何かがおかしいブルーアーカイブ   作:千ノ宮チノ

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第22話:狐の正体

 

「着いたね……!」

 

 私は急ブレーキを踏み、道路脇に車を停める。

 そして──ドアを開けると目の前には、ホシノの家がある。

 

 住宅街の中、ホシノの家の明かりだけが、この夜の中でぽつりと灯っていた。

 

 私は急いでインターホンを押そうとする。

 その時だった。

 

 ガチャッ──。

 

 ホシノの玄関の扉が勢いよく開く。

 

「先生……! 待ってたよ!」

 

 飛び出してきたのはホシノだった。

 そのホシノに、普段の眠たげな表情はどこにもない。

 不安と焦りが、その顔にははっきりと浮かんでいる。

 

「ごめん、遅くなったね、ホシノ。まず、セリカは大丈夫?」 

「うん。今は、チナツちゃんが応急処置してくれてる」

「チナツが?」

「うん。救急セットを持って来てくれたんだ」

 

 その言葉に少し安心する。

 チナツといえば、原作知識にはなるが、ゲヘナ学園で風紀委員会に所属する前は、元々、救急医学部に所属していた生徒だ。

 そして──この世界においても、医療知識に長けていることに変わりはない。

 

「ありがとう。すぐに会わせて」

「……うん」

 

 直ぐさま、ホシノの家の中へ入り、通されたのはホシノの自室であった。

 

 部屋の扉を開けると、そこは緊張した空気が漂っていた。

 ベッドでは、救急箱を広げたチナツが、セリカの額へ包帯を巻いている。

 その周りでアズサがチナツを手伝い、ノアはパソコンで何やら操作をしている。

 

 ホシノの部屋の中には──サキ以外のアビドス対策委員会のメンバーが勢揃いしていた。

 

「みんな、お待たせ──遅くなったね」 

「っ……先生」

 

 私に気付くと、セリカはゆっくり身体を起こそうとする。

 ベッドに寝かされたセリカは顔色が悪く、腕や脚には無数の擦り傷が残っていた。

 それでも、その瞳だけは消えていない。

 

「セリカ──無理しないで!」

 

 私は慌てて、セリカの元に近付く。

 

「頭部を撃たれて、怪我をしたって聞いたよ。寝たままでいいから」

「でも……!」

 

 セリカは拳を握り締めながら、悔しそうに俯く。

 

「サキが……サキが連れて行かれたの!」

「うん。大丈夫だから……ホシノから聞いたよ」

 

 私は静かに答え、ホシノと目を合わせる。

 ホシノも悲痛な表情を浮かべながらも、頷いて私の隣へと静かにやってくる。

 

「私が……私が、弱かったから……!!」

「っ……セリカ、自分を責めないで……大丈夫。これから皆でサキを助けに行く」

「──っ!!」

 

 その一言に、セリカの表情が揺れる。

 セリカは自分自身が弱かったから、と言ったが、普通に相手が悪かったと思う。

 口には出さないが、キヴォトスの中でも、ユキノは最強格に近いと思う。

 

 セリカは私の言葉を聞き、俯いた状態で小さく震えていた。

 

「だから、自分を責めないで」

「……先生……本当に?」

「もちろん。私は、大切な生徒を見捨てたりしないから」

 

 私は迷わず頷いた。

 部屋が静まり返る。

 ホシノ達もその言葉に頷く。

 

「だから、今度は私に──いや、私達に任せて」

 

 私は周りにいるアビドスの皆を見回し、セリカに対して真っ直ぐに答える。 

 セリカは唇を噛み締めて、横になった状態でベッドの脇にいる私のスーツを掴む。

 

「……ごめんね、先生」

「謝る必要はないよ」

「っ……ありがとう、先生」

 

 そう言って、セリカはベッドから起き上がる。

 

「──っ! セリカさん、応急手当はしましたが、また傷が治ったわけではありません! ベッドで安静に……」

「チナツ、ありがと。けど、もう大丈夫よ。皆のおかげで大分良くなったから」

 

 チナツがそんなセリカを止めようと、肩を抑える。

 だが、セリカはベッドから降りて立ち上がる。

 

