何かがおかしいブルーアーカイブ   作:千ノ宮チノ

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第30話:先生と黒服

 

 ──『廃墟』地区。地下施設。

 

 私とノアは、ホシノ達とは反対方向へ続く通路を走っていた。

 古びた地下通路を抜け、さらに奥へ。

 

 ノアが端末で確認した地図によれば、この先にある『工場』施設を通過すれば、目的のビルへ別ルートで到達できるらしい。

 

 そうして数分後──、

 

 私とノアは、地下通路を抜けた。

 

 その先に広がっていたのは──、

 

「……ここが、『工場』?」

 

 私は足を止め、目の前に広がる光景を見渡した。

 天井の高い巨大な空間。

 錆び付いた鉄骨。

 停止したままの大型機械。

 

 壁際には、何に使われていたのか分からない巨大なコンテナが並び、その周囲には古びた配管が複雑に張り巡らされている。

 

 稼働している機械はない。

 

 それでも──、

 ここがかつて『()()』を生産していた場所だということだけは、嫌というほど伝わってきた。

 

(というか、此処って……)

 

 私はふと、()()()()()()に襲われて足を止める。

 

 動悸がする。

 私は胸を抑えて深呼吸をして、乱れた息を整える。

 

「……先生? どうされましたか?」

 

 ノアも足を止めて、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 

「っ……あ、いや……ごめんね、ノア。何か()()()を感じてしまって……」

()()()、ですか?」

 

 ノアは私の言葉に、周囲を見回す。

 そんなノアに続いて、私も改めて、この場所を見渡した。

 

(このキヴォトスに来て、今日、初めてミレニアムを訪れたというのに……それなのに、()()()()を感じた?)

 

 そこで、私は不意に()()()()を思い出す。 

 

 思い出すのは──、

 対策委員会編の次の章として描かれていた物語だ。

 

 メインストーリー Vol.2

『時計じかけの花のパヴァーヌ』編。

 

 そこで先生はミレニアム自治区を訪れることになる。

 

 そして──、

 ゲーム開発部のモモイとミドリと共に『廃墟』地区へと向かい、出会うことになる少女。

 

 ──()() ()()()

 

 原作知識を思い返してみれば──、

 

 ()()()と初めて出会う場所が『廃墟』地区の『()()』だったのではないか。

 

「……」

 

 私は、少しだけその場に立ち尽くす。

 本当は急いでサキの元へと行かなければならないのに。

 

「先生……本当に大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら、私が支えますから」

「っ……ごめんね、ノア」

 

 私は胸を抑えて、ゆっくりと顔を上げる。

 ノアはそんな私の背中を擦りながら、隣にいてくれる。

 

「……大丈夫だよ」

 

 私は、ノアに微笑みかける。

 

「もう、大丈夫だから」

「……本当ですか?」

「うん」

 

 ノアはしばらく私の顔を見つめていた。

 やがて、小さく息を吐く。

 

「分かりました……ですが、先生も、無理はなさらないでくださいね」

「っ……ありがとうね、ノア」

 

 そう答えながら、私はもう一度、工場の奥へ視線を向けた。

 

(……もし、本当にアリスがいるのなら、原作と同じように、ここで出会うのかな)

 

 私は、そんな考えが頭によぎる。

 けれど──私は首を横に振った。

 

(いや……今は、そんなことを考えている場合じゃない)

 

 私達がここへ来た目的は、サキの救出だ。

 アリスのことを考えるのは、その後でいい。

 

「……行こう、ノア!」

「っ! はい」

 

 私達は再びこの奥へと向かい、走り始める。

 

 ──そんな時だった。

 

『接近を確認。対象の身元を確認します』

「「っ!?」」

 

 突如として、()()()()()が『工場』全体に響く。

 

 突然の声に、私とノアは驚き、再び足を止めてしまう。

 

生塩(うしお) ノア、資格がありません』

「っ! わ、私の名前が……?」 

 

 ノアが驚いたように周りを見回す。

 しかし、薄暗い工場の中には、停止した機械が並んでいるだけ。

 

 人の姿はどこにもない。

 

 どうやら、この声は備え付けのスピーカーから流れているらしい。

 

(っ。まずい……これは……原作通りだと、アリスが眠る部屋に行く為の認証システムだよね?)

