一方その頃。
アビドス高等学校の校門の前には、銃を武装した
──照りつける太陽。
──まとわりつくような暑さ。
──額から流れ落ちる汗。
そんな炎天下の中──、
四人の生徒は、じっと校門の前で待機する。
「ア、アビドスの皆さんはいつ頃来られるんでしょうか?」
そのうちの一人──
「もう、かれこれ、朝から四時間は待っているんですが……」
「うぐっ……ヒ、ヒヨリ……! きっと、アビドスは午後登校なの! もう少し粘るわよ!」
声を張り上げたのは──
そう。その四人の正体は──、
『
──
──
──
──
ゲヘナが誇る、悪名高き問題児集団である。
「午後登校、ですか……」
トキが静かに、校門の向こうを見る。
誰もいない。
当然だ。
対策委員会の五人は、現在、
そんな事とは露知らず、アルは堂々と校門に立つ。
「やあやあ〜! アル、ちょっといいだろうか?」
カスミが、タオルで汗を拭きながら、声を掛ける。
「っ……カスミ室長! 仕事中は役職を忘れちゃダメよ!」
「……あぁ〜、アル社長。この感じ……今日はアビドスは休みなんじゃあないか?」
「うぐっ……!」
カスミが冷たい目でアルを見つめる。
「それに……」
カスミは、校門から少し離れた場所へ視線を向けた。
そこには、簡易テントがいくつも設置されている。
その中にいるのは──
「雇い主から貰った予算を……傭兵バイトを雇う為に、今日一日で、半分も使い果たしてしまったぞ」
「そうですね、カスミ室長の言う通りです」
トキも頷く。
「前回、ラーメン屋の前で敗走した事を考慮して、傭兵バイトを二倍に増員しています。ですが、このまま張り込みを続けるのは……時給換算すると、非効率です」
「ト、トキ課長まで!?」
アルが声を上げる。
「で、でも……!」
アルは校門の向こうを指差した。
「アビドスの皆は、絶対にここへ戻ってくるわ!」
「根拠は何ですか?」
「勘よっ!」
「根拠になっていないですね」
「うぐっ……!」
トキに淡々と指摘され、アルは言葉に詰まる。
「そ、それに……!」
アルは胸を張る。
「社長として……一度引き受けた仕事を途中で投げ出すわけにはいかないでしょう!」
「社長……!」
ヒヨリが感動したようにアルを見る。
「やっぱり、社長は凄いです……!」
「そうでしょう、ヒヨリ! そうでしょう!」
アルはますます胸を張る。
「これが、プロの仕事よ!」
「……ただし」
カスミがペッドボトルの水を飲みながら、冷静に口を挟む。
ちなみにペッドボトルは、もう最後の一口だった。
「今日のところは、アビドスの生徒が、一人も来る気配がない」
「……」
「そして、今この瞬間にも、我々には傭兵バイトへの支払いだけが発生している」
「……」
「既に、朝から四時間も待っているだけでな」
「……」
「このままだと、予算が尽きるのは時間の問題だぞ?」
「カスミ……」
アルの額から、一筋の汗が流れた。
「大丈夫よ!!」
「……何がですか?」
トキがアルをジト目で見つめる。
「こういう時こそ……! 経営者としての判断力が問われるのよ!」
「では、撤退しますか?」
「
「っ!? どうしてですか!?」
トキが目を見開いて、思わず叫ぶ。
「だって、ここで帰ったら負けじゃない!」
「何に対しての勝負なんですかぁ……?」
ヒヨリの呟きは、誰にも届かなかった。
「よし!」
アルは拳を握る。
「今日は夕方まで張り込むわよ!!」
「……まあ、それでこそ、私の社長だな」
「了解しました」
「分かりました!」
こうして──、
便利屋68の、意味の分からない張り込みは続いた。
結果として──、
アビドスのホシノ達はやってこなかった。
□■□■□■□■□■□■□■□
──二日目。
「だ、誰も来ませんよぉ〜!!!」
「……来ないですね」
「……ハハハッ……今日も暑いな……」
「……そうね、暑いわね」
アビドス高等学校の校門前。
昨日とまったく同じ場所に、四人の少女が立っていた。
その名は『
ただし──、
四人は昨日よりも、明らかに疲弊していた。
「アル社長……」
