──『廃墟』地区。ビル内部。
乾いた銃声が、『廃墟』の中に響き渡った。
「……っ!」
チナツが思わず目を閉じる。
しかし──、
痛みは、
チナツは、恐る恐る目を開く。
そして、すぐ隣へ視線を向けた。
「……え?」
チナツの隣の壁には、銃弾が一発めり込んでいた。
──数センチ。
ほんの僅かに狙いが逸れていなければ、チナツの身体を貫いていた。
「っ……私は……!」
サキは、震える手で銃を握ったまま、壁に開いた弾痕を見つめていた。
やがて──、
サキの手から、ゆっくりと力が抜けていく。
──カランッ。
乾いた音を立てて、銃が床へ落ちた。
「っ……空井隊員、何をしている? 今すぐ銃を拾うんだ!」
ユキノはサキに叱責する。
けれど、その声が僅かに震えていることに、ユキノ自身は気付いていなかった。
「……」
サキは動かなかった。
床に落ちた銃を見つめたまま、ただ立ち尽くしている。
「聞こえなかったのか?」
ユキノが一歩、サキへ近付く。
「銃を拾え」
「……」
「空井隊員!」
「……拾えません!」
「何?」
ユキノの足が止まる。
サキはゆっくりと顔を上げた。
「もう……拾えない!」
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「私は……
涙が、一筋だけ頬を伝う。
けれど、その瞳には先程とは違い、確かな光が宿っていた。
「……サキさん……!」
チナツは、サキの言葉を聞いて息を呑んだ。
その声には、安堵が滲んでいる。
「っ……!」
チナツはサキの前へ出る。
そして、ゆっくりと銃を構えた。
「これ以上、サキさんに近付かないでください!」
チナツの銃口が、ユキノへと向く。
「サキさんと貴方の間に何があったのかは知りません。けれど……!」
チナツの声が、震えながらも、はっきりと部屋中に響く。
もう一度、サキへ視線を向けると、チナツはユキノを睨みつける。
「私は、
チナツは、引き金へ指を掛ける。
「貴方が、サキさんを苦しめるというのなら……!」
銃口が僅かに上がる。
「これ以上、近付いたら撃ちます!!」
サキの目が大きく見開かれる。
「チナツ……」
「っ……」
チナツの指が、僅かに震えた。
それでも、ユキノへ向ける銃口は下げなかった。
そんなチナツに対し、ユキノは答えなかった。
ただ、ゆっくりと銃口を上げる。
その先にいるのは──
「……空井隊員」
「……」
「銃を拾え! そして、この女を撃て!」
「嫌だ!」
「っ……ならば……!」
ユキノは銃を構え直す。
「私は……
サキの身体が僅かに強張った。
「……ユキノ、先輩」
「最後の警告だ。銃を拾え」
「何度も言ってやる。嫌だ!」
「……何故だ?」
「私は……!」
サキは、床に落ちた銃を見つめる。
けれど、もう手を伸ばそうとはしなかった。
「私は、もう……アビドスで過ごした日々を否定したくない」
「……」
「ホシノ先輩も」
廊下へ吹き飛ばされたホシノを見る。
「チナツも」
そして、目の前にいるチナツを見る。
「ノア先輩も、アズサ先輩も、セリカも、大将も……」
サキの声が震える。
「そして──、アビドスを助けてくれた
けれど、その言葉には、迷いがなかった。
「みんな、私にとって
「……それは偽物だ、空井隊員」
「違う!」
サキが叫ぶ。
「
涙を拭いながら、サキはユキノを真正面から見つめた。
「たとえ……この世界そのものが、間違っていたとしても!」
一歩。
サキは前へ出る。
「私がアビドスで笑ったことも!」
もう一歩。
「みんなと一緒にアビドスを守るために、戦ったことも!」
さらに一歩。
「みんなと過ごしてきた、今までの日々も! 」
サキは胸元を強く握り締める。
「そして──
サキの声が、『廃墟』の中へ響き渡る。
「全部、私にとっては
「……!」
ユキノの瞳が揺れた。
「私は……確かに、RABBIT小隊の
サキは、はっきりと言う。