 

 原作でもこの展開はあった。

 私とモモイ、ミドリが此処を訪れて、モモイとミドリは認証されないが、何故か()()()()()()()()()

 

 そうして──モモイとミドリも同行者として、立ち入りが認められ、()()()()──()()()と出会うことになる。

 

(っ……此処に来たのは、アリスに会う為ではなかったのに……ここで会ってしまえば、原作との乖離が更に……)

 

『続いて、対象の身元を確認します……シャーレの先生』

「っ……私は……」

『……』

 

 その声は一拍だけ沈黙する。

 

()()()()()()()()()()。資格が認められません。入室権限を付与できません』

 

「……え?」

 

 私は、思わず呆然とした。

 頭の中が、一瞬だけ真っ白になる。

 

 ──違う。何かがおかしい。

 

(原作では……私が認証されるはずだった)

 

 ゲームのブルーアーカイブの中で見た記憶。

 

 あの時、モモイもミドリも認証を拒否された。

 けれど、先生だけは()()()

 

 先生だけが、この施設に入る資格を持っていた。

 だからこそ、ゲーム開発部の二人も同行することができて──、

 その先で、眠っているアリスと出会う。

 

 隣にいるノアが、不安そうに私を見る。

 

「先生……これは、どういうことでしょうか……?」

「……分からない」

 

 私は、スピーカーを見上げる。

 

「私も……こんな()()は知らない」

「……こんな展開?」

「っ……!」

 

 しまった。

 思わず口に出してしまった。

 

「……いや」

 

 私は慌てて首を横に振る。

 

「何でもないよ」

 

 ノアはじっと私を見つめている。

 けれど、今はそれを気にしている余裕がなかった。

 

 先生ならば、アリスが眠る部屋へ、入室権限が与えられる筈なのに……私には認証がされなかったのだから。

 

 

 □■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 ──ミレニアム近郊『廃墟』地区。地上。

 

 一方、その頃。

 

「はぁはぁ……!」

 

 ヒナは荒い息を吐きながら、道路を駆け抜けていた。

 

 けれど、背後から──、

 

「っ……ハァ……ハァ……逃がしませんっ!」

 

 ミネの声が響き、その直後。

 

 ──ドォンッ!! 

 

 ヒナが先ほどまで立っていた場所が、爆発によって吹き飛んだ。

 

「……っ!」

 

 ヒナは咄嗟に横へ飛び、瓦礫の陰へと身を滑り込ませる。

 

「……しつこいわね」

 

 制服の袖は裂け、肩には浅い傷が走っている。

 致命傷ではない。

 

 それでも──、

 

 ヒナは、自分の身体が少しずつ()()()()()()()ことを自覚していた。

 

(……このままだと、まずいわね)

 

 ミネとの近接戦。

 アカネによる爆発物の投擲。

 そして、遠距離からのカリンによる狙撃。

 

 三人の連携は、想像以上に厄介だった。

 

 そして、特に問題なのは──、

 

(アカネの位置が読めないこと……!)

 

 ヒナは瓦礫の隙間から周囲を確認する。

 しかし、アカネの姿は見えない。

 

 ただ──ヒナが直感に従い、反射的に横へ飛ぶ。 

 直後、先ほどまでいた場所が爆破される。 

 

「……っ!」

 

 爆風がヒナの背中を叩き、身体が僅かに前へ吹き飛ばされる。

 

「ヒナ会長! ──もらいました!」

 

 その状態で、ミネが突っ込んできた。

 

「……!」

 

 ヒナは咄嗟に銃を構える。

 しかし、銃口をミネに合わせるよりも前に、盾が銃身へ叩きつけられた。

 

「くっ……!」

 

 ヒナの腕が弾かれる。

 そのままミネが盾を押し込み、ヒナの身体を後方へ追いやっていく。

 

「ここで、止めます!」

「……そう簡単には、いかないわ!」

 

 ヒナは身体を捻り、ミネの盾を足で蹴った。

 

「っ!?」

 

 それにより、ミネに僅かに生じた隙。

 ヒナはそのまま後方へ跳び、距離を取る。

 

 ──そんな時だった。

 

 ()()()がいるとされるビルからフレアガンが放たれた。

 

 夜空へと打ち上げられた照明弾が、深夜のミレニアムを照らし出す。

 

