ミレニアムシナシナシロモップはかわいい。
「……先生、ありがとう」
どれくらい、そうしていただろうか。
私の胸に顔をうずめていたヒナが、小さく呟いた。
その声は、先程までよりも少しだけ落ち着いている。
「もう、大丈夫」
そう言って、ヒナは静かに私から身体を離した。
先程まで、私が撫でていた銀色の髪を指先で整え、制服の襟元を軽く直す。
ほんの数秒前まで私に抱きついていた少女は、もうそこにはいなかった。
「先生のおかげで、私は、
代わりに立っていたのは──、
ミレニアムを率いる、
「ごめんなさい。少しだけ取り乱したわ」
「……謝らなくていいんだよ、ヒナ」
私はヒナの謝罪に、首を横に振る。
「ずっと、一人で抱え込んでいたんだね」
「……」
「それだと、いつか潰れてしまうと思うんだ。だから……少しくらいは、私みたいな大人を頼ってくれてもいいんだよ」
その言葉に、ヒナは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「先生は……ずるいわ」
「え?」
「そんな言葉を掛けられたら……また甘えたくなるじゃない」
その言葉に、私は少しだけ笑った。
「また辛くなったら、いつでも話は聞くからね」
「……ええ」
ヒナは微かに笑みを浮かべる。
それは、本当に僅かな笑顔だった。
けれど、それだけで十分だった。
──そんな時、ヒナのポケットの中にあるスマホが震えた。
「……進展があったようね」
ヒナはすぐにスマホを確認すると、その画面を私にも見せる。
「これは……イロハから?」
画面には、ヴェリタスの副部長であるイロハからのメッセージが表示されていた。
【『廃墟』地区北西部より、武装車両が一台、エリアへの侵入を確認。
また、監視ドローンから、『廃墟』地区にあるビルの一棟に、複数の人的反応あり。
これ以上近付くと索敵を気付かれる危険性があるので、引き続き距離を取って監視を続けます】
私たちは無言で視線を交わした。
先ほどまでの穏やかな空気は、もうどこにも残っていなかった。
「イロハが『廃墟』地区の中から、怪しいポイントを見つけてくれたみたいだね」
「えぇ……流石はイロハね」
ヒナはそう呟き、部屋の扉へ向かう。
──カチャリ。
鍵を外す音が静かな部屋の中に響く。
「……先生」
「うん? どうしたの、ヒナ?」
扉を開ける寸前──ヒナは、私の方へと振り返らないまま、小さく呟いた。
「……さっきのことは、皆には内緒よ」
「もちろん! 私とヒナの二人だけの秘密だね!」
「ふふっ……そうね」
それだけ言って、ヒナは扉を開いた。
生徒会室では、既に全員が出撃を待っていた。
私達を待っていたかのように、ユウカが真っ先に顔を上げて立ち上がる。
「会長! 『廃墟』地区の封鎖は完了しました!」
「っ! ありがとう、ユウカ……そして──皆、状況が変わったわ」
ヒナは迷いなく前へ歩き出し、セミナーと対策委員会のメンバーを見渡す。
「イロハから連絡よ。ユキノ達が潜伏していると思われる場所が特定されたわ」
部屋の空気が一瞬で変わる。
ホシノも。
アズサも。
ノアも。
チナツも。
全員の表情が引き締まる。
全員の目がヒナへ集まる。
ヒナはスマホを操作すると、壁面に『廃墟』地区の地図が表示される。
「これより救出作戦を開始する」
その言葉に、私たちは一斉に頷いた。
「今一度確認するけれど……目標は二つあるわ」
「うへぇ〜、まずは、
ホシノがソファに座りながら、手を挙げて答える。
「そうね。第一目標は、アビドス対策委員会の
ヒナは静かに頷いた。
(待っていて、サキ。必ず助けるからね)
私は窓の外を眺め、『廃墟』地区がある方角に目を向ける。
「第二目標は何なんですか?」
ノアが首を傾げて、ヒナに問いかける。
ヒナは目を閉じて、ゆっくりと口を開く。
「第二目標はユキノ及び敵勢力の制圧。敵勢力の全容は分かっていないけれど……これ以上は待機しても、得られる情報は少ないと判断した」
ヒナは一度、全員を見渡す。
「だからこそ、C&Cのメンバーが全員敵だと仮定して動くわ」
「へぇ〜、それじゃあ、作戦は考えてるのかなぁ、会長ちゃん?」
ホシノが目を細めて、ヒナに問いかける。
「えぇ、ある程度は構築できているわ。その詳細については、移動しながら共有する」
「りょうかい〜」
ヒナはホシノを真っ直ぐ見据えた。
「っ……ヒナ先輩……! C&Cの皆さんをお願いします」
そんな中、ノノミはヒナへ一歩近付き、小さく頭を下げた。
「C&Cの皆さんも……私たちと同じミレニアムの仲間です。できるなら……誰も傷付いてほしくありません」
