私達は夜のキヴォトスの中を車で走っていた。
車の窓から見える景色は、どんどん移り変わっていく。
荒れた砂漠地帯──アビドス自治区とは違う。
──巨大なビル群。
──無数の灯り。
──色鮮やかな電子掲示板の数々。
「……ここが、ミレニアム自治区ですか。凄く明るくて栄えていますね」
チナツが窓の外を見て、唖然と呟く。
「そうだね、チナツ。私もミレニアム自治区には初めて来たけど……科学技術が発展してるね」
此処は──ミレニアム自治区。
キヴォトスでも屈指の技術力を誇る学園都市だ。
そんな自治区の中を走行しながら、ノノミから指定されたポイントである──ミレニアムサイエンススクールの校門が、次第に見えてくる。
深夜だというのに、学園には灯りが点っており、私は来客用の駐車場に車を停車する。
すると、その先には、
「先生! ノアちゃん……! それに、アビドス対策委員会の皆さんもお待ちしていました!」
その内の一人は──、
彼女は、如何にもミレニアムらしい白衣姿を纏い、校門で待ってくれていた。
「ノノミちゃん……! お出迎えしてくれて、ありがとうございます」
そんなノノミを見つけると、ノアは直ぐさま車を降りて頭を下げる。
そして──もう一人。
(っ……来てくれていたんだね)
私も知るセミナーの中心人物が、こちらへと歩いてくる。
私はその子に近寄り、頭を下げる。
「
セミナーに所属し、以前のシャーレ奪還作戦ではお世話になった生徒。
──
「っ……! お久しぶりです、先生。ノノミから話は聞いています」
ユウカも私達に頭を下げると、真剣な表情でアビドス対策委員会のメンバーを見つめる。
「ユキノ先輩について……そして、アビドスの生徒が連れ去られた件について……」
ユウカは一度、深く息を吸う。
「先生、そして──アビドスの皆さん。私達、セミナーも正式に協力させてください」
ユウカの言葉には、強い決意が込められていた。
「ありがとう、ユウカ」
私がそう言うと、ユウカは少しだけ目を逸らす。
「……当然です」
小さく呟いた後、ユウカは改めてこちらを見る。
「それに……今回の件は、ミレニアム内部の問題でもあります。C&Cのリーダーであるユキノ先輩が、何か大きな事件に関わっている可能性がある以上、私達が動かない理由はありません」
「うへぇ〜。協力ありがとうね、ユウカちゃん……そして、ノノミちゃんも」
ホシノがユウカとノノミの名前を呼び、感謝を伝える。
その言葉はいつものように気が抜けていたが、その横顔は真剣そのものだったとように見える。
それに──どことなく、ノノミに対して視線をずっと見つめているような気も。
「ちなみに、ユウカちゃんが〜、ミレニアムの
「いえ、それは別の方になります。会長はセミナーの生徒会室に今、いらっしゃいますので……良ければ後ほど、ホシノさんにもご紹介します」
「りょうかい。ありがとうねぇ〜」
そんなホシノに、ユウカは少しだけ頭を下げると──、
表情を曇らせて、話を続ける。
「話を戻しますが……正直に言えば、ユキノ先輩については、まだ信じられません」
「っ……ユウカ……
ノアが戸惑いながらも、ユウカに問いかける。
「はい、見ました……ユキノ先輩は、確かに厳しい人でした……でも、仲間を見捨てるような人ではなかったですし……他校の生徒を痛みつけるような人でもなかったんです」
その言葉に、私は黙って頷く。
(やっぱり……そうだよね)
ミレニアムで関わりの深いユウカやノノミ視点でも、ユキノが今回のような行動を取るとは考えてもいなかった。
それほどまでに、今回の事件は異常なのだ。
「だからこそ、理由を知る必要があります」
ユウカはそう言うと、ミレニアム校舎へ視線を向けた。
「ノノミ、
「はい。ユウカちゃん、バッチリです。流石に夜遅くなので……全員ではないですが、
(──っ。
「ヴェリタス……?」
ノノミの言葉に、アズサが首を傾げて反応する。
そんなアズサに対し、ノノミが説明を加える。
「ヴェリタスとは、ミレニアムサイエンススクールの中でも、ハッキングや情報解析を得意とする集団です。そして──キヴォトスでも最高峰の情報収集能力を持つ組織だと思います」
「なるほど……相手の情報を探るなら、これ以上ない組織か」
アズサが納得したように頷き、腕を組む。
「既にヴェリタスの部室には連絡済みですし──皆さん、こちらへ!」
ノノミは端末を確認し終えると、ミレニアムの校舎の中へと歩いていく。
そんなノノミの先導の元、私達はミレニアム校舎の中へと入っていった。
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──深夜のミレニアム。
