──『廃墟』地区。地下施設。
私とノアは、ホシノ達とは反対方向へ続く通路を走っていた。
古びた地下通路を抜け、さらに奥へ。
ノアが端末で確認した地図によれば、この先にある『工場』施設を通過すれば、目的のビルへ別ルートで到達できるらしい。
そうして数分後──、
私とノアは、地下通路を抜けた。
その先に広がっていたのは──、
「……ここが、『工場』?」
私は足を止め、目の前に広がる光景を見渡した。
天井の高い巨大な空間。
錆び付いた鉄骨。
停止したままの大型機械。
壁際には、何に使われていたのか分からない巨大なコンテナが並び、その周囲には古びた配管が複雑に張り巡らされている。
稼働している機械はない。
それでも──、
ここがかつて『
(というか、此処って……)
私はふと、
動悸がする。
私は胸を抑えて深呼吸をして、乱れた息を整える。
「……先生? どうされましたか?」
ノアも足を止めて、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「っ……あ、いや……ごめんね、ノア。何か
「
ノアは私の言葉に、周囲を見回す。
そんなノアに続いて、私も改めて、この場所を見渡した。
(このキヴォトスに来て、今日、初めてミレニアムを訪れたというのに……それなのに、
そこで、私は不意に
思い出すのは──、
対策委員会編の次の章として描かれていた物語だ。
メインストーリー Vol.2
『時計じかけの花のパヴァーヌ』編。
そこで先生はミレニアム自治区を訪れることになる。
そして──、
ゲーム開発部のモモイとミドリと共に『廃墟』地区へと向かい、出会うことになる少女。
──
原作知識を思い返してみれば──、
「……」
私は、少しだけその場に立ち尽くす。
本当は急いでサキの元へと行かなければならないのに。
「先生……本当に大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら、私が支えますから」
「っ……ごめんね、ノア」
私は胸を抑えて、ゆっくりと顔を上げる。
ノアはそんな私の背中を擦りながら、隣にいてくれる。
「……大丈夫だよ」
私は、ノアに微笑みかける。
「もう、大丈夫だから」
「……本当ですか?」
「うん」
ノアはしばらく私の顔を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「分かりました……ですが、先生も、無理はなさらないでくださいね」
「っ……ありがとうね、ノア」
そう答えながら、私はもう一度、工場の奥へ視線を向けた。
(……もし、本当にアリスがいるのなら、原作と同じように、ここで出会うのかな)
私は、そんな考えが頭によぎる。
けれど──私は首を横に振った。
(いや……今は、そんなことを考えている場合じゃない)
私達がここへ来た目的は、サキの救出だ。
アリスのことを考えるのは、その後でいい。
「……行こう、ノア!」
「っ! はい」
私達は再びこの奥へと向かい、走り始める。
──そんな時だった。
『接近を確認。対象の身元を確認します』
「「っ!?」」
突如として、
突然の声に、私とノアは驚き、再び足を止めてしまう。
『
「っ! わ、私の名前が……?」
ノアが驚いたように周りを見回す。
しかし、薄暗い工場の中には、停止した機械が並んでいるだけ。
人の姿はどこにもない。
どうやら、この声は備え付けのスピーカーから流れているらしい。
(っ。まずい……これは……原作通りだと、アリスが眠る部屋に行く為の認証システムだよね?)
原作でもこの展開はあった。
私とモモイ、ミドリが此処を訪れて、モモイとミドリは認証されないが、何故か
そうして──モモイとミドリも同行者として、立ち入りが認められ、
(っ……此処に来たのは、アリスに会う為ではなかったのに……ここで会ってしまえば、原作との乖離が更に……)
『続いて、対象の身元を確認します……シャーレの先生』
「っ……私は……」
『……』
その声は一拍だけ沈黙する。
『
「……え?」
私は、思わず呆然とした。
頭の中が、一瞬だけ真っ白になる。
──違う。何かがおかしい。
(原作では……私が認証されるはずだった)
ゲームのブルーアーカイブの中で見た記憶。
あの時、モモイもミドリも認証を拒否された。
けれど、先生だけは
先生だけが、この施設に入る資格を持っていた。
だからこそ、ゲーム開発部の二人も同行することができて──、
その先で、眠っているアリスと出会う。
隣にいるノアが、不安そうに私を見る。
「先生……これは、どういうことでしょうか……?」
「……分からない」
私は、スピーカーを見上げる。
「私も……こんな
「……こんな展開?」
「っ……!」
しまった。
思わず口に出してしまった。
「……いや」
私は慌てて首を横に振る。
「何でもないよ」
ノアはじっと私を見つめている。
けれど、今はそれを気にしている余裕がなかった。
先生ならば、アリスが眠る部屋へ、入室権限が与えられる筈なのに……私には認証がされなかったのだから。
□■□■□■□■□■□■□■□
──ミレニアム近郊『廃墟』地区。地上。
一方、その頃。
「はぁはぁ……!」
ヒナは荒い息を吐きながら、道路を駆け抜けていた。
けれど、背後から──、
「っ……ハァ……ハァ……逃がしませんっ!」
ミネの声が響き、その直後。
──ドォンッ!!