そのノノミの言葉に、生徒会室が静まり返る。
ノノミの願いは、そのまま私の願いでもあった。
私は一歩前に出て、ヒナに話しかける。
「それは私からもお願いしたいかな、ヒナ……ユキノやC&Cのメンバーには、何故こんな事をしているのか……私は話を聞きたいと思っている」
「……そう」
ヒナは短く答えた。
私としても当初から考えは変わらない。
──サキは助けたい。
けれど、それだけで終わるつもりはない。
──ユキノも。
──そして、C&Cの仲間たちも。
誰も傷付かずに、この事件が終わるのなら、それが一番いい。
「……ええ」
ヒナは短く頷いた。
「私も、そのつもりよ」
だが、その瞳は決して甘くはない。
「ただし、向こうが武力で抵抗するなら、こちらも応戦するしかない」
静かな声──それでも、その言葉には会長としての覚悟が宿っていた。
「可能な限り、敵への過剰な被害は抑える。だけど──」
ヒナは全員を見渡す。
「相手が手加減してくれるとは思わないこと」
ヒナは一拍置いて、アビドス対策委員会のメンバーに特に視線を送る。
「対策委員会が強いと言っても、相手がC&Cであるのなら……セミナーの会長として忠告するわ。
「了解した。油断はしない」
アズサが真っ先に頷く。
「分かりました。回復支援は任せてください」
チナツも医療バッグに触れながら、静かに応じる。
「うへぇ~。おじさんも無茶はしないように頑張るよぉ」
ホシノが苦笑しながら肩をすくめる。
「……先生」
ヒナは最後に私を見る。
「今回の作戦では、先生の判断も必要になる場面があると思うわ」
「うん、そうだね」
「だから……もし私が判断を誤るようなことがあれば……その時は、止めて」
その一言に、セミナーであるユウカとノノミが少し驚いたような表情を浮かべる。
セミナー会長であるヒナが、自らそう口にしたのだ。
私は真っ直ぐヒナを見返し、力強く頷いた。
「任せて。私がついているからね! 生徒が間違えそうになったのなら、私が止めるから」
「ありがとう──先生」
ヒナは小さく頷くと、全員へ向き直る。
「これより『廃墟』地区へ出発する」
そのヒナの号令と同時に、全員が一斉に立ち上がった。
──椅子が引かれる音。
──銃を手に取る音。
──装備を確認する音。
それぞれが戦いへの準備を整えていく。
誰一人、迷う者はいない。
「それじゃあ、皆行こうか──! 全員無事に帰ってくるように!」
私のその言葉に、全員の返事が重なる。
そうして──、
私たちは、生徒会室を飛び出した。
廊下を駆ける足音が、深夜のミレニアムに響き渡る。
──サキを救うために。
──ユキノの真意を知るために、『廃墟』地区へと。
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──ミレニアム近郊『廃墟』地区。
そこには、一つの大きな扉があった。
ユキノがポケットから端末を取り出すと、読取装置にかざす。
認証音の後に、扉が自動で開くと、その中には
「……すまない、遅くなった」
ユキノは頭を小さく下げ、その三人に視線を向ける。
それは、ミレニアムが誇る最強の秘密部隊──
「随分と遅かったですね、ユキノ先輩……お待ちしていました」
最初に声を掛けたのは──長い髪を揺らす眼鏡を掛けた少女だった。
C&Cの一員であり、参謀役として作戦立案や交渉を行う事を得意とするメイド服の少女。
コールサインは『ゼロスリー』。
──
アカネは普段は穏やかな笑顔を浮かべ、丁寧な言葉遣いを崩さない。
しかし、今のアカネは、その表情にわずかな緊張が滲んでいた。
「それで……ユキノ先輩が、連れてきた女の子は……その、様子はどうですか?」
「問題ない」
ユキノは短く答える。
「拘束は解除した……それに、彼女はもう、安全だ。これ以上、暴れることもないだろう」
「……そうですか」
アカネは小さく目を伏せる。
「ユキノ先輩が連れてきた時は、かなり傷だらけでしたし……応急手当はしたとはいえ、少し心配ですね」
「……」
アカネのその言葉に、ユキノは僅かに視線を逸らした。
「ですが……少し安心しました」
「っ……安心だと?」
「はい」
アカネは部屋の奥へと視線を向ける。
「突然、私たちに連絡が来たときは驚きました。長い間、連絡すら取れなかったですから。けれど、連絡が来て、こうしてユキノ先輩とお会いできた……貴方が、本当に全てを……C&Cを捨てたわけではないと分かりましたから」
「……」
ユキノは何も答えなかった。