(っ……! ()()()がやってくれたようね)

 

 事前にヒナとアズサは打ち合わせをしていた。

 カリンを制圧できた場合、照明弾を夜空に打ち上げる。

 

 それが、二人が決めた合図だった。

 

 つまりこの状況は──、

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

(やるわね……白州(しらす) アズサ)

 

 ヒナは口元を緩める。

 

(……これで、カリンの援護はなくなった)

 

 先ほどまでとは、状況が違う。

 遠距離からの狙撃が止まったことで、こちらを追い詰めていた三人の連携には僅かな綻びができる。

 

 ならば──、

 

「……正念場は、ここからね」

 

 ヒナは小さく呟く。

 

 その直後──、

 

「っ……ヒナ会長ッ! 余所見をしている暇はありませんよ!」

 

 ミネが、再び盾を構えて突っ込んできた。

 

「まだ終わっていません!」

「……そうね」

 

 ヒナは銃を構える。

 

「だから……ここから終わらせるのよ」

 

 ヒナが銃口をミネへと直ぐさま向ける。

 

 ──キュイン! ダダダダダダダダダダッ!!! 

 

「ぐっ……っ!!!」

 

 ミネは咄嗟に盾を構え、弾丸を防ぐ。 

 だが──、放たれた銃弾は、その全てをミネへと狙っていなかった。

 

 ヒナが狙ったのは、その足元。

 地面に転がっていた瓦礫だった。

 

 弾丸が瓦礫を弾き飛ばし、砂埃が一気に舞い上がる。

 

「なっ……!?」

 

 視界が遮られる。

 その瞬間──ヒナの姿が、ミネの前から消えた。

 

「……っ!? アカネ! 気を付けてください!」

「は、はいっ!! ミネ先輩も、ヒナ会長を逃さないでくださいっ!!」

 

 ミネは急いで、周囲を見回す。

 しかし──、ヒナを発見することができない。

 

 そんな砂埃に乗じて、ヒナはビルの壁を蹴った。

 翼を広げて滑空しながら、砂埃よりも高い位置まで一気に上昇する。

 

(カリンがいた時は、逃げ場のない空中を避けていた)

 

 ヒナは眼下を見下ろす。

 

(でも、アズサのおかげで、今なら、この作戦ができる)

 

 ヒナは砂埃の外で、こちらを待ち構えている人物を視認する。

 

 その人物の名前は──室笠(むろかさ) アカネ。

 

(見つけた)

 

 ヒナは上空から、アカネへと銃口を向ける。

 その表情から、先ほどまでの疲労が僅かに消えた。

 

「……まずは、あなたからね」

 

 銃声が、夜の廃墟地区に響き渡った。

 ヒナはアカネを制圧するため、容赦なく引き金を引いたのだった。

 

 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 ──『廃墟』地区。『工場』エリア。

 

『……』

 

 無機質な声は沈黙し、私とノアも暫く黙り込む。

 工場には、先ほどまでと変わらない静寂が広がっていた。

 

 停止した機械。

 錆び付いた鉄骨。

 薄暗い照明。

 

 私は大きく息を吐いて、自分の頬を一つ叩く。

 

「っ……せ、先生?」

「サキの元に早く行こう、ノア!」

 

 私はアリスが眠る部屋へと『()()』されなかった。

 けれど──その事はいま考えるべきことでは無い。

 

 一刻も早くホシノ達と合流して、サキを救出する。

 

 ──そうやって、私は自分に言い聞かせるように。

 

「ノア、行こう」

「……はい」

 

 ノアは少しだけ不安そうな表情を浮かべながらも、私の言葉に頷いた。

 私達は再び、工場の奥へ向かって走り始める。

 

 けれど──、

 

 コツ。

 コツ。

 コツ。

 

「──っ!? 誰かが、いる……?」

 

 数歩進んだところで、私たち以外の足音が暗闇の奥から聞こえてくる。

 

 私は反射的に足を止めた。

 ノアもすぐに立ち止まり、直ぐさま銃を取り出して、その足音が鳴る方向に銃口を向ける。

 

「ッ……先生……誰か、こちらへ近付いてきています」

「分かる?」

「はい。足音から判断する限り、お一人のようです」

 

 コツ。

 コツ。

 

 足音は、ゆっくりと近付いてくる。

 こちらを警戒している様子はない。

 