ヒナが先ほどまで立っていた場所が、爆発によって吹き飛んだ。
「……っ!」
ヒナは咄嗟に横へ飛び、瓦礫の陰へと身を滑り込ませる。
「……しつこいわね」
制服の袖は裂け、肩には浅い傷が走っている。
致命傷ではない。
それでも──、
ヒナは、自分の身体が少しずつ
(……このままだと、まずいわね)
ミネとの近接戦。
アカネによる爆発物の投擲。
そして、遠距離からのカリンによる狙撃。
三人の連携は、想像以上に厄介だった。
そして、特に問題なのは──、
(アカネの位置が読めないこと……!)
ヒナは瓦礫の隙間から周囲を確認する。
しかし、アカネの姿は見えない。
ただ──ヒナが直感に従い、反射的に横へ飛ぶ。
直後、先ほどまでいた場所が爆破される。
「……っ!」
爆風がヒナの背中を叩き、身体が僅かに前へ吹き飛ばされる。
「ヒナ会長! ──もらいました!」
その状態で、ミネが突っ込んできた。
「……!」
ヒナは咄嗟に銃を構える。
しかし、銃口をミネに合わせるよりも前に、盾が銃身へ叩きつけられた。
「くっ……!」
ヒナの腕が弾かれる。
そのままミネが盾を押し込み、ヒナの身体を後方へ追いやっていく。
「ここで、止めます!」
「……そう簡単には、いかないわ!」
ヒナは身体を捻り、ミネの盾を足で蹴った。
「っ!?」
それにより、ミネに僅かに生じた隙。
ヒナはそのまま後方へ跳び、距離を取る。
──そんな時だった。
夜空へと打ち上げられた照明弾が、深夜のミレニアムを照らし出す。
(っ……!
事前にヒナとアズサは打ち合わせをしていた。
カリンを制圧できた場合、照明弾を夜空に打ち上げる。
それが、二人が決めた合図だった。
つまりこの状況は──、
(やるわね……
ヒナは口元を緩める。
(……これで、カリンの援護はなくなった)
先ほどまでとは、状況が違う。
遠距離からの狙撃が止まったことで、こちらを追い詰めていた三人の連携には僅かな綻びができる。
ならば──、
「……正念場は、ここからね」
ヒナは小さく呟く。
その直後──、
「っ……ヒナ会長ッ! 余所見をしている暇はありませんよ!」
ミネが、再び盾を構えて突っ込んできた。
「まだ終わっていません!」
「……そうね」
ヒナは銃を構える。
「だから……ここから終わらせるのよ」
ヒナが銃口をミネへと直ぐさま向ける。
──キュイン! ダダダダダダダダダダッ!!!