「けれど……それだけじゃない……!」
サキは、鉄帽を深く被り直した。
「──私は、アビドス対策委員会の
その声には、もう震えがなかった。
「私は、どっちかを捨てなきゃいけないなんて思わない!」
「……ならば」
ユキノの指が、引き金に掛かる。
「私が、お前をSRTに連れ戻す」
──カチッ。
引き金に掛かった指が、僅かに引かれる。
しかし──、
「……っ」
ユキノは
ユキノの銃口は、確かにサキを捉えている。
けれど、銃を握るその手は震えている。
ユキノは、サキを見る。
その瞳に映っているのは、かつて自分が知っていたRABBIT小隊の隊員。
けれど、それと同時に──、
もう覚悟を決めた、一人の
「私は……お前を……この世界を……!」
ユキノが唇を噛み締める。
そんな時──、
「……うへぇ〜!」
ユキノの背後から、気の抜けた声が聞こえる。
「……っ!?」
ユキノの瞳が僅かに見開かれ、咄嗟に廊下へと振り返る。
そこにいたのは──、
「っ……
瓦礫を押し退けながら、ホシノがゆっくりと立ち上がっていた。
制服には埃が付着し、肩口には銃弾による傷がある。
それでも──、
ホシノのオッドアイが、深夜の『廃墟』の中で、鋭く煌めいていた。
「いやぁ……結構痛かったよぉ。いきなりおじさんを処理するなんて、やるねぇ〜。ユキノちゃん」
ホシノは、肩をぐるりと回す。
そして、笑顔のまま、ホシノはユキノを見る。
「けどねぇ〜、あんまりさぁ、うちの後輩を泣かせないでよ?」
「──っ!」
その声から、僅かに笑みが消える。
「これ以上やるなら、おじさん、
「……!」
ユキノは、無意識のうちに一歩だけ後ずさった。
そのことに気付いた瞬間、ユキノの表情が変わる。
銃口を、ホシノへ直ぐさま向ける。
──
その戦闘能力は、キヴォトスでも
以前、ユキノが戦闘したFOX小隊の
ユキノは、聞かされていた情報を頭の中で反芻する。
だが──、
「……うへぇ〜」
ホシノも、ゆっくりとショットガンを構えた。
「抵抗するんだぁ……」
ホシノは、一瞬だけ目を細める。
「じゃあ、おじさんも遠慮なく、本気でいくね?」
「……!」
次の瞬間──、
ホシノの姿が掻き消えた。
「──っ!?」
ユキノが咄嗟に銃を連射する。
──ダダダダッ!!
銃弾が、ホシノのいた場所を薙ぎ払う。
しかし、そこにはもう、ホシノはいなかった。
(──速い……!)
ユキノが視線を走らせる。
(目で追い切れない……!?)
「へぇ……」
声が聞こえた。
次の瞬間、ホシノがユキノの懐へ潜り込んでいた。
「私に銃弾を少しでも当てるなんて、やるねぇ……!」
ホシノは、ショットガンでユキノの銃身を弾き上げる。
「くっ……!」
「けどさぁ〜!」
ユキノの体勢が崩れる。
「その程度じゃあ──私には効かないよぉ!」
「っ……!」
ユキノが咄嗟に後退し、ホシノの初撃を躱した。
しかし、ホシノは逃がさない。
「まずは、私を蹴飛ばした分!」
ホシノが踏み込む。
「一発!」
──ドゴッ!!
ホシノの蹴りが、ユキノの腹部へ叩き込まれる。
「ぐはっ……!」
その衝撃に、ユキノの身体が吹き飛ぶ。
壁に背中を叩きつけられ、肺から空気が押し出された。
「まだまだぁ〜!」
「ぐっ……!」
ユキノはすぐに立ち上がり、銃を構え直す。
だが──、照準を合わせるよりも早く、ホシノが懐へ潜り込んでいた。
「遅いよ、ユキノちゃん!」
再びショットガンで銃口を逸らす。
そして、そのまま身体を捻る。
「次はセリカちゃんを痛めつけた分! ──二発目!」
──ドゴォンッ!!
ホシノの回し蹴りが、ユキノの腹部へ叩き込まれた。
「がっ……!」
ユキノが床を転がった。
それでも、すぐに身体を起こそうとする。
だが──、
既に目の前に、ホシノが立っていた。
ショットガンの銃口が、ユキノの顔面へ向けられている。
「そして──最後に、
──ドダンッ!!!!
