アル、トキ、ヒヨリが続く。
「ご、ごめんなさいぃ……! わ、私みたいな貧乏人が、お店に来ちゃって……で、でも、お金がなくて……四人分は頼めなくてぇ……!」
「そんな! お金がないのは罪じゃないよ! 胸を張って!」
セリカは真剣な表情でそう言い切った。
その言葉にヒヨリは目をぱちくりとさせる。
「わ、私みたいなのに……そんな優しい言葉を……」
「そもそも学生なんだろ? うちのお店に、小銭をかき集めて食べに来てくれたのなら大歓迎だ! そういうのが大事なんだ!」
サキも厨房から顔を出し、声をかける。
腕を組んで力強く頷くと、ラーメンを作る柴大将の元へと向かっていく。
「……何か妙な勘違いをされていそうですね?」
トキが小さく首を傾げる。
「ははっ、そうだな、トキ! 私達も普段はここまで困窮しているわけではないんだが……今日の
「っ……ちょ、ちょっと! アルじゃなくて、社長でしょ? カスミ室長、肩書はちゃんと付けなさい」
アルは咳払いを一つすると、得意げに胸を張る。
「そうよ……! 組織には秩序が必要なの! トップたる社長への敬意は欠かせないわ!」
「まあまあ!
「そういう問題じゃないわよ!」
二人のやり取りに、ヒヨリは困ったようにおろおろし、トキは無表情のまま、小さく拍手をしている。
そんな中──、
私はというと、完全に思考が停止していた。
いや、停止というより、脳が現実を受け入れることを拒否していたと言った方が正しい。
(落ち着け、私。まずは状況を整理しよう)
原作知識だと──対策委員会のメンバーは
そして、隣のテーブル席に座る生徒達は──、
──
──
──
──
……いや、待ってほしい。
(便利屋68って、こんなメンバーだったっけ!?)
もうここまでくると、私の知る原作知識は、連邦生徒会長に捏造された誤情報だったりするのだろうか。
世界線が違いすぎないだろうか。
切実に聞きたいのだが──私の知るブルーアーカイブは何処へ行ってしまったのだろうか。
私の認識では『便利屋68』のメンバーは、アル、カヨコ、ムツキ、ハルカの四人だ。
だが、隣のテーブル席にいるのは、そのうちアルだけ。
残る三人は、どこをどう見ても便利屋68とは無関係な生徒達だった。
(カスミは温泉開発部だし、トキはC&Cだし、ヒヨリはアリウススクワッドだよね!? この世界がおかしいのは、薄々理解してきたけど……どういう経緯でこのメンバーになったの!? 何で便利屋!?!)
頭の中で、私の原作知識が音を立てて崩れていく。
(っ。ま、まあ……アルがいるから、そうなんだろうけど……! べ、
私は思わず二度見した。
いや、三度見した。
ヒヨリは先程、アリウス分校のアリウススクワッドに所属する生徒だと紹介したからいいとして──、
常に不敵な笑みを浮かべ、大人びた仕草や言葉遣いは、まさにマフィアのボスのようで、
──まさに、悪のカリスマ。
……を気取ってはいる、チョロくて残念で可愛い生徒だ。
ただし、アルは本気でアウトローを目指しており、その一途に憧れ、その為に努力する姿は尊敬しかない。
アウトローを目指しつつも、本人の根っから悪人にはなれない生来の真面目さと誠実さ、そして他人を想える優しさ。
それらを併せ持つからこそ、アルは皆に愛される生徒なのだ。
問題なのは──その隣だ。
私の視線は、アルの右隣で腕を組み、豪快に笑っている少女へ移る。
──
ゲヘナ学園に所属する、
彼女は温泉を掘るためならば、爆薬だろうが重機だろうが惜しまず投入し、建造物があっても爆破して温泉開発をする。
その結果として、公共施設や街並みまで巻き込む爆弾魔にして破壊魔。
ゲヘナ学園が誇る
そんなカスミだが──実は非常に狡猾で賢い。
知能犯でもあるので、カスミが便利屋にいることの恐ろしさを私は少し感じている。
そんな──カスミの正面には、
──
