「ね、ねぇ。トキ課長……私達が帰った途端、不穏なタイトルなのだけれど?」
「アル様。いいですか、落ち着いて聞いてください。
──『Unwelcome School』のBGMが止まりました」
「……え?」
「つまり、便利屋68のターンは終了……ここから先はシリアスパートです」
「そ、そんなメタな理由で締めないでよーーーっ!?!」
──その夜。
柴関ラーメンでのアルバイトを終えた、サキはアビドスの寂れた街を歩いていた。
夜の帳が下りたアビドスは、昼間以上に静まり返っていた。
本来ならば此処は、昼間は人々が行き交い、夜になればネオンの明かりと喧騒に包まれるはずの繁華街。
かつては、夜遅くまで営業している店が並び、学生たちの笑い声や車の走行音が絶えなかったと聞く。
──だが、今は違う。
建物の多くはシャッターを下ろし、店先に掲げられていた看板も、砂埃に汚れている。
ところどころに設置された街灯も、そのすべてが正常に機能しているわけではなかった。
明滅を繰り返す街灯が、寂れた道路を不規則に照らしている。
その光の下を、二人の少女が歩いていた。
「……この辺りも人が少なくなったな」
サキは周りを見回しながら呟く。
「そうね。前はここまでじゃなかったんでしょ?」
「そうだな……最近こっちに来たセリカは知らないかもしれないが、昔はもう少し賑わってたんだぞ」
そう言うサキの隣には──アルバイトを終えたセリカも一緒であった。
セリカもアルバイトの疲れを滲ませながら帰宅するべく、駅へと向かう最中である。
「治安も悪くなっているみたいだしな……
「……そっか。ねぇ、サキ。何か頼れることがあったら、私にも声かけてよね」
セリカは少しだけ胸を張った。
「──私たち、
「っ……!」
その言葉にサキは一瞬だけ目を見開く。
「あぁ! セリカも、大変な時なのに、ありがとうな」
「……べ、別に。私はただ、友達として当然のことを言っただけよ」
セリカはそう言って、少しだけ顔を逸らした。
そして、セリカの耳は僅かに赤くなっていた。
サキはそれに気づいたが、あえて何も言わなかった。
こういう何気ないやり取りが、サキにとっては嬉しいものであった。
「そういえば、もうすぐ給料日も近いしな〜! セリカは何に使うんだ?」
「私は〜、そうね……仲間達がもうそろそろ
「……デモ?」
「そうそう、学校が閉鎖されちゃってね。その閉鎖反対のデモ! けど、デモする為にもキャンプ用具とか必要で……買い揃えるかもしれないわね」
そんな他愛のない会話をしながら、二人は歩き続ける。
夜のアビドスは静かだった。
遠くから聞こえるのは、砂を運ぶ風の音と、時折走り抜ける車の音だけ。
駅までは、もうそれほど遠くないし、この路地裏を少し歩けば、大通りへ出る。
そこまで行けば、少なくともこの周辺よりは人の目もあるはず。
──そんな時だった。
サキとセリカが、ふと足を止めた。
「……つけられてるな」
「っ……そうね」
「……セリカ。心当たりはあるか? この尾行……相手はかなり」
「ないわね。それに……此処はまずいわね。もう人もいないし……寧ろ、私達に此処で気付かせ──」
街灯の明かりが点滅しながら、二人の影を長く地面に伸ばす。
その直後、彼女の後ろ──ビルの影から一人の女が現れる。
長い
長袖の白いセーラー服を着用し、髪と同系色の