ヒヨリが、力なく口を開く。
「今日で二日目ですよ……?」
「ええ」
「昨日も夕方まで待っても、誰も来ませんでした」
「……ええ」
「今日も……来ないんじゃないでしょうか?」
「……」
アルは黙り込む。
そして──、
「──来るわ!!」
「な、何でですか!?!?!」
「勘よ!!」
「も、もう少し状況を確認してくださいぃぃ!!」
ヒヨリの悲痛な叫びが、アビドス自治区に響く。
「ふむ……」
カスミが腕を組む。
「アル。依頼主からは『アビドスの連中を倒して欲しい』と言われただけだろう?」
「そうよ!」
「それならば──何も『アビドス高等学校』でと場所まで指定されているわけではない」
「っ……!」
アルの顔が引きつる。
「そ、それは……」
「アル」
カスミがアルの隣へやってきて、肩を叩く。
「もしかしてなのだが……」
「な、何よ?」
「我々は……仕事のやり方を間違えてないか?」
「……」
アルは校門を見る。
──誰もいない。
──静かな学校。
──風に揺れる校庭の砂だけが動く。
「ッ……まさか!」
アルの顔が青ざめる。
「社長、どうしました?」
トキが尋ねる。
「アビドスの皆の……」
アルは震える声で呟いた。
「現在の居場所を探した方がいい!?!?」
「……それなら、すぐに調べてみます」
「ト、トキ!?」
「はい」
トキはスマホを取り出して、画面を操作し始める。
しかし、アルに名前を呼ばれて、手を止める。
「──ちょっと待って!」
アルが慌てて止める。
「そんなこと……そんなことをしたら……!!」
アルが頭を抱える。
「私達の今までの
「「「……」」」
四人の間に沈黙が落ちた。
「……もう無駄になっていると思います」
「ヒ、ヒヨリ!?」
珍しく、ヒヨリが正論を言った。
結果として──、
この日も、アビドスのホシノ達はやってこなかった。
□■□■□■□■□■□■□■□
そして、三日目。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
アビドス高等学校の校門前には──、
『
三日目の張り込みである。
しかし──、
誰も来ない。
昨日も。
一昨日も。
そして、今日も。
「……アル社長」
「……何よ、ヒヨリ?」
ヒヨリが、遠慮がちに尋ねる。
「今日で、三日目です」
「……そうね」
「アビドスの皆さん……本当に帰ってくるんでしょうか」
「……」
アルは答えない。
ただ、校門を見つめている。
そして──、
「……来るわ」
「まだ言うんですか!?!?」
ヒヨリが悲鳴を上げる。
「
「ど、どうしてそこまで!?」
「だ、だって!!」
アルは拳を握り締める。
「こ、ここまで待ったのよ!?」
「それはアル社長が勝手に……!」
「三日も待ったのよ!?」
「だから、それもアル社長が勝手に……!」
「ここで帰ったら、全部無駄になるじゃない!?」
「もう十分無駄になってますよ!?!?!」
ヒヨリの叫びが砂漠に響く。
その横で、トキは日傘を差しながら、スマホを眺めていた。
カスミもその日傘の影に入り、言い合う二人の様子を楽しそうに眺めている。
「絶対に……絶対に来るわ!」
アルは炎天下の中、校門に背中を預けて腕を組む。
「……」
「……」
「……」
しかし──、
その声に応える者は、誰もいなかった。
「……アル社長」
「何よ、トキ?」
「数分前にはなるのですが、傭兵バイトの方々が……」
「え?」
トキが、校門から少し離れた場所を指差す。
そこには、大量に設置されていた傭兵バイトのテントがある筈だった。
しかし──、
今はそのテントが撤収されて、誰もいない。
「……あれ?」
アルが目を見開く。
「よ、傭兵の皆さん、どこに行ったの?」
「……撤収したようだな」
カスミが、トキのスマホ端末を見ながらそう答える。
「そんな……」
ヒヨリが呆然とする。
「ま、まさか……!」
アルの顔が引きつる。
「……お金が、底を尽きた?」
結果として──、
この日も、アビドスのホシノ達はやってこなかった。