「ぐっ……っ!!!」
ミネは咄嗟に盾を構え、弾丸を防ぐ。
だが──、放たれた銃弾は、その全てをミネへと狙っていなかった。
ヒナが狙ったのは、その足元。
地面に転がっていた瓦礫だった。
弾丸が瓦礫を弾き飛ばし、砂埃が一気に舞い上がる。
「なっ……!?」
視界が遮られる。
その瞬間──ヒナの姿が、ミネの前から消えた。
「……っ!? アカネ! 気を付けてください!」
「は、はいっ!! ミネ先輩も、ヒナ会長を逃さないでくださいっ!!」
ミネは急いで、周囲を見回す。
しかし──、ヒナを発見することができない。
そんな砂埃に乗じて、ヒナはビルの壁を蹴った。
翼を広げて滑空しながら、砂埃よりも高い位置まで一気に上昇する。
(カリンがいた時は、逃げ場のない空中を避けていた)
ヒナは眼下を見下ろす。
(でも、アズサのおかげで、今なら、この作戦ができる)
ヒナは砂埃の外で、こちらを待ち構えている人物を視認する。
その人物の名前は──
(見つけた)
ヒナは上空から、アカネへと銃口を向ける。
その表情から、先ほどまでの疲労が僅かに消えた。
「……まずは、あなたからね」
銃声が、夜の廃墟地区に響き渡った。
ヒナはアカネを制圧するため、容赦なく引き金を引いたのだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
──『廃墟』地区。『工場』エリア。
『……』
無機質な声は沈黙し、私とノアも暫く黙り込む。
工場には、先ほどまでと変わらない静寂が広がっていた。
停止した機械。
錆び付いた鉄骨。
薄暗い照明。
私は大きく息を吐いて、自分の頬を一つ叩く。
「っ……せ、先生?」
「サキの元に早く行こう、ノア!」
私はアリスが眠る部屋へと『
けれど──その事はいま考えるべきことでは無い。
一刻も早くホシノ達と合流して、サキを救出する。
──そうやって、私は自分に言い聞かせるように。
「ノア、行こう」
「……はい」
ノアは少しだけ不安そうな表情を浮かべながらも、私の言葉に頷いた。
私達は再び、工場の奥へ向かって走り始める。
けれど──、
コツ。
コツ。
コツ。
「──っ!? 誰かが、いる……?」
数歩進んだところで、私たち以外の足音が暗闇の奥から聞こえてくる。
私は反射的に足を止めた。
ノアもすぐに立ち止まり、直ぐさま銃を取り出して、その足音が鳴る方向に銃口を向ける。
「ッ……先生……誰か、こちらへ近付いてきています」
「分かる?」
「はい。足音から判断する限り、お一人のようです」
コツ。
コツ。
足音は、ゆっくりと近付いてくる。
こちらを警戒している様子はない。
まるで──、
私達がここにいることを、
「……先生」
「っ。どうしたの、ノア」
「私の後ろに下がってください」
「だけど、ノア……!」
「先生……早く!」
ノアの有無を言わさない言葉に、私はノアの後ろに下がる。
私は足音の鳴る方向へと視線を向ける。
やがて──、
暗闇の中から、
──
──
──右目は白く発光し、そこから
「クックックッ……本当は、この場から退散し、
その男の不気味な笑い声が『工場』に響く。
(っ……
ゲマトリア所属。
対策委員会編では先生達の敵として立ちはだかる存在。
──
(原作では、こんなタイミングで先生と黒服が直接出会うなんて無かったはず……)
まただ。
また、原作とは
私がこの世界に来てから、何度も感じてきた違和感。
そして今、その違和感が目の前に形となって現れている。
「……初めまして、シャーレの先生。私のことは『
その男──黒服が口を開いた。
それは、低く落ち着いた声だった。
「……黒服」
「えぇ。どうされましたか、先生?」
「私のことを、知っているんだね?」
私はゆっくりと黒服を睨みつけながら、問いかける。
「ククッ……それは勿論です」
そんな私の問いに、黒服は自身の顔に手を当てて、心底愉快そうに小さく笑った。
「私は
「……?」
「どうやら困惑されているようですね」
黒服は困惑する私の様子を愉しむように、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「まず、私たちは『ゲマトリア』と呼ばれる組織になります。適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております」
私とノアは反射的に身構えた。
「っ! それ以上、先生に近付かないでください!」
「おや?」
ノアが銃口を黒服へ向けて警告する。
そんなノアに対し、黒服が足を止める。
「随分と、そちらの生徒に信頼されているようですね?」
「っ……ノアに手を出したら、許さないよ」
「まあ、いいでしょう」
私は黒服から視線を逸らさない。
黒服もまた、しばらく私の顔を見つめていた。