昼間なら数多くの生徒が行き交うであろう廊下も、今は静まり返っている。
しかし──壁面に浮かぶホログラム映像。
自動で動く清掃ロボット。
複数のモニターに映し出される未知のデータの数々。
その全てが、アビドスとは全く違う世界を感じさせた。
「……すごいですね。私達の学校とは文明が一段階違う気がします」
そんな廊下を歩きながら、チナツがキョロキョロと見回して思わず呟く。
「そうだな。何もかも文明レベルが違う」
アズサも周囲を見渡しながら、小さく息を吐いた。
「うへぇ〜……砂しかない場所から、今度は機械だらけかぁ〜」
「ふふっ。ホシノ先輩、感想が雑ですよ」
ホシノの言葉に対して、ノアがクスクスと笑う。
そんなやり取りを聞きながら、私は少しだけ安心していた。
サキが誘拐されて、焦っていたアビドスの皆も、少しずついつもの調子を取り戻しているように感じた。
そんな光景を見て、むしろ大人である私の方が──、
(サキ……今、どこにいるんだろう)
その不安な考えが頭の中にへばりついて離れない。
早く助けなければ、という焦りを押さえつけなければ、表に出てきそうになる。
そう思った瞬間だった。
「着きました」
ユウカが一つの扉の前で足を止める。
扉には、カタカナ文字でこう書かれていた。
──【ヴェリタス】
「ここが……ミレニアムのハッカー集団の部室……」
ノアが静かに呟き、ヴェリタスの部室の扉を見つめる。
ユウカが端末を操作すると、そのヴェリタスの部室の扉が開く。
「失礼するわ」
ヴェリタスの部室の中へ入ると──、
そこには、大量のモニター。
無数のコード。
壁一面に表示されたデータ郡。
そして、その中心には一人の少女が座っていた。
「はあ……どうしてこんなことに……まあ、こうなった以上、やる事はやってますよ、ユウカ」
その生徒の声に、私は聞き覚えがあった。
そして──部屋の中にいる彼女を見て、私は思わず息を呑む。
──低身長に、赤に近い
──非常に丈が長く袖の余ったコート。
──そして、どこか全てを諦めているような、
──その少女を、私は知っていた。
「……え?
私が名前を呟くと、その少女──イロハは少しだけ目を細める。
「……まさか、あのシャーレの先生に、名前を覚えられているとは思っていませんでした」
そう言いながらも、表情はほとんど変わらない。
彼女は椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらへ振り返った。
「初めまして、先生──私はヴェリタスの
淡々とした声。
しかし、その目だけは鋭かった。
私は内心で戸惑いながらも、何とか返事を絞り出す。
「うん。こちらこそよろしくね、イロハ」
──
それは原作知識において──、
ゲヘナ学園の生徒会にあたる
議長であるマコトの無茶ぶりな命令に振り回されている中間管理職のような生徒。
そして──
だが、サボり魔としてのギャップもあり、先生の耳元でサボりの誘惑を行うという蠱惑的な手法を取ったりもする可愛らしい生徒だ。
しかし──今、目の前にいるイロハは、私が知っている彼女とは違う。
ゲヘナの生徒でもないし、マコトに振り回される苦労人でもない。
そして──此処はミレニアム。
彼女は大量の情報を扱う、ミレニアム最高峰のハッカー集団──ヴェリタスの一人として、そこに立っていた。
「……先生」
イロハは私の顔をじっと見つめる。
「何か、変なことを考えていませんか?」
「え?」
「さっきから……私を見る目が、少し変でした」
「……」
思わず言葉に詰まる。
やはり、鋭い。
普段からダウナーな雰囲気を出しているのに、こういうところだけは妙に敏感だ。
「いえ……少し驚いていただけだよ」
「そうですか」
イロハはそれ以上追及することなく、椅子へ戻る。
「まあ、先生の考えていることを全て聞くほど暇ではありませんので」
「イロハちゃん……相変わらずですね」
ノノミが苦笑する。
すると、イロハは少しだけ肩を落とした。
「ノノミ。こんな深夜に、私に余裕があると思いますか?」
「……ないですね」
「ですよね」
淡々と返しながら、イロハはモニターへ視線を戻す。
そこには大量の映像データと、複雑な暗号化されたファイルが表示されていた。
「今回の件……話を貰った瞬間から、既にある程度、調べています」
「本当? イロハは本当にありがとう」
ユウカがすぐに反応する。
イロハは小さく頷いた。
「はい。まずはこちらを見てください」
そして、一つのモニターをこちらへ向ける。
「最初にミレニアム自治区を管轄する監視システムの内部に入り込み、そこを解析しました」
ユウカが驚いたように目を見開く。
「ちょっと待って、イロハ。ミレニアムのセキュリティを……?」