彼女はミレニアムが誇る最強の武力集団である『C&C』に所属する生徒だ。
そのため、圧倒的な戦闘能力・センスを持ち、冷静沈着で任務遂行能力はキヴォトスでも屈指だ。
しかも、
(そして、いま気付いたけれど、服はメイド服じゃないんだね……白いフード付きジャケットを羽織っているけど……あ、あれって
それは、原作のデカグラマトン編にて、トキが着ている衣装である。
今も無表情のまま店内を観察している姿は、完全に周囲の警戒を怠らないプロフェッショナルそのものに見えた。
そんな
(……一旦、心を落ち着けようか。落ち着いてアビドスのみんなを見よう)
私は入口の方に目を向けると、そこには見事にアル達に
ホシノは先程まで、オッドアイの目をガン開きにして、ヒヨリに飛びかかる勢いだったが、今は放心状態のように見える。
「ほ、ホシノ先輩! いきなり立ち上がって、どうされたのですか──? 別のお客様にご迷惑ですよ?」
「……ち、違う名前、だった……? ユ、ユメ先輩、じゃない?」
「っ……ホシノ先輩!」
ノアがホシノの後ろから抱き締めることで、ホシノの肩がビクリと跳ねる。
ノアの抱擁によって、現実世界に戻ってきたようだ。
「うっ……ご、ごめんねぇ〜、ノアちゃん。おじさん、最近は本当に
ホシノは困ったように笑いながら頭を掻く。
だが、その笑顔の奥に残る僅かな寂しさを、私は見逃せなかった。
(……ユメ先輩、か)
この世界でも彼女は……そうか。
きっと、そういう事なんだろうね。
今でも、ホシノの中で大きな存在なのだろう。
「本当に大丈夫ですか?」
チナツもホシノへと近づき、心配そうに尋ねる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ〜。おじさん、ちょっと目が疲れてただけだから〜」
そう言うと、ホシノは何事もなかったかのように席へ戻ってくる。
ノアはそんなホシノの横顔をじっと見つめ、小さく目を細めた。
「……そうですか」
ノアは、それ以上は何も聞かなかった。
きっと今は、それが最善だと判断したのだろう。
私は胸を撫で下ろしながら、隣のテーブル席へと再び視線を向けると、ちょうどセリカが厨房からラーメンを運んでくる。
「はい、お待たせしました! お熱いのでお気をつけて!」
そのラーメンは──ダダンッ!! と効果音が付きそうなくらいに
「え? ええぇぇえ?! て、店員さん! お、オーダーミスじゃないですかぁぁあ?!」
ヒヨリが驚きの声を上げながら、席を立ち上がる。
「はい。十人前はありそうですね」
「お、おぉ……!! うむ、これは素晴らしい!!」
そんな便利屋の反応に、セリカは優しい笑みを浮かべる。
「いやいや、これで合ってますよ。580円の柴関ラーメン並! ですよね、大将?」
「あぁ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」
柴大将が厨房から顔を出しながら、満足気に頷く。
(思えば──確か原作でも、この流れだったね)
困窮した便利屋68が柴関ラーメンへ訪れ、柴大将のサービス精神によって、とんでもない量のラーメンを出される展開だ。
アル達は割り箸を割ると、その超特盛のラーメンを一口食べる。
「「「「──!! 美味しいっ!」」」」
「そうか。やっぱり柴関ラーメンは美味しいか?」
そんなアル達の様子に──アズサが席を立ち上がって、話しかけに行く。
「ふぇ? と、隣の席の人ですか……?」
ヒヨリが箸を止めて、アズサを見つめる。
「あぁ、そうだ。ここのラーメンは本当に最高だからな。美味しそうに食べている人を見て、少し嬉しくなったから来た」
「えぇ、分かるわ。私も色んな所で料理を食べてきたけど、このレベルのラーメンはなかなかお目にはかかれないもの! 良い店ね!」