そして──、
「……本題ですが、先程の
「──っ!?」
(そ、それは……)
私は思わず胸を抑える。
「……先生?」
ノアの声が聞こえ、私は我に返る。
「いや……大丈夫。大丈夫だよ」
そう答えながらも、視線は黒服から離せなかった。
そんな私の様子を黒服はじっと見つめる。
「やはり、この世界で──」
黒服は聞き取れないくらいの小声で何かを呟く。
私はそんな黒服に対して、警戒を解かない。
「黒服……あなたは何者なの? 何を知っているの? それに、どうして、こんな場所にいるの?」
「ほう? これはこれは……」
黒服は、くつくつと喉を鳴らした。
「随分と……率直な質問を沢山なさるのですね、先生?」
「答えて」
「……」
黒服はしばらく黙っていた。
そして──、
「では一つだけ。私は、あの
「あの存在……?」
「えぇ」
黒服は、工場の奥へと視線を向ける。
「もっと正確に言えば──『
「……この世界? セカンドプラン?」
その言葉に、私は眉をひそめた。
「それは、どういう意味?」
「そのままの意味ですよ」
黒服は、どこか楽しそうにそう答えた。
「彼女は、我々にとっても興味深い存在ですので……そして──最後に、
「っ……それは、何かな、黒服?」
私は黒服を睨みつけながら、問いかける。
「クックックッ……そんなに身構えなくとも、本日はもう、貴方に対して何もしません」
黒服は私とノアに視線を向けて、立ち止まる。
「けれど、先生。
私たち──ゲマトリアは、貴方を歓迎するつもりはありません。故に『
「──っ!?」
(宣戦布告、だと? この黒服は、何を言って……)
「貴方がこの世界に存在する限り、我々の計画には少々不都合が生じますので……ゲマトリアは全力を以て、貴方を
その言葉を聞いた瞬間。
工場の空気が、凍り付いたように感じた。
私は黒服から視線を逸らさない。
隣では、ノアが銃を構えたまま、私の方へ不安そうに視線を向ける。
「……私を潰す?」
私は黒服へ静かに問い返す。
「えぇ、そうです」
黒服は、まるで世間話でもするかのように頷く。
「──
その言葉に、私は眉を寄せる。
「っ……どういう、意味?」
「クックックッ……」
けれども、黒服は答えない。
ただ、愉快そうに笑いながら、私を見つめている。
「貴方は、ご自身が
「……なに、を言ってるの?」
「それは、まあ……いずれ分かることでしょう」
黒服はそう言って、ゆっくりと背を向けた。
「待って!」
私は思わず声を上げる。
「まだ話は終わってないよ、黒服!」
「私はこれ以上、貴方と話す事もありませんので」
「……逃げるの?」
「ほう? 逃げる?」
黒服は足を止める。
そして──、振り返った。
「クックックッ……随分と的外れな事を仰る」
白く発光する右目が、こちらを捉える。
「ですが、今の貴方には、私を追いかけている時間などないでしょう?」
「……っ!」
私は息を呑んだ。
私の脳裏にはサキ救出の為に動くみんなの事が思い浮かぶ。
「それでは、先生。またお会いしましょう……尤も、次にお会いするときには……恐らく、今のように穏やかにお話しすることはできないでしょうが」
そう言って黒服は暗闇の中へと消えていく。
その足音も、やがて聞こえなくなる。
「……」
私は、その場に立ち尽くしていた。
追いかけるべきだった。
黒服を逃がしていい理由なんて、どこにもない。
けれど──、
私は強く拳を握りしめる。
「……ノア。サキを助けに行くよ」
「っ……は、はい」
──黒服。
──ゲマトリア。
──AL-1S。
──セカンドプラン。
──そして、
頭の中には、先ほどの黒服の言葉が何度も蘇っていた。
原作では、私はこのタイミングで黒服と出会ってなどいない。
そもそも──、
私は、
(だったら……この世界で、私が知っている『原作』は、一体どこまで通用する?)
「……先生?」
ノアの声が聞こえる。
「本当に……大丈夫なのでしょうか?」
「っ……ごめんね、ノア。心配を掛けてしまって」
私は黒服からの言葉を振り払い、前を向く。
「今は、サキを助けることだけを考えよう」
「……はい」
ノアが頷く。
私も、それ以上は考えなかった。
──考える余裕もなかった。
今はただ、一刻も早くサキの元へ向かう。
それだけでいい。
けれど──、
この時の私は、まだ知らなかった。
この夜を境に。
私が知っていた『ブルーアーカイブ』という物語が──少しずつ、その形を変え始めていたことを。
ノアは静かに私へと視線を向ける。
そのノアの瞳が揺れている事に、私は気が付かなかった。
……終わった。全てが終わってしまったのだ。
──世界を構成する記号を、ここで探せるのか?
──権威を、権力を取り戻すことはできるのか?
──世界を裁断し、新たな秩序を制定することができるのか?
……そういうこったぁ!