ホシノの散弾が至近距離から放たれ、ユキノの顔面に直撃する。
その衝撃にユキノのヘイローが明滅して、その場に倒れる。
「ッ……!」
けれど──、
ユキノは意識を失っていなかった。
床を強く強く、握りしめる。
「……私は……FOX小隊の、ユキノだ……」
ユキノは息を切らしながら、それでも言葉を絞り出す。
「負ける……わけには……いかないんだ」
「そっかぁ〜」
ホシノは、ゆっくりと歩み寄る。
「でもね、ユキノちゃん」
ショットガンを肩に担ぐ。
「おじさんの後輩に手を出したんだからねぇ」
一歩。
「それ
「……私は……」
ユキノは震える手で、銃を握り直す。
「私は……この世界を……正すために……!」
「まだ言ってるの?」
ホシノの声から、完全に笑みが消えた。
「私にはさぁ……ユキノちゃんが言っている事を全て理解しているわけじゃないよ」
「……」
「……でもね」
ホシノは横目で、サキを見る。
そして、再びユキノへ視線を戻した。
「サキちゃんが、自分で決めたんだよ」
「っ……!」
「だったら──!」
ホシノの声が低くなる。
「その
その言葉に、ユキノの瞳が揺れた。
そして──。
床に伏したまま、ユキノは再びサキへ視線を向ける。
サキはチナツの隣に立っていた。
もう、銃は持っていない。
それでも、その目には、確かな意志が宿っている。
「……空井隊員」
ユキノが呟く。
「私は……」
何かを言おうとする。
しかし、言葉が続かない。
その瞬間だった。
「ホシノ先輩!!」
チナツが叫ぶ。
「後ろです!!」
「……ん?」
ホシノが振り返る。
──シュッ。
何かが、廊下を飛んできた。
それは──小さな球体状であり、床を転がる。
「っ! これは、まさか──!」
──ボフンッ!!
その次の瞬間。
白煙が部屋の中に、一気に広がった。
「っ……煙幕!?」
チナツが咳き込む。
「みんな、固まって!!」
ホシノが即座に叫ぶ。
「サキちゃんとチナツちゃんも、こっちに!」
「「はい!」」
ホシノがサキとチナツの元へと滑り込み、二人を引き寄せる。
すでに煙は視界を完全に覆っていた。
ユキノの姿も見えない。
けれども、その白煙の向こうから──、
「ユキノ先輩! お待たせしました! 撤退してください!」
その声にサキの身体が僅かに反応した。
何故なら、サキにとって、
無意識にサキの口が開き、言葉が漏れる。
「……ミ、
「……え? サキ?」
煙の向こうから、僅かに驚いた声が返ってきた。
その声を聞いた瞬間──、
サキの胸が、大きく跳ねる。
「……やっぱり……ミヤコ、なんだよな? 待ってくれ、ミヤコ!」
白煙の向こう側には、ウサギ耳を付けた生徒のシルエットが浮かび上がる。
「っ……月雪小隊長か……」
床に倒れていたユキノが、苦しそうに声を上げる。
「……すまない。早く、撤退を」
「はい。ユキノ先輩、失礼します」
ミヤコは迷わなかった。
煙幕の中を駆け抜け、ユキノの身体を支える。
そして、そのまま出口へ向かって走り出した。
「うへぇ〜……まずいねぇ」
ホシノが煙の向こうを睨む。
「このままだと逃げられる」
ショットガンを構える。
しかし、煙の向こうでは狙いを定められない。
その時──、
「け、煙が出てる!? 」
廊下から、聞き慣れた声が響いた。
「ご、ごめん、みんな! お待たせ! 大丈夫なの?!」
それは──先生の声。
廊下から先生の声が聞こえてきた。
ホシノはその声を聞き、ショットガンを下ろす。
「先生、こっちだよ!」
「先生、こちらです!」
ホシノに続いて、チナツも叫ぶ。
その声を聞き、先生とノアが煙の中へ飛び込んでくる。
「チナツちゃん! もう一度声を上げてください!」
ノアも声を張る。
先生は、煙の中で真っ先にサキの姿を探した。
「ノア先輩! 先生! こちらです!」
チナツが再び声を上げる。
「サキさんも、こちらに!」
「……!」
先生の視線が部屋の奥に向けられ、うっすらとチナツの隣にいるサキを捉える。
「サキ! 大丈夫だったの!?」
先生は、すぐさま駆け寄ろうとした。
しかし──、
「先生! 待ってください!」
ノアが、その腕を掴んだ。
「え?」
「煙の中に、
そのノアの言葉に、先生──私は足を止める。
私は目を凝らした。
白煙の向こう。
ぼんやりと浮かび上がる、二つの人影。
一人は、肩を誰かに支えられている。
そしてもう一人は──、
「……あ、あれは」
先生が目を細める。
──長い髪。
──頭に付けられたウサギ耳。
──SRT特殊学園の制服。
「……
先生の声に、その人影が僅かに止まった。
そして──、
煙の向こうから、低い声が返ってくる。