そして──アカネの視線の先。
そこには、壁にもたれながら腕を組んでいる少女──もう一人のC&Cメンバーがいた。
その生徒の名前は──、
──
黒に近い褐色の肌に、長い黒髪を揺らす、メイド服の彼女は、鋭くユキノを見据える。
コールサインは『ゼロツー』。
後方火力支援を担当するC&Cが誇る凄腕スナイパーだ。
「……今までC&Cの任務を放り投げていたくせに……急に連絡を取ってきたのは、どういう事なのか説明してくれないか、ユキノ先輩?」
カリンの声は冷たかった。
その問いかけに、部屋の空気が僅かに張り詰める。
「……」
ユキノは黙る。
その沈黙だけで、カリンには十分だった。
「ッ……やっぱり、答えないんだ」
「っ。カリン──!」
アカネが、ユキノを睨むカリンを制止する。
だが、カリンは止まらない。
「……別に、私は失踪していたユキノ先輩の事を責めたいわけじゃない」
アカネの制止を無視して、ユキノへと詰め寄っていく。
「ユキノ先輩には……長い間、お世話になってきたんだ」
「……なら、何だ、カリン?」
「確認しているだけ」
カリンは淡々と言葉を続ける。
「あなたは、C&Cをどう思っているのか? 私たちを見捨てたのか?」
「……」
「それとも──まだ、C&Cでいるつもりなのか?」
その言葉に、ユキノの表情が僅かに揺れる。
「私は……」
ユキノの言葉が詰まる。
──ミレニアムを離れ、アビドスの生徒を傷つけ、
その先に何があるのか。
本当に正しいのか。
ユキノは、何度も考えた。
それでも──、
「私は……
ユキノは拳を握り締める。
「……けれど、やらなければならない事がある……だから、カリン……協力して欲しい」
声は僅かに震える。
握り締める拳は──強く。強く。
その絞り出した言葉が、ユキノ自身の
カリンは、そんなユキノを静かに見つめる。
「……本当に覚悟を決めた人間は、そんな顔をしない」
「っ……」
その言葉に、ユキノは何も返せなかった。
そんな時だった。
「
部屋の奥から、
「久しぶりの再会なのですから、もう少し穏やかにいきましょう」
三人の視線が、一斉にそちらへ向く。
そこにいたのは──、
──長い
──青みがかった
──腰ほどの高さのある
そして、本来であれば、ミレニアムのC&Cに所属しているはずのない少女。
──
この世界における、C&Cの新たな一員。
「
ユキノがその名前を呼ぶ。
──
原作のブルーアーカイブにおいて、トリニティ総合学園の
「はい。私です。お久しぶりですね、ユキノさん」
彼女は優しく微笑みながら、ゆっくりと立ち上がる。
「あなたが何をしようとしているのか」
「……」
「そして、何を守ろうとしているのか」
ミネは優しい声で続ける。
「私は、少しだけ分かる気がします」
「……分かる、だと?」
「はい」
ミネは窓際までゆっくりと歩いていき、窓の外を眺める。
そこには、寂れて崩壊しつつあるビル群が広がっていた。
「大切なものを守りたいと思った時、人は時々……間違った方法を選んでしまいますから。けれど、それが間違っていたとしても──理想を求めて進まなければならないときもありますから……ユキノさん」
「ッ……ミネ……」
ユキノはミネの背中を見つめる。
そして──ミネは、静かに窓の外へ視線を向け続ける。
崩れかけた建物。
ひび割れた道路。
誰にも使われなくなった『廃墟』地区。
今は深夜という事もあり、そこには本来ならば人の気配などほとんどないはずだった。
しかし──、
「……?」
ミネの表情が、ほんの僅かに変わる。
「どうしましたか? ミネ先輩?」
その異変に、アカネが気付いて問いかける。
ミネは直ぐには答えず、ただ盾を持つ手に力を込める。
「……
「え? 誰か?」
ミネの言葉に、カリンが眉を寄せる。
「……暗くて見えにくいですが、
「っ。この時間にか?」
ユキノが少し驚いた様子でミネを見る。
ミネはその言葉に頷くと、目を細めて遠くへ視線を向けた。
「っ……」
ただ、次の瞬間──ミネは信じられないものを見るような目で、遠くの人影を見つめる。
「あ、あの
「ミネ、どうした?」
ミネの慌てぶりに、ユキノの表情が変わる。
「ユキノさん……そして──皆さん。これは、まずいです」
ミネは窓の外を指差し、C&C全員を見渡す。
「セミナーの
ユキノの表情が凍りつく。
カリンも、アカネも、窓の外へ視線を向ける。
ミネのその指差す先──、
まだ遠くではあるが、『廃墟』地区の中心を通る大通り。
そこを一人で歩く
だ、団長……?
どうして、救護の精神を忘れて、そんなところに?