 まるで──、

 私達がここにいることを、()()()()()()()()()()のように。

 

「……先生」

「っ。どうしたの、ノア」

「私の後ろに下がってください」

「だけど、ノア……!」

「先生……早く!」

 

 ノアの有無を言わさない言葉に、私はノアの後ろに下がる。

 私は足音の鳴る方向へと視線を向ける。

 

 やがて──、

 暗闇の中から、()()()()が姿を現した。

 

 ──()()()()()

 ──()()()()

 ──右目は白く発光し、そこから()()()()()()()()()

 

「クックックッ……本当は、この場から退散し、()()とこの場所で、会うつもりはなかったのですが……」

 

 その男の不気味な笑い声が『工場』に響く。

 

(っ……()()()を、私は知っている)

 

 ゲマトリア所属。

 対策委員会編では先生達の敵として立ちはだかる存在。

 

 ──()()

 

(原作では、こんなタイミングで先生と黒服が直接出会うなんて無かったはず……)

 

 まただ。

 また、原作とは()()()()()

 

 私がこの世界に来てから、何度も感じてきた違和感。

 そして今、その違和感が目の前に形となって現れている。

 

「……初めまして、シャーレの先生。私のことは『()()』とでも、お呼びください」

 

 その男──黒服が口を開いた。

 それは、低く落ち着いた声だった。

 

「……黒服」

「えぇ。どうされましたか、先生?」

「私のことを、知っているんだね?」

 

 私はゆっくりと黒服を睨みつけながら、問いかける。

 

「ククッ……それは勿論です」

 

 そんな私の問いに、黒服は自身の顔に手を当てて、心底愉快そうに小さく笑った。

 

「私は()()という存在については、よく存じています……ただし、()()個人については、まだ何も」

「……?」

「どうやら困惑されているようですね」

 

 黒服は困惑する私の様子を愉しむように、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 

「まず、私たちは『ゲマトリア』と呼ばれる組織になります。適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております」

 

 私とノアは反射的に身構えた。

 

「っ! それ以上、先生に近付かないでください!」

「おや?」

 

 ノアが銃口を黒服へ向けて警告する。

 そんなノアに対し、黒服が足を止める。

 

「随分と、そちらの生徒に信頼されているようですね?」

「っ……ノアに手を出したら、許さないよ」

「まあ、いいでしょう」

 

 私は黒服から視線を逸らさない。

 黒服もまた、しばらく私の顔を見つめていた。

 

 そして──、

 

「……本題ですが、先程の()()については、私も聞かせてもらいました。貴方では『A()L()-()1()S()』との接触を()()()()()()、と」

「──っ!?」

 

(そ、それは……)

 

 私は思わず胸を抑える。

 

「……先生?」

 

 ノアの声が聞こえ、私は我に返る。

 

「いや……大丈夫。大丈夫だよ」

 

 そう答えながらも、視線は黒服から離せなかった。

 そんな私の様子を黒服はじっと見つめる。

 

「やはり、この世界で──」

 

 黒服は聞き取れないくらいの小声で何かを呟く。

 私はそんな黒服に対して、警戒を解かない。

 

「黒服……あなたは何者なの? 何を知っているの? それに、どうして、こんな場所にいるの?」

「ほう? これはこれは……」

 

 黒服は、くつくつと喉を鳴らした。

 

「随分と……率直な質問を沢山なさるのですね、先生?」

「答えて」

「……」

 

 黒服はしばらく黙っていた。

 そして──、

 

「では一つだけ。私は、あの()()を観測するために来ていました」

「あの存在……?」

「えぇ」

 

 黒服は、工場の奥へと視線を向ける。

 

「もっと正確に言えば──『A()L()-()1()S()』が、()()()()においてどのような意味を持つ存在なのか。所謂、我々にとっての()()()()()()()です。それを、この目で確認するために、足を運んでいました」

「……この世界? セカンドプラン?」

 

 その言葉に、私は眉をひそめた。

 

「それは、どういう意味?」

「そのままの意味ですよ」

 

 黒服は、どこか楽しそうにそう答えた。

 

「彼女は、我々にとっても興味深い存在ですので……そして──最後に、我々(ゲマトリア)から()()に一点伝えさせていただきます」

「っ……それは、何かな、黒服?」

 