「っ……
ミヤコだった。
その肩には、負傷したユキノが寄り掛かっている。
「ユキノも……!」
先生の表情が険しくなる。
「君たちは、どうして……!」
先生は一歩前へ出る。
しかし、ミヤコはすぐに銃を構えた。
「先生……それ以上、近付かないでください!」
冷静な声。
けれど、その銃口は僅かに揺れていた。
「ミヤコ! 先生を撃つな!」
サキが叫ぶ。
ミヤコの瞳が、一瞬だけサキへ向く。
「……」
何かを言いたそうに唇が動く。
けれど──、
「……また、お会いしましょう」
それだけだった。
ミヤコは視線を逸らし、ユキノを支え直す。
そして、廊下の暗闇へ駆け出していく。
「っ! ま、待って──!」
私の静止を振り切り、その遠ざかる足音を聞きながら、私は拳を握る。
「先生!」
そんな中──、
ホシノの声が聞こえた。
「っ! サキちゃんが、倒れて……!」
「……!」
私は振り返る。
部屋を覆っていた煙が、少しずつ晴れていく。
その奥で──、
サキが、ぐったりと倒れ込んでいた。
「サキ!」
私はそんなサキを視認すると、急いで駆け寄る。
そして、倒れ込んだサキの身体を慌てて抱き起こす。
「サキ!」
「……先生……?」
私の声に、サキが僅かに目を開く。
「サキちゃん!」
ノアもすぐに駆け寄り、サキの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか!?」
「……うん」
サキは、小さく頷いた。
「ちょっと、色々あって頭がパンクしそうだが……」
サキは弱々しく笑う。
「疲れただけだ……もう怪我とかはしてないから」
「本当に?」
「あぁ、本当だ」
サキは僅かに息を吐く。
ずっと張り詰めていたものが、先生の姿を見たことで一気に切れたのだ。
「ははっ……先生は、やっぱり心配性だな」
そう答えたサキの声には、いつもの張りがなかった。
けれども、私の姿を見て少しだけ微笑む。
私は、サキに目立った外傷がないことを確認する。
そして──、
「……よかった」
心の底から安堵の声が思わず漏れる。
「本当に……無事でよかった」
「先生……」
サキが、私の服を弱々しく掴む。
その光景を見ながら、私はようやく実感する。
──このサキ救出作戦は成功したのだ、と。
サキを取り戻した。
今回の作戦は、確かに成功した。
けれど──、
「……先生」
ホシノの声が聞こえる。
「っ。どうしたの、ホシノ?」
「……ごめんね。あと一歩のところで、ユキノちゃん達……逃しちゃったよ」
「っ……」
私は、先ほど二人が消えていった廊下を見る。
そこには、もう誰もいない。
残っているのは、床に散らばった瓦礫と、薄く漂う煙だけだった。
「……まだ仲間が隠れていたなんて、思っていなかったです」
チナツも悔しそうに、床に転がる使用済みの煙幕弾を見つめる。
「隠れていた方……その、ミヤコさんが来なければ、ユキノさんを確保できていた可能性は高かったと思います」
「……そうだねぇ〜、ノアちゃん」
ホシノが、ノアの言葉にショットガンを肩に担ぐ。
そして、サキを見る。
「でも……」
ホシノは、ほんの少しだけ笑う。
「サキちゃんは、ちゃんと帰ってきた。それで十分かな」
「……」
そんなホシノにつられて、サキを見る。
サキは、確かにここにいる。
「先生、みんな……帰ろっか!」
ホシノは、静かにそう言った。
「アビドスにね」
「……うん」
私は頷いた。
「みんな、帰ろうか。アビドスに」
サキの身体を支えながら、私たちは『廃墟』を出るために歩き始めた。
誰も、振り返らなかった。
いや──、
私だけは、一度だけ振り返った。
そこは、先ほどまでユキノとミヤコがいた廊下。
もう、二人の姿はない。
ただ、暗闇だけが広がっている。
「……」
──ユキノ。
──そして、ミヤコ。
今回の戦いで、私達はサキを取り戻した。
それは間違いなく、私達の勝利だった。
けれど──、
ユキノとミヤコから、話を聞くことはできなかった。
彼女達がどうして、こんな事をしているのか。
その理由を、私はまだ知らない。
そして──
この戦いは、まだ終わっていない。
その先に待っているのが、平穏な日々なのか。
それとも──新たな戦いなのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
──
私達の仲間として。
アビドス対策委員会の一員として。
そして──、
──サキ救出作戦
【Sランク】クリア
〜リザルト〜
【ヒナ VS ミネ&アカネ】→ヒナの勝利
【アズサ VS カリン】→アズサの辛勝
【ホシノ VS ユキノ】→ホシノの勝利