静まり返った部屋。
誰もがノアの持つ端末へ視線を向けていた。
ノアの問いかけに対し、少しの間、ノノミの沈黙が続く。
電話越しに聞こえるノノミの息遣いだけが、小さく耳に届いていた。
『……
その一言だけで分かった。
──きっとノノミは、ユキノという存在を知っているのだろう。
私は思わず身を乗り出した。
「知っているんだね? ノノミ?」
『っ……!?』
画面越しのノノミが、小さく目を丸くする。
『え、えっと……ノアちゃんの隣にいる大人の方は、どなたですか?』
突然話しかけられた事に戸惑っているようだった。
(あっ。勢いに任せて、通話に乱入してしまった……)
私は苦笑しながら、頭を下げる。
「いきなりごめんね。私は連邦捜査部『シャーレ』の先生で……今はノア達──アビドスの皆と一緒に行動しているんだ」
『あっ、シャーレの先生、ですか……!』
ノノミの表情がぱっと明るくなる。
『あの噂の先生ですね! 前にユウカちゃんがお世話になったと聞いています! それに、ユウカちゃんが、いつもいつも、先生の事を話すんですよ〜!』
そう言うノノミは、電話越しでも伝わるほど、柔らかな笑顔を見せてくれる。
「へぇ〜! ユウカが私の事を話してくれるんだ?」
『そうなんです! 昨日なんて、これまたユウカちゃん……シャーレへ行ったら先生がいなかったので、トボトボと落ち込んで帰ってきたんですよ〜』
「っ……そう、だったんだ。それは、ユウカに申し訳ない事をしたね」
ユウカがシャーレに来てくれていたのなら、溜まりに溜まった書類や領収書整理を手伝ってもらいたかったな。
「……先生、代わってください」
だが、そのノノミの笑顔も長くは続かなかった。
「うっ……ごめん、ノア」
ノアのジト目に耐えきれず、私は後ろへと下がる。
そうして──ノアは静かに口を開く。
「ノノミちゃん。改めて聞きます……ユキノという生徒を知っていますか?」
ノノミは一瞬だけ視線を伏せる。
『っ……はい。知って、います』
短い返事だった。
ノノミのその声には、僅かな迷いが混じっていた。
『でも……どうして先生やノアちゃんが、ユキノ先輩の名前を?』
ノノミからの問いに、ノアは一瞬だけ私を見る。
そんなノアに対して、私は小さく頷いた。
隠しても意味はない。
「実は──」
ノアは今まで起きた出来事を、ノノミへと順を追って説明していった。
──アビドスで起きた襲撃。
セリカとサキが襲われたこと。
サキが連れ去られたこと。
そして、その犯人が七度ユキノだったこと。
話が進むにつれ、電話の向こうから返事が消えていった。
やがて──、
『っ……そんな』
ノノミが小さく息を呑む。
『ユキノ先輩が……そんなことをするなんて』
──信じられない。
ノノミの声は震えており、驚きと動揺が滲んでいた。
──ユキノが、誰かを傷つける。
その事実を、ノノミ自身が受け入れられていないようだった。
そんなノノミに対して、ノアはゆっくりと静かに問いかける。
「何か、この件について、ご存じのことはありませんか?」
『……』
ノノミはすぐには答えなかった。
何かを整理するように目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
そして、目を開いた時──ノノミはセミナーの一員としての真剣な表情であった。
『……ノアちゃん。そして、先生。まず最初に、一つだけ伝えさせてください』
ノノミは一拍おいて、宣言する。
『セミナーは、この件には一切関与していません』
ノノミの言葉に、私は心の中で少しだけ安心をする。
(少なくとも──セミナーに所属するノノミの言葉だ。ミレニアム全体が、アビドスに襲撃作戦を仕掛けてきたわけではなさそうだね)
これがもし、ミレニアム全体が敵だとしたら、アビドスの四人だけでは勝ち目は薄い。
というか、殆ど無いと私は思う。
「うん……それなら良かったよ」
私の言葉に、ノノミは少し安心したように微笑み、それから言葉を続ける。
『ありがとうございます、先生。けれど、そう、ですか……ノアちゃんから送られた監視カメラ映像も確認しましたが、間違いなくユキノ先輩ですよね、これは……』
ノノミは自分自身に言い聞かせるように、ため息を一つ吐く。
『他校のノアちゃん達に伝えるのも、なんですが……ここから先は他言無用でお願いします。実は最近、ユキノ先輩の様子が、少し
「様子が、変ですか……?」
『はい。
ノノミはゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
『任務から戻ってきても、誰とも話そうとしませんでした。C&Cのみんなとも必要最低限しか会話をしなくなって……』