「はい」
イロハは平然と答える。
「……正規の権限です」
「イロハ、それは本当に?」
「……半分くらいは」
「イロハ……!」
セミナーのユウカは、許可の無いイロハのハッカー行為に後始末を頭に浮かべているのだろう。
ユウカが頭を抱えている様子を見て、少しだけ部屋の空気が和らいだ気がした。
しかし──イロハの次の言葉で、部屋の空気は一気に変わった。
「その成果として……まだ正確な場所の特定は出来ていませんが……ユキノ先輩が潜伏していると推測される地域の絞り込みは出来ました」
「っ! ……それは本当?!」
私の口から、思わず声が漏れる。
イロハはモニターを操作しながら、小さく頷いた。
「はい。ただし……少し懸念点が……」
「……懸念点ですか?」
チナツが眉をひそめて、イロハに問いかける。
イロハは静かに頷くと、画面に表示された地図を拡大する。
そこに表示されたのは──ミレニアム自治区から少し離れた地域。
「此処はミレニアム近郊にある『
「『廃墟』ですか……?」
ノアが小さく呟く。
そうして──イロハは淡々と説明を続ける。
「はい。ユキノ先輩がゲヘナ自治区からミレニアム自治区へと入り、監視カメラの映像を辿っていくと、此処に行き着きます」
イロハは画面上で、キヴォトスの地図を開くと、ゲヘナ自治区からその『廃墟』と呼ばれる地域にユキノが移動したとされるルートに赤い印を付ける。
「ただ、廃墟地区には稼働している監視カメラが少なく、このどこにユキノ先輩が居るかまでは特定ができていない状況です」
イロハの言葉に、部屋の中に沈黙が広がる。
「……だけど、有力な手掛かりは掴めたよね。こんな夜遅くに、本当にありがとうね、イロハ」
まだ、居場所までは分からない。
ただし、ミレニアムの監視カメラをハックして、ユキノの足取りを調べる事は、私とアロナでは不可能であった。
だからこそ、こんな夜遅くに、私達に協力してくれたイロハには感謝しかない。
私はイロハに向かって頭を下げた。
「っ……先生は、私のような生徒にも頭を下げる方なんですね」
「当たり前だよ。イロハの協力に、私達は感謝しかないんだから」
「そうですか……先生は、そういう人なんですね」
イロハはそう呟くと、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「私からもありがとうねぇ〜、イロハちゃん。つまり、そこへ向かって探すしかないということだよね?」
ホシノもイロハに対して、感謝しつつも、今後の動きについて確認するように尋ねる。
「はい。私もそう思います」
イロハはホシノの言葉に頷いた。
「ですが、最後に一つ……問題があります」
「また問題……?」
アズサが小さく問いかける。
イロハは気にした様子もなく、次のデータを表示する。
「これは……セミナーであるユウカやノノミにも知っておいて欲しい情報になります」
その言葉の後に、画面に表示されたものは
「──っ!? これは……!」
ユウカが驚きの声を上げて、口元を手で抑える。
(っ……この、
その画像には、遠くで判別がしにくいが、
そして──その画像の日付は本日を示していた。
「どうかされたんですか、ミレニアムの皆さん?」
チナツが首を傾げながら、目を見開くミレニアムのユウカやノノミに話しかける。
「これは……まずいかもしれません」
ノノミがゆっくりと画面へ近付いていく。
「……イロハちゃん」
「はい」
「この画像……もう少しだけ、拡大できますか?」
ノノミの声が震える。
イロハが操作すると、画面いっぱいにメイド服姿の少女達が映し出された。
「そんな……馬鹿な事が……」
「ユウカちゃん、どうしたのぉ?」
ユウカの絶望した声に、ホシノが不思議そうに問いかける。
「イロハちゃん……これって」
「はい、何ですか、ノノミ?」
「この服装……この装備って……」
ノノミの声が少し震える。
イロハは静かに答えた。
「ノノミが思っている通りだと思います。私も初めて見つけた時は戸惑いました」
イロハは静かに目を瞑り、覚悟を決めたように、画面から私達の方へと振り返る。
「これは……
そこにはメイド服を着るミレニアム最強の武力集団である『C&C』が廃墟地区に映り込んでいた。
「残念な連絡になりますが……この件はユキノ先輩の単独行動ではなく、他のC&Cのメンバーも共に行動している可能性があります」
絶望したようなイロハの声が、ヴェリタスの部室内に響くのだった。
はぁ……ミレニアムにはマコト先輩が居ないというのに、此処でも面倒事ですか。
この仕事が終わったら休みます。
……え? ユウカ? 次の仕事?
……聞こえません。聞こえませんから。