この日、『便利屋68』は傭兵へのアルバイト代を使い果たし、
□■□■□■□■□■□■□■□■□
──四日目。
アビドス高等学校の校門前。
「……」
「……」
「……」
「……」
そこには、昨日までと同じように──四人の少女がいた。
その名は悪名高き──、
『
ただし──、
昨日までとは、明らかに四人の様子は違っていた。
周りに傭兵バイトはいない。
そして──、
「……お腹空いた」
ヒヨリが、小さな声で呟いた。
「……」
「……」
「……」
誰も答えない。
なぜなら──、
四人とも、頭の中では同じことを考えていたからだ。
──お金がない。
便利屋68は、三日間の張り込みによって、依頼主から渡された予算をほぼ完全に使い果たしていた。
──傭兵への報酬。
──食料。
──飲料水。
──簡易テント。
──その他諸々。
そして何より──、
「……アル」
カスミが、疲れた声で口を開く。
「何よ、カスミ?」
「今日、昼飯はどうするつもりだ?」
「……」
アルが固まる。
「……持ってきてないの?」
「愚問だな……ないっ!」
「そう……」
「……昨日の、乾パンが最後だったな」
「……」
カスミとアルは空を見上げた。
雲一つない晴天が広がっている。
「そうか」
「そうよ」
「……腹が減ったな、アル」
「そうね」
「……」
「……」
四人の間に、重い沈黙が流れる。
「……アル社長」
トキが、静かに口を開いた。
「私も、朝から何も食べていないです」
「……」
「水も、公園の蛇口で汲んできたものが……もう少ししか……」
「……」
「このままでは、私は、倒れてしまうかもしれません」
「トキ……」
アルは、真剣な顔でトキを見る。
「大丈夫よ」
「っ。本当ですか?」
「ええ」
アルは胸を張る。
「こういう時こそ、社長としての威厳を見せる時よ!」
「……何をするんですか?」
「
「「「……」」」
即答だった。
「……社長?」
「大丈夫よ! 今日は……今日こそは
──そんな時だった。
「……ん?」
カスミが、道路の先を見つめる。
「どうしたの、カスミ?」
「エンジン音がしないか?」
「……!」
カスミの言葉に、アル達が耳を澄まし、その表情を変える。
アルが勢いよく立ち上がった。
「ついに来たのね!?」
「まだ分かりません! ですが、皆さん臨戦態勢を!」
トキが二挺拳銃を構えて、道路の先を見つめる。
エンジン音は、徐々に大きくなっていき──、
道路の先で、砂埃が舞い上がる。
そして、道路の向こうから、一台の
「来たわね……!」
アルが目を見開き、銃を構える。
「ついにですね……!」
ヒヨリも銃を構えながら、車両を見つめる。
「……車両の形状を確認。装甲車、ですか」
トキが目を細める。
その車を確認して、アルの顔が輝く。
「間違いないわ!」
「何がですか?」
「アビドスよ!」
「まだ何も確認できていませんが……」
「いいのよ! 今回は絶対にそう!」
「根拠は?」
「勘よ!」
「またですか……」
トキが小さくため息を吐く。
けれど、トキの口角は無意識に上がっていた。
そして──、
カスミもまた、車両を見つめながら口元を緩めていた。
「なるほど、なるほど……あの見覚えのある車両は恐らく……!」
カスミが銃を構える。
「三日間も待ったんだから……確実に倒してみせるわ!」
「しゃ、社長……四日目です!」
「今はそういう細かいことはいいの! ヒヨリ!」
「はいぃ……!」
ヒヨリも震えながら銃を構える。
「ハーッハッハッハッ! やるぞ、アル!!」
「ええ! アビドスを倒すわよ!!」
四人は道路の中央へと移動する。
車両は、そんな四人に対して躊躇いもなく、真っ直ぐに進んでくる。
そして──、
その車両は四人の前で停止した。
「っ……止まりましたね」
トキが呟いた。
その装甲車から、
舞い上がる砂埃も落ち着き、その姿が、はっきりと見えるようになる。
「……」
「……」
「……」
「……」
四人は、無言でその人物を見つめた。
そして──、
装甲車から降りた人物は、四人に向かって手を振った。
「……久しぶりだね!