ノノミの声が少しだけ沈む。
『最近では、連絡まで取れなくなったと……セミナーの会議でも報告があがっています』
部屋の空気が重くなる。
誰も言葉を発せない。
ノノミの表情は、昔を思い出して悲しむ一人の女の子にしか見えなかった。
そんなノノミはさらに、話を続ける。
『あと、一つだけ気になることがあります』
「……気になる、こと?」
『はい、先生……最近のユキノ先輩は、ずっとある名前を調べていた事も判明しています』
その一言に、私は息を止める。
『それは──SRT特殊学園。ヴェリタスが掴んだ情報によると、ユキノ先輩は単独で、SRT特殊学園のFOX小隊と
「──っ!? FOX小隊と……ユキノが、戦った?」
自分でも驚くほど声が低くなる。
──FOX小隊。
元々の原作にて、ユキノが所属していた組織と、何故、一人で交戦したのか。
私はその予想外の事実に驚きを隠せない。
「っ。あの女が……私たちの先輩であるFOX小隊と……?」
セリカも小さく息を呑みながら、驚きに声をあげる。
ホシノ達も表情を引き締めている。
『……何故、交戦したのか……そこまでは分かりません』
ノノミは頭を少し抑える。
『でも、ユキノ先輩がSRT特殊学園を調べていたのも事実になります……それも、連邦生徒会長の失踪事件が起きたとされる頃からずっと……』
私は思わず拳を握る。
(やっぱり、何かが繋がっているはず……)
──連邦生徒会長の失踪。
──ユキノの単独行動。
──そして、サキの誘拐。
この三つは、偶然ではない。
きっと、全てがどこかで繋がっている。
そんな確信が、胸の中で静かに形になり始めていた。
『それで、先生──ユキノ先輩はゲヘナ自治区からミレニアム自治区に入った後の足取りが不明なんですよね?』
「うん、そうだね」
『それなら、私たち──セミナーにも
ノノミの声は、柔らかな雰囲気とは違っていた。
──ミレニアムの生徒会であるセミナーの一員として、 責任を背負った声だった。
ただし、ノノミの表情は──、
『C&Cのリーダーであるユキノ先輩が、理由も分からないまま独断で動いている。そして、ミレニアムの外で誰かを傷つける結果になっているのなら……私達にも責任があります』
ノノミは少しだけ泣きそうな表情であった。
ミレニアムのユキノがアビドスのサキ達を傷付け、誘拐した事実を受け止め、ノノミは私達に頭を下げる。
そんなノノミに対して、私は静かに口を開いた。
「ノノミ」
『っ……はい、先生』
「ノノミが、責任を感じる必要はないよ」
『え……?』
ノノミが少し驚いたように目を開く。
私に怒られるとでも思っていたのだろうか。
けれど、私は首を横に振り、ノノミに対して優しく語りかける。
「もちろん。今回、ユキノがサキとセリカを襲撃したのは事実だよ。それを選んだ行動はユキノ自身だと思うし、理由を知る必要はある」
『……』
私は画面越しのノノミを見る。
ノノミは黙って真剣に私を見つめていた。
「でも、ミレニアムやセミナーの皆が悪いわけじゃないと、私は思うよ。だから、ノノミが責任を感じることは必要ないんだ……責任はね……生徒が悩みに気付けなかった大人──
少しの沈黙。
そして──私はノノミを安心させるように優しく微笑む。
「生徒を支えて、導き、その責任を持つのが
『……ありがとうございます、先生』
ノノミは涙を拭うと、優しく微笑んだ。
『ちょっぴりですが……ユウカちゃんが先生のことを信頼している理由が分かった気がします』
「え? ユウカが?」
『はいっ……ふふっ。なんでもありません』
そう言うと、ノノミは少し表情を引き締める。
『それでは、セミナーもすぐに動きます。お手数ですが、先生やアビドスの皆さんも、ミレニアム自治区に来ていただけないでしょうか?』
ノノミの言葉に、私は一瞬だけ考える。
──ミレニアムサイエンススクール。
そこは、キヴォトスの科学技術の最先端を誇る巨大な学園。
そこへ、アビドスのメンバーと共に向かう。
決して簡単なことではないし、そんな展開は原作のブルーアーカイブにはなかった。
けれど──私は部屋を見渡し、覚悟を決めて準備を整えるアビドス対策委員会のメンバーを見つめる。
(っ……覚悟を決めるのは、アビドスの皆よりも、私の方なのかもしれないね)
きっと、この先では原作知識の対策委員会編の知識を活かすことは出来ないかもしれない。
(ユキノがC&Cのリーダーだし……そんな人物が、FOX小隊と戦い、そしてサキを狙った。これは、原作では存在しなかった流れだ)
つまり、もう私の知識だけでは未来を予測できない。
(だけど、そんな事はどうだっていい。私は……!)