そして──、暗闇に赤眼が煌めく。
その視線は、サキだけに向けられていた。
セリカではない──
サキとセリカは咄嗟に銃を構えて、その尾行者を見据える。
「誰? 私たちを尾行していたようだけど、何の用?」
「……一つだけ質問がある」
その女は抑揚のない声で、二人に語りかける。
「は? いきなり何を言い出してるんだ? 尾行しているヤツに、素直に答えるとでも── 」
「……
「え?」
サキの言葉を遮るようにして、その尾行者は静かに口を開き、銃口を二人に向ける。
「もう一度言おう──私は
尾行者──ユキノは、二人の返答を待つ。
「……特に、
「……っ。何言ってんだ、お前? 私のストーカーなのか?」
「そうか。なら、もう話す事はない……」
──カラカラッ。
ユキノはそう言い放つと、
サキとセリカの足元に何かが転がってくる。
「っ! セリカ──閃光弾だ! 目を瞑れッ!」
サキは咄嗟に気が付き、目を瞑って叫ぶが、一歩遅かった。
次の瞬間には──、
眩い光が、セリカの視界を埋めつくし、ユキノの姿を視界で捉えられなくなる。
「っ!? し、しまっ──」
セリカが声を上げ、咄嗟に銃を撃とうとするが、視界が眩んで何も見えない。
サキは銃を構えているが、ビルの壁を蹴り、高速で移動するユキノに照準を合わせることができない。
そして──、
一瞬にしてユキノはサキとセリカの背後へと回り込む。
サキは咄嗟に振り返り、叫び声をあげる。
「セリカ! 後ろだ!」
「っ! このっ……!!」
セリカが振り返る。
だが、その時には既に、ユキノの銃口が、振り返ったセリカの頭部へとゼロ距離で向けられていた。
「──まずは、一人。排除する」
──バンッ。
セリカの身体が大きく揺れた。
ゼロ距離から撃ち込まれた弾丸の衝撃によって、彼女はその場に崩れ落ちる。
頭を撃ち抜かれ、セリカの意識は朦朧としており、直ぐにその場から立ち上がることが出来ない。
「な、に……これ……」
セリカの声が震える。
セリカは決して戦闘が弱いわけではない。
むしろ、戦闘能力でいえば、キヴォトスの一年生の中でも上位に来る。
しかし、そのセリカが一瞬で無力化された。
「ッッッッ!! お前ッ!! セリカに何て事してくれたんだ!!!」
サキは怒りのままに銃を構え、引き金を引いた。
──ダダダダダッ!!
乾いた銃声が、静まり返った夜の街に響き渡る。
サキの元から銃弾が次々と、ユキノへ向かって飛んでいく。
しかし──、
「……遅いな」
ユキノは動いた。
いや──動いた筈だ。
銃弾が通過する直前に、身体を僅かに傾ける。
首を数センチ動かす。
半歩だけ足を引く。
けれど、たったそれだけだ。
弾丸は、彼女の髪を僅かに揺らすことしかできない。
「なっ……!?」
「……その程度では、私に傷一つ与えられない」
サキの手に汗が滲んだ。
弾丸を全て見切っている。
ユキノの動きは、そうとしか思えなかった。
そんな事は、あり得ないのに。
サキがそう思った瞬間──ユキノの姿が掻き消えた。
「──ッ!!!」
次の瞬間──サキの目の前に、ユキノが現れる。
サキは咄嗟に銃を振り上げて、反射的に攻撃を繰り出す。
だが、ユキノはそれを難なく躱すと、銃口をサキの腹部に押し付ける。
「反応が遅い。アビドスでの生活は、君を弱くしたようだ」
「……ッ!」
──バンッ!!