アルが箸を止めて、満面の笑みを浮かべながら、私達に話しかけてくる。
「はい。私達は、ここの常連なんです。他校の皆様に、このラーメンを食べていただけて嬉しいです」
チナツもそんなアル達に嬉しそうに微笑む。
「その制服は……ゲヘナですよね? 遠くからいらっしゃったんですね」
「えぇ、そうよ! ちょっとしたお仕事でね!」
そんなアル達の会話に──私は良い機会だと思い、席を立ち上がる。
アズサ達と入れ替わるようにして、私は四人に顔を見せた。
「初めましてだね──私は連邦捜査部シャーレの先生だよ。よろしくね!」
「──っ!」
その瞬間──アルの表情が、ほんの僅かに変化した。
それは、先程までラーメンを楽しんでいた少女の顔ではない。
便利屋68の社長として、相手を見極める表情だ。
そして、カスミは椅子に座ったまま、興味深そうに目を細め、私を観察する。
「ほぉ……? シャーレの先生か?」
「連邦生徒会長が失踪し、最近になって発足したシャーレ……そして、キヴォトス唯一の先生と、噂くらいは聞いた事があります」
トキが淡々と言葉を続ける。
「もう既に数多く生徒の悩みを解消し、様々な学園の生徒と関係を持つ存在だと」
「……な、なんか、言い方が少し変じゃないかな?」
私が苦笑すると、トキは首を傾げた。
「事実を述べただけです」
「なるほど……」
相変わらず、トキらしい──無表情なのに、妙に圧がある。
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ……!」
すると、ヒヨリが慌てた様子で箸を置いた。
「せ、先生って……あの先生ですか!?」
「えっと……たぶん、その先生だね」
「ひぇぇ……! わ、私、先生という存在に会うのは初めてですっ!」
ヒヨリの顔が一気に青ざめる。
「ええっと……大丈夫だよ。何も怖いことはしないからね!」
「そ、そうですか……?」
ヒヨリは恐る恐る私を見る。
そんなヒヨリの様子に、思わず笑みがこぼれた。
「それで、シャーレの先生が、こんな場所にいるなんて偶然ね?」
アルが口を開く。
彼女は腕を組みながら、私をじっと見つめる。
「そうだね。いま、私は後ろにいる生徒達と一緒に行動しているからね。それに、柴関ラーメンが好きなんだ」
「……なるほどね。私って『先生』は、もっとこう……裏がある人物だと思っていたけれど……普通にラーメンを食べに来るような大人なのね!」
「失礼じゃないかな?」
「褒めているのよ?」
アルは堂々と言い切った。
「それじゃあ、先生に続いて自己紹介をするわ! 私達は
そして──私が社長を務める
──もし、これから、どこかで私達の力が必要になることがあれば……その時は、便利屋68を頼ってちょうだい──先生!」
「うん。これからよろしくね、アル」
そういって笑顔のアルと握手をしつつも、私は視界に二人の生徒を捉える。
それは、アルとは対称に私達へ怪訝そうな視線を向ける二人の生徒だ。
──カスミとトキ。
二人は私やホシノ達を見つめながらも、何やらコソコソと小声で会話をしている。
(こ、これは……二人には、アズサ達が
「うふふっ! いいわ、こんなところで気が合う人達に出会えるなんて! こういう予想できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら!!」
「うむ……社長。ちょっとこっちに来てくれるか?」
「ん? どうしたのよ、カスミ?」
カスミはアルを手招きすると、アルの耳元で何かを伝える。
アルはそれを聞き、目を見開いて私たち──いや、正確にはホシノ達を見つめる。
「……っ。トキ、至急、店前に雇ったバイトを集めてちょうだい」
「了解しました。直ぐに対応します」
トキはポケットからスマホを取り出すと、画面をタッチして何処かに連絡を取っている。
(……これは、まずいかもしれないね)