「先生──サキを救出するって言ったよね」

 

 まだ足元は覚束ない。

 それでも、その瞳には先程までの絶望ではなく、強い意志が宿っていた。

 

()()()()()()()

 

 部屋の空気が、一瞬止まる。

 

「セ、セリカちゃん……」

 

 ホシノが小さく名前を呼ぶ。

 チナツも思わず息を呑む。

 けれど、チナツは覚悟を決めた表情で、セリカに近付く。

 

「……駄目です」

 

 静かだったが、はっきりとした声。

 それはチナツだった。

 

「応急手当は終わりました。けれど、今のセリカさんは、それだけです。頭部へのダメージは残っていますし、全身の打撲も酷い……このまま戦闘に出れば、傷口が開く可能性だってあります」

「それでも行く」

 

 セリカは一歩も引かなかった。

 

「サキは……私を庇って……ユキノって女に連れて行かれたの」

 

 セリカは拳を強く握り締める。

 

「私だけ安全な場所で待ってるなんて、そんなの……死んでも絶対に嫌っ」

 

 その言葉に、誰も返せない。

 部屋には重い沈黙が流れた。

 私はゆっくりとセリカの前まで歩み寄る。

 

「セリカ、()()だ」 

「……っ! 先生っ!」

「私はセリカの気持ちはよく分かるよ」

 

 私はセリカの言葉を遮り、真っ直ぐセリカの目を見る。

 

「もし私がセリカと同じ立場でも、きっと同じことを言うと思う」

「だったら……!!」

 

 セリカの瞳が僅かに揺れた。

 私は静かに首を横へ振る。

 

「でも、今のセリカは怪我人だ」

「……っ」

「先生として、そんな状態の生徒を危険な場所へ連れて行くことはできない」

 

 セリカは唇を噛み締める。

 

「でも……!」

「聞いて」

 

 私はセリカに近付き、その震える手を取る。

 そして、ゆっくりと優しく言葉を重ねる。

 

「今回の救出は、一人でどうにかする戦いじゃない」

 

 私はセリカと共に、部屋を見渡す。

 

 ──ホシノ。

 ──アズサ。

 ──ノア。

 ──チナツ。

 そして、自分(先生)

 

「ここにいる全員でサキを助けに行く」

 

 私はゆっくりと言い切った。

 

「だから、私達を信じて欲しい……怪我人のセリカまで無理に戦う必要はないんだから」

「……っ」

「それに──セリカ」

 

 私はそっと肩へ手を置く。

 

「セリカにしかできない役目がある」

「役目……?」

「ユキノと直接対峙したのはセリカとサキだけだ」

「っ……!」

「戦い方、癖、武器、狙い……どんな小さなことでもいい。その情報が、サキを助ける一番の武器になる」

 

 セリカは息を呑んだ。

 確かに、自分しか知らないことがある。

 それは、誰にも代われない。

 

「だからセリカ……君にしか出来ないことを頼みたい」

 

 私は微笑み、セリカへと真っ直ぐに伝える。

 

「今は身体を休めながら、私たちに情報を教えてほしい」

「……先生」

 

 セリカは俯き、しばらく黙っていた。

 やがて、小さく頷く。

 

「……分かった」

 

 その声には、まだ悔しさが滲んでいた。

 けれど、それ以上に私やホシノ達を信じる気持ちが込められているように感じた。

 

「でも約束して」

 

 セリカは顔を上げる。

 涙で濡れた瞳が、真っ直ぐ私やホシノ達を見つめる。

 

「絶対に……サキを連れて帰ってきて」

 

 私は一切迷うことなく頷いた。

 

「うん──必ず連れて帰る」

 

 その一言に、部屋にいた全員が静かに頷いた。

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 その後、私達はセリカからサキが誘拐された時の状況を詳しく聞き取った。

 

 きっと思い出すのが苦しかったと思うし、その最中にもセリカの表情は悔しさを隠し切れていなかった。

 

 だが、セリカのおかげでユキノの情報が見えてくる。

 