便利屋68の全員が、完全に停止する。
最初に口を開いたのはヒヨリだった。
「……あ、あの……」
「うん、どうしたの、ヒヨリ?」
「私の見間違えですよね……どちら様ですか?」
「あれ?」
先生は少し驚いた顔をする。
「わ、忘れられちゃったかな……私はシャーレの先生だけど……」
「あっ……本物の、先生……」
再び沈黙が訪れる。
アルは、ゆっくりと銃を下ろす。
「……先生?」
「うん」
「一人なの?」
「う、うん」
「……アビドスの対策委員会は?」
「今日は一緒じゃないよ」
「……」
アルの顔から、少しずつ血の気が引いていく。
「……そう」
「うん」
「……そうなのね」
「……?」
先生は首を傾げる。
「どうかした?」
「……いえ」
アルは震える声で答える。
「何でも……ないわ……」
「アル社長……」
ヒヨリが隣から小声で呼びかける。
「……何よ」
「私たち……四日間……」
「言わないで」
「でも……」
「言わないで……!」
アルが頭を抱える。
「四日間……ずっと……」
「言わないでって言ってるでしょう!?」
「うぅ……」
トキが静かにスマホを取り出す。
「先生」
「うん?」
「一つ質問しても、よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ! トキ!」
「対策委員会の皆さんは、現在どちらに?」
「え?」
先生は少し考える。
「
「……」
トキの手が止まる。
「……そうですか」
「うん」
「なるほど」
トキは二挺拳銃を腰にしまう。
「全て理解しました」
「何を?」
「私達は、四日間ずっと……」
トキは校門を見る。
「
「「「…………」」」
アル、カスミ、ヒヨリが固まる。
アルは空を見上げた。
雲一つない晴天である。
──この四日間。
傭兵を雇い。
食料を消費し。
飲料水を買い。
テントまで用意して。
そして──、
「……私達」
アルが呟く。
「……何してたの?」
「「「それは私達が聞きたい(です)!?」」」
三人の声が綺麗に重なった。
「……」
先生は、そんな四人を見ながら首を傾げる。
先生は四人の姿を見る。
汗だくで。
疲労困憊。
髪の手入れも行き届いていない。
そして──、
絶望しきったかのような顔。
「……大変だったね」
「……っ!」
アルの肩が震える。
「……そうよ!」
アルは拳を握る。
「大変だったのよ! 先生!」
「うん」
「四日間よ!?」
「うん」
「朝から晩まで!」
「うん」
「傭兵バイトまで雇って!」
「うん」
「お金も全部なくなって!」
「……うん。う、うん?」
「なのに!」
アルは涙目で叫ぶ。
「誰も来なかったのよぉぉぉぉぉ!?!?!」
「アル社長ぉぉぉぉ!!!!!」
ヒヨリも泣きそうな顔で叫ぶ。
「……」
先生は、そんなアルとヒヨリを静かに見つめる。
カスミとトキは冷めた目で二人を見ていた。
(……ええっと、ここまできたら、流石の私でも状況が理解できたよ)
「……それなら」
先生は、装甲車の後部を指差した。
「シャーレに帰る前に、何か食べる? 奢るよ?」
「……」
その言葉に、四人の動きが止まった。
「……食べ物?」
ヒヨリが呟く。
「うん」
「……ご飯?」
「うん」
「……タダですか?」
「もちろん! 私の奢りだよ!」
「っ……!」
ヒヨリの目が輝く。
「アル社長……!!」
「……」
アルは黙って先生を見る。
「……先生」
「うん?」
「……乗せて」
「え?」
「私達も……」
アルは、疲れ切った笑顔を浮かべる。
「……ご飯、食べたいわ」
「うん……いっぱいご馳走するからね、アル」
先生は装甲車の扉を開ける。
「じゃあ、乗って」
「やったぁぁぁ……!」
ヒヨリが真っ先に乗り込む。
「……すまない、先生。助かった」
「全然、大丈夫だよ、カスミ! 困った時は大人を頼って!」
「っ……あぁ、今回は恩に着る」
カスミも続く。
「そうですね。先生、このご恩は一生忘れません」
トキも乗り込む。
そして最後に──、
「……」
アルが装甲車を見上げる。
この四日間。
彼女達が待ち続けたアビドスの生徒は、最後まで現れなかった。
しかし、最後に現れたのは──、
彼女達が一度も想定していなかった人物だった。
「……まあ」
アルは小さく呟く。
「仕事は……失敗だったけど」
そして、装甲車へ乗り込む。
「……今日は、ご飯にありつけたから……よしとするわ」
「ア、アル社長、それでいいんですか?」
「いいのよ!」
アルは胸を張る。
「これも……立派な経営判断よ!」
「どこがですかぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
ヒヨリの呟きと共に、装甲車の扉が閉じる。
そして──、
砂埃を巻き上げながら、装甲車はアビドス高等学校を後にしていった。
この四日間にわたる、
便利屋68の壮大な張り込みの結末を──、
青空だけが静かに見守っていた。
「よしっ! まずは牛タンから、いこうかな」
「……せ、先生!」
「お? それと、野菜の盛り合わせも……ん? どうしたの、アル?」
「先生……こ、このお店は!?」
「どこかの狐の子達にも好評だった『高級焼肉』だけど?」
「や、や、焼肉ぅぅぅぅう?!?!」