「うへぇ〜、分かったよ〜、ノノミちゃん。アビドスの皆でお邪魔するね?」
ホシノが私の隣へとやって来て、画面越しにノノミに対して返事をする。
「っ。ありがとう、ございます……ええっと」
「……おじさんは、ホシノだよ」
「え……?」
「
そう自己紹介をするホシノは、どこか寂しげに見えた。
『そうだったんですね。こちらこそ、よろしくお願いします。ホシノさん』
「……うん……よろしくねぇ〜」
ホシノはそれだけ言うと、ノアと私の元から下がり、ベッドで休むセリカの近くへと戻った。
『それでは皆さん──お待ちしています!』
「うん、了解だよ。直ぐに、ミレニアムへ向かうね」
その返答に、ノノミは少し安心したように微笑む。
『ありがとうございます、先生』
「ノノミ……あと最後に、私からも一つ、お願いがあるんだけど」
『はい、何でしょうか?』
「ユキノを見つけても、すぐに敵だと決めつけないでほしい」
ノノミは少し驚いたように目を見開く。
『そ、それは……どうしてですか? ユキノ先輩は、アビドスの生徒さんを誘拐して……!』
「うん。もちろん、サキを連れ去ったことは許されることじゃない。でも……」
私はシッテムの箱の画面に映るユキノのプロフィールを見る。
「きっと何か理由があると思う。だから、まずは本人から話を聞きたい」
ノノミは驚いたように、数秒の沈黙する。
そして──、
『……分かりました。本当に、ありがとうございます、先生』
ノノミは静かに頷いた。
『許されるのであればま……私も、お話を聞きたいです。ユキノ先輩は……昔は、誰よりも仲間思いの人でしたから』
その言葉には、確かな悲しみが込められていた。
きっと今のユキノとのギャップを感じているのだろう。
『だからこそ、今の先輩が何を考えているのか……知らないといけないと思うんです』
「っ──ありがとうね、ノノミ」
私は微笑む。
「必ず、ユキノを一緒に見つけようね!」
そう言って、ノアの携帯端末から離れる。
部屋を振り返ると、そこには、準備を整え終わったアビドスの皆がいた。
──ホシノ。
──アズサ。
──チナツ。
そして──ノア。
「……大切な人が
ホシノがポツリと呟く。
そして、自身の頬を一つ叩くと、ホシノは気合いを入れる。
「おじさんは行く準備は出来たよ、先生!」
そのホシノの言葉に、アズサも頷く。
「私も準備完了だ。サキを連れ戻すぞ、先生」
「相手がミレニアム最強の存在だとしても関係ありません。サキさんを助けます」
チナツも力強く拳を握りながら、私の前に出てくる。
「……アビドスの皆……サキをお願い」
セリカがベッドに寝たまま、私達へと小さく呟く。
「っ。セリカちゃん、任せて〜! 相手が
「ふふっ……母体数が全然違うでしょ、ストーカーホシノ先輩」
「いやいやぁ〜、セリカちゃん。おじさんを舐めたらいけないよ?」
アビドスの皆は、代わる代わるベッドで安静にするセリカに話しかける。
それに対して、セリカは軽口を叩きながらも、穏やかに微笑む。
(……こんな日常を、守りたいな)
「それじゃあ、皆。行こうか──ミレニアムへ」
私の言葉にアビドスの四人が頷き、武装する。
ホシノの部屋を出て、玄関の扉を開くと、夜の冷たい空気が流れ込んでくる。
でも──私は一人ではない。
隣には、サキを救うために立ち上がったアビドスの皆がいる。
私は一歩踏み出して、皆と共に装甲車に乗り込んだ。
──必ず、サキを連れて帰るために。
え? 何でノノミちゃんと、私が友達なのか、ですか?
実は、私達は同じ『私立ネフティス中学校』だったんです。
ふふっ……いわゆる、同中なんです♪