その一瞬の動きで、私の脳裏に嫌な想像が過ぎった。
アルの表情からは、先程まで浮かんでいた食への純粋な喜びが消えている。
代わりに浮かんでいるのは──便利屋68の社長としての顔だ。
「……ねぇ、先生」
「ん? どうしたの、アル?」
アルが静かに口を開く。
「少し聞きたいことがあるのだけれど」
先程までの明るい声色とは違う。
それは、相手を試すような、探るような声音。
「あなたは……あの子達の先生なのよね?」
アルの視線が、私の後ろへ向く。
そこには、ラーメンを食べ終えて、談笑をしているホシノ達。
「そうだよ」
私は、そんなアビドスの皆を見て迷わず答えた。
「彼女達は、私が守るべき大切な生徒だよ」
「……そう。そうなのね」
アルは俯きながら、小さく呟く。
そんなアルを見て、カスミが楽しそうに笑った。
「なるほどなるほど……これは随分と面白い状況じゃないか」
「っ。カスミ!」
「分かっているとも、社長」
カスミは箸を置き、椅子へ深く寄りかかる。
「それじゃあ、ラーメンも食べ終わったことだ! 社長! それに、トキとヒヨリも! お会計をして外に出ようではないか!」
カスミがそう言うと、トキとヒヨリも頷いて立ち上がり、店の外へと向かっていく。
アルはカスミの言葉に一瞬だけ迷うように、私に視線を向けた。
「……そうね」
それは、いつものような自信満々な返事ではなかった。
だが、次の瞬間には──、
「便利屋68として、やるべき仕事があるもの」
そう言って、アルはいつもの不敵な笑みを浮かべる。
(……あぁ、やっぱり、そうなんだね)
私は確信した。
アル達は、ただ偶然、
私達と柴関ラーメンで出会ったことは……恐らく彼女達にとっては予定外の出来事だったとしても、彼女達のすべき事は変わらない。
「先生、一つだけ忠告しておくわ」
アルは財布を取り出しながら、こちらを見る。
「忠告?」
「えぇ、そうよ」
アルは周囲に聞こえない程度の声で続ける。
「便利屋68は、依頼された仕事は必ず遂行する。それがどんな内容であっても──だからもし、私達があなた達と
一瞬、アルの瞳が鋭くなる。
「その時は、覚悟してちょうだい」
そう言ってアルはジャケットを翻して、レジへと向かっていく。
そんなアルの背中を見ながら、つい最後に声をかけてしまう。
「でも──私はアルのアウトローを信じてるから」
「……っ」
アルの足が、一瞬だけ止まった。
「……何を、言っているの? 私の目指すアウトローを信じるだなんて、何を根拠にそんなことを言っているの?」
アルは私の方に振り向き、その意図を確かめる。
「理由はないよ。ただ……カスミ達がアルを見る目を見れば分かるからね」
その瞬間──アルの表情が僅かに固まった。
「な、何を言っているのよ?!」
「いや、なんとなくね」
「私は便利屋68の社長よ? 依頼は絶対。どんな仕事でも完璧にこなすのが私の流儀なんだから!」
そう言って胸を張るアル。
そんなアルの様子を入口で──便利屋の三人は見つめて、嬉しそうに口元を緩めている。
「ふふふっ」
「……何よ、トキ」
「いえ、何でもないです。流石はアル様です。そして──先生も」
トキは無表情を崩して、少しだけ楽しそうに笑う。
カスミも口元を緩ませながら、私とアルを興味深そうに見つめ──、
「なるほどな。先生という存在は、本当に面白いな……! その目……先生ならば、便利屋を聞いた事はあるんじゃないか? なのに先生は……肩書きではなく
そのカスミの笑顔には、温泉開発部の部長らしい狂気にも似た好奇心が浮かんでいた。
「うぅ……先生……ごめんなさい。やっぱり、本当にやるんですね……」
そんなカスミの横で、ヒヨリは小さく呟く。
「そ、それじゃあ──先生! また会いましょう!」
そう言って、アルはレジでお会計を済ませて、店の外へと出ていったのだった。