 私は黒服を睨みつけながら、問いかける。

 

「クックックッ……そんなに身構えなくとも、本日はもう、貴方に対して何もしません」

 

 黒服は私とノアに視線を向けて、立ち止まる。

 

「けれど、先生。

 私たち──ゲマトリアは、貴方を歓迎するつもりはありません。故に『()()()()』をいたします」

 

「──っ!?」

 

(宣戦布告、だと? この黒服は、何を言って……)

 

「貴方がこの世界に存在する限り、我々の計画には少々不都合が生じますので……ゲマトリアは全力を以て、貴方を()()()()

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 工場の空気が、凍り付いたように感じた。

 

 私は黒服から視線を逸らさない。

 隣では、ノアが銃を構えたまま、私の方へ不安そうに視線を向ける。

 

「……私を潰す?」

 

 私は黒服へ静かに問い返す。

 

「えぇ、そうです」

 

 黒服は、まるで世間話でもするかのように頷く。

 

「──()()()()()()()。貴方は我々の計画にとって、邪魔な存在です」

 

 その言葉に、私は眉を寄せる。

 

「っ……どういう、意味?」

「クックックッ……」

 

 けれども、黒服は答えない。

 ただ、愉快そうに笑いながら、私を見つめている。

 

「貴方は、ご自身が()()なのか……本当に理解していらっしゃらないようですね」

「……なに、を言ってるの?」

「それは、まあ……いずれ分かることでしょう」

 

 黒服はそう言って、ゆっくりと背を向けた。

 

「待って!」

 

 私は思わず声を上げる。

 

「まだ話は終わってないよ、黒服!」

「私はこれ以上、貴方と話す事もありませんので」

「……逃げるの?」

「ほう? 逃げる?」

 

 黒服は足を止める。

 そして──、振り返った。

 

「クックックッ……随分と的外れな事を仰る」

 

 白く発光する右目が、こちらを捉える。

 

「ですが、今の貴方には、私を追いかけている時間などないでしょう?」

「……っ!」

 

 私は息を呑んだ。

 私の脳裏にはサキ救出の為に動くみんなの事が思い浮かぶ。

 

「それでは、先生。またお会いしましょう……尤も、次にお会いするときには……恐らく、今のように穏やかにお話しすることはできないでしょうが」

 

 そう言って黒服は暗闇の中へと消えていく。

 その足音も、やがて聞こえなくなる。

 

「……」

 

 私は、その場に立ち尽くしていた。

 追いかけるべきだった。

 黒服を逃がしていい理由なんて、どこにもない。

 

 けれど──、

 私は強く拳を握りしめる。

 

「……ノア。サキを助けに行くよ」

「っ……は、はい」

 

 ──黒服。

 ──ゲマトリア。

 ──AL-1S。

 ──セカンドプラン。

 

 ──そして、()()()()()()()

 

 頭の中には、先ほどの黒服の言葉が何度も蘇っていた。

 

 原作では、私はこのタイミングで黒服と出会ってなどいない。

 

 そもそも──、

 私は、()()()()()()()()すら与えられなかった。

 

(だったら……この世界で、私が知っている『原作』は、一体どこまで通用する?)

 

「……先生?」

 

 ノアの声が聞こえる。

 

「本当に……大丈夫なのでしょうか?」

「っ……ごめんね、ノア。心配を掛けてしまって」

 

 私は黒服からの言葉を振り払い、前を向く。

 

「今は、サキを助けることだけを考えよう」

「……はい」

 

 ノアが頷く。

 私も、それ以上は考えなかった。

 

 ──考える余裕もなかった。

 

 今はただ、一刻も早くサキの元へ向かう。

 それだけでいい。

 

 けれど──、

 この時の私は、まだ知らなかった。

 

 この夜を境に。

 私が知っていた『ブルーアーカイブ』という物語が──少しずつ、その形を変え始めていたことを。 

 

 ノアは静かに私へと視線を向ける。

 そのノアの瞳が揺れている事に、私は気が付かなかった。

 

 

 






……終わった。全てが終わってしまったのだ。

──世界を構成する記号を、ここで探せるのか?
──権威を、権力を取り戻すことはできるのか?
──世界を裁断し、新たな秩序を制定することができるのか?


……そういうこったぁ!









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