「ぐっ……!?」
銃弾がサキの腹部を撃ち抜く。
衝撃に身体が吹き飛ばされ、サキは数メートル先の地面を転がった。
「サ、サキ……ッ!!」
倒れていたセリカが、朦朧とした意識の中で叫ぶ。
「……セリカ……くっ……ッ!」
サキは地面に手をつき、立ち上がろうとする。
痛い。
腹が焼けるように痛い。
だが、それ以上に、目の前で
サキは、ふらつきながらも立ち上がる。
「……セリカに……近づくな……!」
腹部から伝わる痛みに、視界が揺れる。
それでも、サキは銃を構えた。
「サキ……! 逃げて……っ!」
セリカが、地面に倒れたまま叫ぶ。
「……嫌だ」
「え……?」
「セリカを置いて……逃げられるわけないだろっ……!!!」
サキは血の滲む口元を拭い、ユキノを睨みつける。
「私は……アビドスの、空井 サキだ! 対策委員会の一員だ!!」
サキは銃口をユキノに向けてさけぶ。
「そして……セリカは私の友達だ!!!」
その言葉を聞いても、ユキノの表情は変わらなかった。
ただ少しだけユキノは目を閉じると、一つ息を吐く。
「……対策委員会……そして、友達か。随分と、この砂漠で絆されたようだ、空井隊員。これでは、
「……は? 何言ってるんだ? 誰だ、そいつ?」
サキは眉を歪めながら、ユキノを睨みつける。
「……え? つき、ゆき、小隊長? ……って、ミ、
だが、セリカはその名前に聞き覚えがあるようで、倒れながらも弱々しく聞き返す。
「……っ。あぁ、そうか。そういえば、この世界では、君は知っているのか」
ユキノの目が、僅かに細められ、セリカに鋭い視線を送る。
「ミ、ミヤコって……私たち、
サキの表情が僅かに変わる。
聞き覚えがある──それは、セリカが通っていた
連邦生徒会長の失踪によって、閉鎖された学園であり、連邦生徒会長直属の特殊部隊として活動していく筈だった少女たち。
──RABBIT小隊。
「な、なんで……ミヤコ、の名前が……! ア、アンタ! ミ、ミヤコに何かしたら許さないんだからっ!」
「……」
そのセリカの言葉に、ユキノは僅かに黙り込んだ。
ほんの一瞬だった。
だが、サキは見逃さなかった。
初めて、ユキノの表情に感情が浮かんだ。
それは、怒りでもない。
憎しみでもない。
──それは、きっと後悔。
それに近い何かだった。
「……
それだけユキノは呟くと、セリカに対して銃口を向け──、
「君は、もういい」
──ダダダダダッ!!!!
乾いた銃声が鳴り響き、セリカはビルの壁へと叩きつけられ──その意識を失う。
「せ、セリカっ!!!!」
サキは叫び声を上げた。
だが、セリカからの返事はない。
セリカの身体は、ビルの壁に叩きつけられたまま、力なく地面へと崩れ落ちていった。
そのセリカの頭上には、ヘイローが浮かんでいない。
「……せ、セリカ?」
サキの声が震え、その手から、銃が落ちそうになる。
「お、おい……セリカ……っ!」
サキはふらつきながら、セリカの方へと歩き出す。
「動くな、空井隊員」
そんなサキの後頭部に冷たい銃口が押し当てられる。
「……黙れ」
「これ以上動けば、君も同じ目に遭うことになる」
「黙れッ!!!」
サキは怒鳴り声を上げた。
腹部から血を流しながらも、ユキノへと振り返り──、
──バンッ。
一つの銃声が鳴った。
その銃声により、サキの身体から力が抜ける。
サキはそのまま地面へと倒れ──視界が暗くなっていくのを感じる。
音も遠ざかっていく。
セリカの姿が、滲んでいく。
「これは、君を連れていくためだ」
ユキノは、倒れたサキを見下ろしていた。
「君が意識を保っていれば、私へと抵抗を続けるだろうから」
その声は淡々としていた。
まるで、ただ任務を遂行しているだけのように。
だが──ユキノは銃の引き金から手を離すと、拳を強く握りしめた。
指が白くなるほどに強く、強く──。
「……私は」
ユキノは小さく呟く。
「何を、しているんだろうな──ニコ、クルミ、オトギ」
サキは、その声を聞いた。
だが、もう身体を動かすことはできなかった。
サキの意識が、ゆっくりと闇へ沈んでいく。
最後に見えたのは──、
壁際に倒れたセリカ。
そして、自分を見下ろすユキノの赤い瞳だった。
その瞳には、冷酷さだけではない。
確かな迷いが浮かんでいた。
けれど、その迷いが何を意味するのかは、サキには、もう理解することができなかった。
そして──、
空井サキは、七度ユキノによって連れ去られたのだった。
……ユキノ? 私たちの可愛い後輩に向かって何をしているの?
きっと、お稲荷さん食べてないから、頭に血が上ってるんだね。