 ユキノの装備や武器類、戦闘スタイル。

 そして──ユキノはきっとセリカではなく、サキの誘拐が目的だったこと。

 ユキノの口から、RABBIT小隊の()()()の名前が出たこと。

 サキの事を昔から知っているような口ぶりだったこと。

 

 それを伝えるセリカの瞳は揺れずに真っ直ぐで、私達へと必死に全て伝えた。

 その情報を聞き、ホシノやアズサ達は、対ユキノ戦に備えて対策を話し合っている。

 

 そんな中──、

 

『先生!』

 

 シッテムの箱からアロナの声が聞こえる。

 

『ユキノさんの情報は、かなり厳重なセキュリティで守られていましたが、発見することが出来ました!』

 

 私はシッテムの箱へ視線を向ける。

 

「何か分かった?」

『はい! 今から画面に表示しますね!』

 

 アロナの声と共に、シッテムの箱の画面に一枚のプロフィールが映し出される。

 

七度(しちど)ユキノ。三年生。そして──()()()()()()()()()()()()()()に所属しています』

「ッ……ユキノは、ミレニアム、なんだね」

 

 ユキノは原作知識であれば、本来S()R()T()()()()()に所属する生徒のはず。

 しかし──アロナの調べによると、あの科学技術が発達したキヴォトス三大学園の一つ。

 

 ──ミレニアムサイエンススクールに所属している。

 

 私はアロナからの情報を受け入れ、頭の中で整理しながら続きを聞く。

 

『そして現在──』

 

 アロナが一拍置く。

 

『公式記録では、ミレニアムサイエンススクールの『C()l()e()a()n()i()n()g()&()C()l()e()a()r()i()n()g()』。通称──C()()C()に所属するコールサイン()()()()()と呼ばれる生徒さんになります』

「──っ!?!」

 

 そのアロナの言葉に、私は思わず息を呑んだ。

 

「C&C……だって?」

 

 思わず声が漏れる。

 しかも、ダブルオーというのは、原作知識で言うとキヴォトス最強格の一人──美甘(みかも) ネルが背負っていたコールサインだ。

 つまりは──C&Cのリーダーが、ネルからユキノに入れ替わったのだと推察できる。

 

 そんな驚く私の様子に、アズサが不思議そうに首を傾げた。

 

「先生、そのC&Cって何なんだ?」

 

 アズサだけではない。

 部屋にいた全員の視線が私へ集まる。

 私は一度息を整え、ゆっくりと説明を始めた。

 

「C&C──正式名称は『Cleaning & Clearing』だよ。そして──ミレニアムが誇る最強の武力集団になる」

 

 ノアが静かに頷く。

 

「……はい。以前、調べたことがあるのですが、私もその認識で間違いありません。ミレニアムの中でも、最高機密に関わる任務を担当する部隊になります」 

「さ、最高機密……?」

 

 セリカが小さく呟く。

 

「はい、そうです」

 

 ノアは私に近付き、シッテムの箱の画面へ目を向けたまま続ける。

 

「C&Cは、潜入、護衛、制圧、要人救出、極秘任務──普通の生徒じゃ対応できない事件を専門に動くエリート部隊なんです」

 

 部屋の空気が重くなる。

 ホシノが小さく息を吐いた。

 

「つまり……相当強いし、ミレニアムがうち(アビドス)()()()()()()()()ってこと?」

 

 私はそのホシノの言葉に、原作知識や以前に会った()()()を思い浮かべながら、ゆっくりと首を横へ振る。

 

「……いや、それを断定するのはまだ早いと思うよ、ホシノ」

「っ……違うの、先生?」

 

 ホシノが私へと聞き返す。

 

「まず、もしミレニアムそのものが、アビドスを敵視している理由が見当たらない。それに、こんな回りくどいやり方はしないと思う」

 

(いや……けれど、リオなら回りくどいやり方をするのかな? うん、今は推測の域を出ないね)

 

 私はシッテムの箱に映るユキノのプロフィールへ視線を向ける。

 

「つまり……」

 

 ノアが静かに言葉を継ぐ。

 

「今回の事件は、ユキノさん個人、あるいはC&C内部だけの独断である可能性が高い、と?」

「うん。現時点であれば、私はその可能性が一番高いと思う」

 

 私はノアの言葉に頷く。

 

「少なくとも、今ある情報だけでミレニアム全体を敵と判断するのは危険だと思うよ」

 

 アズサが腕を組み、小さく息を吐いた。

 

「なるほど。相手の規模を決めつけるのは早計か」

「うん。少なくとも現段階ではね」

 

 私は画面を見つめながら続ける。

 

「……まだ分からないことが多すぎるんだ」

 

 ──ユキノはどうしてサキを狙ったのか。

 ──どうしてミヤコの名前を知っていたのか。

 ──そして、どうしてC&Cのリーダーが、アビドスの生徒を誘拐したのか。

 

 そのどれも答えは出ていない。

 だからこそ、焦って結論を出すべきではないと思う。

 

 部屋に再び静寂が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、ノアだった。 

 

「……ミレニアムに一人、()()がいます。そして、その子は今は、()()()()と呼ばれるミレニアムの中でも生徒会にあたる組織に所属している子です」

「っ……セミナー、の?」

 

 私はノアのその言葉に、一人の生徒──原作のブルーアーカイブでもノアと仲の良かった()()()を思い浮かべる。

 

「はい。その子に今から連絡を取ってみます」

 

 ノアは迷いなく端末を取り出す。

 

「少し待っていてください」

 

 慣れた手つきで通話アプリを起動し、一人の生徒へ連絡を送る。 

 部屋の中に、小さな電子音だけが響いた。

 全員が固唾を呑んで見守る。

 

 数秒後──ピロン。

 

 短い通知音と共に、画面が点灯した。

 ノアがビデオ通話のボタンを押す。

 

「……通話が、繋がりました。もしもし、お久しぶりです。ノアです」

 

『──()()()()()?』 

 

 画面越しに聞こえてきたのは、落ち着いた女の子の声だった。

 

『お久しぶりです! こんな時間に珍しいですね〜! どうしたんですか?』

 

 ──この声は、いや、()()()じゃないよね。

 

(というよりも、この声って……)

 

 私はノアの通話相手である生徒を、声から何となくではあるが察する。

 原作のブルーアーカイブをやり込んできたのだ。

 聞き間違いはない。

 

 ──まさに、膝枕で耳かきをしてくれそうな声だ。

 

 私はノアの周りで、通話に静かに耳を傾ける()()()()()()に目を向ける。

 

(──っ。やはり、この声は)

 

()()()()()()、夜遅くにごめんね。一つ相談というか、聞きたいことがあって』

「えっ……」

 

 その名前が出た瞬間、ホシノが目を見開いた気がした。

 

 ──十六夜(いざよい) ()()()

 

 原作知識では、ノノミはアビドス高等学校の対策委員会に所属する生徒だ。

 

 けれど、この世界では違う。

 ノアの口ぶりからすれば、ノノミは現在、ミレニアムサイエンススクールに所属して、セミナーの一員として活動しているらしい。

 

 世界が違えば、所属も変わる。

 だが、それでも胸の奥には拭えない違和感が残っていた。 

 

『もちろん大丈夫ですよ〜。何でも聞いてください!』

 

 電話越しでも分かるほど、柔らかな声だった。

 いつものノノミらしい、穏やかな口調だ。

 

「ありがとう、ノノミちゃん」

 

 ノアは一度、私と視線を合わせ、小さく頷く。

 

「実は今、ミレニアムのC&Cについて調べていまして」

 

 一瞬──電話の向こうが静かになった。

 

『……C&C、ですか』

 

 ノノミの声色が僅かに変わる。

 先ほどまでの穏やかさが消え、セミナーの一員としての冷静な響きへと変わったように感じる。

 

「はい。ユキノという生徒について、ご存じありませんか?」

 

 ノアはセミナーのノノミに対して、そう問いかけたのだった。





ん。反撃開始だね、先生。
でも、その前に少し相談がある。

……ついにノノミも出てきた。
これで、ホシノ先輩、ノノミ、セリカ、アヤネ。
アビドス対策委員会のみんなが出てきた。

先生……私の出番は、まだ?(ウズウズ)
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